2009/01/04
飛鳥遊訪マガジン Vol. 040
◆◇◆◇◆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◇◆◇◆ ◆◇◆ 飛鳥遊訪マガジン Vol. 040 (2009.1.4.) ◇◆ ◆ 飛鳥好きの貴方に贈るメールマガジンです。 両槻会のイベントもご紹介します。 両槻会 http://asuka.huuryuu.com/ ━━━━━◇━━━━━━━━━━◇━━━━━━━━━━◇━━━━━━━ 明けましておめでとうございます!! 今年もどうぞ両槻会&飛鳥遊訪マ ガジンを宜しくお願い致します。 昨年はお陰さまで、飛鳥遊訪マガジンも諸先生方から沢山のご寄稿を頂戴 し、随分充実する事が出来、また、定例会では参加の皆さんのお力添えを頂 きまして回を重ねる事が出来ました。本当にありがとうございました。今年 も昨年同様・・・いや、昨年以上に楽しいメルマガ、定例会をどんどん企画 し実行して行きたいと、スタッフ一同知恵を出し合っております。どうぞ楽 しみになさって下さいね♪ 両槻会スタッフは、素人集団であります。なので、読者の皆さん、ご参加 の皆さんのコメントやご感想が、何よりのパワーとなります。ご遠慮なくど しどしご感想などを寄せていただけますようお願い申し上げます。 お気軽に・・・宜しく〜m(_ _)m さて、今回の飛鳥遊訪マガジンは、飛鳥資料館学芸室長の杉山先生が、普 段私たちが見聞き出来ない飛鳥のお話をご寄稿下さっています。事務局から は、風人が前回に引き続き、芋峠道のお話を、まるで一緒に歩いているかの ような臨場感たっぷりの語り口で、ももからは年の初めに相応しいおめでた い万葉歌の話を、飛鳥咲読は風人が第12回定例会のご案内の最終回〜飛鳥 時代の直線道路について〜と、読み応えたっぷりでお送り致します。隅から 隅まで、ずずずいーーーーーと、宜しくお付き合いを御願い申し上げます。(o^^o) (P-saphire) ┏◆━index ━━◆◇◆ 〈1〉寄稿 ・・・ 最近飛鳥でおもうこと / 杉山洋先生 -------------------------------------------------------------------- 〈2〉飛鳥話 NO.1 ・・・ 風人の飛鳥ぶらぶら散歩 / 真神原風人 -------------------------------------------------------------------- 〈3〉飛鳥話 NO.2 ・・・ ももと飛鳥と三十一文字と / もも -------------------------------------------------------------------- 〈4〉飛鳥咲読 / 真神原風人 -------------------------------------------------------------------- 〈5〉飛鳥情報 -------------------------------------------------------------------- 〈6〉両槻会からのお知らせ -------------------------------------------------------------------- 〈7〉編集後記 -------------------------------------------------------------------- ┗━━━━━━━━━━━━━◇◆◇━ ┏◆━━━━━━━━━━ 〈1〉最近飛鳥でおもうこと 奈良文化財研究所 飛鳥資料館学芸室長 杉山洋先生 ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆◇━━━━ 法隆寺金堂壁画「飛天」展2 この展覧会はいろいろな意味で飛鳥資料館にとって特別な展覧会となりま した。 このころ普段の特別展は、通常の常設展の一部をその都度改装して使用し ていましたが、小壁を全部並べるには、これまでの展示スペースでは足りな かったのです。 そこで思い切って第一展示室全部を使用することにしました。と言っても 通常の常設展示が行われているのですから、改装は楽ではありません。 第一展示室のケースをすべて壁際と高松塚の展示コーナーに移動し、第一 展示室の中に一回り小さな展示スペースを確保しました。 次は実際の展示です。 小壁と言っても縦約1.4m、横約0.7mで、重さは正確ではありませんが、 200〜300kgあったと思います。まずこの重さに耐えられる展示台と 言うことで、鉄骨を組んだ展示台を特注し、構造計算もしてもらいました。 さらにこの展示台の上に小壁を立てて展示するために、コンクリートの支 えも作りました。さていざ展示ですが、300kgの展示品は簡単には所定 の位置に納まってくれません。日本通運美術品輸送の方々と、揺れる展示台 の上での悪戦苦闘が続き、やっとの思いで展示した記憶があります。 しかしこの苦労は見事に報われ、10万人近くの来館者で、大変なにぎわ いとなりました。 ━━━◇『飛鳥資料館公式サイト』 http://www.nabunken.go.jp/asuka/index.html ┏◇◆━━━━━━━━ 〈2〉風人の飛鳥ぶらぶら散歩 / 真神原風人 ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆◇━━━━ 前回に引き続き、芋峠道の話を続けます。 一般的に奥飛鳥というと、稲渕の棚田や女綱くらいまでという認識だと思 うのですが、明日香村は吉野町と境界を接していますので、南東部は予想外 に深く広いのです。芋峠は、吉野町との境界にもなっていますので、南東方 向にだらだらとかなり登って行くことになります。 栢森集落の奥までは棚田風景や飛鳥川の瀬音を聞きながら、足の調子を整 える準備運動区間になります。石舞台から祝戸・阪田・稲渕・栢森と集落を 抜けて行きます。この間、おおよそ4キロになります。 当日は、飛鳥川上坐宇須多岐比売命神社前の紅葉を期待していたのですが、 まったく紅葉せず枯れて行くようでした。淵に覆いかぶさる紅葉は、さぞ綺 麗だろうと思うのですが、まだ一度も見る機会はありません。栢森集落の加 夜奈留美命神社に到着したのは、午前10時30分過ぎでした。良いペース です。神社には寄らず、そのまま小峠の取り付きを目指します。集落を抜け ると紅葉のトンネルがあるのですが、こちらは黄色くなる種類のようです。 時期的に遅かったのか、ほとんどがすでに落葉していました。 芋峠旧道を越えるには、まず小峠を越えなければなりません。これが結構 きついのです。取り付きから突然の急坂です。真直ぐな登りがあり、登りき った所からいよいよ山道に掛かります。この日は雪も雨も無く(^^ゞ、絶好 のハイキング日和なのですが、登っていると汗が吹き出てきます。大汗かき の私には予期していることなので、身体にはタオルを当てて汗を吸収するよ うにしています。汗冷えが嫌なのでこのようにしているのですが、小峠を登 りきるとそのタオルもぐっしょりでした。峠頂上で一息入れることにしまし た。ここからは全く見通しはありません。ただ高取山の山容が僅かに見える だけです。しかし、その姿に登ってきた高さをうかがう事が出来ます。 小峠頂上 http://asuka.huuryuu.com/magazine/photo/40/kotouge.jpg 小峠からは一旦下り、車道との合流地点にある役行者像の所に出てきます。 せっかくきつい登りを過ぎたのですから、下りたくはないと思うのですが仕 方がありません。行者像からは、また車道と分かれて山中の細い道を登りま す。小峠ほどの斜度は無く、のんびりとした山歩きの風情となります。途中 の平坦なところには、この芋峠道の往来が盛んだった頃の名残の「峠の茶屋」 の痕跡があります。三軒の茶屋が在ったようで、人々の足を休めさせたので しょう。湧き水の井戸跡も残されています。ここまで登ってくると頂上はも う一息です。正確に言うと、現在の旧道芋峠道には峠らしい切通や頂はあり ません。はっきりとしないのです。直ぐ下に県道が造られ、地形が変わって いるように思います。芋峠頂上の道標はあるのですが、行ってみても何処が そうなのかはよく分かりません。尾根道は、東に竜在峠へと登って行きます。 芋峠頂上 http://asuka.huuryuu.com/magazine/photo/40/kyu-imotouge.jpg 峠頂上付近の日当たりの場所を選んで、昼食にすることにしました。11 時25分でした。おにぎり2個の簡単な昼食です。大海人皇子達は、もっと 早い時間に出発し、昼には峠をとっくに通過していたことでしょう。この頃 には、もう吉野川に出ていたかも知れませんね。 芋峠頂上は、標高約500mを測ります。二上山雄岳とおおよそ同じ高さ になりますので、低山登山の雰囲気なのです。峠からは、尾根伝いに高取城 方向に林道が伸び、高取城までのハイキングも吉野の山々を見ながらの良い コースになります。特に秋には、高取城の紅葉と合わせて素晴らしい秋風情 を楽しむことが出来ます。 昼食後、汗で濡れてしまった下着をすっかり着替えて再出発です。下りコ ースは旧道が分からないので、県道を吉野町千股に向かって下っていたので すが、途中から西の谷に下りる道があるようだったので行ってみる事にしま した。以前から芋峠の西側に急峻な峠道があったという話を聞いていたので すが、どうもその谷筋に途中から下りて行く感じです。地形図を見ていても、 山の感じを見ていても、手入れされた山ですから林道や山道が在るような雰 囲気です。取り付きには案内の立て札がありました。降りると手入れされた 山道で、あっけなく谷の林道に出ることが出来ました。ただ、この道が芋峠 道かどうかは分かりません。下流ではそうかも知れないとも思いますが、上 部は別のルートであったように感じました。感じでしかありませんが。(^^ゞ 谷筋の薄暗い林道です。陰鬱な感じがしました。県道を歩くと吉野の連山 が遠望出来、歩くにはアスファルト路面で嫌なのですが、のんびりウォーキ ングを楽しむには県道が良いように思いました。ただ、吉野落ちの追体験に は、薄暗い谷道が似合っているのかも知れませんね。 林道を進むと千股観音堂付近で、県道と合流することが出来ました。ここ で少しお茶タイムです。12時30分。さて、最大の難関芋峠を越えました。 次号では、いよいよ宮滝に向かって足を進めます。 (つづく) ━━━◇『飛鳥三昧』 http://sanzan.gozaru.jp/ ┏◆◇◆━━━━━━━ 〈3〉ももと飛鳥と三十一文字と / もも ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆◇━━━━ あけましておめでとうございます。 ・・って、こういう改まった時のご挨拶ってどうも苦手なんですよね。(^_^;) ま、社会生活をするうえでの潤滑油なんだからと、諭されたこともあるんで すが、相変わらず苦手意識は消えません。(笑) 苦手だ苦手だと言っているだけじゃ一向に始まらないので、昔の人はどう なんだろう?と、少し新年らしい歌を探してみました。 「はつはるに〜」とか「はつはるの〜」なんて言う言葉で始まるのは、あり きたりな気がして面白くないなぁ〜と思いつつ、とりあえず手始めに探して みると・・・・。「はつはる」で始まる歌は、万葉集には一首しかありませ んでした。あらま。で、三十一文字の中に「はつはる」を含むのも他に一首 だけ。あらま! 4500首近くある歌の中で「初春」と入るのは、たった の2首しかありません。 ・・珍しいんや♪と、何となく興味の出てくるももであったりします。(笑) さて、その2首ですが、どちらも大伴家持の作になります。 初春の初子の今日の玉箒手に取るからに揺らく玉の緒 (4493) 新しき年の初めの初春の今日降る雪のいやしけ吉事 (4516) 一首目は、「初春の初子(はつね)日の今日。玉箒を手に取るとすぐに揺 らめいて音を立てるこの玉の緒」となります。玉箒はホウキに玉飾りのつい たもので、正倉院南倉に「子日目利箒(ねのひのめとぎぼうき)」と言うの が現存していて、枝に色とりどりの小さなガラス玉が嵌め込まれている・・ そうです。が、模造品の画像を見ても・・わかりません。(^_^;) ま、箒と 言ってもこれは実際に使用したのではなく儀式用だということです。 子日目利箒模造品 http://www.narahaku.go.jp/kensaku/jpg_l/D017754.jpg 話が思いっきり逸れちゃいましたが。^^; 箒の飾りが揺らめいて音を立てたからなんやねん?!って話ですが、正月 早々幸先が良いというか、何だか良いことがありそうな予感がする何ていう 意味を含むようです。ま、寿ぎの歌ってことになるんでしょうか? 2首目は、万葉集の最後に載る有名な歌ですので、ご存知の方も多いと思 います。万事を褒めて事をおさめるというか・・。ま、どちらの歌も簡単に 言ってしまえば、お目出度い歌と言う事になるんでしょうね。 2首とも、三句目までが新春(おついたち限定?)であることを言い続け てます。 「初春」「初子」「今日」と「新しき年」「初め」「初春」 こんなにまで重ねなくても、「初春」っていやぁ新年やろ!「初の子の日」 って言うからには1月初旬やろ!と思わなくもないですが、この重ね具合が 家持なんだそうです。家持さんて重ねるのが好きなんでしょうか。(笑) 「この日」と、殊更重ねて言う事で日を限定し、「その日」をより重要なも のだと認識させる意味があるんだそうです。確かに・・へ理屈をこねずにこ の歌を口にしてみると、間に入った「の」のお陰か結構スラスラと違和感な く読めてしまうもんです。さすが家持さん♪ この「はつはる」と言う表現は、漢語の正月をさす「初春(しょしゅん)」 の翻読語だそうです。「初」と言う表現は、家持さんが好んで使ったんだそ うですから、この「はつはる」も家持さんが好んだ結果使い始めたってこと になるんでしょうかね。 家持さんの歌は歌でいいんですが、今の私たちの生活にはちょっとピント 来ない部分もあります。 ということで、こんな歌はいかがでしょう? 新しき年の始めに思ふどちい群れてをれば嬉しくもあるか (4284) ・・新年にお互い気の合うもの同士集まっているのは嬉しいことじゃないか。 なにかと有り難いものは、気のおけない仲間なのかもしれません。 「新しき年の初めに」第12回定例会が行われます♪「思ふどち」の仲間に 貴方も是非♪飛鳥をキーワードに「い群れてを」る仲間に加わりませんか♪ お申し込みは、本日深夜まで♪ご参加お待ちしてます。(^^) ━━━◇『ひとしひとひら』 http://gpeach.nobody.jp/index.html ┏◇◆◇◆━━━━━ 〈4〉 飛鳥咲読 / 真神原風人 ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆◇━━━━ 飛鳥咲読の第4回目です。第12回定例会のご案内としては、今回が最終 回となりました。今号では、飛鳥時代の直線道路について、風人なりに思う ことを綴ってみたいと思います。また、疑問に思う点も書き連ねたいと思っ ています。 風人は、正方位を向く直線道路が造られたのは、推古天皇の時代だと思っ ています。それも、建設が計画されたのは、かなり早い時期であるように考 えます。小墾田宮の建設とも無関係ではないように思うのですが、そのあた りは妄想でしかありません。 少し難解な話になってしまい、歴史にご興味の無い方には退屈な話となっ てしまいますが、飛鳥の自然地形は南東に高く北西に低くなっています。飛 鳥時代の初めには、その地形に沿うように地割がされ、建物が造られました。 現地説明会などでよく耳にする、北で西に20度ほど振る方位ということに なります。簡単な理解として、西に20度振る建物は飛鳥時代の前半のもの だと考えても、大きな間違いではありません。当然ですが、例外もあります。 飛鳥時代の建物や地割が正方位を向くのは、7世紀半ばではないかと思いま す。 しかし、そうすると疑問が起こります。飛鳥寺は正方位を向いています。 小墾田宮も日本書紀の記述を見ると、正方位を向いていたように思われます。 これはどうしたことなのでしょうか。ここに、直線道路の敷設に関する謎を 解明するヒントの一つが有るのではないかと、風人は想像しています。 推古朝の初期かその直前に、飛鳥を中心にした奈良盆地の大規模開発構想 が練り上げられたのではないと思うのです。実際に、推古天皇の時代には、 しばしば灌漑用の池の建設や屯倉の設置などの話が日本書紀には記載されて います。屯倉(ミヤケ)とは、朝廷が直轄している田畑やその稲穀を納める 官営倉庫と理解すれば良いと思います。また、蘇我氏が大規模に田畑の開発 を行い、橿原市曽我町から飛鳥へと進出してきたことを思えば、この時代が 開発の大きな流れの中にあったと考えるのはたやすい事であると思います。 石神遺跡の北端で行われた第18・19次調査では、推古天皇の時代の遺構 が検出され、沼沢地を大規模に造成した様子が分かっています。 これらの大規模開発構想の一つとして、直線道路網の建設があったのでは ないかと、風人は空想を膨らませます。小墾田宮は、あるいはこれらの計画 に左右された立地に造られたのかも知れません。だから新しい宮は、象徴と しても正方位を向いているのではないかと。 もう一度考えてみましょう。推古天皇の頃に、奈良盆地の南に「飛鳥」と いう拠点が出来ました。その地域から、盆地の北端に在る丘陵地帯麓まで、 長いもので約30kmに及ぶ南北三道を造る必然性が本当にあったのでしょ うか。もちろん、北に平城京が無い時代にです。横大路など東西道路は、磯 城・磐余・飛鳥と葛城・河内あるいは東国を結ぶ幹線道路として、飛鳥時代 以前にも必要があったようにも思うのですが。 南北道路は、二点間の移動という意味だけでは、理解出来ないように思い ます。また物資の運搬だけを考えると、何を何処から何処まで運ぶためだっ たのかが想定出来ません。租税の物資搬入のための道路であれば、一本あれ ば足りるはずです。 何か合理的な理由が無ければ、直線道路を2.1km等間 隔で三本も造ることは有り得ないと思われます。 推古天皇の頃には、遣隋使の派遣を始めとして、外交活動が盛んに行われ たようです。海外の都市整備などを目の当たりにした報告がなされ、あるい は海外からの使者の口からそれが語られることもあったのでしょう。そして 使者を国家の賓客として迎えるための整備が、急ピッチに進められたことは 容易に理解出来ることです。 しかし、それでも南北三道の必要性は充分に説明されません。実際に推古 16年(608)の隋使裴世清の来訪では、南北三道や横大路を通らず、海 石榴市から阿倍・山田道を通って飛鳥に入っています。 すいません。m(__)m 話がマニアックになってきました。少し軌道修正し て話を続けます。 個別な理由からは、直線道路の必要性は見えてこないように思います。あ らゆる理由を検討しても、これほどの大規模な直線道路を複数本造る必要は 見出せないからです。やはり、大きな視点での大規模開発構想の中で、様々 な理由を含めた場合にのみ合理的な解釈が出来るのではないかと風人には思 えてなりません。その様々な理由が推古天皇の頃に揃ったと考えます。 これらの直線道路が、推古天皇の時代のものであると考える理由に、他に も根拠が在ることをご紹介します。 南北三道は、2.1kmの等間隔で正方位に造られていることは、度々紹 介してきました。だとしたら、どこかにその測量基準点となったものが無け ればなりません。近江先生もご指摘されるように、五条野(見瀬)丸山古墳 が、下ツ道の南端に存在しています。下ツ道は、そこから南では正方位直線 道ではなくなります。五条野丸山古墳は、6世紀後半の大前方後円墳です。 被葬者は確定しているわけではありませんが、欽明天皇と堅塩媛の陵墓、ま たは蘇我稲目の墳墓とする説があります。どちらの被葬者をとっても、南北 三道の基準点に相応しい被葬者のように思われます。 この古墳が6世紀後半の築造であれば、それを基準にした道路も6世紀後 半を遡ることは無く、古墳が道路建設の基準にするだけの存在価値を有する 期間に限定されると思われますので、推古天皇の時代の道路建設説には、丁 度良い基準点として存在したことになります。 また、日本書紀推古天皇条に、「軽衢(かるのちまた)」の記述があるの も、下ツ道の存在を思わせます。チマタとは、主要な道路が交差し賑わいの ある場所を言います。軽(橿原市大軽町=国道169号線丈六交差付近)に チマタがあったとすれば、それは阿倍山田道と下ツ道の交差と考えられ、下 ツ道の存在が伺えます。 さらに、飛鳥咲読の第二回目で紹介しました、奈良市三条一坊朱雀大路下 層より出土した7世紀初頭の須恵器も、推古天皇の頃の道路建設を支持する 出土遺物だと思います。 下ツ道(参考図) http://asuka.huuryuu.com/magazine/photo/40/zu-1.png 長くなりましたが、一つ疑問がありますので、書いておきたいと思います。 中ツ道が香具山の山頂を通ることです。下ツ道が基準であれば、中ツ道をわ ざわざ山頂を通るルートとして設定する必要は無いように思うのです。中ツ 道は、実際に香具山の北までのようで、南側では検出されていません。西に ずれて、木之本街道と呼ばれる道路になるようです。 2.1kmが当時の度 量衡で、切の良い数字になるとは思うのですが、それに拘る必然性があった のでしょうか。 中ツ道の推定延長線上には、橘寺の南にミハ山(神奈備山)があります。 このことも何かを示唆しているのではないかと、風人は気になっています。 下ツ道・中ツ道間を東に折り返したものが上ツ道なのだと思う方が、風人に はしっくりくるような気がします。 (天降り付く天香具山と飛鳥の神奈備。下ツ道の南端に在る丸山古墳。この 二つを関連付けることで、丸山古墳の被葬者をより高次元の存在として象徴 しようと考えた、とするのは穿ちすぎでしょうか。(^^ゞ 妄想でありすぎま すね。(笑)) 中ツ道(参考図) http://asuka.huuryuu.com/magazine/photo/40/zu-2.png 本当に長くなってしまいました。駄文にお付き合いくださいましてありが とうございました。飛鳥咲読は、定例会のお誘いとして綴っているコーナー です。これをお読みくださって、定例会へ足を運んでくださる方がお一人で もいらっしゃれば、幸いに思います。 咲読中には、間違った解釈や思い込みをそのまま書いたところも多くあり ます。その点は、どうぞご容赦ください。古道の正しい理解は、定例会で講 師の近江先生のお話から、お聞き取りくださればと思います。ありがとうご ざいました。 第12回定例会の参加申し込み締め切りが、本日深夜に迫っています。定 例会は、申し込んでいただければ何方でも、ご参加いただけます。お待ちし ております。 ━━━◇『飛鳥三昧』 http://sanzan.gozaru.jp/ ┏◆◇◆◇◆━━━━━ 〈5〉飛鳥情報 ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆◇━━━━ 【年始の開館日と特別展のご案内】 年末年始に休館していた各施設がそろそろ開館します。冬期特別展などの 開催も行われていますので、寒い冬の日、展覧会巡りなどはいかがですか。 ◇━ 飛鳥資料館 4日から通常開館(5日は月曜日のため、休館) 飛鳥資料館公式サイト http://www.nabunken.go.jp/asuka/index.html ◇━ 橿原考古学研究所付属博物館 平成21年1月5日(月)まで休館 *特別陳列 「七支刀の復元」 会 期 : 平成21年3月31日まで(無料ゾーンでの展示) *特別陳列「牛にひかれて博物館」−十二支の考古学 丑− 会 期 : 平成21年1月18日まで 列品解説: 1月10日(土)10:00〜(特別展示室にて) 講演会 : 「まつりの中の牛」 1月10日(土) 13:30〜16:00 橿原考古学研究所 1F講堂にて 「大和の野神祭り」 鹿谷 勲氏(奈良県立民俗博物館) 「一町西遺跡出土の板絵について」 菊井佳弥氏(奈良県立橿原考古学研究所) 橿原考古学研究所付属博物館公式サイト http://www.kashikoken.jp/museum/top.html :::::::::::::::::::::::::::::::::::: ◇━ 市大樹先生の講演会 昨年、第9回定例会で講師をして頂いた奈良文化財研究所都城発掘調査部 の市大樹先生の講演がありますので、ご紹介します。 「帝塚山大学考古学研究所 市民大学講座 第221回」 演 題: 飛鳥の木簡 講 師: 市 大樹氏(奈良文化財研究所) 日 時: 1月24日(土) 14:00〜15:30(90分の講義) 会 場: 帝塚山大学東生駒キャンパス 1号館1301教室 *事前申し込み・参加費は不要 *詳細は、下記アドレスをご覧下さい。 帝塚山大学考古学研究所 市民大学講座のページ http://arch323.tezukayama-u.ac.jp/simin.html 帝塚山大学考古学研究所 http://arch323.tezukayama-u.ac.jp/index.html :::::::::::::::::::::::::::::::::::: ◇━ 飛鳥・綱掛神事 「女綱」 明日香村栢森 1月11日(日) 昼頃から縄を編み始め、神事は16時頃から開始 「男綱」 明日香村稲渕 1月12日(月) 早朝から縄を編み始め、 神事は15時30分頃から開始 西飛鳥古墳めぐりと男綱勧請綱掛神事 http://asuka.huuryuu.com/kiroku/teireikai-6/teireikai6-repo1.html :::::::::::::::::::::::::::::::::::: ◇━ 飛鳥のとんど 1月14日(水)、明日香村各字ごとに「とんど」が行われます。「とん ど」は、藁や竹で組んだものに、正月の松飾り・注連縄・書き初めなどを持 ち寄って、ともに燃やす行事です。字によって若干の差はありますが、だい たい6時ごろに点灯されます。 大字飛鳥のとんど風景(参考ページ) http://asuka3.michikusa.jp/pt113/pt113.html ┏◇◆◇◆◇◆━━━━ 〈6〉両槻会からのお知らせ ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆◇━━━━ 第12回定例会の参加申し込みは、本日深夜までとなります。お申し込み のお忘れはありませんか? 「あ!忘れてた!」と言う貴方♪下記ページの詳細をご覧のうえ、至急両 槻会宛にメールでお申し込み下さい。m(__)m 第12回定例会案内 http://asuka.huuryuu.com/yotei/teireikai-12/yotei-12.html ◆第12回定例会 「飛鳥のみち 飛鳥へのみち −すべての道は飛鳥に通ず−」、 講師:橿原考古学研究所 近江俊秀先生 日 時 : 2009年 1月 10日(土) 13:00〜16:20(開場 12:30) 会 場 : 飛鳥資料館講堂 参加費 : 500円 (飛鳥資料館団体入館料を含む) 受付場所: 飛鳥資料館入口付近・両槻会受付 受付時間: 12時20分〜12時50分厳守 (時間外の参加受付は出来ません) 申込締切: 本日深夜(1月4日) 恒例の講演前事前散策も行います。今回は、講師の近江先生のご案内で講 演に関連する阿倍山田道や史跡を訪ねます。事前散策のみの参加は受け付け ておりません。また、資料館へは、当会受付を通さずに、個別にお入りにな らないようにお願いいたします。 :::::::::::::::::::::::::::::::::::: ━◆ 第13回定例会のご案内 第13回定例会への参加受付も開始しています。第13回定例会は、昨年 11月の第11回定例会の企画が天候により変更になったリベンジとなりま す。皆様のご参加おまちしております♪ 第13回定例会「天空の里を訪ねる」 http://asuka.huuryuu.com/yotei/teireikai-13/yotei-13.html :::::::::::::::::::::::::::::::::::: 両槻会主催で開催しますこれからの定例会の日程をご案内します。 本年も、現在ご活躍中の先生方からご協力・ご支援を頂けることになりま した。各定例会の詳細は、追って発表させて頂きます。今年も多数のご参加 お待ちしております。 【2009年定例会予定】 ◆第12回定例会 1月10日 主催講演会 「飛鳥のみち 飛鳥へのみち −すべての道は飛鳥に通ず−」 講師 橿原考古学研究所主任研究員 近江俊秀先生 http://asuka.huuryuu.com/yotei/teireikai-12/yotei-12.html ◆第13回定例会 3月7日 ウォーキング 「天空の里(尾曽)を訪ねる」 http://asuka.huuryuu.com/yotei/teireikai-13/yotei-13.html ◆第14回定例会 5月9日 野外イベント 「野守は見ずや 名柄の遊猟(みかり) −田村薬草園に 藤原京木簡を訪ねる−」 ◆第15回定例会 7月11日予定 主催講演会 ・・講演内容未定 講師 奈良文化財研究所 都城発掘調査部 豊島直博先生 ◆第16回定例会 9月12日 主催講演会 「仮題 飛鳥瓦とその源流」 講師 橿原考古学研究所 主任研究員 清水昭博先生 ◆第17回定例会 11月14日予定 ウォーキング 「飛鳥の諸宮をめぐる」 案内 橿原考古学研究所付属博物館 主任学芸員 山田隆文先生 ┏◆◇◆◇◆◇◆━━━━ 〈7〉編集後記 ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆◇━━━━ 明けましての2009年、年始のご挨拶や初詣などでお忙しかった方やの んびりと家で寝正月を決め込まれた方など、それぞれに有意義なお正月を過 ごされたことと思います。 σ(^^)はと言うと・・なんとなくダラダラと三が日も過ぎ、気が付けばバ タバタの日常が。^^;早く頭と体を切り替えて、今年も一年頑張らねば。 ・・・と言うことで、本年も飛鳥遊訪マガジンをよろしくお願い致します♪ (もも) ┏━━◆◇◆━━━ ━━━ ━━━ ━━━ ━━━ ━━━┓ 発行 :両槻会 http://asuka.huuryuu.com/ 飛鳥遊訪マガジンへのご意見ご感想は、 http://form.mag2.com/viuounelio または asukakaze2@gmail.com 両槻会事務局まで 登録/解除は http://www.mag2.com/m/0000259444.html 発行システム:『まぐまぐ!』 http://www.mag2.com/ ┗━━━ ━━━ ━━━ ━━━ ━━━ ━━━◇◆◇━━┛



