2008/12/19
飛鳥遊訪マガジン Vol. 038
◆◇◆◇◆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◇◆◇◆ ◆◇◆ 飛鳥遊訪マガジン Vol. 038 (2008.12.19.) ◇◆ ◆ 飛鳥好きの貴方に贈るメールマガジンです。 両槻会のイベントもご紹介します。 両槻会 http://asuka.huuryuu.com/ ━━━━━◇━━━━━━━━━━◇━━━━━━━━━━◇━━━━━━━ 今年も残すところあとわずかとなってきました。さて明後日21日は冬至 です。一年で昼が一番短い日です。 実は飛鳥時代は、この日が新年の始まりであったわけで、新嘗祭を行い新 しい年を祝ったものです。現代では新暦で、冬至は物理的に変えられるもの ではありませんから12月21日に、但し新嘗祭(戦後の勤労感謝の日)は 11月になってしまったわけです。 新嘗祭とは、人々はこの日までその年に取れた作物(特に稲)は手を付け ず、天皇が国民を代表して豊作の感謝の神事を行う大掛かりな祭りだったの です。 すると明日は大晦日です。というように冬至をみてみるのも一つ面白いか もしれませんね。 さて今回は、連載いただいている橿原考古学研究所主任研究員の近江俊秀 先生の「飛鳥への道」の話第8回目をお届けします。両槻会では、近江先生 には来年1月10日に実際に飛鳥への道をご一緒いただき、その後で講演会 をしていただくことになっています。詳細は別掲してありますので奮ってご 参加ください。事務局からは太古が「季節で巡る太古の飛鳥」を、笑いネコ が「ネコと歩こう飛鳥の畦道」を、そして風人が「飛鳥咲読」をお届けしま す。今年一年を振り返りながらごゆっくりお楽しみください。(TOM) ┏◆━index ━━◆◇◆ 〈1〉寄稿 ・・・飛鳥のみち 飛鳥へのみち / 近江俊秀先生 -------------------------------------------------------------------- 〈2〉飛鳥話 NO.1 ・・・季節で巡る太古の飛鳥 / 河内太古 -------------------------------------------------------------------- 〈3〉飛鳥話 NO.2 ・・・ネコと歩こう飛鳥の畦道 / 笑いネコ -------------------------------------------------------------------- 〈4〉飛鳥咲読 / 真神原風人 -------------------------------------------------------------------- 〈5〉飛鳥情報 -------------------------------------------------------------------- 〈6〉両槻会からのお知らせ -------------------------------------------------------------------- 〈7〉編集後記 -------------------------------------------------------------------- ┗━━━━━━━━━━━━━◇◆◇━ ┏◆━━━━━━━━━━ 〈1〉飛鳥のみち 飛鳥へのみち 橿原考古学研究所 主任研究員 近江俊秀先生 ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆◇━━━━ 「その8 阿倍・山田道(8)」 裴世清がとおった「阿倍・山田道」は、水落遺跡の北辺を東西に走る里道 付近。なぜ、このように思うのか。その根拠を述べておきたい。まず、ひと つはこの里道の南辺に沿って、飛鳥寺の北面大垣が想定されているので、こ れより南をとおる可能性は、低いと考えられること、また、軽街に向かうと いう「阿倍・山田道」の路線としての目的から、あまり南へ行きすぎると、 目的地に対して迂回的になりすぎることである。逆に、これよりも北に求め ようとすると、飛鳥川が大きく蛇行する付近が、渡河地点になってしまい、 渡河するには不自然であることがあげられる。つまり、地形や遺跡の状況か ら考えると、この場所以外に想定すると、何らかの不自然さがつきまとうの である。 一方、裴世清がとおった「阿倍・山田道」を、7世紀中頃以降の「阿倍・ 山田道」の北側とする見方もある。しかしその場合、小墾田宮との位置関係 が不自然で、また、地盤もより脆弱になると予想されるので、私は賛同でき ない。 参考地図 http://asuka.huuryuu.com/magazine/photo/yamadamiti-7.jpg おそらく、最初の「阿倍・山田道」の路線は、図に示したようなものでは なかろうか。奥山〜雷間の路線が南へ大きくずれるのは、この区間の地盤が 脆弱だったためであると思う。そして、斉明天皇の時代、石神遺跡の整備な どが行われるのに伴って、路線の一部を付け変え、今の場所をとおるように したのではないかと思う。 斉明天皇の時代、飛鳥の景観は大きく変わった。このことは、いずれまた 述べることにするが、石神遺跡でみつかった「阿倍・山田道」の遺構は、斉 明天皇の時代のものと考えるのは、大方の了解は得られるだろう。 山田道関連調査地 http://asuka.huuryuu.com/magazine/photo/yamadamiti-8.jpg なお、私の推定した「阿倍・山田道」の路線上では、奈文研による発掘調 査がおこなわれている。しかし、みちの跡は、みつからなかった。このこと を、もともと「みち」が無かったからみつからないと考えるか、石神遺跡や 水落遺跡の造営に伴い削られてしまったと考えるか。私は、後者のように考 えたいのですが、読んでいただいた皆さんは、いかが思いますか? これにて、「阿倍・山田道」の項、とりあえず終わります。お付き合い下 さり、有り難うございます。 ━━━◇『橿原考古学研究所』 http://www.kashikoken.jp/ ::::::::::::::::::::::::::::::::::: 近江先生にご寄稿いただきました「飛鳥のみち 飛鳥へのみち 阿倍・山 田道編」は、今回を持ちまして一応の区切りとなりました。阿倍・山田道の 概要から始まり、ご自説の展開まで、熱のこもった記事をお書きくださいま した近江俊秀先生に、この場を借りまして心よりの感謝を申し上げます。あ りがとうございました。 1月末に発行を予定をしています第42号より、近江先生の新連載が始ま ります。どうぞお楽しみにお待ちください。 なお、1月10日の第12回定例会では、近江先生の講演を予定していま す。先生のお話を直接お聞きになりませんか。また、同日午前中に、今回の 記事にあります「近江先生が推定されています阿倍・山田道」のルートを辿 る散策も予定しています。 奮ってご参加ください。詳細は両槻会からのお知らせのコーナーをご覧下 さい。 (風人) ┏◇◆━━━━━━━━━━ 〈2〉季節で巡る太古の飛鳥 / 河内太古 ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆◇━━━━ 「飛鳥路この1年」 いよいよ年の瀬。今年も飛鳥路を巡りながら伝統の行事や季節とのさまざ まな出会いがありました。その折にふれ撮りためた画像をあらためて見なが ら、この1年を振り返っています。昨年かと思っていた画像が今年のものだ ったり、今年の画像だと思っていたものがもう1年以上も前のものだったり と、1年という期間は変わらないのに、記憶の中の対象には、一瞬のときに 感ずるものもあれば、ずいぶんと時を経た印象を抱くものもあります。若い 頃の時は長く、熟年になるに連れ時は短いと思われがちですが、その年輪の 対象への感性の差が時の長短につながるのかもしれません。未知にあふれて いたものがいつの間にか未知ではなくなってゆき、対象へのときめきも動揺 も薄れてゆくと、今日は昨日の延長でしかなく、今年も昨年の延長でしかな くなってゆきます。まだ春だと思っていたのにもう正月か、と起伏なく時が 過ぎてゆく…。しかし、今の世相では、世代にかかわらず、こんな世過ぎは 夢のまた夢かもしれませんね。 太古のお正月の飛鳥は、両槻会の皆さんとまずは岡寺への参拝で始まりま した。ここ数年はお正月の飛鳥社寺めぐりが恒例になりました。とくに信仰 心があるわけではなく、今年1年もよろしくお願いしますというご挨拶のよ うなものです。14日には、稲渕の勧請お綱掛け神事を拝見して、夜は「飛 鳥庵」で団欒しながら大字飛鳥の大とんどに参加させていただきました。 そして、今年は大寒の日に、ついに待ちに待った飛鳥の雪景色を見ること ができました。雪解けと駆けっこのように、飛鳥路をぐるっと周遊する機会 に恵まれました。 この大寒の積雪をはじめ、節分の「おんだ祭」にも雪景色となり、今年は 飛鳥に例年になく雪が降り積もりました。とりわけ、真弓鑵子塚古墳の現地 説明会の日の2月9日は、朝から大雪の降雪となり、説明会に駆けつけた大 勢の考古学ファンが降り積む雪の中で黙々と行列を作ったシーンが蘇り、雪 にすっぽりと埋まった真弓丘陵の彷徨とともに、鮮烈な印象で残っています。 また、この2月には事務局長風人さんの案内で、天香具山のミステリーゾ ーンを訪ね歩く貴重な機会にも恵まれました。古事記の伝承を訪ねる香具山 探検は、とても興味惹かれる体験でした。 春三月になると、飛鳥路は梅が咲き、棚田には菜の花が黄色い花の川とな って春の訪れを告げてくれます。稲渕の勧請橋のたもとには薄紅のコブシの 花が枝いっぱいに花をつけ、架け替えられた男綱を寿いでいるかのように見 えます。 今年の春は、早春から西飛鳥や甘樫丘山麓をたびたび訪ね、爛漫の春を楽 しむことができました。 飛鳥が新緑に衣替えする頃になると、岡寺の石楠花がどこよりも早く見ご ろを迎え、あの息切れするような坂道を汗ばみながら登り、門前の「坂乃茶 屋」でのにゅう麺の味とともに、忘れられない季節の出会いとなって記憶に 留まっています。 飛鳥路がGWで賑わう頃には、両槻会の講演会を契機に、平安時代の殿上 人が飛鳥を経由してたびたび訪ねたという神仙境「龍門寺跡」の探訪に出か け、金堂跡を捜し求めて山中を駆けずり回った楽しいひと時が懐かしく思い 起こされます。 春が過ぎ、日増しに里山の緑が濃くなってゆきます。GWの賑わいも収ま った頃には両槻会定例会で皆さんと一緒に奥飛鳥をめぐりました。あいにく の雨となりましたが、雨に拭われる緑の鮮やかさと煙るような奥飛鳥の山河 が印象に残るウォーキングでした。 そして梅雨期を迎える飛鳥。田んぼに水が張られると飛鳥路の景観は一変 します。この田植え間近になると里山の斜面には「ささゆり」が清楚な花を 咲かせます。花後、昨年は跡形もなくなっていたので、今年はもう見れなく なったかと諦めていたささゆりが、元の斜面で咲いているのを確認すること ができたのが喜びでした。自生しているのかどうかは分かりませんが、大切 に見守ってほしい里山の花です。 里の田植えが一段落すると、棚田オーナーの田植えが行われ、飛鳥路は早 苗のそよぐ季節を迎えます。その早苗の生育とともに、秋のシーズンまで飛 鳥路を訪ねる訪問者はめっきりと少なくなりますが、人影の稀となった盛夏 の飛鳥路めぐりは酔狂とも思われるでしょうが、他の季節にない独り占めの 飛鳥を楽しむことができます。ただ、暑いです。 やがて、案山子ロードに棚田の稲の生育を見守るジャンボなシンボル案山 子が設置され、秋の案山子ロードを彩る今年のテーマが明らかにされます。 今年は飛鳥に関わる「昔話」がテーマで、ジャンボ案山子は「赤鬼と一寸法 師」でした。 さて、今年はどんな案山子がお目見えするのかを楽しみにしながら、入道 雲の湧き立つ飛鳥を彷徨い続けているうちに、ススキの葉陰にいつの間にか 秋の気配が忍び寄っています。万葉の「思い草」ナンバンギセルです。高松 塚や石舞台付近のススキの根元に咲くこの花を見つけると、秋が近づいてい ることを感じることができます。盛夏から初秋にかけて咲くホテイアオイの 大群落が見られる本薬師寺跡もこの時期のお決まりの訪ね先になりました。 飛鳥路の秋は、名月と光の回廊で始まります。この恒例イヴェントから再 び飛鳥に人が戻ってきます。野辺や田んぼの畦に彼岸花が咲き始め、棚田の 稲も色づき始めます。そして、彼岸花祭りの頃になると、飛鳥中心部も棚田 が見られる案山子ロードあたりも大勢のハイカーや車で終日賑わいを見せま す。 秋に両槻会定例会で訪ねる予定の天空の里「尾曽」から細川谷をめぐり、 「稲渕」「栢森」「入谷」の奥飛鳥の山村を訪ねたのもこの頃でした。彼岸 花からコスモスへ、里の秋はゆっくりと移ろってゆきます。藤原宮跡の一面 のコスモスが風に揺れ、コスモス畑から雨上がりに霞む大和三山を眺めるの この時期ならでは光景でした。 棚田の稲刈りが終わる頃には、各地の紅葉の名所が盛りを迎え、飛鳥は訪 れる人はやや少なくなります。盛夏にも足繁く通っていた太古もそのひとり ですが、意外に飛鳥にも紅葉の隠れた名所があることに気づいたのも今年の 晩秋の収穫でした。前回のメルマガでご紹介した橘寺の大銀杏のほかに、中 尾山古墳の周辺や岡寺境内の紅葉も今年はじっくりと味わうことができまし た。団体客が押し寄せ紅葉見物で賑わう名所にはない飛鳥ならではの静かな 紅葉風情がありました。 そして師走。紅葉が見納めの頃になると、甘樫丘にはヒマラヤ桜が春と紛 うばかりの花をつけます。地球温暖化が懸念される中で、この甘樫丘に植え られた桜は、炭酸ガスや窒素の同化作用に優れ、環境浄化に役立つ植栽のよ うです。花と葉が同時に出ることから一見山桜のようですが、花はソメイヨ シノにも似た豪華さで、花蜜があふれるほどにつくためか、メジロたち小鳥 をいっぱいにひきつけて、初冬の丘にこの木ばかりがひとり華やいでいまし た。 甘樫丘のヒマラヤ桜 http://asuka.huuryuu.com/magazine/photo/38/himaraya-sakura.jpg ━━━◇『季節を訪ねて〜河内太古の写真館〜』 http://www2s.biglobe.ne.jp/~kawati/ ┏◆◇◆━━━━━━━━━━ 〈3〉ネコと歩こう飛鳥の畦道 / 笑いネコ ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆◇━━━━ この冬は一段と寒さが厳しいような気がします。 インフルエンザの流行も早いとか、読者の皆様はきちんと備えが出来てい らっしゃいますか? 笑いネコは、ちゃんと予防接種を済ませました。 電車に乗る時は、マスク着用♪ 面白いことに、電車の中で咳をしている人はマスクをしてないんですよね! 面白かないか!(x。x)゜゜゜ さて、そんな冬枯れの季節、先日も講演会で飛鳥に行き、会場までの往復 の道端を観察致しましたが、めぼしい花はございませんでした。 イヌタデにハキダメギクくらいで...って、ごめんね!(笑) 前回ご紹介した秋から初冬に掛けて見られる花たちの中から、今回は「タ デ科」の花たちについてのお話をしようと思います。 分類学的な話は、多分どなたにも読んで頂けないと思いますので(笑)、 「見た目」のバリエーションと特徴についてのお話にしました。 前回上げた「ミゾソバ」「イヌタデ」「ママコノシリヌグイ」「イシミカ ワ」「サクラタデ」「イタドリ」は、見た目から二つに分けられます。ピン ク系の可愛い花を付けるものと、これが花?というような地味な花のもので す。そうは言っても、この花たちはどれも「花びら」を持っていません。可 愛いピンク色のは「萼」なのです。「イシミカワ」の萼は緑色で葉っぱと区 別が付きにくいですし、「イタドリ」は白っぽい汚れたような色の萼で、可 愛いとは言えません。 実は、皆様に嫌われる分類学から言うと、ここに上げた花は一つを除いて すべて同じ属「イヌタデ属」なのです。さて、仲間はずれはどれでしょう?(笑) 正解は、「イタドリ」です。しかし、花の地味さから言うと「イシミカワ」 と「イタドリ」が同じ仲間になりますね! 「イシミカワ」は、去年見つけた場所では今年は見られませんでした。で も、花は地味ですが派手な瑠璃色の実を付けますから、何処かに生えていた ら気がつくと思います。この瑠璃色の実から「トンボノカシラ」という俗名 もあるそうです。 「イタドリ」は「虎杖」と書いて、若い芽や茎を食用にします。京都にこ の「虎杖」をお店の名前にした「おばんざいのお店」があり、虎杖の料理が 食べられます♪ 可愛い花のグループは、道端や林の下草として生える「イヌタデ」「ママ コノシリヌグイ」と、湿地や田圃、溝などに生える「ミゾソバ」「サクラタ デ」と、生育場所で二つに分かれます。 また、花の付き方で分けると、「イヌタデ」と「サクラタデ」は細長い穂 状に花が付き、「ミゾソバ」と「ママコノシリヌグイ」は丸くかたまって花 が付きます。 で、残念ながらこれらの植物は、どれも食用にはなりません。「イヌタデ」 などは、辛味が無くて食用にならない「蓼」の総称だったそうで、牧野博士 は違う名前にしようと考えておられたようですが、上手くいかなかったみた いです。「蓼」というのは「ヤナギタデ」の漢名で、イヌタデ属で食用にな る「蓼」は、みんなこの「ヤナギタデ」の変種だそうです。ちなみに、「蓼」 はこの辛味を利用し、刺身のツマなどに使われます。 ヤナギタデ http://asuka.huuryuu.com/magazine/photo/38/yanagitade.jpg タデ科には、他にも食用になる植物があります。夏に花を付けるので前回 のリストには上がっていませんが、「スカンポ」と呼ばれる「スイバ」は何 処でも見られますし、「ソバ」もあちこちで栽培されています。食用ではあ りませんが藍染めに使う「アイ」も「タデアイ」というタデ科の植物で、こ ちらは飛鳥では見たことがありませんが、木簡に登場します。 スイバ http://asuka.huuryuu.com/magazine/photo/38/suiba.jpg ソバ http://asuka.huuryuu.com/magazine/photo/38/soba.jpg アイ http://asuka.huuryuu.com/magazine/photo/38/ai.jpg 「蓼食う虫も好き好き」というのは、『蓼のように辛い物でも食べる虫が あるように、人の好みも様々である』、という意味で、「蓼」が不味いとい うことではありません。 みなさんも、このタデ科の植物には、結構お世話になってるんですよ! 道端の小さな仲間達にも、今度は一寸目を向けてやって下さいね。 ここで取り上げた植物の写真は、こちらをご覧下さい。 http://www.asukanet.gr.jp/warainekonoheya/zukan/chiiki/asuka/asuka-aki1.html ━━━◇『笑いネコの部屋』 http://www.asukanet.gr.jp/warainekonoheya/ ┏◇◆◇◆━━━━━━━━━━ 〈4〉飛鳥咲読 / 真神原風人 ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆◇━━━━ 第12回定例会へのお誘いとして掲載しています咲読も、三回目となりま した。今回は、飛鳥時代の古道の建設時期について話を進めたいと思います。 飛鳥時代には、計画的な道路建設が行われました。特徴的なのは、それら が直線道であったことです。直線道路建設は、巨大な権力の背景が無ければ 成し得ない大事業であると言えるでしょう。それは、地形を無視し、田畑を 潰し、あるいは村落を解体させて造られたかも知れないからです。 背景となる巨大な権力とは、その規模から国家以外に考えられません。計 画的な道路網が造られるということは、それだけの権力を持つ国家が存在し たことを意味します。 このような状況の下に造られた道路を、官道という言い方をすることもあ ります。今でいうところの国道と思えばよいでしょう。 飛鳥時代の古道 参考地図 http://asuka.huuryuu.com/magazine/photo/38/tizu.gif では、これらの官道は、具体的に飛鳥時代のどの時期に建設されたのでし ょうか。 日本書紀推古21年(613)11月の条に、「自難波至京置大道」とい う記事があります。難波から京までの間に大道を設けたということだと思い ます。難波は瀬戸内海から京に入ってくる海路の玄関口「難波津」を指し、 京は小墾田宮をさすものだと思われます。「京」という文字に拘れば、話は 難しくなってしまいますが、飛鳥地域を指すと考えても良いかも知れません。 道路敷設の記事は、日本書紀には明確に書かれるものが少ないのですが、 この記事をもって、この道路を最古の官道だとする説があり、この大道の部 分的な呼び名である「難波大道・竹内街道(丹比道)・横大路」を「古代の 国道1号線」などと書いた書物や案内をしばしば目にします。 また日本書紀には、孝徳天皇白雉4年(653)6月に「修治処々大道」と いう記事があります。処々(ところどころ)の大道を修治(つく)るという 意味になります。この処々が、どの道を指すかは分からないのですが、今ま でこの咲読で紹介してきた道路の建設時期を示すものだとする説もあります。 最も確実な資料としては、日本書紀天武元年(672)7月の壬申の乱に 関わる記述の中に、たくさんの道路名が出てきます。大和古京の戦いだけを 見ても、高安山からの西方の状況として「臨見西方、自大津・丹比両道、軍 集多至。」とあり、河内方向に「大津道・丹比道」の二つの道があったこと が分かります。これは、それぞれ長尾街道・竹内街道のことであるとされて います。また、二上山の北麓から高安山の南麓までの付近かと思われる「懼 坂道(かしこざかのみち)」「大阪の道」という道路名も出てきます。 また、「則分軍、各当上中下道而屯之。」(軍を分け、それぞれ上ツ道・ 中ツ道・下ツ道の各道に配置した。)など、幾つかの記事に南北三道の名が 書かれており、三道がこの時点ですでに存在したことが分かります。 話を少し戻して、「古代の国道1号線」について、もう少し詳しく見てお きたいと思います。 推古21年に造られた大道は、大きく分けて三つの道路として呼ばれてい ます。奈良盆地では「横大路」と呼ばれる東西直線道になります。近世にも 伊勢街道として使われていたため、その痕跡は今もはっきりと残っています。 東端は桜井市外山の宇陀ヶ辻までが直線道となり、西端は葛城市長尾の長尾 神社付近となり、奈良盆地を東西に結びます。その間は、おおよそ15km です。 長尾神社付近からは、二上山の南で竹内峠を越えることになり、「竹内街 道」と呼ばれる道路となります。峠の西麓は大阪府南河内郡太子町になりま す。近つ飛鳥の里から石川を渡るまでは、北西・南東方向の斜向道となり、 応神天皇陵付近で再び東西の直線道となります。先に見たように、この道路 は日本書紀では「丹比道」として書かれている道路だと思われます。西端は、 仁徳天皇陵からやや北西に振って堺市堺区で南に向かう道路と交差すると思 われます。ただ、「自難波至京置大道」としては、堺市北区の金岡神社付近 で南北道の「難波大道」に直角に交わることになります。 この間おおよそ 21kmです。 難波大道は、難波津付近(後の難波宮中心線=朱雀大路に該当)から、正 南北の道路として造られました。南端ははっきりしませんが、最短でも丹治 道(竹内街道)と呼ばれる東西道に接続していたと思われます。この間おお よそ13kmです。 2008年5月、この難波大道の一部が堺市北区と松原市の境付近で発掘 調査により発見されました。道幅は約17mを測りました。これは、奈良盆 地での他の官道とほぼ同じ道幅(後の京域内や一部の道路では異なる)にな り、一定の規格を基に建設されたもののように思われます。 難波大道が難波宮長柄豊碕宮の中心線に合致することから、道路建設を孝 徳天皇白雉4年の書紀の記事が一見有力なようにも思われるのですが、道路 を基準として宮を造ったとも考えられますから、これも絶対的な道路建設の 時期だと断定出来そうにもありません。 日本書紀ではありませんが、道路敷設に関連する資料がありますので、ご 紹介しておきます。「随書 倭国伝」に次のような文章があります。「今故 清道飾館以待大使」、これは「今故(ことさ)らに道を清め館を飾り、以て 大使を待つ」と読めば良いでしょう。推古16年(607)4月に隋使裴世 清が、我国を訪れた時の記録とされています。「道を清め」は、何を意味し ているのでしょうか。 (第12回定例会講師 近江先生は、安倍寺跡付近で検出された遺構について、 飛鳥遊訪マガジン31号「阿倍・山田道(6)」で、7世紀前半に路面を小礫 や土器片で舗装し、石組の側溝を伴う山田道の一部だとされ、それが「道を 清め」に該当する整備ではないかと推定されています。) 今号では、官道の建設時期に関連する書紀の記述を中心に紹介しました。 次号では、その中で起こった疑問点や風人の考えなどをご紹介したいと思っ ています。 (つづく) ━━━◇『飛鳥三昧』 http://sanzan.gozaru.jp/ ┏◆◇◆◇◆━━━━━━━━━━ 〈5〉飛鳥情報 ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆◇━━━━ ◇━ 飛鳥発掘情報 石神遺跡では、前回の20次調査の南側で進められている今年度の調査も 進み、そろそろ遺構が検出され始めているようです。また、注目の甘樫丘東 麓遺跡の発掘調査もいよいよ始まったようです。こちらは、一昨年発掘調査 された南側が調査地として予定されているようです。どちらも現地説明会を 楽しみに待ちたいと思います。 情報が出次第、また飛鳥遊訪マガジンでもお知らせしたいと思います。 ::::::::::::::::::::::::::::::::::: ◇━ 奈良文化論 近江俊秀先生が明日「古代の道路遺構 −大和を中心として−」と題して、 奈良大学で行われている「奈良文化論」のリレー講義の講師をされます。 近江先生には、来年1月10日の第12回定例会で「飛鳥のみち 飛鳥へ のみち−すべての道は飛鳥に通ず−」の講師をお願いしています。定例会の 予習にもなると思いますので、参加されてはいかがでしょうか。 *奈良文化論 日 時: 12月20日 場 所: 奈良大学 C102教室 時 間: 13:00〜14:30 申 込: 不要 参加無料 問い合せ: 教務課 0742−41−9504 広報室 0742−41−9588 注意事項など詳細は、奈良大学サイトトップから「奈良文化論について」 を必ずご覧下さい。 奈良大学 http://www.nara-u.ac.jp/index.html ::::::::::::::::::::::::::::::::::: ◇━ 年末年始の休館日のご紹介 飛鳥資料館や橿原考古学研究所付属博物館など、年末年始は休館となりま す。開館日をご確認のうえ、お出掛けください。 *飛鳥資料館 平成20年12月26日(金)〜平成21年1月3日(土)の間は休館 4日から通常開館(5日は月曜日のため、休館) 飛鳥資料館公式サイト http://www.nabunken.go.jp/asuka/index.html *橿原考古学研究所付属博物館 平成20年12月27日(土)〜平成21年1月5日(月)の間は休館 橿原考古学研究所付属博物館公式サイト http://www.kashikoken.jp/museum/top.html ::::::::::::::::::::::::::::::::::: ◇━ 橿原考古学研究所付属博物館の特別陳列のご案内 橿原考古学研究所付属博物館では、現在二つの特別陳列が開催されていま す。どちらも年末年始の休館後も引き続き陳列されるようですので、ご都合 のつかれる方は、覗かれてはいかがでしょうか。 *特別陳列 「七支刀の復元」 会 期: 平成21年3月31日まで (無料ゾーンでの展示) *特別陳列「牛にひかれて博物館」−十二支の考古学 丑− 会 期: 平成21年1月18日まで 橿原考古学研究所付属博物館公式サイト http://www.kashikoken.jp/museum/top.html ┏◇◆◇◆◇◆━━━━━━━━━━ 〈6〉両槻会からのお知らせ ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆◇━━━━ 第12回定例会への参加申込締め切りが、年が明けての4日になります。 これからの年末年始の慌しさで「申し込み忘れた!」と言う事がないよ う、ご検討中の皆さんは、早めにお申し込み下さいますようお願い致します。 第12回定例会 日 時: 2009年 1月 10日(土) 13:00〜16:20(開場 12:30) 演 題 :「飛鳥のみち 飛鳥へのみち」−すべての道は飛鳥に通ず− 講 師 : 橿原考古学研究所 主任研究員 近江俊秀先生 申込締切: 2009年1月4日 また、恒例の講演前事前散策も行います。今回は、講師の近江先生のご案 内で講演に関連する阿倍山田道や史跡を訪ねます。 お申込みは、下記アドレスの詳細をご覧のうえ、両槻会宛にメールで♪ 第12回定例会案内 http://asuka.huuryuu.com/yotei/teireikai-12/yotei-12.html ::::::::::::::::::::::::::::::::::: 第13回定例会は、雨天変更になった第11回定例会のリベンジとして、 「天空の里を訪ねる」を開催します。皆様のご参加おまちしております♪ 詳細は、下記アドレスの案内をご覧下さい。 第13回定例会「天空の里を訪ねる」 http://asuka.huuryuu.com/yotei/teireikai-13/yotei-13.html ::::::::::::::::::::::::::::::::::: 第14回定例会の予定が確定しましたので、ご案内します。 「野守は見ずや 名柄の遊獵(みかり)」 −田村薬草園に 藤原京木簡を訪ねる− 旧暦の5月は「遊獵(みかり)=薬狩り」の行われた季節です。飛鳥人の 使っていた薬草の実物を見て、飛鳥人の健康状態を考えてみませんか? 藤原京から出土した木簡には、20種類以上の生薬名が記載されているこ とが分かっています。 田村薬草園が、1995年に開催されたロマントピア藤原京の時にこの木 簡に書かれていた薬草を展示しました。これらの薬草は今でも、田村薬草園 で栽培されていて、見学させていただけます。 第14回定例会では、田村薬草園を訪ねて、生薬の効果と民間薬としての 利用法を実際の植物を見ながらご案内します。 田村薬草園サイト http://www.tamura-p.co.jp/yakuso/ 詳細予定は、順次お知らせしていきますので、お楽しみに♪ ┏◆◇◆◇◆◇◆━━━━━━━━━━ 〈7〉編集後記 ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆◇━━━━ 毎年この時期になると気ぜわしくなるのは、σ(^^)だけでしょうか?^^; もう少し学習能力があれば、もっとゆったりと年末が迎えられるようにも思 うのですが。無理ですか・・無理ですね。ハイ。 インフルエンザがそろそろ流行りだしてるという話もちらほら聞きます。 皆さんもお気をつけ下さいね。とりあえず・・・明後日、柚子と南瓜です! (もも) ┏━━◆◇◆━━━ ━━━ ━━━ ━━━ ━━━ ━━━┓ 発行 :両槻会 http://asuka.huuryuu.com/ 飛鳥遊訪マガジンへのご意見ご感想は、 http://form.mag2.com/viuounelio または asukakaze2@gmail.com 両槻会事務局まで 登録/解除は http://www.mag2.com/m/0000259444.html 発行システム:『まぐまぐ!』 http://www.mag2.com/ ┗━━━ ━━━ ━━━ ━━━ ━━━ ━━━◇◆◇━━┛



