心のガラス工房
はじめまして、沖縄県在住の東と申します。
先日、あなたの無料レポートを読ませてもらい、たいへん勉強になりました。
自分もメルマガを創刊したのですが、まだ読者がいません。
つきましては、無料レポートを作成しましたので、まことに厚かましい事
とは存じますが、あなたのメルマガ読者の皆様へ紹介の依頼よろしくお取り計らい願います。
今回は、無料レポートとして、メルヘンの世界へ読者の皆さんをご案内したいと思います。よろしくお願いします。
心のガラス工房
それは、深い霧に包まれた森の中にある。
つるで覆われた扉と、その横にある小さな看板。
『心のガラス工房 〜あなたの心をガラスにします〜』
シンプルな字で書かれた看板から目を離し、扉を開ければ、
中には一人の少女と一羽のアオイトリ。
黒いシルクハットと黒いタキシードを着た少女はクロ。
このお店の店主でガラス職人だ。
クロはガランとしたお店のカウンターに座っていた。
そんなクロの肩に止まっているアオイトリはクロに言った。
「あーあ!暇だね。何か話してよ!クロ」
クロはアオイトリに目をやってゆっくり答えた。
「じゃあ風の噂で聞いた物語を話そうか」
それは、遠い世界のある小さな国のお話。
小さな国のそばには大きな岩山があって、一匹のドラゴンが住んでいました。
ドラゴンは、それはそれは恐ろしくこの世のものとは思えないほど酷く醜かったのでした。
だから人々はドラゴンを恐れ、嫌いました。そんなドラゴンがある日、偶然小さな国の王女を見かけて好きになってしまいました。
ドラゴンは王女の下へ行って、告白しました。しかし王女は怖がって泣くだけでした。ドラゴンはあきらめて、岩山へ帰りました。
ドラゴンが王女に告白したことは国中で大騒ぎになり、やがて小さな国の隣の大きな国にも広がりました。
その大きな国の王子は、小さな国の王女をずっと好きだったので、王女がこのままでは危ないと思い、
すぐさまドラゴン退治に出かけました。そしてドラゴンを退治して、王女と幸せになりました。
「何だか聞いたことのある話だね!」
「そうかもね。ほら、お客さんだ」
クロがそう言うと、扉が開き、お客が入ってきた。
それは一匹のドラゴンだった。ドラゴンはケガをしていて、かなり弱っていた。
疲れきった目でクロを見つけた時、ドラゴンは苦しそうに声をもらした。
「お願いです・・・・わたしの心をガラスにして下さい」
小さくかすれた声に、クロはうなずいて何事もないように答えた。
「一部と全部、どちらのご希望ですか」
「全部・・・」
その一言にクロは黙ってドラゴンを見つめた。
アオイトリもドラゴンの答えに羽をばたつかせて興奮する。青い羽が数枚、床に散った。
「お客さん。あなたの心を全部ガラスにするということは、あなたが消えてしまうことになりますよ」
ドラゴンは静かに目を閉じた。その目には涙があふれていた。
この心のガラス工房には二通りの製造方法がある。
心の一部をガラスにするか、全部をガラスにするかだ。
一部の場合、お客の心をほんの少しもらって、それをガラスにする。
心は少し欠けてもすぐに新しく生まれるから心配ない。そしてお客のほとんどが一部を希望する。
何故なら心は、そのお客自身の存在と同じ。誰もが心を持って生きている。心があるからそこに存在できている。
心を全部ガラスにしてしまえば、心を失ってその存在は消えてしまう。だから、普通は誰も注文しない。
「わたしはある小さな国の王女に恋をしました。けれどわたしは醜く、人々から嫌われていました。
だから決して叶うはずなどなかったのに・・・それでもあきらめきれず王女に思いを伝えたんです」
ドラゴンの涙にアオイトリはクロの話を思い出していた。
「しかし王女はやはりわたしの姿を嫌って、泣いて拒むだけでした。そしてわたしは王女の前から消えました。
これ以上王女に悲しい思いをしてほしくなかったのです。
けれどその後、わたしがこれからまた王女に何かするかもしれないと恐れたのでしょう。
大きな国の王子がわたしを退治しにやって来て、わたしは住んでいた岩山から逃げました・・・」
「その傷は王子にやられたのですか」
無表情で聞くクロにドラゴンはうなずいたが、すぐに王子は悪くないのだと言った。ドラゴンの目からはまだ涙が止まらない。
「わたしは自分がイヤなのです・・・わたしはこんなにも醜く、汚い。
それでもこんなわたしでも・・・ガラスになれば、少しは綺麗になれるのではないでしょうか?いえ、ガラスになりたいのです」
「もう一度聞きますが、あなたは消えてしまいますよ」
相変わらず無表情で聞くクロにドラゴンは弱々しく笑った。
「どうせこの傷ではもう長くは生きられません。なので、お願いです。わたしの心をガラスにして下さい」
「・・・・分かりました。ご注文を受け取りましょう」
クロの答えにドラゴンはほほ笑み、最後の涙が床をぬらした。
「クロ」
静かな工房で、とまり木で羽を休めていたアオイトリがクロに話しかけた。クロはアオイトリに視線だけを向けた。
「本当に良かったの?やっぱり断った方が良かったんじゃないの?」
「わたしはただのガラス職人だよ。注文通りにするだけさ」
感情のこもっていないクロの返事にアオイトリは怒って羽をばたつかせた。
「クロは悲しくないの!?ドラゴンは何もしていないのに、
ただ王女に好きだって言いたかっただけなのに!ドラゴンがかわいそうだよ!」
「悲しくないよ」
短く答えて、クロは自分の手の中にあるドラゴンの心を見つめた。
ふんわりと暖かな光のかたまり。これがこれから作るガラスの元になる。
クロはドラゴンの心にゆっくりと一本の細長い棒を突き刺し、赤々と燃える炎の中に入れた。
ドラゴンの心が、熱い炎の中でゆっくりとガラスになっていく中でアオイトリの悲しげな歌声が響いた。
「 さあ おいでよ 心のガラス工房
あなたの心をほんのちょっと分けてくれたら
作ってあげよう 心のガラス
どんな色かな どんな形かな
それはあなたの心次第 」
アオイトリの歌が止み、それから随分と長い時間が経って、ようやくクロは炎からガラスを取り出した。
まだ冷めないガラスは真っ赤で、熱気を発している。
「人はどうして自分と違うものを嫌うのだろうね」
見かけが違うだけでも、自分と異なるものを持っているだけでも、人はそれを恐れ、時には憎み嫌う。
「それで心が分かるわけではないのに」
段々とはっきりとした形に変わるドラゴンの心のガラスを見つめながら、クロはつぶやいた。
しばらく黙ったままそのガラスを見つめていると、お店からカランと扉が開く音が聞こえた。
「また、お客だ」
うたた寝をしていたアオイトリはハッと目を覚まし、飛び立った。
「いやあ、びっくりしましたよ。お店に入っても誰もいないのですから」
クロがアオイトリを肩に乗せて工房からお店へ戻ってきた時、お客はすでにお店のカウンターに座って待っていた。
とても綺麗でかっこいい青年だった。
「申し訳ありません。工房でガラスを作っていたもので」
「ぼくの前にもお客がいたんですか・・・まあ良いでしょう。早速ですが、ぼくの心をガラスにしてもらえませんか?」
優雅に構える青年にクロはうなずいて、いつものように聞く。
「一部と全部、どちらのご希望ですか」
青年はハハハッと笑って答えた。
「もちろん一部に決まっているでしょう。できるだけ早くお願いしますよ。そうですね、もう前のお客のはできたんですか?」
「いいえ。でも、後少しで完成します」
「ならぼくのガラスを優先して作って下さいね。実はぼくはある国の王子なのですが、
今度結婚する王女にぼくのガラスをプレゼントするつもりなんです。だから早く作ってほしいんですよ」
アオイトリが王子の言葉に鳴き声をあげたが、クロは黙ったままだった。
「・・・・分かりました。ご注文を受け取りましょう」
「それではしっかりお願いしますよ」
そう満足そうに笑いながら王子は去っていった。
そのまま何事もなく工房で作業を始めようとするクロに、アオイトリは怒って声を上げた。
「何であいつの注文を引き受けたんだよ!あいつはドラゴンを傷つけた王子だ!しかもあんなに偉そうに!」
クロはやっぱり無表情で、先ほど王子からもらった小さな心の一部をガラスにする作業を始める。
「わたしはただのガラス職人だよ。注文通りにするだけさ」
相変わらずな答えに益々怒って羽をばたつかせるアオイトリ。
「クロは怒らないの!?」
クロは一瞬だけアオイトリに視線を向けて、答えた。
「怒らないよ」
静けさに包まれる工房で、王子の心のガラスを仕上げたクロは、ガラスを見つめていた。
王子のガラスの隣には、あのドラゴンの心のガラス。どちらもすでにすっかり冷め切って完成している。
「今日は。忙しい日だ」
小さくつぶやいて、クロはそのまま工房からお店へ向かった。
とまり木でぐっすり眠ってしまっているアオイトリを残して。
「いらっしゃいませ」
恐る恐る扉を開けて入ってきたお客はクロの声にびっくりした。
「ああ・・・職人さんですね。びっくりしましたわ」
ほうっと安心で息をはくお客は、それは美しい女性だった。
「どうぞ、そちらにお掛けになって下さい」
クロの答えに女性はまだ落ち着かないながらも、椅子に座る。
「わたくしの心をガラスにして下さいません?」
苦しそうに言う女性にうなずいて、クロはいつものように聞く。
「一部と全部、どちらのご希望ですか」
「一部、ですわ・・・。わたくしの、この苦しい心の部分だけをガラスにして捨ててほしいのです」
「苦しい心の部分だけ・・・ですか」
感情のない声で反復するクロに女性は思わず顔をそむけた。
「わたくしは・・・・とある国の王女なのです。わたくしの国の近くには岩山があってその岩山にはドラゴンが住んでいました。
そのドラゴンがわたくしを好きだと言ってきたことがあるのです。わたくしはドラゴンがあまりにも恐ろしかった・・・。
この世のものとは思えないほど醜く汚いドラゴンでした。そしてわたくしはドラゴンをありったけ拒絶したのです。
ドラゴンはその後、わたくしの国の隣の国の王子に倒されたと聞きました。
そしてわたくしはもうすぐその王子と結婚するのですが・・・・あのドラゴンの悲しそうな顔が心から離れないのですわ。
なぜか苦しくなるのです。もうこんなに苦しいのはイヤですわ!だからガラスにして捨てて下さいな!できますでしょう!?」
王女は思わず声を荒げてしまい、慌てて恥ずかしそうにした。
クロは相変わらず、無表情のまま答えた。
「・・・・分かりました。ご注文を受け取りましょう」
「ああ。ありがとう。これで苦しみから解放されますわ」
「それでは」
そう言って王女から苦しい心の部分をもらおうと、クロは王女の前に手をかざした。その時、ふと王女が口を開いた。
「あなたはどうして心をガラスにするんですの?」
それは王女のふとした疑問であり、好奇心だった。
クロはその問いにピタリと動きを止めた。
「わたしがガラス職人だからですよ、王女さま」
クロに瞳には、真っ直ぐに王女が映っていた。
「でも、あなたは人の心をガラスにすることに何も感じないんですの?」
「感じませんよ」
クロは笑った。
「一つ物語をお聞かせしましょうか、王女さま」
それは、とある国の小さな町に住んでいた少女のお話。
少女は生まれつき不思議な力がありました。それは人や動物の心をガラスにする力でした。
少女は最初、自分の作るガラスの美しさにとても喜んだものでした。
しかし、少女の住む町の人たちは少女の力を怖がり、少女を町から追い出しました。
少女は泣きながらさまよい続けました。そして少女は深い霧に包まれた森に迷い込んだのでした。
その森の中には小さな建物があり、少女はそこで疲れきって倒れました。
少女の心は、悲しみと怒りと憎しみと寂しさでいっぱいでした。
そのいっぱいの心が少女を疲れさせ、益々少女を苦しませるのでした。
それで少女は自分の感情という心の一部を全部ガラスにしました。
そうすることで、この苦しみから逃れることに成功したのです。
ガラスとなった少女の心は美しい鳥となって、今でも少女の相棒としてそばにいるのでした。
「と、つまらないお話ですよ。王女さま」
クロはまた笑う。でもその笑いには感情がない。
「そんな・・・・・わたくし・・・・」
戸惑う王女のそばに、工房から一羽のアオイトリが飛んできた。
目を覚まして、慌ててお客の出迎えに来たらしい。
「あ・・・・・」
透き通った青いガラスの鳥。
「ところでもう一つお話があるんですよ、王女さま。王女さまの知っているドラゴンと王子さまが二人ともご来店されて、
心をガラスにしていったんです。ドラゴンは全部をガラスにしました。王子さまは王女さまとのご結婚のプレゼントとして渡したいと」
クロの話に、王女は大きく目を見開き、そして涙を流してその場にくずれ落ちた。
「わたくしは・・・・・!」
苦しい心。自分の感情をガラスにして感情を失くしてしまったガラス職人。王子の優雅な笑み。ドラゴンの悲しそうな顔。
たくさんの思いが交じり合って、王女は泣き続けた。
今、分かったのだ。この苦しみが何なのか。
「わたくしは、ドラゴンに酷いことをしました・・・。醜い、汚いと思い、ドラゴンを拒絶したんです。
わたくしのこの苦しみは、わたくしの罪の痛みだったのですわ」
泣き続ける王女を、やはりクロは無表情で見つめる。一方、アオイトリは泣く王女を心配そうに見つめて、そばを飛び回った。
「・・・わたくし、やっぱり注文は止めにしますわ。どうか、ドラゴンの心のガラスをゆずって下さいません・・・?」
しばらく泣いて、落ち着いた王女はクロにそう言った。
クロはうなずいて、工房からドラゴンの心のガラスを持ってきた。
そのガラスを見た王女はハッと息をのんだ。
「・・・・綺麗・・・・」
ほんのりと赤い、美しいドラゴンの形をしたガラスのオブジェ。
王女の目から止まっていたはずの涙が溢れ出し、王女はガラスを抱きしめた。
「わたくしはドラゴンを見かけだけで判断し、傷つけてしまいました。あのドラゴンの心はこんなにも美しかったというのに」
クロはそんな王女に言った。
「あなたはちゃんと苦しむことを知っている。心を大切にして下さい。
悲しめるから、後悔できるんです。苦しめるから、前へ進めるんです」
王女はうなずいた。
「王子との結婚は考え直してみますわ。今日はありがとう」
そして、王女は帰っていった。
「ねえ、クロ」
また暇になったお店のカウンターに座るクロにアオイトリは聞く。
「さっき王女が泣いていたのに、いつもと変わらず無表情なんて・・・・クロは何も感じないの?」
「感じないよ」
クロは笑って、アオイトリを見た。指をアオイトリに向ける。
アオイトリはその指にとまってクロを見つめた。
「でもお前が感じるだろう。わたしの感情をね、アオイトリ」
「もちろん!」
アオイトリは羽をばたつかせた。
床に青い羽が散らばる。青いガラスの羽が。
「ところでさ、王子の心のガラスはどうなったの?」
「あれ」
「うわ・・・!」
アオイトリが見たのは真っ黒で汚いガラスのかたまりだった。
「人は見かけだけじゃ、判断できないってことさ。
だからこそ心は大切にするべきなんだけどね・・・」
それでも。
「クロ!お客だよ!」
アオイトリの声にクロは立ち上がって、歩き出す。
「いらっしゃいませ」
今日も誰かが心をガラスにする―――
・end・
by 爽


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