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実際に旅行に行く前に、そこの歴史や案内を知っていくと、味わい深い旅になると思います。また、旅行には興味のない方でも、人類の歴史・守ってきた遺産を知ることは「どう生きるか」を考えるきっかけになると思います。

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2008/05/03

【世界遺産の歴史】No.74 アストゥリアス王国の聖堂建築

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<<世界遺産の歴史>>No.74
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平成20年 2008/05/02(金)                                  by 美海
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「世界遺産の歴史」を読んでいただいて、ありがとうございます。

世界遺産には、以下の4つがあります。

1【文化遺産】⇒すぐれた普遍的価値をもつ「建築物」や「遺跡」など。
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2【自然遺産】⇒鑑賞・学術・保存上顕著な普遍的価値を有している

「地形や生物、景観」などを含む地域。
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3【複合遺産】⇒「文化と自然の両方」の要素を兼ね備えたもの
        ********************

4【危機遺産】⇒後世に残すことが難しくなっているもの。
        **************************************

世界遺産からは、先人の成功と失敗、守り伝えてきたものが

見えてきます。

それは今、代を預かり次に渡そうとしている私達が

どう生きるべきかを問いかけてきます。

今回は、「アストゥリアス王国の聖堂建築」です。

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┃アストゥリアス王国の聖堂建築┃基本データ
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国名:スペイン共和国

所在地:アストゥリアス自治州アストゥリアス県、オビエド周辺

登録年月日:1985年

遺産種別:文化遺産

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┃1┃アストゥリアス王国の聖堂建築の歴史背景
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イスラム教徒がイベリア半島に押し寄せ、718年、西ゴート族の貴族ペラーヨは

コバドンガでイスラム軍の侵攻を食い止めました。

ペラーヨはスペインの英雄として賞賛され、アストゥリアスの国王になりました。

アルフォンソ2世(在位791-842年)

ラミーロ1世(在位842-850年)

オルドーニョ1世(在位850-866年)

アルフォンソ3世(在位866-910年)

これらの国王が統治している間、3つの聖堂が建てられ、その建築様式は

ロマネスク建築のさきがけになりました。

特にラミーロ1世の時にラミーロ芸術と言われ、3つの内、

2つが建てられました。

やがて、サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路を通して、

ロマネスク様式は広がっていきました。

914年、軍事的拠点だったレオンに遷都、レオン王国に改名。

1037年、カスティーリャ王国に併合されレオン=カスティーリャ王国に。

1035年、アラゴン王国に改名。

1516年、カルロス1世が国王になり、スペイン共和国になりました。

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┃2┃世界遺産に登録されている3つの聖堂
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1.サンタ・マリア・デル・ナランコ聖堂

2.サン・ミゲール・デ・リーリョ聖堂

3.サンタ・クリスティーナ・デ・レーナ聖堂

いずれも、千年以上昔の建築物です。日本では奈良時代の頃でした。

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┃3┃アストゥリアス王国の聖堂建築の感想
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今しがた、ルパン三世カリオストロの城をやっていました。

なので、今夜は西ゴート族が最も栄えた場所、アストゥリアス王国

をとりあげました。

カリオストロの城と比較するとまったく正反対な感じがしました。

小さくて赤茶色、城ではなく聖堂ですが、

国王ラミーロ1世が大切な妻パテルナの要望も取り入れた、

素朴で温かさを感じる館でした。


アストゥリアス王国の聖堂建築の映像へのリンク

http://free-plus.net/article/95447976.html

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『世界遺産の歴史』                             発行者:美海
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