少年サッカー上達計画マガジン  RSSを登録する

全国のプロサッカー選手を目指す親子に対して、他では教えてない、特別な指導をしているハラサワのメルマガ。元Jリーガー、日本代表選手のノウハウ教材の制作秘話も、話せる範囲で話したりしてます。

最新号をメルマガでお届けします    
登録 解除

規約に同意して

登録した方には、まぐまぐの公式メルマガ(無料)をお届けします。
2009/06/12

カオスレベルって何?

カオスレベルって何?

今日はかなり難しいお勉強関係のお話をします。




F.Cバルセロナでコーチをされている、村松さんが「戦術的ビリオダイゼーション理論」を研究しつつ、執筆活動などをされています。

何度も言いますが、私は彼を尊敬しています。ただし、尊敬しているからと言って「言っている事が全て素晴らしい」ということにはなりません。

私自身も日本人なんですけど、「日本人の嫌いなところ」って、「良い部分」と「悪い部分」を分けられないところってあるじゃないですか?

なんか、凄そうだからゴマすっとけば良い事あるだろう的な。

そんなことばっかりやってるからいつまで経っても本質が理解できない。

だから、私は尊敬している村松さんにだって噛みつくんです。村松さんだけじゃなく、私は自分の師匠に対してもそうです。
なぜなら、私は世界一の少年サッカーコーチを目指しているからです。

いずれ、どこであろうと越えなくてはならないのに、媚びてたってしょうがないですよね。

だから、私は尊敬している相手にだっていつでも挑戦的なんです。そうしないと、もっと上のレベルに行くことなく終わってしまいますからね。

こういうことだって「勇気」が必要ですからね。

おそらく「いいですねー、最高ですねー、あなたには叶いませんよ」とかやってれば、それなりのものも得られる事でしょう。

だけど、「それなりのもの」しか得られませんから、そのやり方では。

あなた達親子は、「それなりのもの」が欲しくてサッカーをやってるんですか?

そして、このメルマガを読んでいるんですか?

多くの方は、違うと思います。「もっとなにか違うもの」の探求ですよね。私もその為にやってます。
そんな「それなりのもの」は他の人が奪い合ってりゃいいじゃん。みたいな発想なので。

とは言え、と、言うか、

と、なんかよくわからないつなぎ言葉でつなぎ切れていない訳ですが、

村松さんの研究されている「戦術的ビリオダイゼーション理論」については、もっと日本の人達は興味を持った方が良いですね。

多分、私がサッカーの理屈を本気で話すと「精神異常者が話してる」みたいな感じになると思うんですよ。

だから、というのもあるし、そこまで難しく話すと子どもがぜんぜん理解できない。というのもあるのですが、
本当は、指導者間では頭のいかれたような議論に見えるほどのお話とかしたいですね。

でも、それについてこれる方がいないのでしないのですが、村松さんの書かれている本は買って読んだ方がいいですよ。

まず、何が良いかというと、

「日本のサッカーがどれだけ世界に遅れをとっているか」

が分かります。

昔、こういう言葉が流行ってた時がありましたよね。

「日本の常識は、世界の非常識」

だと。

まあ、私がよく皆さんに言ってますよね。「あなた達は日本のサッカーの常識に騙されている」と。

ここまで挑発的に言ってしまう非常識人は私しかいないかもしれませんが、まあ、事実なんですから言っちゃいます。
それを世界でコーチをされている、しかも世界のトップのチームのコーチをされている方が言っているのだから、まんざらでもありませんよね。

そんな事は、私は世界に行かなくても日本のサッカーの低レベルな現状は分かります。

だって、なんにも変わってないし、なんにも良くなってないですから。

日本代表が2010W杯のベスト4を目指すのは良いけれど、
今度2006ドイツの時のような結果になったら、日本はもう、その程度で終わると思います。

なにがダメかというと、「結局は変わる勇気を持てなかった」という事です。

変わる勇気も根性もない人、チームがいくらデカい目標を持ったところで、変わりませんから。
と、いう事を2010で、彼らは証明してしまう可能性が高いです。

まだ、分かりません。岡田監督にそのくらいの覚悟があれば、ベスト4、ベスト4に入ってもおかしくないサッカーを表現してくれるかもしれません。

可能性としては、変わらない国ニッポン」を表現してしまいそうな気がしてなりませんけどね。

日本はもっと変わらなくてはいけない。

他国の良い部分は吸収し、自国の良い部分を活かしながら迎合して「強い日本を作る」という発想がない限り、世界レベルの台頭は無理だと思います。

話がそれたように思われるかもしれませんが、それてません。

ここにあるんです。

「他国の良いところを吸収」

これは、少年サッカーにも言える事です。

だから、日本の多くの方に世界のサッカーを知ってもらいたい。その為にとっても良い本が村松さんの書かれている本ですよ。
と、いう事です。

変な、変わりもしない日本人が、適当に世界を語ってる本よりもよっぽどいいです。

是非、読んでください。

最近流行りかけているインチキ臭い高額DVDよりは、全然値段も手ごろでお勉強になる本だと思います。
 

ここは、話はそれますが「だったらお前が一番高額だろが!」と思われるかもしれませんが、
あれは私の少年サッカーアカデミーの教材として作ったもので、DVDだけでなく上達のために、
必要なマニュアル、プログラムすべて入っているものとして出しますので、

よくありがちな、

「元Jリーガー●●さんの、××のノウハウDVD」

みたいのとは訳が違うんです。

だから、阿部さんのピンポイントも、DVD以外のものを充実させなくてはだめだと指摘していくつかは作ったりした訳ですが。
(まだあれでは補い切れていないとは思いますが、私が作ったものではないので制作者次第でしょうね)


今後、もしこういうものが販売された時に、注目すべき点は、「ただDVD作りゃ買うと思ってんじゃねぇゾ」という厳しい顧客の視点を持つ事ですね。

そういう部分の評価は、今後は私なりには入れたいとは思います。

良い選手使っても、作ってる会社が金もうけ主義的なところとかも出てきそうですからね。すでに出ていると言えば出ていますけど。
そういう会社って、絶対どこかに怪しいポイントがあるから、見逃さなければ騙される事はないでしょう。

とは、言え、

あなた達親子は結構騙されているかもしれません。

サッカースクールに良く分からずとりあえず入っている人達は
すでに自分の力では判断できない人達だから、諦めるか頭を使う努力をするか。
このどちらかでしょうね。

で、頭を使う努力をしたいのであれば、私のメルマガを読むのも良いけれど、村松さんの本を読むのもいいですよ。というお話です。

まあ、読んでみてください。

ぜんぜん訳分からない(カオス)状態になると思いますから。

で、もしも「分かった!」と思えた人がいたら、そういうタイプのほとんどの人は「分からないのにすぐに分かったと言ってしまうおバカさん」です。

どちらかというと、「うわっ、すげー難しくてぜんぜん分からない」と思えた人はまだ正常です。

もしかしたら、まれに本当にわかっちゃう人がいるかもしれませんが、

でも、そんな人は自分の力でサッカーを理解し、自分の子も成功させられると思いますからね。。。

と、言う事で正常な方達に向けてお話ししますが、

「すげー難しくて訳が分からない」と思ったその戦術的ピリオダイゼーション理論。

簡単に言うと、その「うわー難しくて分からない」という状態を「カオス」と呼んでいる気がします。

一般的な定義かどうかは知りません。

例えば、センスのある子はドリブルが上手い。だけど僕はああいうドリブルができない。

と、いう事があるとすると、

「僕にとってあのドリブルはカオスレベルが高い」みたいな表現を村松さんはしています。

そうすると、あのドリブルが僕にもできるとすると、

「僕にとってはあのドリブルはもはやカオスではない」

みたいな。。。

意味分からねー。。。

みたいな。

みたいなみたいな。(汗)

まあ、そんな感じで「サッカーはカオスである」というのは、ふたつの意味があるような気がします。

「サッカーそのものはいろいろな要素が絡み合った要素還元では、理解できないカオス【複雑系】であるということ」

と、いう「カオス」と、

「我々日本人にとっては、サッカーそのものがカオス【まったく理解不能・混乱】である状態」

みたいなダブルミーニングがある気がしてなりません。

では、ここらへんからハラサワ節をちょっとずつ効かせて書きますが、

分からないもの=カオスレベルが高い(カオスな状態)だとすると、

あなた達親子にとって、

突破のドリブル
ドリブラーのタッチ
ファーストタッチ
トラップ
ターン
パス
ワンタッチパス
パス&ゴー
サポート
3人目の動き
三角形の作り方
マークの仕方
アプローチの仕方
インターセプトの狙い方
インターセプトの後に何を狙うか
裏の取り方
裏を取れるパスまわし
サッカーの基本的な戦術
個人戦術

などなどなど。。。

これらひとつひとつの要素があなたにとってはカオスですか?それとも明確に理解できていますか?

もし、これらのいくつかがカオスな状態であれば、サッカーなど理解できる訳がありません。

なぜならば、それは「サッカーはカオスだから」

みたいな話ですね。

私も「サッカーはカオス【複雑系】」であると思います。

ですが、このサッカーというカオスを理解するためには、ふたつの事が必要で、それは、

・そのサッカーをカオスにさせている「多種の要素の洗い出し」

という事と、

・その多種の要素をひとつひとつ理解すること(ここの部分は私は要素還元だと思います。)

このふたつがまず必要になってくると思います。

もう一度このカオスなサッカーをたとえてみると、

まず、鎖が訳の分からない感じで絡まっている。

その絡まっている鎖にはさらに何100個もの南京錠みたいな鍵が付いているみたいな状態ですね。

この鍵がその要素みたいなものですね。

この鍵を開ける事ができれば、鍵がなくなっていく訳ですから、だんだん鎖を解いていくことが出来ますよね。

ここまでは、私は「線形【要素還元で理解できる部分】だと思います。

で、ここまでも分からなくなっちゃってるから、

「カオスなサッカーをよりカオスにしている状態」

なのだと私は思います。

つまりカオス×カオスな状態みたいな。

まずは、そんなカオスカオスしちゃったら絶対に分からないから、ひとつの「要素還元すれば、なくなるカオス」を消す事。

そうすれば、そのカオスなサッカーがなんとなく見えてきますから。

と、いうのが私の主張ですね。

で、その為にああいう教材DVDを作って、あなた達親子の「カオスな状態を取り除いてあげますよ」的な部分が大きいです。

なので、本当にあなた達親子がサッカーを理解していくには、

まずは、要素還元的なカオスをなくすことから始まる訳です。

気づいていないのか、なんなのかは分かりませんが、村松さんが書けていないのはここの部分です。

ふたつのカオスをごっちゃにして話すので、私も話を聞いていてまた違うカオスが出てきたりする。。。(笑)

まずは、「サッカーはカオス」という本質的カオスだけにする作業は、本当は村松さんと一緒にやりたかったんですけど、返事が来ません。
と、いうことで私がひとりでここまではやっちゃおうと思います。

そして「本質的なサッカーのカオスの解明」は皆さんとやっていきたいなぁと私は考えています。

何も考えないサッカーの国日本で、ここまで頭を使う努力をされているのは私たちぐらいでしょうから。

どんな知識人よりも、皆さんの方がここでサッカーのお勉強をされていると思いますので。

と、言う事で、まずは

「サッカーの要素要素についてのカオス」は無くして下さい。

やり方が分からない方は、俺セン少年サッカーアカデミーやら合宿やら、教材DVDやらで指導していますので、そこで頑張ってください。
別に、他のやり方でも良いと思います。

とは、言え、あんまりなさそうだから、みなさんここにいるんでしょうけど。

で、ここが理解できると、次は「本当のサッカーのお勉強」が始まります。

あなた達親子は、その時は「サッカーの要素要素の理解」は終わり、その時の状態というのは、

「後は、絡まった鎖の理解」

だけのような状態になります。

実は、この鎖はそんなに全部ほどけない鎖なんです。

絡まった状態の鎖を全体を見て理解するしかないんです。ほどける部分もあるんですよ、だけどほどけない部分もある。

ここの理解を頑張るのが本当の「サッカー哲学」でしょうね。

ここまでくれば、あなた達親子は「サッカーの本質的な楽しさ」を理解している事でしょう。

おそらく、多くの人はサッカーの本質的な楽しさをまったく理解していません。

サッカーは単なる球蹴りじゃないんです。
だから、私は巷のサッカースクールを批判するんです。

「そんなに、安っぽいサッカーを、金欲しさにやってて、プライドはないのかい?」

と、私は彼らを見て嘆きたくなります。


サッカーというのはかなり高貴です。私から言わせると、どんな学問よりも高度な学問なんじゃないかと思ってます。

ほとんどの人は、サッカーの上っ面をなでる程度で終わってます。

本気でサッカーを考えた時、逃げ出したくなりますから。

だけど、そこで逃げ出さずに本気でサッカーを哲学しようと思えた時、あなた達親子にとってサッカーは「生きがい」そのものになるはずです。

「生きがい」に値するだけのレベルでサッカーと向き合える状態になれたのですから。

私が一番、あなた達親子に伝えたい事は、
「サッカーはきちがいにとっての生きがいになるのではなくて、人間として生きがいとして決めても恥ずかしくないだけの高貴な存在なんだ」

と、いう事です。

私はサッカーですべてが学べると思ってます。

球蹴りの部分なんてどうでもいいんです。

昔は、普通に学べたことも今では学べなくなりました。世の中がとても線形な世界になってきたということなのかもしれません。
手をつないで徒競争などということはまさに線形。その発想をした奴の脳内については、私にとってはとてもカオスですけどね。

ただ、みんながロボットみたいに「1つの個性」を個性だと思っている気持ち悪い線形社会の中では、
自分達はとても個性的だと思いこんでるみたいですけどね。

日本のプロ野球の歴史を見てみれば分かるんじゃないでしょうか。

レベルは確実に上がったことでしょう。だけど明らかに個性がなくなりましたよね。
一番個性的なのは今は、昔は王・長嶋の影に潜んでいたノムさんみたいな。

昔の人達の方がぜんぜん個性的だったのではないかと、私は思います。

今は、何か「個性」という言葉を「どれだけわがままを言えるか」みたいな部分と勘違いしている人達が多すぎますね。
それで、結果が出せるのであれば良いけど、最近凄い多くなったなぁと思うのは、

「成功したら俺のおかげ、失敗したらお前のせい」

みたいな人達。自己責任のない人達の事ですね。
自己責任のない人間が個性的な人間になんてなれる訳がないんです。

だって、自分の責任で生きる事が出来ないのだから。

大事なところは、他人の考えにゆだねるような人達が個性的なキャラクターをつくることなんて無理です。

そんな中、「個性を磨く」という事をやりづらい環境が、今の日本だと思いますね。
結局、今の日本というのは、「勇気がなくても生きれるジャン」みたいな感じなので。

だけど、サッカー選手を目指すとしたら、それが世界に通用するレベルだとしたら。

それこそ「勇気」がどうしても必要。「失敗したら自分のせい、自分の甘さ」と思い、次こそはリベンジしてやろうと思えるぐらいの勇気は最低限必要です。

結局、努力すれば理解できるような事までカオスにしちゃって、
「ウザい」だの「ビミョー」だのとしか言えないロボットづくり国家が日本のように見えてなりません。

別に私は危ない思想を訴えているのではなくて、

「自分の頭を使って、自分らしさを追求して、自分として生きろ」

という事を言っているだけです。

むしろ、

「お前はデキが悪いんだから、言われた通りに生きて死ねばいいんだよ」

と、いう考えと、どっちが危険なんですかね?
ちなみに私のガキの頃のサッカークラブの監督は後者に近い感じでしたよね。
あれを鵜呑みにしてたら、私はロボと化していた事でしょう。

私は、生まれた以上は自分らしく生きて死にたいと思います。他人に決められた生き方なんてするつもりはありません。

だけど、日本のサッカー界というのは、
まさに「監督の俺様がダメだと言ったらお前はダメ人間なんだ」みたいな
昔大問題を起こした新興宗教みたいなことばかりやっている。

いやいや、私達は人間なんですよ。。。

と、いう部分。

私はそこを大事にしてサッカーをやってるし、指導しています。

「誰だってサッカーを学べるんだ」

と、いう環境づくり。ですね。

村松さんの話の中で私が好きなのは、「日本は上手いサッカー選手にしかサッカーをやらせない」という話です。
私もスペインのようなサッカー環境を日本にも作りたいと思っています。

賛同していただける方は、ぜひ一緒にやりましょう。

この環境だけはみんなで変えていくしかありません。別に協会が動かなくても、地域のクラブに志があればそれは可能ですから。
いつでもメールくださいね。私の構想をお伝えします。


まあ、いろいろ話してしまいましたけど、

戻すと、

「サッカーの中にあるカオス」について。

これを話すと、「没個性化」の事まで私は飛躍してしまいます。

結局、個性が損なわれると、サッカーのカオスは理解できないと思います。
本当の意味での個性を磨く事が、カオスなサッカーを理解する唯一の方法だと私は考えています。

その為に、俺セン少年サッカーアカデミーという少年サッカー学校を私は作りました。
「日本人が個性をもう一度取り戻す為」と言っても過言ではありません。

私達は、彼らの話を鵜呑みにしすぎて、考える事も疑問に思う事も知らぬ間に放棄してしまいました。

「あれがすべてだ」

と、思いこんだからです。

だけど、考えてみても疑わしい部分はたくさん出てくるし、
海の向こうのスペインにいる村松さんの話を聞いても、
どうやら日本のサッカーはおかしいぞ、なんか古臭いぞという事が分かってくる。

江戸時代ならまだしも、今は21世紀です。

だけど、私たち日本人のサッカーは、どうやらまだチョンマゲが付いてしまっているレベルみたいです。

どちらを選ぶかは個人の自由ですけど、私は世界で通用するサッカーを学び、世界を追い越すぐらいのサッカー哲学をしていきたいです。

では、ここからもう少し、そのカオス×カオスなサッカーを明確にしていく作業をしてみましょうか?

どうするんでしたっけ?

そうですね、

・そのサッカーをカオスにさせている「多種の要素の洗い出し」

という事と、

・その多種の要素をひとつひとつ理解すること(ここの部分は私は要素還元だと思います。)


ですね。

村松さんの話で説明がいまいちないのは、

多種の要素の洗い出し

です。

ここが私が聞いていると、

「村松さんだけが分かっちゃってる」

みたいな話に聞こえて、いまいち分かりません。

だけど、本当に伝えて日本のサッカーを変革するとしたら、この要素についての洗い出しはどうしても必要になってきます。

この要素が気持ち悪いほど細かく洗い出した時、私達は「カオスなサッカー」をなんとなく間違えずに理解する事ができるようになってくる。
鎖の話で言うと、

実は、そのサッカーという鎖の絡まり方は、なんとなく規則的だったりする。というヒントがあったりもします。
個々の部分を村松さんは「フラクタルなサッカー」と呼んでいる訳ですが。

要素を物凄く洗い出せた時、そして理解できた時に

「どういう部分がフラクタルなのか」

が見えてきます。

ここまでが、要素還元の力を使ってサッカーを「理解しやすい状態」に持っていける努力です。

これ以上のことを要素還元するのは無理です。別モノを理解する事になります。

なので、要素の種類をより多く分類して、そのひとつひとつを理解し、分かるように指導できる人間は優秀だと言えます。

これについては、ここに書くと1年ぐらいかかっちゃいそうなので、興味のある方はぜひ自分で洗いだしてみてくださいね。
洗い出すだけでもレベルは上がります。カオスな状態から少し抜け出せると思いますので。


で、また別の見方で考えてみると、

今までの日本のサッカー環境と世界のサッカー環境での違い、

日本人は何が分かっていない(カオス)のか?

という部分を知ってそのギャップを埋めればよいのではないか?
と、いう話もあるのですが、

私自身で考えたのですけど、やはりこれは大きな問題、サッカー以前に

「日本語と英語の違い」みたいな話はあると思います。

言語的な思考法が日本語はサッカー向きじゃないのだというのが大きな問題ですね。
日本人は主張が下手なんです。日本語がそんな感じなので。

そして、世渡り的にも「主張しないのが美徳」みたいな感じでもあるし。

だけど、さっきも書いたけど今は「やたら主張している日本人」みたいな話書きましたけど、これも違うんですよね。
逆に、主張が下手なので、訳の分からない権利の主張程度の事しかできない。
不合理的な主張が出来ない。矛盾だらけの自分の権利しか見る事の出来ない主張。義務度外視。

まずは、ここのチャレンジをすべきなんです。私たち日本人はサッカーによって。

サッカーで私達は「議論」みたいなものを学ぶんです。

「俺はこう言う考えだ」という事がしっかり主張できるような、「論理的な人間」になるための実学の場だと私は思っています。

だから、私は「サッカー日記を書け」と言っているのです。

サッカーが好き、だけど日記は書けない。という選手は、

「球を蹴るのは好きだけど、それ以外はどうでもいいです。」というわがままな子をサッカーで育てているだけです。

学力よりも、論理的に思考出来て、それを論理的に伝える事が出来る。そして論理的に判断し、行動できる。
この能力こそが、学習塾に高い金を払っても身に付ける事の出来ない力だと私は思っています。

村松さんの話の中に、
「スペインのコーチ達から言われたのは、テクニックのトレーニングをしたところで戦術的な力は向上しない、
だけど、戦術的なトレーニングをしている時には、その中に使うテクニックがあるのだから、自然とテクニックも向上する」

という話がありますが、これと同じです。

実戦で学べば、付随したテクニックは身に付くんです。でも、日本人はこうは考えない。
だから、テクニックだけを教える学習塾が流行ってしまう。

違いますよね?

求めているのはテクニックなんですか?

それとも社会で生きる力ですか?

サッカーに置き換えれば、

リフティングが1000回できるテクニックはあるけど、と試合中はプレッシャーに負けてトラップミスを連発みたいな選手

と、

リフティングは5回しかできないけど、試合中は落ち着いて、プレッシャーがきびしてくてもその5タッチを完ぺきにこなして、良いパス、シュートに持っていく選手

どっちをあなた達親子は目指していますか?

サッカーにおける「本質」とは「試合で出来るか出来ないか」ですよ。

ここにこだわらないから「学習塾的小手先の力伸ばしたい主義」みたいになっちゃうんですよ。

その発想は物凄い視野の狭い要素還元的発想です。

もっと広い視野で捉えないと、上になんて進めません。

結局、そういう部分に気づき、勇気と覚悟をもってまわりとは違うチャレンジをしようと決断できた時、

その条件によってあなた達親子はもうひとつ上でサッカーを捉えることができるのです。

と、いう勉強をしたいと思う方がどんどん増えて欲しいと思っているのが私や村松さんなのではないかと思います。


小手先の球蹴りに興じずに、死ぬまで理解できないぐらい奥の深いサッカーをもっとみんなで勉強していきたい。
そして、その過程の中にしか、日本のサッカーレベルが世界のトップ10に入るという可能性は私はないと考えていますので、

一緒に勉強したい人は、是非立ち上がってください。

発行者 原澤祐介
最新号をメルマガでお届け
登録 解除

規約に同意して

登録した方には、まぐまぐの公式メルマガ(無料)をお届けします。

最近の記事

上へ戻る