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    <title>ろう者の言語・文化・教育を考える</title>
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  <item rdf:about="http://archive.mag2.com/0000255806/20091218170000000.html">
    <title>■ろう者の言語・文化・教育を考える No.154</title>
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    <description>━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━&lt;br /&gt;◆ろう者の言語・文化・教育を考える◆　No.154  2009年12月18日&lt;br /&gt;━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;■＜教育＞ 口話で内緒話&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ご存知のとおり、昔、ろう学校は手話を禁止し、口話しか許さなかった。&lt;br /&gt;校内でちょっとでも手を動かそうものなら、すぐさま手をたたかれたものだ。&lt;br /&gt;私も中学部のころ、先生が板書している隙に、同級生とひそひそ手話をして&lt;br /&gt;いるところを見つかって、チョークが飛んできたことがある。ひそかに生徒&lt;br /&gt;の顔写真を的にして練習しているのではないかと思えるくらい、チョークは&lt;br /&gt;見事に額に命中した。それでも手をたたくとか、チョークの刑はまだいいほ&lt;br /&gt;うだ。終戦直後は、軍隊の名残があったのかお仕置きも容赦なかったらしい。&lt;br /&gt;女子生徒はまだしも、男子生徒は力いっぱい殴られ、翌日顔を腫らしてくる&lt;br /&gt;こともしばしばだったという。満々と水を張ったバケツを持って廊下に立た&lt;br /&gt;されるとか、「私は、手話を使いました。申し訳ありません」と書いた看板&lt;br /&gt;を胸に下げて終日廊下に立たされたという話もある。３０代後半の女性&lt;br /&gt;&lt;a href="http://archive.mag2.com/0000255806/20091218170000000.html"&gt;続きを読む&lt;/a&gt;</description>
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    <title>■ろう者の言語・文化・教育を考える　No.153</title>
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    <description>━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━&lt;br /&gt;◆ろう者の言語・文化・教育を考える◆　No.153  2009年12月08日&lt;br /&gt;━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;■＜文化＞ 便利／不便&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　先日、仕事で宮崎に行った帰り、飛行機の不具合のため空港で４時間待たさ&lt;br /&gt;れた。通常、空港では保安検査場を通って搭乗待合室に入る。セキュリティチ&lt;br /&gt;ェックなしに行き来することはできないし、送迎の人は搭乗待合室には入れな&lt;br /&gt;い。宮崎空港では、出発ロビーと搭乗待合室の間はガラスで仕切られており、&lt;br /&gt;お互いが見えるようになっている。そして、そのガラスを挟むように置かれて&lt;br /&gt;いる受話器を見つけた。何のための装置かと思ったら、恋人同士が出発間際ま&lt;br /&gt;で会話を楽しむための受話器らしい。ろう者だったら仕切りがあろうが、相手&lt;br /&gt;が見えさえすれば会話に不自由はないのに、聴者は受話器のあるところでしか&lt;br /&gt;話せない。もし別れを惜しむ恋人たちが複数いたらどうするのだろう。今は、&lt;br /&gt;携帯電話で話すという手もあるから、設置の受話器に群がらなくてもよいかも&lt;br /&gt;しれないが、逆に姿を見ながら携帯電話で話すのは違和&lt;br /&gt;&lt;a href="http://archive.mag2.com/0000255806/20091208170000000.html"&gt;続きを読む&lt;/a&gt;</description>
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    <title>■ろう者の言語・文化・教育を考える　No.152</title>
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    <description>━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━&lt;br /&gt;◆ろう者の言語・文化・教育を考える◆　No.152  2009年11月27日&lt;br /&gt;━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;■＜文化＞ ろう者の眼、聴者の眼&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　先日、宮崎で第３９回全国ろうあ婦人集会が開催され、例年のとおり手話通訳学科&lt;br /&gt;の１年生が実習をさせていただいた。開催地の実行委員や要員と一緒に大会運営に参&lt;br /&gt;加するものだ。実習期間中、引率の教官は学生の様子を観察し指導する。実際にろう&lt;br /&gt;者とともにさまざまな作業を遂行することで、学内では学べない数々の収穫につなが&lt;br /&gt;る。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　１年生は、４月の入学からようやく半年経過し、眼で生活することにも慣れてきた&lt;br /&gt;ころである。それまで眼を補助的に使いながら耳を中心に生きてきた学生たちは、学&lt;br /&gt;院に入ってからろう者のような眼の使い方を学ぶ。それでも半年ではまだ十分体得で&lt;br /&gt;きていない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　実習期間は、毎晩その日一日を振り返る反省会が行われる。このような話し合いの&lt;br /&gt;ときろう者は全体に目を配るものだが、残念ながら学生は、どうしても司会&lt;br /&gt;&lt;a href="http://archive.mag2.com/0000255806/20091127170000000.html"&gt;続きを読む&lt;/a&gt;</description>
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    <title>■ろう者の言語・文化・教育を考える　No.151</title>
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    <description>━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━&lt;br /&gt;◆ろう者の言語・文化・教育を考える◆　No.151  2009年11月6日&lt;br /&gt;━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;■＜文化＞ プレゼンの違いについて&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　手話通訳学科では、手話通訳の基礎トレーニングとして、手話によるプレゼ&lt;br /&gt;ンテーションの機会が設けられている。実習報告会をはじめ卒業研究発表会や&lt;br /&gt;レポート報告などがある。最近はパワーポイントを用いることも多い。通訳は&lt;br /&gt;他者の話を理解して目標言語で表出する作業である。自分の話も満足にプレゼ&lt;br /&gt;ンできないようでは、他者の話を伝えることなど不可能だ。そのためのトレー&lt;br /&gt;ニングであるが、学生のプレゼンを見るたびに、ろう者と聴者ではプレゼンの&lt;br /&gt;しかたに違いがあるように思えてならない。&lt;br /&gt;　&lt;br /&gt;　１年生が初めてパワーポイントを使って発表をするときは、みな一様に手元&lt;br /&gt;のパソコン画面を見ながら話す。スクリーンのほうを見る者は皆無で、ろう者&lt;br /&gt;としてはなんとも落ち着かない。ろう者は手元にパソコンがあろうと聴衆が見&lt;br /&gt;ているスクリーンを示&lt;br /&gt;&lt;a href="http://archive.mag2.com/0000255806/20091106170000000.html"&gt;続きを読む&lt;/a&gt;</description>
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    <title>■ろう者の言語・文化・教育を考える　No.150</title>
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    <description>━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━&lt;br /&gt;◆ろう者の言語・文化・教育を考える◆　No.150  2009年10月26日&lt;br /&gt;━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;■＜文化＞ 自転車は危ない？&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　先日、第２１回手話通訳技能認定試験（手話通訳士試験）が行われた。その&lt;br /&gt;読み取り試験問題のろう者の話である。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　小さいころ兄と一緒に自転車でプールに出かけた。坂道を懸命に登っていた&lt;br /&gt;ら、前を走っていた兄が突然振り向いて何か言った。すると後ろから車がやっ&lt;br /&gt;てきて何か怒鳴っている。その日は補聴器を家に忘れてしまったこともあり、&lt;br /&gt;自分は耳が聞こえないので気づかなかったと謝ったことがあった。今になって&lt;br /&gt;思えば、もしクラクションを鳴らしても反応がないときは、ろう者かもしれな&lt;br /&gt;いと察してほしいものだという話だった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　道を歩いていて、後方からきた車に気づかず、突然すり抜けていく車に驚い&lt;br /&gt;た経験をしたろう者は多いのではないだろうか。後ろから見ただけでは、ろう&lt;br /&gt;者か聴者かわからない。聴者はクラクションや後方から近づいてくる&lt;br /&gt;&lt;a href="http://archive.mag2.com/0000255806/20091026100000000.html"&gt;続きを読む&lt;/a&gt;</description>
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    <title>■ろう者の言語・文化・教育を考える　No.149</title>
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    <description>━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━&lt;br /&gt;◆ろう者の言語・文化・教育を考える◆　No.149  2009年10月13日&lt;br /&gt;━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;■＜言語・文化＞ 声をかけてください&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　本日は、「翻訳は可能か」について述べたい。&lt;br /&gt;　結論からいえば、翻訳は可能である。ただし、語レベルでの翻訳は不可能だ&lt;br /&gt;という。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　先日、かねてよりお世話になっている糟谷啓介先生の講義があった。先生の&lt;br /&gt;お話によると、「異なる言語間で、"語"を翻訳しようとするのは誤りである。&lt;br /&gt;翻訳できるのは"文（テクスト）"であり、厳密に言えば、その文が発せられた&lt;br /&gt;状況（コンテクスト）を踏まえて初めて翻訳が可能になる」という。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　そのお話をお聞きした直後、まさしくこのことだと思うことがあったのでご&lt;br /&gt;紹介したい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　私は定期的に血液検査をしている。前もって採血をして数日後に検査結果を&lt;br /&gt;聞くという流れだ。採血のときは通訳を依頼するまでも&lt;br /&gt;&lt;a href="http://archive.mag2.com/0000255806/20091013173000000.html"&gt;続きを読む&lt;/a&gt;</description>
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    <title>■ろう者の言語・文化・教育を考える　No.148</title>
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    <description>━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━&lt;br /&gt;◆ろう者の言語・文化・教育を考える◆　No.148  2009年9月18日　&lt;br /&gt;━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;■＜文化＞ 促しの合図&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ＮＭＳ（非手指動作）による促しは聴者に伝わらないことが多い。&lt;br /&gt;　これまで、日本語に比べて手話は言語化することが多いと述べてきた。それ&lt;br /&gt;ならば手話よりも言語化することの少ない日本語になじんでいる聴者は、言語&lt;br /&gt;外の含みに敏感であるはずだと思うが、そうではない。単に鈍いのか、ＮＭＳ&lt;br /&gt;を知らないのかどちらだろうか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　先日、宮城県で開かれた「ろう教育の明日を考える全国討論集会」に実習に&lt;br /&gt;出かけた。手話通訳学科の学生が会場、分科会記録、速報等の各係に分かれて&lt;br /&gt;要員として動くものである。その会場に向かう朝のこと。全員の集合を確認し&lt;br /&gt;て、ホテルからタクシーに分乗して出かけようとした。ホテル周辺にはタク&lt;br /&gt;シーが客待ちをしており、すぐ捕まえることができる。その朝も路上に数台の&lt;br /&gt;タクシーが止まっていた。１台だけ少し離れたところに停車しているものがあ&amp;lt&lt;br /&gt;&lt;a href="http://archive.mag2.com/0000255806/20090918170000000.html"&gt;続きを読む&lt;/a&gt;</description>
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    <title>■ろう者の言語・文化・教育を考える　No.147</title>
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    <description>━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━&lt;br /&gt;◆ろう者の言語・文化・教育を考える◆　No.147  2009年9月4日　&lt;br /&gt;━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;■＜文化＞ 通訳がいるとはいえ･･･&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ろう者と聴者では、質疑応答の際のふるまいが異なる。&lt;br /&gt;　たとえば、大人数が参加しての講演会で、せっかく質疑応答の時間が設けら&lt;br /&gt;れていても率先して質問する聴者はまずいない。何度か確認しても誰も申し出&lt;br /&gt;ないので、司会者が閉会を宣言すると途端に講師に駆け寄って質問したりする&lt;br /&gt;のだ。人前で質問することが嫌なのだろう。その点ろう者は与えられた機会を&lt;br /&gt;無駄にしたくないので、質問があるときは臆することなく尋ねることが多いが、&lt;br /&gt;今回話したいのはそのことではない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　広い会場で質問が出た場合は、会場係が質問者のところにマイクを届けに走&lt;br /&gt;る。ろう者が質問するときには、フロアからも手話が見えるように前方に出て&lt;br /&gt;質問することになる。場慣れしている人は、客席からも講師からも見えるよう&lt;br /&gt;な向きで手話をする。うっかり講師向きで話し始め、客席からその手話が見え&lt;br /&amp;g&lt;br /&gt;&lt;a href="http://archive.mag2.com/0000255806/20090904170000000.html"&gt;続きを読む&lt;/a&gt;</description>
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    <title>■ろう者の言語・文化・教育を考える　No.146</title>
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    <description>━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━&lt;br /&gt;◆ろう者の言語・文化・教育を考える◆　No.146  2009年8月11日　&lt;br /&gt;━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;■＜文化＞ 手が離せないんですけど&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ろう者の言語は手話だから、話すときに手を使う。食事のときには箸で手が&lt;br /&gt;ふさがるから、話しながら食事をするのは不可能かというと、決してそんなこ&lt;br /&gt;とはない。楽しくおしゃべりしながら食事を進められる。大変なのは手話を使&lt;br /&gt;う聴者のほうで、なかなか手話で話しながら食事を進めることに慣れないらし&lt;br /&gt;い。人の話を見ているだけなのに料理を口に運べなかったりする。一緒に食事&lt;br /&gt;をしていても、いつまでも料理が残っているのは聴者の皿だ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　食事だけでなく、パソコンに向かっていたり書きものをしていたりと、すぐ&lt;br /&gt;に手を空けられるときに話しかけられるのは何ら問題ない。一方、洗い物をし&lt;br /&gt;ていたり、お湯を注いでいたりするときは簡単に手を離すことができない。そ&lt;br /&gt;のようなときには少し待つなど、ろう者は今話しかけても大丈夫かどうかを見&lt;br /&gt;極めて話しかける。ところが、&lt;br /&gt;&lt;a href="http://archive.mag2.com/0000255806/20090811173000000.html"&gt;続きを読む&lt;/a&gt;</description>
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    <title>■ろう者の言語・文化・教育を考える　No.145</title>
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    <description>━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━&lt;br /&gt;◆ろう者の言語・文化・教育を考える◆　No.145  2009年7月31日　&lt;br /&gt;━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;■＜文化＞　どこで待ちますか？&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　人と待ち合わせをするとき、あなたはどこで待つだろうか。&lt;br /&gt;　喫茶店で待ち合わせをしているが、先方はまだ来ていない。そのようなとき&lt;br /&gt;あなたはどうするだろう。喫茶店が混んでいて席を選ぶ余地のないときは別と&lt;br /&gt;して、比較的空いていてそれなりの席がとれるときでも、おそらくろう者と聴&lt;br /&gt;者では異なるのではないだろうか。ろう者は、相手が来たことにすぐ気づける&lt;br /&gt;よう入り口が見える席に座る。また、ずっと入り口を凝視しているわけではな&lt;br /&gt;いので、相手に見つけてもらいやすい席を選ぶ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　一方、駅の改札口ではどうだろうか。改札の目の前はいただけない。逆に周&lt;br /&gt;囲が見渡せなくなってしまう。少し離れて改札口も見えて、周囲の人の流れも&lt;br /&gt;見える場所に立つはずだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　渋谷駅のハチ公前は待ち合わせの場所として有名だ。こんなデフ・ジョーク&lt;b&lt;br /&gt;&lt;a href="http://archive.mag2.com/0000255806/20090731120000000.html"&gt;続きを読む&lt;/a&gt;</description>
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    <title>■ろう者の言語・文化・教育を考える　No.144</title>
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    <description>━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━&lt;br /&gt;◆ろう者の言語・文化・教育を考える◆　No.144  2009年7月17日　&lt;br /&gt;━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;■＜文化＞　ろう者の視野&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　5月下旬に行われた学校法人明晴学園の運動会での話である。小学校低学年&lt;br /&gt;の児童が徒競走の際に、＜わかった＞と返事をしながら走っていたという。一&lt;br /&gt;生懸命走っている最中にも応援席の手話が見えていたということだ。自分のろ&lt;br /&gt;う学校時代にも運動会や徒競走はあったが、脇目もふらずただひたすら走って&lt;br /&gt;いたように思う。なぜなら、ろうの子どもたちが走っているのに、そこに送ら&lt;br /&gt;れるのは"声援"だけだったからだ。明晴学園の運動会では、応援席でも手話が&lt;br /&gt;飛び交い、それは走っている子どもたちに確実に届く。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　その話を聞いて思うのが、ろう者と聴者の視野の違いだ。ろう者は向かい側&lt;br /&gt;の人と話しをしていても、同じ並びの人の手話も視界に入る。一方、聴者はそ&lt;br /&gt;うはいかない。学院の授業でも、半円形に着席させお互いが見えるようにして&lt;br /&gt;いるにもかかわらず、学&lt;br /&gt;&lt;a href="http://archive.mag2.com/0000255806/20090717100000000.html"&gt;続きを読む&lt;/a&gt;</description>
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    <title>■ろう者の言語・文化・教育を考える　No.143</title>
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    <description>━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━&lt;br /&gt;◆ろう者の言語・文化・教育を考える◆　No.143  2009年6月24日　&lt;br /&gt;━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;■＜言語＞ 語彙は訳せるか&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　先日、大学院の講義で翻訳についてよい話を聞いたので、皆さんにもご紹介&lt;br /&gt;したい。かねてより「通訳とは等価訳でなければならない」と述べているが、&lt;br /&gt;なかなか納得してもらえない。手話通訳者の通訳を見るといまだに語レベルの&lt;br /&gt;変換に終始している。手話から日本語への通訳のときは、表出された手話すべ&lt;br /&gt;てを日本語化しなければならないと思っているし、逆に日本語から手話への通&lt;br /&gt;訳の場合も、一つひとつの語を変換しようとする。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　全日本ろうあ連盟が発行した『わたしたちの手話』には8000語が掲載されて&lt;br /&gt;いるが、その語数を日本語の10万語と比較して少ないととらえる向きもある。&lt;br /&gt;異なる言語の語の数を比較しても意味ないことだと思うが、どうしても数にこ&lt;br /&gt;だわり新しい手話の語を作ろうとしている。『わたしたちの手話』の次のシ&lt;br /&gt;リーズとして刊行された『新しい手話』のまえ&lt;br /&gt;&lt;a href="http://archive.mag2.com/0000255806/20090624080000000.html"&gt;続きを読む&lt;/a&gt;</description>
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    <title>■ろう者の言語・文化・教育を考える　No.142</title>
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    <description>━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━&lt;br /&gt;◆ろう者の言語・文化・教育を考える◆　No.142  2009年6月12日　&lt;br /&gt;━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;■＜文化＞ 新型インフルエンザとろう&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　最近、世界規模で新型インフルエンザが流行している。今年2月頃メキシコ&lt;br /&gt;で、ブタのインフルエンザが養豚業従事者に感染したものだが、ヒトからヒト&lt;br /&gt;へ感染するようになり「新型インフルエンザ」と呼ばれるようになっている。&lt;br /&gt;感染はメキシコにとどまらず、アメリカ、カナダ、日本でも感染者が増えてお&lt;br /&gt;り、日本の感染者は今日現在160人と言われているが、今後ますますの流行が&lt;br /&gt;心配される。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　さて、新型インフルエンザの流行にあたりろう者はどうすればよいのだろう&lt;br /&gt;か。&lt;br /&gt;　感染が確認された場合は、感染を拡大しないため一定期間隔離される。先日、&lt;br /&gt;カナダから到着した便に乗っていた高校生の感染が確認され、近くの席に座っ&lt;br /&gt;ていた乗客が皆、成田空港近くの宿泊施設に一週間ほど足止めされた。インフ&lt;br /&gt;ルエンザは感染から発症までの潜伏期間が&lt;br /&gt;&lt;a href="http://archive.mag2.com/0000255806/20090612110000000.html"&gt;続きを読む&lt;/a&gt;</description>
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  <item rdf:about="http://archive.mag2.com/0000255806/20090529100000000.html">
    <title>■ろう者の言語・文化・教育を考える　No.141</title>
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    <description>━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━&lt;br /&gt;◆ろう者の言語・文化・教育を考える◆　No.141  2009年5月11日　&lt;br /&gt;━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;■＜文化＞ ろう者とお葬式&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　デフ・ジョークにクラシカルで有名な話がある。車いすを利用していた障害&lt;br /&gt;者が亡くなったときは、その棺に車いすを納める。目の見えない人のときは盲&lt;br /&gt;人用白杖を、難聴者には肌身離さずつけていた補聴器をそのままつけて送る。&lt;br /&gt;そして、ろう者が亡くなったときには、共に歩んできた手話通訳者を一緒に納&lt;br /&gt;棺するというものだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　また、棺に納められたままではろう者は読経を聞くことができないことを思&lt;br /&gt;い出した遺族が、棺の中の遺体を起こし、読経の通訳を見せるというブラッ&lt;br /&gt;ク・ジョークもある。話はそれで終わらず、読経の通訳を見るために起こされ&lt;br /&gt;たろう故人が、参列者とあいさつを交わし始める。ジョークではあるが十分に&lt;br /&gt;考えられる話だ。ろう者の葬儀では、参列者と故人は手話で話をしたくなるも&lt;br /&gt;のではないだろうか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　その&lt;br /&gt;&lt;a href="http://archive.mag2.com/0000255806/20090529100000000.html"&gt;続きを読む&lt;/a&gt;</description>
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    <title>■ろう者の言語・文化・教育を考える　NO.140</title>
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    <description>━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━&lt;br /&gt;◆ろう者の言語・文化・教育を考える◆　No.140  2009年5月11日　&lt;br /&gt;━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;■＜言語＞ 困った手話通訳者４&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　手話通訳には守秘義務がある。このメルマガ等で手話通訳のことに触れると&lt;br /&gt;「守秘義務違反ではないか」との意見が寄せられるが、私は個人を特定できる&lt;br /&gt;ような書き方はしていない。当事者が読めば心当たりもつくかもしれないが、&lt;br /&gt;一般の人には誰のどのようなことかはわからないはずである。まがりなりにも&lt;br /&gt;手話通訳養成をなりわいとしている身である、当然それくらいの配慮はしてい&lt;br /&gt;る。ましてや現場に出ている手話通訳者なら、守秘義務を遵守するのは当然で&lt;br /&gt;ある。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　しかし、難しいのは日本の手話通訳者の置かれている環境で、日頃の手話活&lt;br /&gt;動場面で通訳クライアントと顔を会わせることも多い。病院通訳の数日後その&lt;br /&gt;クライアントと顔を会わせれば、その後の体調はどうかと聞きたくなってしま&lt;br /&gt;う。通訳者の気持ちもわからぬではないが、クライアントとしてみれば自分が&lt;br&lt;br /&gt;&lt;a href="http://archive.mag2.com/0000255806/20090511100000000.html"&gt;続きを読む&lt;/a&gt;</description>
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