2009/06/24
■ろう者の言語・文化・教育を考える No.143
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◆ろう者の言語・文化・教育を考える◆ No.143 2009年6月24日 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■<言語> 語彙は訳せるか 先日、大学院の講義で翻訳についてよい話を聞いたので、皆さんにもご紹介 したい。かねてより「通訳とは等価訳でなければならない」と述べているが、 なかなか納得してもらえない。手話通訳者の通訳を見るといまだに語レベルの 変換に終始している。手話から日本語への通訳のときは、表出された手話すべ てを日本語化しなければならないと思っているし、逆に日本語から手話への通 訳の場合も、一つひとつの語を変換しようとする。 全日本ろうあ連盟が発行した『わたしたちの手話』には8000語が掲載されて いるが、その語数を日本語の10万語と比較して少ないととらえる向きもある。 異なる言語の語の数を比較しても意味ないことだと思うが、どうしても数にこ だわり新しい手話の語を作ろうとしている。『わたしたちの手話』の次のシ リーズとして刊行された『新しい手話』のまえがきに「手話単語はあるが、そ れに対応する適切な日本語の単語が見当たらないという問題、逆に日本語の単 語はあるが、それに対応する手話単語が見当たらないという問題が浮かび上が ってきました」とある。この意見は関係者、特に手話通訳者からの支持を得て いるようで、日本語では「施設」と「センター」は違う語だからと、それぞれ 区別できるように新しい手話を作ったりしている。 そもそも日本手話は、CLという日本語にはないしくみを持っている。手話 には(日本語の語に相当するものとして)固定語彙と呼ばれるものとCLによ る表現がある。例えば<雪>は固定語彙で表現されるが、「粉雪」「一片の 雪」「ぼたん雪」等は、手型がFのCL("丸いもの"という意味を持つ)を使 う。どのような形状の雪がどのように降り、積もるかはこのCLを使った文で 表現する。このように日本語では語レベルで表現されることが、手話ではCL レベルで表現されていることはなかなか理解されない。 たとえば、「ボタンを外す」という文を表現するときには、親指と人差し指 で輪を作る<ボタン>という語彙ではなくCLで表される。「太ってウエスト のボタンが飛んでしまった」のときも、<ボタン>が<飛ぶ>ではなく、手型 がFのCLで表され、それが"ボタンが飛ぶ"の意味になるのである。それを理 解できない通訳者たちは、いつまでも固定語彙にこだわり等価な訳はできない。 そのような中、大学院でいい話を聞いた。先生曰く「語彙を翻訳することは できないもものなのです。私たちが訳すべきものは語彙ではなく文(テキス ト)なのです」 英語で"orange cat"とは"茶色いネコ"のことだという。日本 人は"orange(オレンジ)"と聞けば"みかん色"を思い浮かべるが、英語の"ora nge"には"茶色・金茶"もはいるという。日本人の概念で語彙のみを切り取って 訳したのでは誤訳になってしまう。同様のことは手話でもいえる。「雨はまだ 2〜3日続くだろう」という日本語対応手話は、ろう者には通じない。なぜな ら、日本語の「まだ」と手話の<まだ>の意味が一致してはいないからだ。上 記の文の日本語でいう「まだ」は"この後もしばらく"という意味なので、手話 では<今後>と表出されるべきだ。また、日本語対応手話で<続く>と表出さ れた部分は、手話では<雨>を前方に移動させながら繰り返すことで、"今後 も継続"という意味を含むことになる。 現状のように翻訳を理論的に学習することなく、いまだに語レベルの直訳に執 着する通訳者ばかりなのは残念だ。日本で手話通訳養成が行われるようになっ てしばらくたつ。そろそろ通訳とは何か、翻訳とは何かをしっかりと教えるべ きではないだろうか。日本の通訳養成に一石投じられないかと思案中だ。 (日本語訳:chu) ■メルマガNo.143の手話版は、6月19日のDeafTV-Japanにて配信されました。 □「ろう者の言語・文化・教育を考える」メルマガの手話版は、DeafTV-JAPAN でごらんいただけます。 http://www.deaftv.jp/ □「ろう者の言語・文化・教育を考える」メルマガの手話版のDVDは株式会 社ワールドパイオニアで購入できます。 http://www.wp1.co.jp/ メルマガNo.001〜020収録『日本手話とろう文化』 1,800円 メルマガNo.021〜040収録『日本手話とろう文化2』1,800円 メルマガNo.041〜061収録『日本手話とろう文化3』1,800円 □<注意> 引用、転載:出典を明記してくだされば自由にして下さって結構です。 (メールによる丸ごと転送はご遠慮ください) ※著作権は木村晴美が有します。 --------------------------------- 発行人:木村晴美 発行日:2009年6月24日(水) 読者数:664人(2009年6月23日現在) http://kimura-harumi.cocolog-nifty.com/


