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2008/09/28

アート案内人 第21号

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アート案内人 第21号をお送りします。


今回からキリスト教美術を紹介していきます。


+キリスト教美術1 はじまり+

キリスト教といえばいわずと知れた有名どころの一大宗教です。
その歴史は長いものですが、同時にキリスト教美術にも長い歴史があります。
時代ごとに特徴があり、また変化していきました。
キリスト教美術は、いろいろと約束ごとがあり、日本人にはとっつきにくい
ところがあります。
あるものが出てくるとそれは何かの象徴だったり、この服を着ている人は誰々とか、
これを持っている人は誰々など、一見見ただけでは、何を描いているのか難しい
ことが多々あります。


そんなちょっと難しいキリスト教美術、今回は、そのはじまりのあたりのところを
紹介します。
キリスト教はその名のとおり、イエス・キリストが開祖です。彼が神の啓示を受け、
宗教家となり、使徒が集まり、たくさんの信者を持つようになります。
当時の状況を見てみると、いわゆる新興宗教ですから既存の宗教や、権利関係を
持つ人々からは嫌がられました。
元々は貧しく、力を持たない人々のための宗教です。お金持ちや、政治家は彼らから
見て下層の人々が集結して力を持つことを恐れます。当然、迫害や弾圧が行われました。


そういう状態だったので、ごく初期のキリスト教美術の遺跡や遺品はほとんど残されて
いません。
作品として作られるようになるのは、キリストが磔刑になった後、使徒たちが奮起して
「キリスト教」として組織されるようになってからです。
キリスト教では元は偶像崇拝禁止でしたが、時代が下るにつれ、それほどうるさくいわれ
なくなってきました。絵や像による効用の方が大きかったのでしょう。
後にルターに代表される宗教改革で、偶像崇拝は禁止だということで、作品がずいぶんと
壊されています。この頃のキリスト教美術は、かなり華美になってきていたので、
その豪華絢爛さがストイックな改革側には嫌われたのでしょう。
今となってはもったいない・・・というところですが。


キリスト教美術が作られるようになったのは、一番には文字が読めない信徒のために、
聖書の内容を分かりやすく伝えるという目的がありました。
聖書は当時ラテン語で書かれていて、これを読める人が限られていました。昔のヨーロッパ
では、正式な文章とか公文書はラテン語で書くというのが慣例で、それはしばらくの間
続いていました。
自分達が話す話し言葉とは別だったわけです。この聖書を初めて自分達の話し言葉に翻訳
したのが、かのルターです。この人はドイツ人だったので、ドイツ語に訳しました。
このことでも冒涜だとかいろいろ悪口を言われたようです。


時代が下っていくと、お金持ちや政治家たちもキリスト教に改宗していきます。
そうするとキリスト教美術は彼らが主導するようになっていきます。
聖者の絵の中に、自分を描かせたり、教会に奉納したりと盛んに作られるようになります。
資金も豊富になるので、初期の素朴なものから華麗で美しいものになり、その形式
も時代ごとに変化していきます。
描き方も人体や風景など、平面的なものから立体的になり、遠近法も発明され
西洋美術の歴史そのものです。


取り上げられるテーマも時代ごとにブームがあるようで、特徴が見られます。
それは現代までも続いているもので、これからも様々な形で表現されていくでしょう。
西洋美術はキリスト教美術と切っても切れない関係にあります。その重要なキリスト教
美術、次回からは初期から歴史を追って紹介していきます。

次回 初期キリスト教美術を紹介します。


◎発行責任者 旗 浮子
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