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このメールマガジンは私の視点から見た宮城県の各村や市、町の歴史や名物をランダムで紹介していきます。読者の方にはランダムで私が行った地域の名物などプレゼントしていきます。

  • 周期 不定期
  • 最新号 2008/04/14
  • 発行部数 24
  • マガジンID 0000251553
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2008/04/14

メルマガあ〜そうだ宮城を探索しょう

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       あ〜そうだ宮城探索マガジン

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No 1  20年 4月 
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今年度が始まったばかりの4月
春は出会いがある季節です。
宮城はまだ桜は満開でなく最近は冷たい雨が降っていますが
そろそろ天気もよくなってくるとおもいます。
遅れましたが久し振り更新します。
これからは更新するようにします。
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1 紹介する宮城の町

2 その町の由来や名所

3 トリビア

4 私の一言
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1 紹介する宮城の町
 
 亘理町です。

2 その町の由来や名所
 
 亘理町(わたりちょう)は、宮城県の南部、
阿武隈川の河口に位置している。産業は、生産高の
順位では、第三次産業が主だが土地利用面では、農
用地が47.5%を占め農業、田園都市である。
東北地方としては、比較的温暖な気候を利用し、果樹
・花卉栽培が盛んであり、イチゴが名産である。近年
郷土料理であったはらこ飯が全国放送されるなど脚光
を浴びている。
隣接する山元町と合併に向けて協議中であったが、決
裂した。代替案として名取市、岩沼市、亘理町、山元町
との合併案が県から示されたが地政学上、阿武隈川を
はさんでの合併を実現するには課題もあり具体的進展
なく{前向きに検討}の段階である。

山: 阿武隈山脈最北端に位置し四方山(274m)、黒森山(255m)
、愛宕山(185m)、三門山(みつもんやま)(205m)、七峰山
(ななうねさん)(124m)と北上し阿武隈川に達する。 
河川: 阿武隈川、鐙川、舟入川 
年間の平均気温は12.5℃、年間降水量は1,224mm。 

[編集] 鳴き砂
2006年6月汽水湖の鳥の海東側から南の吉田浜にかけて全長3km
に及ぶ鳴き砂(なりすな・なきすな)の存在が確認された。
国内最大級の規模で、明成高等学校と仙台市の早川紘之に
より同時発見されたもので今後の保全が待たれる。 

[編集] 歴史
日本書紀巻七「日本武尊の遠征」で「葦の浦」「玉の浦」を
経て日高見へ至るという記述があり、葦の浦が亘理であると
いわれている。(ちなみに玉の浦は、岩沼市玉浦・仙台空港付近、
日高見は北上川流域をいう) 
亘理の名の由来としては、川の「渡し」が「渡り」となり、
それが「亘理」となったとされている。 
718年続日本紀に曰理郡とありこれが、文献にある亘理の初見である。 
1056年頃、藤原経清亘理権大夫と称し、亘理郷地方を所領。 
1190年源頼朝により、千葉胤盛亘理に封ぜられる。(後に亘理氏となる)。 
1602年伊達政宗の一門である伊達成実が現亘理町に館を構えて、統治を行う。 
1870年亘理伊達一門北海道開拓のため移住。人口減少。 
1889年4月1日 亘理町、荒浜村、吉田村、逢隈村が設置される。
初代首長は、亘理町・斉藤源吉、荒浜村・斉藤定一、吉田村
・真柳善四郎、逢隈村・斎藤多吉。 
1943年4月29日 荒浜村が町制施行。 
1955年2月1日 亘理町、荒浜町、吉田村、逢隈村が合併し、
現在の亘理町となる。 

[編集] 行政
新制町下の首長 
初代 玉田清 
2 代 山田周蔵 
3 代 武田伸郎 
4 代 山形勝治 
5 代 深田伊三郎 
6 代 竹澤一雄 
7 代 伊藤敏夫 
現職 斎藤邦男 

[編集] 第四次総合計画
2006年度より10ヶ年計画で総合発展計画を策定した。
基本理念は「暮らしやすさNO.1」である。 

[編集] 経済

[編集] 産業
主な産業 
生産高は、第三次産業が多数を占めるが、土地利用状況は
農業が中心。特にイチゴの生産で出荷量が東北地方1位。
またリンゴの生産で出荷量が宮城県1位である。工業は
地場食品加工業と自動車関連企業の立地が進捗している。

地場産品 
笹かまぼこ・いちごワイン・梅羊羹・はらこ飯・果樹利用産品
(りんご:苺:アセロラ)。 
産業人口(2005年12月) 
第一次産業2036人11.7%--第二次産業5751人33.1%--第三次産業9593人55.2% 

[編集] 姉妹都市・提携都市

[編集] 国内
伊達市(北海道・姉妹都市) 
山元町(宮城県・姉妹都市) 
新地町(福島県相馬郡・姉妹都市) 
柴田町(宮城県・姉妹都市) 
尾上町(青森県南津軽郡・親善友好都市) 

[編集] 地域

[編集] 健康
安心して生涯を託せる「保健福祉のまちづくり」をめざす。 

[編集] 教育
生涯学習体制と学校教育の充実を指向。 

[編集] 小学校
町立小学校6校

亘理小学校 
荒浜小学校 
吉田小学校 
長瀞小学校 
逢隈小学校 
高屋小学校 

[編集] 中学校
町立中学校4校

亘理中学校 
荒浜中学校 
吉田中学校 
逢隈中学校 

[編集] 高等学校
県立高校1校

宮城県亘理高等学校 
亘理高等学校は、文部科学省が推進する「学力向
上フロンティア」指定校(フロンティアハイスクール)である。

他に幼稚園2園(私立)。


[編集] 交通

[編集] 空港
仙台空港を利用することになる。 

[編集] 鉄道路線
東日本旅客鉄道

常磐線:浜吉田駅 - 亘理駅 - 逢隈駅 
都道府県庁への連絡:常磐線から東北本線仙台駅へ直通。 

[編集] バス
亘理町町民バス 

[編集] 道路
高速道路 
仙台東部道路亘理IC 
一般国道 
国道6号 
都道府県道 
宮城県道10号塩釜亘理線 
宮城県道14号亘理大河原川崎線 
福島県道・宮城県道38号相馬亘理線 
宮城県道52号亘理村田線 
宮城県道122号亘理停車場線 
宮城県道123号荒浜港今泉線 
宮城県道224号吉田浜山元線 
宮城県道269号亘理インター線 

[編集] 乗合自動車
民営路線バスはないが町民乗合自動車
「さざんか号」を亘理町商工会が町の
委託を受け運行している。運行ルートは次の下記の通りである。 
荒浜線 亘理駅前〜保養センター前 
南北・サニータウン線 水塚〜中原 
高須賀線 保養センター〜高須賀北 
北部循環線 亘理駅〜逢隈駅〜今泉〜亘理駅 
南部循環線 亘理駅〜吉田浜〜亘理駅 

[編集] 名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
鳥の海 
荒浜海水浴場 
わたり温泉鳥の海 
亘理伊達家御廟所 
三十三間堂官衙遺跡 (国史跡) 
天然記念物「称名寺の椎の木」 
亘理神社 
尊久老稲荷神社 

[編集] 出身有名人
鈴木淳 (J1アルビレックス新潟監督) 

[編集] 郷土料理
はらこ飯 

[編集] 町民憲章
「みどり豊かなすみよい田園都市をつくるため」
以下の憲章をさだめている。

一、汗して働き、ゆとりある豊かな町をつくる。 
一、自然を生かし、美しい町をつくる。 
一、きまりをまもり、助け合う明るい町をつくる。 
一、すすんでまなび、郷土を護る文化の町をつくる。 
一、希望にみちた、活力のある伸びゆく町をつくる。

公式には、町をつくりましょうという呼びかけ表現をとっている。

3 トリビア(桜に関する)

☆ 「桜」の語源は2種類ある。  
サクラの語源は、次のふたつが有力だとされています。

「木花開邪姫(コノハナサクヤヒメ)」説
“木花”とはサクラのこと。古事記に登場する
神話ですが、この美しいお姫様が霞に乗って
富士山の上空から花の種をまいたとか。
 その時咲いた花の名が、サクヤヒメの
“サクヤ”部分をとってサクラとなりました。 

「豊作祈願」説 
「サ」=田神、穀物の霊
「クラ」=神霊のよりつく神座
つまり、サクラとは穀物の神様が集まる場所。
その昔、田植え前に桜の木の下で豊作を祈願したのが、
お花見のルーツとも言われています。 

 
4 私の一言

 この前の続きで
 
 人間の脳は単純ではないです。
 人間は記憶を消すということは他の記憶も消えるということ
 です。
 記憶喪失になるということです。


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