2009/11/13
野球小説アンドロメダ・Jと小次郎23
☆☆☆☆☆ 20XX年、未知なる魅力あふれる野球戦士たちが、それぞれの夢達成 のゴールに向かって、走り出した。それは理想の世界だろうか、それとも …。 ☆☆☆☆☆ 球界の危機的状況を感じ取った選手会リーダー・高杉明太郎はある日、 東京グレート総務課長の村澤三四郎、マネジメント会社アンドロメダのリ ーダー・大田原健太郎と出会い、未知の魅力にあふれた選手の発掘を誓う。 そして舞台は全国の高校へ。アンドロメダ球児たちの夏が始まった。 ☆☆☆☆☆Jと小次郎23 今でも時々思い出す。あれから、どうしているのか、と…。幸せにな ってくれただろうか、と…。大祐は大きくなっただろうな。もう中学生 くらいかな…。でも後悔はしていない。これは運命だったんだ、必然だ ったんだ、と…。 アンドロメダ調査員の神威小次郎(元大阪ロックスター投手)は桜福 坂3年・速水拳とかわした契約作業の報告を兼ねて、アンドロメダ本部 がある東京に向かっていた。いつもは飛行機移動なのに、今回は新幹線 …。速水の特別講師に鬼崎平三(元大阪ロックスター内野手)を頼んだ 時に、次に上京する時は、陸路で行ってみよう、と決めていたという。 博多で新幹線に乗り換えた。小倉、広島、岡山…。そして、窓の向こ うに見えてきたのは懐かしい大阪…。 神威はアンドロメダに入る際、あえて九州担当調査員を希望した。理由 は「方言が抜け切れんから…」。だが、一番の理由は大阪を避けるためだ ったのかもしれない。調査をするうえで、春、夏の甲子園大会チェックは 欠かせない。なのに、神威はそれもパスした。その代わり、テレビ観戦で 綿密に選手解析に動いた。大阪以外なら全国、どこへでも出かけた。どう してもこだわった。大阪への未練が心のどこかにあった。 その大阪を、あえて凝視してみようと思った。今までは通過する時も目 を閉じた。大阪に触れないように徹底していたのを改めてみようと思った …。神威にとって鬼崎との再会はそんな閉ざされた心のカギを、ようやく ほぐすものだったのかもしれない。もちろん、年月は過ぎた。状況も変化 した。もう何もかもが昔と同じではないが…。 神威が鬼崎に速水の特別講師を頼みに行った時、鬼崎はこう切り出した。 「神威! おいは悔しかよ。順子はなぁ、聖子はなぁ…」と… 神威は鬼崎に会えば、その話が出るのはわかっていた。いや、本当は聞き たかった。順子のこと、大祐のことを…。しかし、神威はあえてそんな自分 の心にもフタをするようにこう返した。 「先輩! その話はよかです。昔 のことですけん」 鬼崎は食い下がった。「そんなふうに言うなよ。順子は、いや聖子は今で も…」 それでも神威は鬼崎を制した。そしてきっぱり言った。「いや、その話は 聞かんようにしようって決めてますけん。僕もあれから変わりました。来月 には結婚しようと思ってますし…」。ウソではない本当のことだった。神威 はまた新たな幸せをつかみかけていた。過去はもう過去と開き直って…。だ から順子や大祐のことは聞いてはダメ、いや本当は聞きたい。でも聞いたら ダメだ。そんな感じだった…。 そして鬼崎は神威の発した「結婚」という言葉に反応した。「そ、そうか …」。ポツリとちょっと寂しそうにつぶやいた。 このムードではまずい、と思ったのだろう。今度は何食わぬ顔で神威が突っ 込んだ。「先輩はどうなんです。あのぉ、百恵さんでしたっけ。あれからうま くいったとですか?」と順子(聖子)の妹との仲を…。 「バカいうな。うまくいくも何も、最初から何もなかったたい」。鬼崎は思 わぬ逆襲にちょっと照れた。そして、いつしかこの話はここで尻切れトンボの ように終わってしまったのだった。 鬼崎にしてみればどうしようもなかった。神威が結婚するとなれば、そこに 今から波風を立てるわけにはいかないと考えた。鬼崎はロックスター時代、若 い選手をしょっちゅう飲みに連れ出した。通称「鬼会」といわれた。その「鬼 会」の場所として、よく使ったのが「ダース」だった。順子が出したお店だ。 ちなみに順子は「ダース」オープンとともに、名前を本名の聖子で通すように なっていた。聖子自身も生まれ変わりたかったのだろう。 聖子はいまだに独身だった。大祐には野球をやらせていた。女手ひとつで、 頑張っていた。鬼崎は「聖子は神威の帰りを待っているのではないか」と思っ たことが何度もあった。それを神威に告げたかった。教えたかった。でも神威 が結婚すると聞いては、踏みとどまるしかなかった。あまりにも時間が経ち過 ぎていた。もう後戻りできないほどに…。 しかし、神威はそんな鬼崎とのやり取りで吹っ切れたような気がした。自分 から進んで大阪時代に首を突っ込んだことで…。神威は速水をバックアップし ながら、過去を振り返り、そして前を見ることができた。もう「大阪拒否」か らは卒業しよう、卒業できるハズ、と思った。 新幹線の窓から見える大阪は懐かしく感じた。「もうあれから…。あの日か らもう…」。やはり神威は感傷的になっていた。 あの日…。 10月10日、神威は鬼崎に電話を入れた。 「先輩! もう決めました。ロックスターは退社することにしました。 大阪からは離れようと思います。こんなことを頼んでいいのかわかりま せんが、順子や大祐のことをよろしくお願いします。プロ野球選手にな る夢がなくなった自分では、これからお店を大きくしていこうと夢にあ ふれる順子の負担になってしまう。大祐にもいい影響は与えません。わ がままいうなって、思っていますよね。でもわかるんです。自分がこの ままだとどうなっていくか。自分の性格をよくわかっているから、この ままではダメなんです。夢を追いかけていく人間じゃないと、順子も大 祐も支えられないんです…。それから、これだけはお願いします。今回 の僕のケガはシュートの投げすぎが原因、ということにしておいてくだ さい。順子にもそう説明していますから…。先輩もお元気で。いろいろ ありがとうございました」 内容をざっと、まとめるはこういうものだったという。なぜか、珍し く神威は標準語でしゃべっていたそうだ。もちろん鬼崎は何度も考え直 すように話した。しかし、神威は聞き入れなかったという。 神威が順子に宛てた手紙にも、同じような内容が書かれていた。 その日の朝まで、いや昼まで神威は普通に過ごしていた。大祐を百 恵に預けて、順子は「ダース」オープンの準備に出かけた。神威はそ れを見届けてから、テーブルの上に手紙をおき、部屋のカギをかけた。 最後に神威が出かけるのは珍しいことではない。この日も「午後から 会社に行く」と順子に伝えていた。まさに神威は普通にいなくなった のである。 もちろん、急に決めたことではない。何日も時間をかけた。順子の こと、大祐のこと、ケガのこと、野球のこと、夢のこと…。いろいろ 考えた末の決断だった。これが順子や大祐のためにもきっとなる、と …。 ただ、神威がこの決断に至るに「最後のひと押し」というものもあ ったという。それは、あるニュースだった…。 つづく ☆☆☆☆☆ アンドロメダの物語はフィクションです。実在の人物、地名、組織には 一切関係ありません。


