2009/08/16
No.15 執着を捨てることの大切さ
┃ No.15 執着を捨てることの大切さ ╋━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━… ┃ いつの時代でも経験豊富なおじいちゃんが時の権力を握っていた。 ┃ しかし1995年以降おじいちゃんの時代に終りが告げられた。 ┃ ジジ転がしという言葉があるぐらい、おじいちゃんが権力を ┃ 握っていたこの日本もその例外ではなかった!! ╋━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━… 年をとれば取るほど執着を捨てていくことが大切である。 江戸時代は、ある程度の年になると隠居したものである。 息子や若い者に藩の政治を任せて武士は隠居したのだ。 もちろん藩のことやお家のことなど多数の懸案事項は抱えていたが それはそれとして、自分の人生を全うする覚悟をもっていたのだ。 だからこそ若い者に職制を譲り、余生を楽しんだのだ。 これは昔の日本に留まらずに、世界中に見られる現象だ。 日本では隠居であるが、外国ではリタイアとかセミリタイアとか呼ばれる。 この言葉には、何か楽をするイメージがあるが、本来の意味はそうではない。 今まで社会の一員として生きてきて、社会を支えてはきたが 逆に人間が生きるという面からすれば、それは多くのしがらみであったり 多くの拘束であったりと、1個人の生としては本質的でないものが 周りに多くなりすぎた。 だから隠居(リタイア)することでいったん、そこから自由になって 今度は生身の1人の人間として、近づきつつある死を前にして、どう生きるかを 見つめ、そして楽しみや安らぎを見出すという積極的な生き方を意味するのだ。 そういう人生観をもち、この世に生まれてきたことを感じながら 一生懸命生きるという覚悟がそこにはある。 戦前、江戸時代以前にはそういう価値観をもつ人々が多数いた。 また若くても才能があり、本当に勉強したからそう思えるのであり そう覚悟できるものなのだ。 いつまでも政治的権力を保持したり、会社の地位にしがみ付くお年寄りが 現代ほどたくさんいる時代はない。 こういう人の多くが若い頃の学問の勉強がまったく足りないのだ。 若い時に本当に勉強しないからいつまでも、結論にたどり着けない。 そして無意識にでも答えを探し求めてしまい、結果あやふやなとなり 隠居する知性もなく、だから覚悟もなくなるのだ。 もちろん、若いものに経営を任せるのは不安だという経営者もいるだろう。 だが、そういう未熟な若者に任せて、お年寄りは心配しながらも それはそれとして、自分の人生を見つめ、人間を見つめて人生の余生を 味わうというのが、この世の成り立ちであり、いつの時代もそうやって 進んできたものである。 大きな大木の周りにはこれから大木に育つだろう若木があるものだ。 そしていつしか大木は老朽化し、朽ちて倒れる。 それが腐敗して今度は、若木の養分となるのだ。 そうやって自然はその営みを繰り返しているものなのだ。 ■稲穂黄金の公式サイト http://www.inahokogane.com/ ┃ ---------------------------------------------------------------------- ┃ 稲穂黄金の本の紹介 ┃ ┃Copyright(C) 2006 稲穂黄金のサイト ┃ ┃※ 1995年以降 おじいちゃんの時代が終わった文は著作権により ┃ 保護されていますが、 ┃ あなたのビジネスのお役に立てるのであれば商用の場合を除き ┃ ご自由に転送、転載してもらって構いません。 ┃ ただその際には「稲穂黄金によれば」と出典を明らかにしてください。 ┃ ┃ ┃ 発行システム:『まぐまぐ!』 http://www.mag2.com/ ┃ 配信中止はこちら http://www.mag2.com/m/0000246394.html ┃ ----------------------------------------------------------------------
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