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2008/05/26

【理乃の太宰府便り 57号】大野城跡ウォーキング その2 四王寺33ヶ所石仏 第26番札所○。。・゜

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理乃の太宰府便り 57号 2008/5/26

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■大野城跡ウォーキング その2 四王寺33ヶ所石仏 第26番札所


水城口城門から大野城跡を時計回りに歩いていくと、
四王寺33ヶ所石仏 第26番札所があります。

1800年に大野城の土塁線に西国観音霊場の霊土が埋められ、
33体の観音石仏が祀られたといいます。

ここからの眺めは最高!
眼下には水城、
右側を見ると、福岡ドーム、博多湾まで見ることができます。

水城をこんな高い位置から真下に見下ろせるのはここだけ。
今は周囲の開発によって姿を変えた水城ですが、
7世紀に築かれたばかりの頃の水城は
堀に水を湛え、大地を分断していたのです。
なんという大規模な土木事業でしょう。
そのさまを、百済から亡命してきて、
天智天皇の命により大野城を築いた
憶礼福留(おくらいふくる)と四比福夫(しひふくふ)は
この場所から見下ろしていたことでしょう。

滅びた自国を逃れ、
異国で防塁を築いた人たち。
その名前には耳慣れない不思議な響きがあります。
その生涯とはどういうものだったのでしょうか。
今はただ、この山に残る遺跡が語りかけるのみです。


※写真はブログでご覧ください。

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