2009/07/04
◆[都会育ち] 662:書評・イカの哲学
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Daily Mail Magazine ―――都会育ちの田舎暮らし――― Written by N.Kato
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∧∧ 『書評:イカの哲学』
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第662号 平成21年7月4日(土)発行 発行部数4216部
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毎週土曜日は、各種おすすめ本を紹介する書評の日。
きょうご紹介するのは、中沢新一・波多野一郎著『イカの哲学』です。
変わったタイトルですが、どういう本かというと。
波多野一郎という、在野の哲学者が1965年に、
私家版(同人誌)として発行した『イカの哲学』という本があるんです。
ほんの少部数しか発行されなかった、スーパーマニアックな本です。
これを学生時代に読んだ中沢新一氏が、ぜひこの本を世に広めたいと思い、
波多野氏の『イカの哲学』に、中沢氏の解説を加えて編集したのが、
本書『(現代版の)イカの哲学』です。
まずは、著者の波多野一郎氏が、どのような人物であるのか、
そして、どのようなきっかけから『イカの哲学』という名の書物が
生まれたのかを、ざっと説明していきましょう。
『イカの哲学』の著者、波多野一郎氏は1923年、京都府出身。
織物産業で有名な「グンゼ」の経営者一族として生まれます。
18歳のとき早稲田大学に入学するも、時局はバリバリ戦争中。
日本は第二次世界大戦、ど真ん中にありました。
大学生であった波多野氏にも、召集令状が舞い込みます。
波多野氏は、陸軍航空隊に入隊し、最終的には特攻隊の任務を受けます。
22歳のころ、一ヶ月間にわたり、特攻のための訓練を繰り返しました。
しかし、次は自分の番だというときにソ連が満州に侵攻、日本は大混乱。
特攻の任務は直前で中止となり、そのまま日本は敗戦を迎えます。
しかし、すんなり日本に帰ることは出来ませんでした。
波多野氏はソ連軍に連れられ、シベリアに抑留されます。
数年間の、筆舌に尽くしがたい経験の後、帰国。
その後、アメリカのスタンフォード大学に留学し、哲学を学びます。
スタンフォード大での学生生活中、学費を稼ぐためのアルバイトとして、
波多野氏はイカの冷凍工場で働くことにしました。
水揚げされた、何万匹ものイカを、箱詰め・冷凍する仕事です。
その仕事の中で思いついたのが『イカの哲学』。
波多野氏は、『イカの哲学』を執筆後、私家版として、ほんの少部数出版。
その後、数年して、脳腫瘍のためにお亡くなりになられます。
1969年没。行年47歳。そのような、在野の哲学者です。
本書『(現代版の)イカの哲学』の、前半部分は、
波多野氏の『(私家版の)イカの哲学』を掲載しています。
この内容が、かなり独自のもので、面白い。
一言で言えば「イカへの共感を土台とした、平和の追求」です。
波多野氏は、何万匹ものイカを、毎日毎日、
ベルトコンベアーに乗せる仕事をしていたのですが、そこで、ふと思います。
このイカは、何を考えているのだろうか。
イカは今、まさに生を終えようとしている。イカは何を思っているのか。
もしイカの言葉が分かるのであれば、彼は今、何を言おうとしているのか。
イカは、大漁の日には、1日で何万トンも水揚げされる。
何万匹というイカの群れが、文字通り、一網打尽にされる。
イカにとって、漁師の網は原爆と同じだ。
イカという生物は、その身体には不釣合いなほど、大きな目を持っています。
人間よりも性能の良い、とても高度な目を持っているのです。
そんな高度な「目」に比べ、イカの脳というのは、とても小さい。
計算上は、目が得た情報を、脳では処理できないと言われています。
なぜイカは、自分の脳では処理できないほどの情報量を、
目から得ているのか。
そして、その情報を、どこで処理しているのか。
現代でも、イカの目の謎は解明されていません。
死を目前とした、もの言わぬイカの「目」と、
毎日毎日、何万個ものイカの「目」と対峙した波多野氏は、
いつの間にか、イカに共感していきます。
イカは食料でも、物体でもなく、まさに、そこ在る命。
我々が世界で生きるのと同じように、イカも世界を生きている。
しかし、我々は普段の生活において、イカに実存を感じてはいない。
イカを獲る漁師は、何万匹ものイカを殺害しているという気は無いだろう。
スーパーで売られているイカは、食材としてのイカであり、
世界を生きていた、我々と同じ生命体としてのイカではない。
イカに実存を感じていないからこそ、何万匹のイカを殺すことができる。
人間の戦争も、同じことなんじゃないだろうか。
戦争で相手を殺すとき、我々は、相手に実存を感じていない。
相手が、我々と同じように、世界を生きる人間だと感じていない。
そこに、世界平和に至る鍵があるのではないか。
波多野氏は『イカの哲学』の最後で、こう記しています。
大切なことは実存を知り、かつ、感じるということだ。
たとえそれが1匹のイカの如くつまらぬ存在であろうとも、
その小さな生あるものの実存を感知するということが大事なことなのだ。
この事を発展させると、遠い距離にある異国に住む人の
実存を知覚するという道に達するに相違ないのだ。
それは、ヒューマニズム(人間中心主義)ではなく、
動物も人間もひっくるめて、すべての生命に対して、
共感しようじゃないかという主張です。
例えば、イラク戦争に参加したアメリカ兵の中で、
「ナイフで、無抵抗のイラク兵を殺せ」と言われたときに、
実際に殺せる人というのは、とても少ないと思います。
でも現実には、100万人ものイラク人が、戦争で亡くなっている。
現代の戦争の多くは、相手の存在を実感しないままに、
殺傷することが出来るケースが多いです。
漁師がイカを一網打尽するように、原爆で人間を殺すことが出来る。
すべての生命の実存を知覚することこそが、
世界平和につながるという波多野氏の『イカの哲学』は、
最もシンプルであり、最も正しいところにある結論なのだと思います。
そして、本書『(新書版)イカの哲学』では、
後半が中沢新一氏による『(私家版)イカの哲学』の解説となっており、
これがまた、素晴らしく分かりやすい、噛み砕いた文章になっています。
何よりも、私家版でしか発行されなかった、小部数の書物に、
再び命を吹き込んだ、中沢新一氏の行動に驚嘆し、感謝します。
最もシンプルにして、本質をついた、平和論。
それが、今日ご紹介した中沢新一・波多野一郎著『イカの哲学』です。
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まぐまぐID 0000246354 「都会育ちの田舎暮らし」第662号
2009年07月04日発行(創刊2007年9月10日) 発行者 加藤のどか
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