映画から学ぶアートな人生 RSSを登録する

大ヒットするのは、メディアで大量宣伝された作品ばかり。でもその多くはその場限りのアトラクションのようなもの。映画も文学やその他のアートと同様、人生を豊かにするものです。そんな立場からの映画批評です。

  • 周期 週刊
  • 最新号 2007/11/10
  • 発行部数 31
  • マガジンID 0000243644
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2007/08/13

夕凪の街桜の国


メルマガ発行、記念すべき第一号は、現在公開中の映画「夕凪の街桜の国」を取り上
げることにします。これが私の中では、いまぜひとも観てほしい映画の一本だからです。

物語は、原爆投下から数年後の広島を舞台に一人の被爆女性ミナミの恋を描いた「夕
凪の街」と現代の東京、広島を舞台に、ミナミの姪にあたるナナミが、父の「奇行」
から叔母のことを知っていく「桜の国」の二つから構成されています。

とにかく泣けました。前半の最後のミナミの死顔、それはあまりに幸福に満ちている
。だからいっそう悲しく、いじらしく涙を誘うのです。家族のほとんどを失った心の
傷から、自分は生きていてはいけない人間だ、幸福になっていけない人間だと言い切
るミナミ、その彼女の傷が、恋人のある一言によって癒され、救済されるのです(こ
こでは具体的には書きませんが)。

現代を生きるナナミも、実は、無意識の部分で心の傷を抱えています。そして物語
は、時代の異なる二人の心の傷が癒されていく過程を描いています。また二人の心
の傷は、ともに原爆投下という一つの出来事に関係しています。その意味で、原爆
も戦争もけっして終わってはいないのだ、と映画は訴えかけているのです。

ミナミの「原爆は落ちたんじゃない。落とされたんじゃ」という台詞も印象的です。
戦争を自然現象や運命のように考えてはならない。それはあくまで、ある意図をもっ
た人間の仕業であり、その責任からけっして逃れることはできない。そんなメッセー
ジのように私には聞こえました。

この作品、「半落ち」で大ヒットをとばした山口県出身の佐々部清監督の作品です。
原作は、30代の若手漫画家こうの史代さんの作品です。監督もまだ40代ですから
、これは、まったく戦争を知らない世代がつくりあげた戦争作品だということができ
ます。そして観客である私もまた戦争を知らない世代です。

この作品を観てあらためて思ったのは、直接体験のない私たちにもまたその記憶を伝
える責務があるということです。もちろん、それは私の個人史の一部ではないのです
から、記憶と呼んでよいのか、と問われるかもしれません。それでも、その記憶を、
民族の記憶あるいは人類の記憶として留めておくことはできるはずです。「伝える」
ということは、そのような記憶をつないでいくこと、つむいでいくことだと思うのです。

そんな負の記憶に何の意味がある。さっさと忘れるか、肯定的記憶に置き換えるべ
きだ。最近人気のない某首相だったらそう言うかもしれません。でも意味はあるの
です。映画のラスト父親がナナミにこう言います。「ナナミは姉さんに似ている気
がする。だからしあわせになんなきゃな」。そう、私たちは、しあわせ=平和でな
ければならないのです。そうでなければ、多くの「ミナミ」の死は、意味のないも
のになってしまうじゃないですか。戦争犠牲者の死を意味あるものにするためにも、
私たちは平和を維持し続けなければならないし、そのためには体験のない私たちが、
死者の思いを想像し、共感し、そして伝え続けなければならないのです。
                         (文責 ホサカ・カオル)

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