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社会教育家・労使紛争解決アドバイザー河野順一が、読み、聞き、学び、考え、そして実践した<ポップフィロソフィー>による成功の哲学を、誌上において配信するメールマガジンです。日々の出来事、私が感銘を受けた書籍や、言葉もご紹介していきます。

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2008/04/08

「人間めったに、死にはせぬ!」

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 ◎今後のセミナーの日程です。

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 いよいよ、今週末です。
 
 ★『是正勧告と審査請求』 実務セミナー  
   大阪4月12日〜13日

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 ★『解雇・労働時間をめぐる』 実務対策セミナー 
   東京6月1日・大阪6月8日
    ◎◎早期お申込 ¥5,000 OFF の申込み期限は、
                                              平成20年4月15日まで

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■河野順一です。

 先週末の東京での『是正勧告と審査請求』実務セミナーに
 ご参加の皆様、大変お疲れ様でした。

 ありがたいことに、過去、
 私のセミナーにご参加の皆さまが
 いわゆるリピーターのみなさんが
 数多く、御参加くださいます。

 かれこれ、最初の開業塾生だった方とは
 20年近くのお付き合いとなるわけですが
 みなさん、それなりに士業者としての
 風格が出てきたと思います。

 最初は、独立開業の右も左もわからず、
 「寄らば大樹の陰」的存在であった、初心者マークの塾生達が
 威風堂々、社会で活躍する様子が見られるのは
 教え導いた者として、望外の喜びです。

 一国一城の主になり、
 クライアントから先生と頼られているうちに
 いつしか、本物になっていくものなのです。

 ■士業者として成功するかしないか、
 いえ、士業者に限らず、人生全般に言えることですが
 成功するか否かは、日頃のその人の考え方によります。

 あきらめたら、そこでおしまい。

 短期は損気。

 一点集中で、やると決めたらとことんやる。
 失敗したら、成功するまでやり続ける。
 この不撓不屈の精神こそが、あなたを成功に導きます。

 ・・・と言うは易し。行うは難し。

 ■できない理由を、周囲の環境のせいにしていませんか?

 そんなときは、作家中野孝次氏(1925年1月1日 - 2004年7月16日)
 のこの言葉を思い出しましょう。

 「与えられた環境に不平不満を唱えていても始まらない。
 それでは不平家になるだけだ。」

 氏は「職人の子に教育は不要」と、
 大工職人である父親の考えから
 旧制中学に進学できませんでした。

 しかし、どうしても勉強がしたがった氏は、
 独学で、一日14時間の猛勉強の末、
 専検(大検)に合格して旧制中学卒業資格を取得し、
 旧制第五高等学校(現在の熊本大学)に入学、
 その後、東京大学文学部独文科を卒業しています。

 そして、作家、独文学者、評論家として、名を馳せました。

 ■艱難辛苦は、人生の肥やしといえましょう。

 学習できる環境に感謝し、
 どんな困難に直面しても、それを、成長の試練として
 微笑みをもって迎えようではありませんか。

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  平成20年4月8日版
   ビジネス系ポップフィロソフィー メルマガ

  【 「負けるな社長!」⇒ http://jinji-no1.co.jp 】
                   <第33号>
                         河野 順一

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  ※当メルマガは、社会教育家・労使紛争解決アドバイザー
  河野順一が、読み、聞き、学び、 考え、そして実践した
  <ポップフィロソフィーによる成功の哲学>を、
  誌上に おいて配信するメールマガジン です。

  ▼日々の出来事、私が感銘を受けた書籍や、
  言葉もご紹介していきます。忙しい日常の、
  一服の清涼剤としてご活用いただければ幸いです。

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 <負けるな社長! 今日の言葉> 

  『 世界を怖れるな、唯自己を怖れよ 』 
   
        「天台道士語録」より  【杉浦重剛】

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 杉浦 重剛(すぎうら じゅうごう)
 安政2年3月3日(1855年4月19日)- 
 大正13年(1924年2月13日)は、
 近江膳所藩の出身。
 明治・大正時代の国粋主義的教育者・思想家。

───────────────────────────

 ■志を立て何かをなそうとすれば、
 現実問題として、世間の反応は厳しいが、
 だからといって、それを恐れることはない。

 あなたが、誠意を持って敢然と立ち向かえば、
 不思議に障害も抵抗も少なくなっていく。
 場合によっては、それまでの敵を
 味方に引き入れることさえできる。

 逆に、最も怖れなければならないものは、
 他でもない、自分自身の内面に存在する。

 それは思い上がりであり、
 あきらめの早さであり、
 依存といった甘えの心である。

 目的を忘れず自己管理を怠らないことだ。


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 【 今日のお勧め本 
   
    「 勝海舟強い生き方 」 】

         窪島 一系 著  中経出版 

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 ■【今なぜ、勝海舟か】
 勝 海舟(文政6年1月30日(1823年3月12日)
  ― 明治32年(1899年)1月21日)というと、
 皆さんはどのようなことを思い浮かべることでしょうか。

 おそらく大概の方は、「明治維新に幕府代表として、
 薩摩藩の西郷隆盛と談判し、江戸城を無血開城した人物」
 と答えることでしょう。

 そのとおりです。私たちはかつて学生時代、
 日本史でそのように学びました。

 しかし、それだけの人物評ではあまりに物足りません。
 わずか40俵、小普請組という無役で小身の旗下から、
 幕府の陸軍総裁に抜擢されるまでには、
 人知れぬ苦労と努力があったことは想像に易いでしよう。

 その後、彼は、明治新政府でも要職を歴任し、
 幕藩体制の後始末をさりげなくしています。

 彼の持つ卓越した知力・体力・精神力もさることながら、
 時代と人を見るにたけた洞察力、判断力、実践力は、
 現代を生きる私たちに、大きな勇気とヒントを与えてくれます。

 坂本竜馬、中岡晋太郎、佐久間象山など、
 同じ幕末の勇者たちが少なからず
 暗殺者の手により早世した中、
 勝自身、いくたびも刺客の襲撃に逢いながら、
 結局77歳の天寿を全うしています。

 私心のない生き方と確固たる信念が、
 極貧と危機一髪の危険の連続の中で、
 平然とたじろぐことなく、
 運までも味方につけてしまったといえるのでしょう。

 本書は、勝海舟の魅力を余すところなく伝えてくれます。
 帯には「人間めったに、死にはせぬ!」とあります。

 ■【達人は達人を知る 勝・西郷・竜馬】
 幕末のヒーロー、尊皇攘夷派の坂本竜馬は、当初、
 開国を主張する勝海舟を快く思っておらず、
 暗殺しようと試みました。

 ところがその実行のとき、反対に自論を開陳されて、
 勝に弟子入りしたと伝えられています。

 その坂本竜馬が「少したたけば、少し響き、
 大きくたたけば大きく響く。
 もし馬鹿なら大きな馬鹿で、利口なら大きな利口だろう。」
 と評した西郷隆盛が、
 大軍を率いて維新の大業を成そうとしたにもかかわらず、
 勝海舟の一言を信じてたった一人江戸城に乗り込み、
 江戸城明渡の件で談判します。

 そのとき西郷は、
 「では、そうしましょう。後は勝さんにお任せします」
 といくさをやめて、あっさりひきかえしてしまいました。

 勝は日頃から、「無神経に大胆に(こだわりを捨て心をカラにし、
 相手の懐に思い切って飛び込む)、
 大きな事業を成そうとするならばドカリと腰をすえて
 綽々(しゅくしゅく)たる余裕を持て。

 しかし、交渉ごとには明鏡止水の心境で正心誠意、
 相手に応じて、出方を考える。

 私心を捨て、常に国家の行く末といった大局から
 思考し、行動する。

 このようにしてやるだけやったら、
 「あとは天命を待つだけだ。」を信条としていましたから、
 大きくたたく勝に、西郷も大きく響いたことは肯けます。

 一方、達人は達人を知る。
 勝は勝で「天下でおそろしいもの」と西郷を評し、
 「西郷におよぶことのできないのは、その大胆と大誠意とにある。」
 と、談判のときを述懐しています。

 また、無血開城に対し、かの福沢諭吉らは、
 勝を逆臣、腰抜け、といって誹謗中傷しました。
 これに対し勝は「行蔵(こうぞう)は我に存す、
 毀誉は他人の主張、我に与らず我に関せずと、
 存知候(世に出るも引っ込むも、自分の自由であり、
 人にとやかく言われる筋のものではない)」
 と一考だにしなかったといいます。

 分からぬ奴には、
 いくら言って聞かせたところで分かるはずがないと、
 関わらぬことで無駄なエネルギーを使うことを避けたそうです。

 そして、また「人の真価を知れるのは百年後だ」
 と言い放っています。

 事実、維新後、約140年を経た今、
 勝海舟の偉業は正当に評価されているといえるでしょう。

 ■【徹底した行動が、人の心を動かす】
 このように、エピソードに事欠かない勝海舟ですが、
 最も私が感銘を受けたのは、
 彼がまだ若かりし頃、蘭学を学んでいたときのことです。

 それは、人は理屈では動かない、
 徹底した行動が、人の感動を呼び、
 心を動かすことができるということを、
 再度感じ入った出来事です。

 勝は、物心ついたときには、
 正月に餅を買う金もない程に、
 赤貧の暮らしをしていたといいます。

 そして、自分の所帯を構えてからも、
 その状態はなんら変わらず、
 「畳といえば破れたのが三枚ばかりしかないし、
 天井といえばみんな薪にたいてしまって、
 板一枚残っていなかった」という、
 勝海舟の名から想像もつかない、
 あばら家に住んでいました。

 このような貧困の中、23歳の頃から
 蘭学(文化の進んだ西洋の学問)の必要性に目覚めました。

 そして、早朝は、剣術の稽古、昼間は21歳で免許を皆伝された
 真心影流(じきしんかげりゅう)の、剣術の出稽古、
 そして夜は蘭学者、長井青涯(せいがい)に師事し
 蘭学を学ぶという生活を送り、
 猛勉強したため睡眠時間は1〜2時間ほどだったそうです。

 これは、そのような折の話です。
 勝は、この蘭学修行中、書店でオランダの兵書を見つけました。
 現在とは異なり、当時書物は大変高価なものでした。

 その本の値段はといえば、50両という大金。
 貧乏な勝に、払える即金はありません。

 そこで金策に奔走し、やっとの思いで金をかき集め、
 いざ本屋に出向くと既にその本は他人の物となっていました。
 どうしてもあきらめきれない勝は、本屋に買主を教えてもらい、
 貸してくれるよう懇願しました。

 しかし、「私が読みたくて買った本だ。
 まだ読んでもいないのにどうして貸さなければならない。」
 と快い返事がもらえません。

 そこで勝は、「貸していただけないのであれば、
 あなたが就寝中に見せていただけないか」と提案します。
 そこで、買主は勝の熱意を汲み、
 「それでは午後10から翌朝、自分の家でだったら見せてもよい」
 と承諾する。

 それから半年、勝はその家に通いつめ、
 とうとう半年かけて全部を書き写してしまいました。

 驚いた買主は、
 「この本は、あなたのような人こそ持っていることがふさわしい。」
 と勝に進呈したそうです。
 彼の熱意と、徹底した行動が、
 見ず知らずの人の心を動かした感動のエピソードです。

 ■【厳しさと優しさは表裏一体】
 このように、世間は、何事においても誠心誠意、
 一所懸命行動する人を捨て置けないのです。

 額に汗し、目に涙して身を粉にして働く人を、
 応援したくなるものなのです。

 怠け者で、何をしても当然という態度の輩に、
 誰が親切にしたいと思うでしょうか。

 厳しさと優しさは表裏一体であり、
 双方のバランスで世の中は動いている
 といっても過言ではないでしょう。

 「ありがとう」「思いやり」「親切」「やさしさ」
 こうした温室のような環境で、
 充実した人生を送ることはできません。

 もちろん、成功は望めません。
 自ら風雪に身をさらすことで、心身を鍛え、
 確固たる人生の指針を見つけ出しましょう。

 さあ、私たちも、
 歴史に偉業を果たした人生の達人たちの遺訓を、
 大いに学ぼうではありませんか。


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  <河野順一の 司法うんちく
          
    『法の下の平等・・・後期高齢者医療制度を考える』>
 
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 ■本年4月1日から、「後期高齢者医療制度」が始まった。
 これでは名称のイメージがよろしくないと、
 すぐさま通称を「長寿医療制度」に改めたいきさつがある。

 これまで、75歳以上の高齢者は、
 健康保険、国民健康保険のいずれかの
 被保険者あるいは扶養者とされていたが、
 本法施行後、それまでの保険制度からはずれ、
 別立ての医療制度に加入することになった。

 所得に応じて、給付を受ける際の
 自己負担金の割合が異なるほか、支払う保険料額も異なる。

 ■さて、この制度が始まって
 市町村の現場が混乱している大きな原因は、
 それまで所得が一定以下の金額で
 扶養者として、一切保険料が賦課されなかった人も
 原則として、年金からの天引きされることである。

 一年以上保険料を滞納すると、
 国保のように資格証明書(病院かかかる際、
 一旦、自己負担として10割を支払わなければならない)
 の交付もあるという。

 収入は年金だけ、低所得で暮らすお年寄りにとって、
 今、現実は非常に厳しいものとなっている。

 ■そもそも日本は、
 国民皆保険のもと高い医療水準を維持してきた。

 現在65歳以上の高齢者が
 総人口に占める比率である高齢化率が
 世界に類を見ないペースで高まっている。

 本来こうした高齢者の、
 年金や医療、福祉といった社会保障の分野で
 財政を支えなければならないのは、
 現役層とよばれる労働者が納める、税金や保険料だ。

 しかしながら、今、
 戦後、第一次ベービーブームに生まれた
 いわゆる「団塊の世代」の人たちも
 定年退職を迎える時期にさしかかり、
 支える側から支えられる側にシフトしているため、
 財政の逼迫は頭の痛い問題となっている。

 こうした状況下、医療保険制度の将来にわたる
 持続的かつ安定的な運営を確保するために、
 医療制度の構造改革が避けて通れない状況となった。

 ■健全な収支を考えるに、出るもの(給付)は抑制し、
 (保険料)収入を上げなければならない。

 国民所得に占める、税と社会保障費(社会保険料支払い分)の
 負担割合である国民負担率に、
 赤字国債などの借金を加えた、潜在的国民負担率は、
 昭和45年には24.9%だったものが、
 平成20年には43.5%にも膨れている。

 これを平たく言えば、100万円の所得があれば、
 そのうちの43.5%、つまり43.5万円を
 税金や社会保障費として、持っていかれることになる。
 (・・・庶民の感覚としたら、この場合「納める」でなく、
     「持っていかれる」との表現が、最も適切である。)


 厚生労働省は、平成25年には潜在的国民負担率は
 56%程度になると試算しており
 これ以上、現役層から保険料を徴収することは
 容易に民意の理解を得られないと踏んだはずである。

 それで、保険料徴収の矛先は、当の高齢者に向けられた。

 ■ここで、問題となるのは、
 低所得の高齢者から保険料を徴収した場合、
 憲法25条で保障された、
 健康で文化的な最低限度の生活を営めるのかという点である。

 あわせて、法の下の平等を謳った憲法第14条も気になる。
 「すべて国民は、法の下に平等であって、
 人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、
 政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」

 医療保険を目的とする制度であっても、
 年齢により、適用される法律が異なるばかりに
 同じ130万円以下の所得の者でも、
 かたや1000万円以上収入がある
 高所得者のサラリーマンの夫の妻は、被扶養者であり、
 その分として保険料が徴収されず、
 かたや1人暮らしの高齢者が
 年額100万円に満たない国民年金保険料収入しかなくても、
 月額平均6千円(年額約7万2千円)程度の保険料を徴収されるという。

 これまでに十分な貯えがあったり、
 家計の仕送りをしてくれる子供がいるならば、
 保険料の支払は造作もないことかもしれない。

 しかし、子供も自分の国民負担率が増やされて、
 生活にアップアップの状態で、
 親の面倒をまで看る余裕のある者は、そう多くないだろう。

 これをして、法の下の平等といえるのだろうか。

 ■法は、時として、そのはざまに、少数派の弱者を見捨てる。
 立法者が、そうした存在を事前に想定し得なかったのか
 あるいは、血の通っていない机上論者なのか。

 いずれにせよ、本法施行による保険料徴収で、
 生活の窮状を訴える低所得層の高齢者を見るにつけ
 1983年、緒方拳と坂本スミ子が主演した、あの名作を髣髴とさせる。

 タイトルは「楢山節考」。

 信州の山深い寒村で、食糧不足のため、
 70歳を過ぎた高齢者は、
 息子に背負われ楢山に捨てられる掟があった。

 年老いた母を、どうしても山に捨てられない息子、
 自分が生き延びることで、息子に迷惑をかけたくない母。
 二人の切ないまでの親子愛が、
 そして地域の慣習との葛藤が、惻隠の情を催す。

 「後期高齢者医療制度」を、現代の「楢山節考」にしてはいけない。


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 ┃ 【本日の、オンリーワンプログラム】             
 ┃     
 ┃  ●  艱難辛苦は、人生の肥やし
 ┃  ●  世界を怖れるな、唯自己を怖れよ
 ┃  ● 「人間めったに、死にはせぬ!」
 ┃  ● 「後期高齢者医療制度」を、
 ┃       現代の「楢山節考」にしてはいけない!
 ┃                  
 ┗━━━━━━━━━━━━━ 「負けるな社長!」 ━━┛
 

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 【編集後記】

 ■今日は、4月8日は、お釈迦さまの生誕の日です。

 「潅仏会(かんぶつえ)」、あるいは「花祭り」といって、
 日本では、様々な草花で飾った花御堂(はなみどう)を作り、
 その中に誕生仏の像をその中央に安置し、
 柄杓で像に甘茶をかけて祝うといった風習があります。

 甘茶をかけるのは、この日、右手を高く上げて天を指し、
 左手は地を指す姿で生まれたというお釈迦様に、
 9つの龍が天から清浄の水を注ぎ産湯を使わせた・・・
 という伝説に由来するというものだそうです。
 そう、これが有名な「天上天下唯我独尊」の場面です。

 私も、仏陀のように
 心静かに、人生の悟りを開きたい心境に駆られる今日この頃です。

                          合 掌


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 ┃発行責任者: 河野 順一                                          
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