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今ある「健康法」に不満・「呼吸法」についての明確な方法論を知りたい・現代というストレス社会の中で「本当の自分」を取り戻したい。そんな悩みを抱えている方々に解決法を実践する場が「湧気塾」です。塾長のインタビューや稽古内容をお届けします。

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2009/11/20

身体哲学からの提言

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身体哲学からの提言
(旧 「疲れた身体、疲れた心を癒す呼吸法!」)


身体哲学研究所
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湧氣塾
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<身体哲学研究所通信第19号>

□■―目次―――――――――――――――――――――――――――――――

1.所長と研究員との対談 <研究員:槇島篤>第2回
2.湧氣塾からのお知らせ
3.塾長の著書の紹介

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みなさんこんにちは。
身体研究所研究員兼湧氣塾塾生のKです。
本日もメルマガをお楽しみください。


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1.所長と研究員との対談 <研究員:槇島篤>第2回
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このコーナーでは、所長とともに
身体哲学に取組もうと研究所に参画した研究員と、
所長との対談をお送りします。
今回からは槇島篤研究員との対談です。

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槇島篤研究員

鍼灸師、理学療法士、呼吸療法認定士
フェルデンクライス・メソッド・プラクティショナー
医療現場の中で自分自身の身体的不調に対処出来ない者が
大きな顔をして人を診ている事に疑問を持ち様々に模索する中で
所長の本『阿修羅の呼吸と身体』に出会う。
2008年呼吸身法に導かれるまま湧氣塾スタッフに加わる中で
身体と人の生き様の関連性に気付かされ苦悩すると共に
身体哲学の重要性を日々認識している。
<所長からの一言>
槇島君は理学療法士としてまた鍼灸師として長く医療の現場にいて
様々な医療、医術の矛盾に直面してきた。
診断するだけではなく本当に身体を直す医術とはどういうものかということである。
これは、現代人における認識論と存在論の混同だといってもいい
とても大切な哲学的テーマである。
彼には私の実践的身体哲学(呼吸身法)をベースにした
しっかりとした医術を身に付け、医療現場での変革を目指してもらいたい。
また、身体哲学研究所や湧氣塾の主宰する、今後の子供たちや老人の
身体(身心)を改善するプロジェクトで大いに活躍してもらいたいと思っている。

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K:「医療の現場にいる槇島研究員と所長の対談第二弾として、
今日は何がテーマになるのでしょうか。」

所長:「前回予告していたようにバイオエシックスについて
話をしたいと思います。」

K:「“バイオエシックス”ってそのまま訳して、
“生命の倫理”ということでいいのでしょうか。」

槇島研究員:「所長からこの11月のメルマガの対談の準備として
目を通しておくようにいわれた本のひとつに
『医学史と数学史の対話――試練の中の科学と医学』(川喜田愛郎・佐々木力)
があるのですが、その中に“バイオエシックスの定義”
という小見出しがあります。
そこで医学史の専門家である川喜田愛郎さんは
“バイオエシックス”とはメディカル・エシックス、
つまり“医療の倫理”の現代アメリカ版だといっていました。
それでいいんですよね、所長。」

所長:「はい、いいと思います。
川喜田愛郎氏は『近代医学の史的基盤』
という名著を書いた骨太の医学史家で、
川喜田氏がバイオエシックスを
“医療の倫理”の現代アメリカ版と定義したのは、
前回私が触れた日本のバイオエシックスの草分けである
京都大学の星野一正氏の『医療の倫理』を念頭に入れてのことだと思います。」

K:「バイオエシックスとは、具体的には“脳死”や“臓器移植”
それに“インフォームド・コンセント”(説明と同意)、“ガンの告知”
といった生命倫理の問題と僕は理解していますが。」

槇島研究員:「はい。
中村雄二郎さんの『臨床の知とは何か』でも“脳死と臓器移植”と
“インフォームド・コンセント”の二つがバイオエシックスの
代表的なものだといっています。」

所長:「少し補足すると星野一正さんは、
バイオエシックスを単に“生命倫理”と訳して、
ヒポクラテス以来の従来の医者の立場からの“医の倫理”と
取り違えないようにといっています。」

K:「医者の立場からの“医の倫理”ではないということは、
患者の立場からの“生命の倫理”ということですね。」

所長:「はいそうです。
バイオエシックスという言葉は、日本では1980年代に
広く知られるようになりましたが、アメリカでは70年代前後から普及しています。
もう少し詳しくいうと、1960年代にアメリカで起った
人権運動のひとつとして患者の人権運動がたかまりました。
医師や医療関係者の患者に対する独善的な態度や
医療行為を厳しく批判するようになったのです。
バイオエシックスという新しい生命倫理学は、
そうした状況の中で病院内の礼拝堂の牧師をはじめ、
神学、倫理学、哲学、法学、社会学、文化人類学などの学者が、
医師たちの患者に対する態度や医療行為についての研究を始め出し、
1970年頃に新しい学際的な学問として確立されたのです。」

槇島研究員:「バイオエシックスの本を読んでいると必ず
ニュルンベルク裁判で暴露されたナチス医師の残虐行為
の話が出てきますが、50年代から70年代にかけて
アメリカでもナチスを思わせる人体実験が
さまざまに行われていたと聞かされて私も驚きました。」

K:「そうなんですか、アメリカでも60年代前後に
そんなことが起っていたのですか。」

所長:「ヴェトナム戦争下で燃え盛った人種差別運動の中で、
貧しい黒人に対して人体実験並みの医療行為が行われていたことが
明らかになったのです。
もっとも、旧日本軍731部隊が行った人体実験も有名ですから、
日本人はそんな非人道的なことはしないと人ごとのようには
いってはいられない。」

槇島研究員:「それに、広くいえば医療に人体実験は
つきものだともいえますよね。」

所長:「はい、そうです。
私の教え子で医者になった青年とある時日本軍の行った
人体実験について話していたのです。
すると、“でも先生、大きな声ではいえませんが731部隊の行った
人体実験のおかげで医学は確かに進歩したのです“と彼はいうのです。
もっとも、それだからこそバイオエシックスは大切なのです。」

K:「なるほど。
前回、医学と科学の話が出ましたが、
医学に部分的には科学が含まれている以上、
実験はつきものだといえるわけですね。」

所長:「このあたりでバイオエシックスの倫理とは何か
ということを少しはっきりさせておきましょう。
まず、今出てきた人がやっていいこといけないことという
人体実験のような人道的、社会的倫理があります。
それからバイオエシックスという以上、当然古今東西
あらゆる人間の社会と文化にとって普遍的ともいえる、
命の大切さということから“生命観”というものを、
今見直す必要があるでしょう。
さらにそこから命の問題に死の問題をつなげた“生死観”
ということが出てきます。
そしてもうひとつ、アメリカ発のバイオエシックスに深くからむ
現実的、功利主義(経済主義、実用主義)の問題、つまり、
現代人の“価値観”の問題があるといえましょう。」

槇島研究員:「バイオエシックスということに関しても、
今、所長が最後にいったアメリカの功利主義的なところが
私たち日本人には一番理解しにくい点ですね。」

K:「それは具体的にいうとどういうことですか。」

槇島研究員:「例えば、1967年にバーナード博士が
南アフリカの病院で心臓移植手術に成功し、
翌1968年にハーヴァード大学が「ハーヴァード大学脳死判定基準」
を作ったのですが、その背景にある考え方が何とも即物的というか
功利主義的なんです。」

所長:「つまりこういうことです。
ハーヴァード大学の特別委員会の作った“脳死判定基準”は
これまでの死の判定基準である死(心臓死)の三徴候、
“脈拍の停止”、“自発的呼吸の停止”、“瞳孔反射の停止”から
<不可逆的な昏睡>、つまり、“刺激に対する無反応”、
“自発呼吸の停止”、“反射の消失”、“脳波の平坦化”
という判定基準に変え、<脳死>という新しい死の定義を作ったのです。
そして、この定義が必要である実際的な理由として、
なんと<不可逆的な昏睡>が永続する重荷から
患者・家族・ベット待ちの患者を救うこと、
移植用の臓器入手をめぐる論争を終らせること、
の二つがはっきり挙げられているのです。」

槇島研究員:「中村雄二郎さんもいっていますが、その二つは、
医者に無意味な延命をやめる権利を与えるためにいわれているわけですね。
“ベット待ちの患者”といい“臓器入手”といいなんとも功利主義的な考え方で、
私たち日本人にはなかなかついていけない議論ですね。」

K:「なるほど。
それがアメリカ的な考え方というものなんでしょう。」

所長:「アメリカ的というか確かに哲学でいうと英米的な考え方
といえるでしょうね。
生命倫理(バイオエシックス)的な議論も実際、
アメリカ、イギリス、オーストラリアの研究者たちによって
盛んに行われています。
ヘーゲルの研究で知られている加藤尚武氏も
早くからバイオエシックスについて発言していますが、
彼もこの領域の学問は体系的な原理から
話を始めたがるドイツ人には苦手で、
医療技術の発展ということの他に英米の
功利主義的な“訴訟好きの文化”に合っている
ということをいっています。」

K:「功利主義って、ベンサムの“最大多数の最大の幸福”
という考え方ですよね。」

所長:「そうです。」

槇島研究員:「Kさんはなかなか哲学にも詳しいんですね。」

K:「いや、それぐらいのことは高校の教科書にも書いてありますよ(笑)。
でも、一方で功利主義は個人主義やエゴイズムに走ることになりませんか。」

所長:「その通り、K君らしい鋭い質問ですね(笑)。
だからベンサムはただ個人が自分だけのための功利を求めるのではなく、
“最大多数”の、つまり、“みんな”の“最大幸福”(大きな幸福)
をめざそうといったのです。」

槇島研究員:「民主主義が単に“自由”といわずに“自由と平等”
というのと同じですね。」

所長:「その通り、槇島君もさすがに身体哲学研究所の
研究員だけあって頭がいい(笑)。」

槇島研究員:「いや、よく坐れるようになって頭がよくなったんです(笑)。」

K:「近頃“自由”と“平等”って矛盾するんじゃないか
という若者が出てきているようですよ。」

所長:「それは、最近の若者がマンガやゲームばかりではなく
少し頭を使うようになったんでしょう。
坐禅身法をやればもっと頭がよくなるのに(笑)。」

槇島研究員:「でも、若者たちもようやく哲学するようになった(笑)。」

K:「身体哲学研究所としてはうれしいことです。」

所長:「だから、社会が不況になったり、行き詰ったりすることも悪くないんです。
それから、“自由”と“平等”が矛盾しているということでいえば、
フランス人はなかなか巧みだから、それに“博愛”を加えた。」

K:「なるほど、それでフランスの三色旗が
“自由”と“平等”と“博愛”を象徴しているんですね。
ところで、話を<脳死>のところに戻して所長にお聞きしたいのですが、
<脳死>というのが今ひとつよく飲み込めないのです。
<脳死>に対して従来の医者が確定する死は
<心臓死>だと考えていいのですか。」

所長:「はい、おおざっぱにいえばそれでいいと思います。
細かくいえば心臓死にも“脈拍の停止”という臨床的な所見からの機能死と
病理解剖しなければ分らない細胞レヴェル、組織レヴェルで
臓器が死んでいる臓器死あるいは器質死というのもあるのですが、
通常の“死の判定”としての<心臓死>は心臓の機能死でいいと思います。
ごく分りやすくいえば、心臓が止まったら死んだと認めるということですが、
本当は死とは、意識がなく、呼吸が止まり、そして心臓も止まって、
身体が冷たく、目がうつろで動かなくなることだと一般には考えられています。」

K:「<脳死>についてもなるべく簡単に解説して下さい。」

所長:「脳死について説明すれば、従来の死を判定する方法が三徴候というのは、
正確にいえば生命維持装置による延命治療をしていない場合の“心臓停止”、
“自然呼吸の停止”と“瞳孔反射の停止”(目の反射運動の消失)の三者をさし、
“脳の機能停止“という項目が入っていません。
それは心臓死でも窒息死で呼吸が止まる脳幹死でも人間が死ぬということは、
体内で酸素欠乏に最も弱く、人間としての自我意識を直接司る
脳の機能停止を意味しているからです。
ところが医療技術の進歩で人工呼吸器などの生命維持装置によって
酸素を送り、末期患者の延命が可能となったのです。
しかし、ある期間が過ぎると脳幹の呼吸中枢をはじめ
脳の機能は停止して、再び生き返ることのない時点である
<不帰の点>を過ぎ、やがて死亡します。
これが<脳死>なのです。」

槇島研究員:「<脳死>とはただの“脳の死”ではなく、生命維持装置によって
延命治療が行われ、それでもついに脳が不可逆的に機能停止したことによって起きる
特殊な人為的条件下で起る新しい死の現象なのです。」

所長:「だから星野一正氏も<脳死>と<脳の死>を
はっきり区別することが必要だといっています。」

K:「やっかいなのは、<死>がある時点(瞬間)で起る現象ではなく、
経過を経て起る一連のプロセスとしての現象だからですね。」

所長:「そういうことです。
<脳死>が臓器移植と結びつくのは脳の機能失調が進み、
不可逆的に機能停止して<不帰の点>に至り、
<脳死>した後でも生命維持装置を使用していると、
脳よりも酸素消費量の少ない臓器は、ある期間機能を
維持しているということなのです。」

K:「だから<臓器移植>が可能になるのですね。
今まで<脳死>そのものがよく分らなかったのですが、
これでスッキリしました。」

所長:「それはよかった(笑)。
でも<脳死>が分ると、従来の死(心臓死)と新しい人為的な死(脳死)
のはざまでめんどうな問題が起きることになるんです。」

槇島研究員:「それでバイオエシックスという学問が必要になってくるのですね。」

K:「そこで起ってくる問題は僕に分る範囲でも、“臓器提供の是非”、
つまり、人の命をどこまでと考えるかという問題とか、“臓器の売買”、
これは先程からの功利主義および命や臓器を金でやり取りしていいのか
という問題ですね。」

所長:「<脳死>がこんな犯罪推理小説じみたことを起す
という例をひとつ紹介しておきましょう。
資産家であるワインバーク夫妻は交通事故で二人同時に重症になり、
共に脳死の判定を受けました。
すると、夫人の妹メアリーの依頼でまずご主人のワインバーク氏の
生命維持装置のスイッチが切られ、その後夫人も息を引き取りました。
その結果何が起ったかというと、ワインバーク氏の莫大な資産が、
まず夫人に遺産相続された上で、メアリーに改めて相続されたということです。
事態を知ったワインバーク氏の弟アベルは自分にも遺産の相続権があると
裁判を起こしたのですが、敗北しました。
その理由は、まず脳死の判定そのものに間違いがない以上、
人口呼吸装置のスイッチを切るか、切らないかは医師に一任されている。
遺産の相続問題は心臓死の時点で処理されるので、この件について違法はない。
この話は加藤尚武氏の『バイオエシックスとは何か』に紹介されています。
氏は、“これは今日の脳死をめぐる状況では現実に起りうる事態である”
といっていますが、全くその通りでしょう。」

K:「まるで推理小説の世界ですね。
<臓器移植>に関しては、
先月紹介した分子生物学者福岡伸一さんは
“動的平衡”という観点から否定的なようですが、
これだけでも簡単に答えの出ない問題ですね。」

槇島研究員:「その点については私も基本的に福岡さんに賛成ですが、
こういう問題は結局その場にならないと分らないかもしれませんね。」

所長:「私もそう思います。
医者の立場と患者の立場では違うでしょうし…。
ベルクソンの『創造的進化』をひとつの出発点にした私の身体哲学は、
そもそも原理的な点、本質的な点は普遍性をめざしながら、
言語的、一元的にすべてを固定してはいけないと思っています。
全体として常に生成的、“創造的”な知の“進化”をめざすものですから、
頭で理念的、固定的に決めてしまうより、その場の直観、
身体知を磨くように日々知的に生きていくことが一番大切だと思っています。」

槇島研究員:「日々行(ぎょう)じるということですね。」

所長:「そういうことです(笑)。
ところでK君、槇島君はこのところ毎朝私と一緒に坐っているんですよ。」

K:「えっ、そうなんですか。
ヤバイ、僕も少し坐らなくちゃあ(笑)。
“生命観”、“生死観”についてはまた次回ということで、
お二人とも今日はありがとうございました。」

所長:「次回はできればベルクソンの『道徳と宗教の二源泉』にも
触れたいと思います。」

槇島研究員:「よろしくお願いします。」



(次回へつづく)


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●発行者
身体哲学研究所
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身体哲学道場 湧氣塾
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●バックナンバー 
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