疲れた身体、疲れた心を癒す呼吸法!  RSSを登録する

今ある「健康法」に不満・「呼吸法」についての明確な方法論を知りたい・現代というストレス社会の中で「本当の自分」を取り戻したい。そんな悩みを抱えている方々に解決法を実践する場が「湧気塾」です。塾長のインタビューや稽古内容をお届けします。

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2009/11/14

身体哲学からの提言

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身体哲学からの提言
(旧 「疲れた身体、疲れた心を癒す呼吸法!」)


身体哲学研究所
http://body-mind-philosophy.org/

湧氣塾
http://www.you-ki-juku.co.jp/

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<身体哲学研究所通信第18号>

□■―目次―――――――――――――――――――――――――――――――

1.所長と研究員との対談 <研究員:槇島篤>第1回
2.湧氣塾からのお知らせ
3.塾長の著書の紹介

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みなさんこんにちは。
身体研究所研究員兼湧氣塾塾生のKです。
本日もメルマガをお楽しみください。


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1.所長と研究員との対談 <研究員:槇島篤>第1回
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このコーナーでは、所長とともに
身体哲学に取組もうと研究所に参画した研究員と、
所長との対談をお送りします。
今回からは槇島篤研究員との対談です。

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槇島篤研究員

鍼灸師、理学療法士、呼吸療法認定士フェルデンクライス・メソッド・プラクティショナー医療現場の中で
自分自身の身体的不調に対処出来ない者が大きな顔をして人を診ている事に疑問を持ち
様々に模索する中で所長の本『阿修羅の呼吸と身体』に出会う。
2008年呼吸身法に導かれるまま湧氣塾スタッフに加わる中で
身体と人の生き様の関連性に気付かされ苦悩すると共に身体哲学の重要性を日々認識している。
<所長からの一言>槇島君は理学療法士としてまた鍼灸師として
長く医療の現場にいて様々な医療、医術の矛盾に直面してきた。
診断するだけではなく本当に身体を直す医術とはどういうものかということである。
これは、現代人における認識論と存在論の混同だといってもいいとても大切な哲学的テーマである。
彼には私の実践的身体哲学(呼吸身法)をベースにしたしっかりとした医術を身に付け、医療現場での変革を目指してもらいたい。
また、身体哲学研究所や湧氣塾の主宰する、今後の子供たちや老人の身体(身心)を改善するプロジェクトで
大いに活躍してもらいたいと思っている。

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K:「さて今回からは槇島研究員の登場です。
槇島さん、よろしくお願いします。」

槇島研究員:「よろしくお願いします。」

K:「早速ですが、槇島さんは身体哲学を研究するうえで、
どのようなテーマに関心がありますか。」

槇島研究員:「はい。
私は医療に携わる者として、今病院や介護の現場において、
非常に危機感を抱いています。」

K:「それはどんな危機感なんですか。」

槇島研究員「Kさんは、ISOというものをご存知ですか。」

K:「はい、知ってます。
国際標準化機構のことで、いわゆる規格のことですね。」

槇島研究員:「そうです。
そのISOが、実は病院にもあるんです。」

K:「えっ、そうなんですか。
僕はてっきり企業が自社製品のために取る
ものばっかりだと思ってました。」

槇島研究員:「もちろんISOの精神自体は、
病院の質を確保するうえで、意味があると思います。
しかし、取得するためには膨大な資料を作る必要があったり、
お金もかかります。
そして、その資料を作っている人は、本当に現場を理解したうえで
作っているかというと疑問が残ります。
逆に私には、ISOを取得できるように、
現場の方を合わせている感じがするんです。」

K:「それはまさに本末転倒ですね。」

槇島研究員:「医療や介護の現場にとって大切なこと、
たとえば思いやりとかいったことは、本来数値化したり、
Aランク、Bランクといった評価にはなじまないと思います。」

所長:「医療の現場にいる槇島君らしい問題意識ですね。
そもそもISOのような社会の側が作り出すヴァーチャルな基準に、
現代人は依存しすぎている。」

槇島研究員:「そうなんです。
たとえばリハビリにおいても、“今日は何キロの重さの負荷をかける”
とメニューを数値化して、それを杓子定規に患者にやらせる
といったことが横行してきています。
身体哲学を学ぶ私からしたら、
身体の状態はその瞬間瞬間でちがうわけだから、
そんな決まったメニューをやらせるだけでは
だめに決まってるんです。」

所長:「そうですね。
身体は一人ひとり、その時々でちがいます。
だから良い医者や良い療法士というのは、一人一人の身体をもって
判断するしかありません。」

K:「身体だけは、他者に依存することができませんからね。」

槇島研究員:「とにかく“医療の脳化現象”が進んでいます。
介護の世界でも、契約で決まってる、といって決まったメニューを
強制するようなことが起きています。」

K:「なんでも数値化、メニュー化するのは、
ある意味医療に従事する側が、
楽をしたいという側面はないんでしょうか。」

所長:「もちろんあるでしょう。
しかし、“楽をしたい”ということは別の言葉でいえば、
“経営効率を上げたい”ということでもあります。
ここには槇島君がいった“医療の脳化現象”、つまりヴァーチャルの問題と
もうひとつ経営(管理と経済)と医療の微妙な問題があるのです。」

槇島研究員:「確かに経営側、管理側の都合を優先している
ということは大きいと思います。
病気を治す、ひいては身体の能力を引き出すには、
ある程度複雑な運動が必要なわけなんです。
それをルーティーン化、機械化、単純化しているのは、
ひとえに管理側の都合でしょう。」

K:「そんな機械化した方法で身体が回復すると
経営側の人間は本当に思っているのでしょうか。」

所長:「その問いには二つの答え方があります。
ひとつは、人間の身体は機械だと思っている人がまだ多い。
なぜなら、医学を支える近代科学が物の研究から生じた機械論だからです。
もうひとつは、お金のことしか考えない
ジムやリハビリ業、老人医療関係の経営者たちで、
それこそ簡単に治ってもらったんでは商売にならないと
半ば公然といっている声がときどき耳に入ってきます(笑)。」

K:「まあ、少し前は日本でもすべてが金で、
金で買えないものはないという人が
けっこう人気だったりしていましたから(笑)。」

槇島研究員:「話を少し真っ当な方に戻すと、
僕はやはり医療という生の身体そのものを扱う世界が
パソコンを使ったデータ処理的なメニューを中心に
リハビリを行うといったように妙に客観主義になり、
肝心の身体が欠落してきていることが気になります。」

所長:「客観主義は科学がもたらしたものですが、
これにはプラスとマイナスがある。
しかし、客観主義が行き過ぎると生の身体をほとんど切り捨てて
ヴァーチャルな物差しだけを振り回すようになります。
これは客観主義の末期症状で今の話を聞いていると
医療の世界そのものが末期症状にあると思いますね。」

K:「所長は身体を“外部身体”と“内部身体”に分けていますが、
その“外部身体”とは一応“客観的身体”のことだと
僕は理解しているのですが、それでいいのですか。」

所長:「“外部身体”とは”外“から対象的に
とらえられる(見える、さわれる…)身体ということですから、
その意味で客観的身体といってもいいのです。
この場合の“客観的”とは、いうまでもなく“主観的”に相対する見方ですが、
客観的立場が絶対的だという一元的な科学的客観主義ではありません。
ガリレイ、デカルト、ニュートンによって確立された近代科学は
確かに物の世界を明確に測定し、説明する物差しを持っていました。
しかし、この物差しに限界があることは現在明らかになっています。
端的にいって、医療、医学に関して科学の客観主義は今、
大きなマイナスをもたらしているといっていいでしょう。」

槇島研究員:「『医学は科学ではない』(米山公啓)という本でも出ていますね。」

所長:「ああ、その本なかなかおもしろかったですが、
文字通りに“医学は科学ではない”というと語弊もあるでしょう。
科学が医学に貢献したこともたくさんあるので。
私は『「阿修羅」の呼吸と身体~身体論の彼方へ~』の中で、
“医学”と“医療”と“医術”と分けて考えてみよ、と書いておきました。」

K:「その場合、科学はどういう関係になるのでしょうか。」

所長:「“医学”と“医療”は客観化可能な部分があります。
つまり部分的に科学と係わりがあるのですが、
“医術”は基本的には科学と無縁だいっていいでしょう。
“医術”とはいってみれば職人の芸のような経験知の積み重ねです。
私のいう“内部身体”を発揮しないとその能力が伸びていかないのです。」

K:「なるほど。
そういえば、医学部出身の作家渡辺淳一さんは、
医学は科学の一番はしっこに位置している
というようなことを週刊誌に書いていましたが、
それは所長から見ても妥当な線なんですね。」

所長:「渡辺淳一さんは、作家としてあまり好きではありませんが、
まあそういうことになります(笑)。」

槇島研究員:「渡辺淳一さんって『失楽園』を書いた人ですよね。」

所長:「その“失楽園”という題名を勝手に外国の古典から
拝借している所があまり好きではないんです。」

K:「今の人はミルトンの『バラダイス・ロスト』(失楽園)なんて知りませんから、
『失楽園』といえば渡辺淳一って思うでしょうね。」

所長:「医者が身体への感受性を失わないように
作家もそういう言葉へのデリカシーが欲しいものだということです。」

槇島研究員:「全く僕もそう思います。
医学、医療と科学の話に戻すと、
哲学者の中村雄二郎さんは『臨床の知とは何か』で
かなり科学の知に対して批判的ですが、
所長は中村雄二郎さんの哲学についてはどうお考えですか。」

所長:「中村雄二郎氏は、デカルト、パスカルといった
フランス哲学を出発点に“情念論”といったパトスの哲学、
さらには『共通感覚論』など身体の領域にテーマを広げている
非常に勉強家の哲学者です。
それに、1980年代後半に脳死と臓器移植の問題の関連で、
確か日本医師会の生命倫理懇談会の委員を務めているはずです。
“臨床の知”という概念は、フーコーの『臨床医学の誕生』
にも触発されてのことでしょうが、今、私たちが身体哲学の観点から
医学・医療の問題を考えようという時、中村雄二郎氏の哲学とは
非常に多くの部分で重なっていると思いますよ。」

K:「具体的に参考になる中村雄二郎さんの観点を
何か槇島さんあげてもらえますか。」

槇島研究員:「やはり、最初の問題につながりますが、
患者という立場も含めて現代人が“科学”にまつわる
ヴァーチャルな情報に振り回されないために、
“科学”の発祥とその性質、有効性と限界、
言葉の広がりと基本概念などを確認しておくことが
非常に大切だと思います。
僕は哲学的なことにそんなに詳しくないので、
中村雄二郎さんの深くて平易な科学についての説明は
大変勉強になりました。」

所長:「私も科学の本質についての理解は、
医学・医療の問題に限らず食の問題に関しても
もっともらしい情報に振り回されないために
現代社会で特に重要なことだと思います。
前回取り上げた伏木享氏の『人間は脳で食べている』にも
最後の方に、“世の中一般に科学が足りない”、
つまり科学に対する基本知識が欠けているという発言が出てきます。
数字の正しい読み方や統計学の基本を知らないことから、
科学(科学的医療)は100%正しいと信じている人さえ
少なくないでしょうから。」

槇島研究員:「まず中村雄二郎さんが科学(近代科学)の三つの原理を
明確に<普遍性>と<論理>と<客観性>だといい、
これらは医学・医療を含む中村雄二郎さんのいう<臨床の知>には
ふさわしくないという。
これは非常に分りよいと思いました。」

所長:「<普遍性>とは一元論的に絶対正しいということです。
これは科学に限らず西洋の知(哲学)の形而上的大前提だともいえますが、
現代においてこれを貫くと非常に無理が生じます。
病気の治療も唯一絶対正しい方法などないといっていいでしょう。
それに身体は一人一人違うのですから。
<論理>というのも現代の知としてはとても無条件では信じられません。
数学的な形式論理でも完全なものはないということが
ゲーデルによって証明されました。
一般でいう因果論にいたっては、ほとんどが飛躍を含んだ
つじつま合せでしょう。
病気の原因も治し方もほとんどが一義的、論理的には説明できません。
この点については次回バイオエシックスを扱う時に紹介する
日本におけるバイオエシックスの草分けである
京都大学名誉教授星野一正氏の名著『医療の倫理』に詳しく書かれてあります。
3つ目の<客観性>については、先ほどから述べていますが、
身体は“外部身体”としてだけではなく“内部身体”として
実感しない限り理解できないものなのです。」

K:「はい、大変よく分りました。」

槇島研究員:「それから、科学という言葉の意味範囲が
英語のサイエンスとフランス語のシアンスとドイツ語のヴィッセンシャフト
では違うというのも知りませんでした。」

K:「えっ、そうなんですか。」

所長:「はい、概念が一番はっきりしているのがフランス語のシアンスで、
17世紀以来人文系以外の学問を指しました。
その後、数学を中心に形式と内容を整えた精密科学が
科学のモデルになったのです。
イギリス、すなわち英語のサイエンスは18世紀に論理、観察、分類を
系統立ててまとめた知識として定着し、今日の自然科学の意味に
限定されたのは19世紀。
ドイツ語のヴィッセンシャフトはもっとも意味範囲が広く、
学問、知識のすべてを含んでいますが、大学内部の研究に
限られています。」

K:「日本で科学の意味が不安定なのがよく分りました。」

槇島研究員:「それからもうひとつ最後にぜひともいっておきたいことは、
中村雄二郎さんの『臨床の知とは何か』を読み始めて
“精神とは活動する身体である”とか、“身体=精神”ということが
17年前の本であるにもかかわらず当り前のように書かれていたことなんです。
所長の身体哲学と基本的に同じではないかと。」

K:「そうなんですか、僕も学生の時に中村雄二郎さんの
『感性の覚醒』という本を読んだ記憶はあるのですが、
その時はあんまり感性が覚醒しませんでした(笑)。
そんなにいいことが書いてあるのなら僕もその
『臨床の知とは何か』を読んでみます。」

所長:「最後に、私が今後の身体哲学研究所
および身体哲学道場湧氣塾の活動として
医学・医療の世界にかかわる基本ビジョンを
明らかにしておきたいと思います。
これは、『医学は科学ではない』の著者
米山公啓氏に触発されて考えたことなのですが、
医学・医療の世界のことを
近くは一人一人の人間が生きていく幸福論へ、
遠くは日本という国家および国際世界の生産性向上と
繁栄のために開かれているというものです。」

K:「所長らしい壮大なビジョンですね。
ぜひお聞かせ下さい。」

所長:「中高年の人が定期健診や人間ドッグによって
長生きできるようになるか本当は分らないのだという
厳しい意見もあります。
しかし、まあ、個人が負担しようが国が負担しようが、
お金をかけることで多少は長生きできるようになるでしょう。
ところが長生きするという個人の幸せは、
簡単に社会や国家の幸せには結びつかないのです。
いや、今や長生きは個人の幸せになるとも限らなくなっているのです。
長生きはしても、最終的によりやっかいな病気で長患いをしたりすれば
医療費はかさみ苦しみは増すというわけです。
長生きすることが個人としても幸福ではなく、国としても多くの費用がかかる
という事態が起りつつあるのです。」

槇島研究員:「いや、もしかしたらもう起っているかもしれませんね。」

所長:「多くの人はそう思いたくないでしょうが、
これが日本のような高齢化国家のシビアーな現実であり未来なのです。
実際、高齢者たちの多くは身体の不調をかかえていて
長生きすることを望んでいないのです。
高齢者たちの発する“早く死にたい”という言葉はよく耳にします。」

槇島研究員:「私も医療の現場でしょっちゅう耳にします。」

K:「高齢者の自殺も社会問題になっていますね。」

所長:「ようするに、このままの状態では長生きすることが個人にとっても
社会や国家にとっても望ましくないという暗い時代が続く
可能性が大なのです。
当然ながら、そういう社会で生きる若者は明るい未来を
描くことができないでしょう。」

K:「所長、そんな状況を大きく変えることが可能なのですか。」

所長:「それがあるのです。
中高齢者が健康診断や人間ドックといった
検査医療にお金と時間をかけるのではなく、
その半分のお金と倍の時間を私の主宰しているような
骨を強くする呼吸法といった予防医療にかけ、
身体能力の回復と補強を行うのです。」

槇島研究員:「貝原益軒のいう養生法を行えというのですね。」

所長:「貝原益軒のいう養生法以上のことを
もっと効率よく行うのです。
そのことによって65才以降の定年後の生活が、
往来の非生産的趣味の生活から、積極的な生産的生活に一挙に変わり、
死ぬ直前まで活動的に生きていくことが可能になれば
個人の幸福感が増すだけではなく、社会的、国家的貢献も
増大していくでしょう。
このことの与える社会的影響はまことに大きいものとなることでしょう。
社会の総和が生産的になれば、若者たちも自然に意欲的に生き、
おのずと明るい未来が見えてくるからです。」

槇島研究員:「ともかくそうした原点が骨呼吸による
自己の身体の積極的な変革ということですね。」

K:「それは所長らしい大変すばらしいビジョンですね。
国や公共団体がそうした活動の援助をしてくれるようになれば
さらに理想的ですね。」

所長:「私もそれを期待していますが、
まずは自分たちでできることを行っていこうと思っています。」


(次回へつづく)


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2.湧氣塾からのお知らせ
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3.塾長の著書の紹介
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『脳ひとり歩き時代 ヴァーチャル脳を身体が救う』(河出書房新社)
『「阿修羅」の呼吸と身体-身体論の彼方へ』(現代書林)
詳しくはこちら
http://www.you-ki-juku.co.jp/chosho_info.html


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●発行者
身体哲学研究所
http://body-mind-philosophy.org/

身体哲学道場 湧氣塾
http://www.you-ki-juku.co.jp/index.html

●バックナンバー 
http://blog.mag2.com/m/log/0000239398/

●お問合せ:info@you-ki-juku.co.jp
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