疲れた身体、疲れた心を癒す呼吸法!  RSSを登録する

今ある「健康法」に不満・「呼吸法」についての明確な方法論を知りたい・現代というストレス社会の中で「本当の自分」を取り戻したい。そんな悩みを抱えている方々に解決法を実践する場が「湧気塾」です。塾長のインタビューや稽古内容をお届けします。

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2009/09/18

身体哲学からの提言

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身体哲学からの提言
(旧 「疲れた身体、疲れた心を癒す呼吸法!」)


身体哲学研究所
http://body-mind-philosophy.org/

湧氣塾
http://www.you-ki-juku.co.jp/

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<身体哲学研究所通信第11号>

□■―目次―――――――――――――――――――――――――――――――

1.所長と研究員との対談 <研究員:福守隆行>第2回
2.湧氣塾からのお知らせ
3.塾長の著書の紹介

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みなさんこんにちは。
身体研究所研究員兼湧氣塾塾生のKです。
本日もメルマガをお楽しみください。


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1.所長と研究員との対談 <研究員:福守隆行>第2回
―――――――――――――――――――――――――――――――――――

このコーナーでは、所長とともに
身体哲学に取組もうと研究所に参画した研究員と、
所長との対談をお送りします。
今月は福守隆行研究員との対談です。

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福守研究員

1965年生まれ。早稲田大学大学院修了、米国にてMBA取得。
現在、都内企業に勤務。
学生時代に、勇崎所長の教えを受ける。
2007年に『「阿修羅」の呼吸と身体』に出会い、
勇崎所長に再会。呼吸身法の修行を通じ、半月板の手術により
十分に曲がらなかった膝が曲げられるようになり、
正座・結跏趺坐ができるようになるなど、身体の変化を実感。
さらに行により開発された身体を通じた知の探究をすべく参加。
<所長からの一言>
福守君とは彼が早稲田の学生である時からの長いつき合いである。
彼はおっとりした性格の中にねばり強い芯があり、日本人にはまれな明るい”陽”の氣にあふれる身体性の持ち主だ。
今は金融関係のサラリーマンをやっているが一生サラリーマンで終る男ではない。
哲学的思索力、クールな実業家の見識、さらには神秘的な感受性ももっている。
彼には狭い日本の壁を乗り越えた、国際的、宇宙的な共感を呼ぶ身体世界の構築をめざしてもらいたいと思っている。

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K:「前回に続いて、所長と福守研究員に変革期、
あるいは激動期である現代について政治、経済
さらには文化と歴史という広い観点から
お話ししていただきたいと思っています。
ところで、所長は村上春樹の“1Q84”を
お読みになったそうですね。」

所長:「ええ。
この二月にイスラエルでエルサレム賞を受賞した時の
村上春樹のスピーチを読んで、
まだ日本の文学が生きているのかと感心したので…。」

K:「例の壁とたまごの話ですね。」

所長:「はい。
私の世代は青年期にずい分小説を読んだのですが、
最近の小説はほとんど読む気がしません。」

福守研究員:「所長が若い時に読んだのは
ドストエフスキー、ゲーテ、シェークスピアでしょう。」

所長:「もちろん、そういうのも読みましたが、
漱石、鴎外をはじめとした日本の小説もひととおり読みました。
その当時の現代文学まで。
ゆうに500冊や1000冊ぐらいは読んでいます。」

K:「所長らしい。
でも最近のものは読む気がしないと…。」

所長:「この春、このメルマガで水村美苗さんの
『日本語が亡びるとき』を紹介した時にもいったと思うのですが、
生きた文学、あるいは思想、哲学の言葉として
日本語の文学がはっきり生きていたのは
昭和40年代ぐらいまで、西暦でいうと
1970年代半ばまでなんです。
その後はもう日本語の文学の言葉がほとんど死んでしまった。
言葉や文体に“氣”が感じられない。
普通、文学の言葉が死にそうになると優秀な文学者はどうするかというと、
古典を読むんです。
そうすると文章が流れるようになる。
言葉の生命力が回復してくるんです。
でも“1Q84”ではないけど、1980年代以降の日本の文学の衰退は
決定的でほとんど回復の余地がなかった。」

福守研究員:「ところが、そうおっしゃる所長も
村上春樹は例外だと認めている。」

所長:「まあそんな所です。
しかし、村上春樹のものも短編やエッセイが好きで、
長編はあまり読んでいないんです。
小説の言葉があらかた死にかかっていた時、
不思議な文体の文学が出てきたという感じでした。
そうしたら、その作家は普段ほとんど英語しか読まないと聞いたんです。
それでなるほどと。」

K:「村上春樹はアメリカ文学の翻訳もしていますよね。」

福守研究員:「サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』も翻訳しています。」

所長:「もう30年ぐらい前ですが、
青山学院のアメリカ文学の教授と話をした時、
最近若い作家がもの凄いペースで現代アメリカ文学を読破していて
驚異を感じているんだといっていました。」

福守研究員:「それが村上春樹だったというわけですか。」

所長:「そうです。
私は若い時から硬派だといわれていましたから、
それで“村上春樹は悪くないよ”といったら、
年下の世代に“村上春樹をほめるのは勇さきさんらしくない”
っていわれたこともありましたが(笑)。」

K:「若い頃の所長は相当ストイックだったでしょうから、
さぞその批評眼は厳しかったんでしょうね。」

所長:「想像にまかせます(笑)。
それから、文学、特に小説も本来その名が示すとおり
“小説”であって“大説”ではないのです。
昔は小説は“青年婦女子が読むもの”、
大人の男が読むものではないとされてきたんです。
確かにある程度年を取って人生経験を積み、
いろいろと知識が増えてくると、たいていの話には驚かなくなる。」

福守研究員:「もともと、小説ってノベル(novel)“目新しい”、
“新奇な”って意味ですね。」

所長:「そう、でも60才過ぎると、たいていの小説がつまらなくなる。
実人生の方がいろいろあるから、“事実は小説より奇なり”ということも
いろいろ見えてくるので(笑)。」

K:「なるほど、“事実は小説より奇なり”ですか。」

所長:「でも“1Q84”はけっこうおもしろかった。
いや、現代の主要の問題がほとんど折り込まれていて
私と同世代人として、村上春樹という作家は
しっかり生きているなあ、私ももっとガンバラなくてはと(笑)。」

K:「いや、所長にこれ以上ガンバラれては
僕たちが少し困る(笑)。」

福守研究員:「私は、“1Q84”を人に勧められていたときに、
たまたま新聞で立て続けに2回書評を見たんです。
まあそれで、これは読めということかと思って読みました(笑)。
私もあまり小説に興味がある方ではないんです。
“1Q84”は一度読んでも最初はピンときませんでした。
でも所長が非常によく時代を反映していておもしろいといったので、
あらためて読み直してみたら、とても興味深い小説だと感じました。
簡単にいえば、読みが浅かったということです(笑)。」

所長:「それは強く勧めてよかった(笑)。
しかし福守君が最初そのように感じたように、
私は一般読者や批評家が、
“1Q84”をどう読むかどうかはよく分りません。
一般の人は軽いノリで少し変わった恋愛小説として読むかも知れないし、
書評を書くような人は流行や有名作家という名前に迎合して
一見気のきいたようなことを書くかも知れません。」

K:「何でも、上下巻で200万部以上売れているとか。」

福守研究員:「特に日本では有名な作家が書いて
話題にもなっているものだからドッと売れて、
でも、買った人のうち何人に1人が実際に読んでいるのか
よく分りませんが(笑)。」

K:「僕の知っている人でも、買ったけどまだ読んでいない
という人はけっこういます(笑)。」

所長:「でも、これだけ話題になれば
今年の年末から来年の年始にかけてまた売れるでしょう。
毎年、暮(くれ)になるとその年の売れた本が
新聞などで取り上げられますから。」

K:「ところで“1Q84”の内容についてはどうでしたか」

福守研究員:「確かに読み直してみて、
初めて気づいたことも多かったです。
身体哲学的なことでいえば、たとえば“痛み”についてです。
No pain,No gain.という言葉がありますが、
痛みがないところに、本当に得るものはない。」

K:「主人公の一人青豆がストレッチ的な治療をする場面ですね。
より効果が上る方法は相当な痛みを伴うというのは
虚弱で痛みに弱い現代人をかなり辛辣に批判していますね。」

所長:「なるほど。
村上春樹はしっかりと構成立った小説を書く作家ではなく、
いってみれば無意識の感性で物語をつむぎ出していくタイプですから、
そうした感性の断片のような言葉を拾い出していうのは
いい読み方ですね。」

福守研究員:「チューホフを引いて、小説は答えを出すのではなく、
問題を提起するのだといういい方を村上春樹自身はしていますが、
それは所長がいったことに通じていると思いますが…。」

所長:「そうですね。」

K:「No pain,No gain.の痛みとは、たとえば
責任感みたいなものも含んでいるように感じますが。」

所長:「二人ともなかなか鋭いですね。
今の日本人に“責任”という言葉が一番欠けている。
今回の選挙で麻生さんは、“責任力”をアピールしていましたが、
これで負けるなと私は思いました(笑)。」

福守研究員:「もう多くの人が自民党は信じていないのに
首相がそのことに気がつかないということですね。」

K:「責任を果たすには、腹が据わっていなければなりません。
つまり身体的なものですね。」

所長:「もちろん身体がベースですが、
その一方で心を切り捨ててはいけません。」

K:「前回の最後に、無意識には
身体の無意識と心の無意識があるとのお話がありました。」

所長:「そうでしたね。
ではその話をしましょう。
二人にはその違いがわかりますか。」

K:「身体的な無意識というのは、
我々が日々湧氣塾で稽古している、
手足が頭に支配されず自由に動く、
といったもののことではないでしょうか。」

所長:「素朴にはそういうことです。
より一般的に説明するとすれば、
イチローのようなトップアスリートでも一流の演奏家でも役者でも
大きな舞台に立った時、自分でもしたことのない動きを
無意識にしていることがあります。
集中力が極限まで高まった時や観客の大きな期待(氣)に
つつまれた時に“場”に共鳴するというか
その空間に満たされた宇宙のエネルギーに同調するように
身体が勝手に動いてしまうということがあるのです。
こういうと少し大げさなようですが、ある種の呼吸が身に付き、
身体の無意識を自分のものに出来れば日常の動きも無意識になります。
では福守君、心の無意識は?」


福守研究員:「そうですねえ、たとえば
仕事などで煮詰まった時、
あるふとした瞬間に解決策がぱっと思い付く、
みたいなことでしょうか。」

所長:「そうですね。
天から降ってくる、意識した自分ではないから
自分では気づかないもう一人の自分、一人称ではなく無人称の自分
みたいなものです。」

K:「予兆、予感、みたいなものでしょうか。」

所長:「そういう言い方もあるかもしれません。
例えば、今回私は“1Q84”を読み進める中で、
いくつかの不思議な無意識の自分との符号に気づいたんです。
具体的にいうと1926年、1949年は私にとってとても意味のある年なのですが、
それらが“1Q84”に出てくるのです。
1926年は冒頭で主人公が聴く曲“シンフォニエッタ”を
ヤナーチェクが作曲した年で、1949年は“1Q84”の下敷きになっている
ジョージ・オーウェルが『1984年』を書いた年だという具合に。」

K:「そういうことって、小説などを読んでいると、
たまにありますね。」

所長:「他にもそういうことがいくつかあって、
普通の人は特にそこになにも意味を感じることはないと思いますが、
私にはそれらの符号から、私に何か新しい発見や
今後私が歩んでいく方向性を暗示するものが確かに
この“1Q84”にあるという予感、つまり無意識が働いている
と感じたのです。
もっといえばいろいろな心の無意識が働いて気がついたら
“1Q84”を読んでいたということです。」

K:「身体の無意識より心の無意識を働かせる方が難しそうですね。」

所長:「心の無意識の方が身体の無意識より難しいというか、
身体の無意識がいくつか重ならないと心の無意識は
働かないといった方がいいでしょう。」

福守研究員:「なるほど。」

所長:「2人のように湧氣塾で稽古している人は、
ある程度身体の無意識は働くレヴェルにあるといえますが、
これからは心の無意識が安定して働くレヴェルにまで
いってほしいですね。」

K:「それは頭がいい、ということとは
違うわけですね。」

所長:「普通でいう知識や論理的な能力、記憶力とも違います。
それは無意識ではなく、意識的な能力が高いんです。
一般的に高い能力、あるいは強い能力というのは、
その無意識が意識を完全に包摂した意識=無意識
となった能力なんです。」

K:「もう少し説明して下さい。」

所長:「現実というのは正と邪でいえば邪が強い。
“清濁合わせ飲む”といいますが、
合わせ飲むというよりは、正と邪が未分化な状態、
つまりコスモスを含んだカオス(カオスモス)のエネルギー
を取り入れるのが1番強い。」

福守研究員:「そのためには心の無意識を
働かせなければならない。」

所長:「そういうことです。」

K:「心の無意識を働かせてカオスを取り入れる、ですか。
やはり難しそうです。」

所長:「それこそ頭で悩んではいけませんよ(笑)
村上ファンのK君なら、村上作品から
きっと心の無意識について感じ取っているものがあるはずです。」

K:「そうですね。
私の心にも月が2つある世界があるのでしょう。」

所長:「キース・デブリンという数学者の『数学する遺伝子』という本の中で、
オンラインとオフラインという表現が出てきます。
数学はオフラインのものだとあるのですが、
“1Q84”を読んでいて、このオフライン的なものに
思いを馳せました。」

K:「デブリンのオンラインとオフラインについて、
僕は所長から一応説明を受けているのですが、
読者のためにもう一度説明をお願いします。」

所長:「デブリンは数学の能力は決して特殊なものではなく
誰でもが持っている言語の能力だというのです。
しかし、それはオフラインの言語の世界だと。
普通、私たちは現実の世界と言語の世界を対応させて
コミュニケーションしていると思っています。
現実と対応している言語の世界をオンライン世界と呼びます。
例えば、チンパンジーのような動物なら、ヒョウが来たとき
逃げなければなりません。
ヒョウが来たことを仲間に知らせるには、例えば“キー”と鳴くかもしれません。
この時、“キー”という声、あるいは言葉は、今、ここにいる現実のヒョウと
対応しています。
これが現実と接続(オン)したオンラインの言葉の世界の典型です。
ところが人間は、今、ここにいないヒョウがいなくても
ヒョウの話ができます。
動物園やアフリカにいるヒョウの話もできるし、うそをついて“ヒョウがいる”
ということもできます。
ヒョウの話だけではなく、龍やカッパのように架空の動物の話もできます。」

K:「現実のものや出来事と対応していないことを頭で描き、
それについては言語で述べることが、オフラインの言語の世界
ということですね。」

所長:「その通り、だからこれは人間だけの言語の世界で、
数学の世界もそうだと。」

福守研究員:「数学の世界は普通、抽象言語の世界
といういい方をしますが、確かにオフラインの言語の世界というのは
分りやすいですね。」

所長:「そして、その先がデブリンのユニークなところで、
だから、電車の中やレストランでおばさんたちが
そこにいない人たちの悪口をいっているのも
基本的に数学の言語と同じ言語を使っているのだというのです。」

K:「それはおもしろい発想ですね。」

所長:「だから、ゴシップやソープオペラ(テレビドラマ)も
そして、小説というフィクションも当然オフラインの言語の世界になります。」

福守研究員:「では、オンラインの世界とオフラインの世界とは、
現実の世界と空想の世界といってもいいのですか。」

所長:「厳密にいうと現実の世界にもオフラインの言語の世界が反映し、
混在しているのですが、まあ、だいたいそういうことになります。」

K:「その2つの世界の象徴が“1Q84”の2つの月だと。」

所長:「さすがにK君は感がいい。」

福守研究員:「現実というオンラインに、
今の大人はあまり誇れるものがないのかもしれません。」

所長:「オフライン的なるものが時としてオンラインの世界にも現れ、
オンライン的なものが時にオフラインの世界に飛翔する
というのが“1Q84”からのメインメッセージなのでしょう。
そういう意味で子供はみんな半分は夢見るオフラインの住人であり、
純粋無垢の天才です。
しかし大人こそ、そういうものを取り戻さなければなりません。」

K:「そうですね。
心の無意識を働かせて。」

福守研究員:「ところでジャック・アタリの『21世紀の歴史』は・・・。」

所長:「ああそうでした(笑)
でも、ジャック・アタリも小説を書きますから、
今回のオンライン・オフラインは『21世紀の歴史』の読みにも
強力な武器になりますよ。
では次回は“1Q84”と”21世紀の歴史“について、
その不思議なつながりも含めて話をしましょう。」

K:「へぇ~、“1Q84”と”21世紀の歴史“につながりがあるのですか。
ともかく楽しみにしています。」



<次回に続く>


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2.湧氣塾からのお知らせ
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●発行者
身体哲学研究所
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身体哲学道場 湧氣塾
http://www.you-ki-juku.co.jp/index.html

●バックナンバー 
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