疲れた身体、疲れた心を癒す呼吸法!  RSSを登録する

今ある「健康法」に不満・「呼吸法」についての明確な方法論を知りたい・現代というストレス社会の中で「本当の自分」を取り戻したい。そんな悩みを抱えている方々に解決法を実践する場が「湧気塾」です。塾長のインタビューや稽古内容をお届けします。

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2009/07/24

身体哲学からの提言(旧 「疲れた身体、疲れた心を癒す呼吸法!」)

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身体哲学からの提言
(旧 「疲れた身体、疲れた心を癒す呼吸法!」)


身体哲学研究所
http://body-mind-philosophy.org/

湧氣塾
http://www.you-ki-juku.co.jp/

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<身体哲学研究所通信第5号>

□■―目次――――――――――――――――――――――――――――――――■□
1.【第4回 身体哲学研究所活動報告】”所長挨拶”
2.所長と研究員との対談 <研究員:堀井一弘>4
3.湧氣塾からのお知らせ
4.塾長の著書の紹介

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みなさんこんにちは。
身体研究所研究員兼湧氣塾塾生のKです。
本日もメルマガをお楽しみください。


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1.【第4回 身体哲学研究所活動報告】”所長挨拶”
―――――――――――――――――――――――――――――――――――

こちらのコーナーでは、
身体哲学研究所とはなにか、について
お伝えしております。
今回は、あらためて所長よりの挨拶をお届けします。

4、5才の頃、幼稚園の庭で紙飛行機を飛ばしていていると、
突然右の腕が肘から肩にかけて鉛のように重たく垂れ下がり
思うように動かなくなってしまいました。
何のことはない腕の肘関節がはずれてしまったのです。
関節がひとつはずれただけで身体の自由が
全くきかなくなるということを私は初めて体験しました。

その時の私は、わけの分らないまま“ほねつぎ”という
看板のかかっている柔道の道場に連れて行かれたのです。
診察室に入ると柔道着に赤と白のまだらの帯をしめた老人が出てきて、
ちょいと私の右腕を持ち上げたかと思うと私の腕は元通りになっていました。

その老人はその道場で大(おお)先生と呼ばれていて、
何でも三船久蔵と講道館で同期の大変偉い柔道家だと
後で聞かされました。
そんな縁で私は小学校に入学した時からしばらくその道場に通い、
柔道を習うことになったのです。

柔道を始めたことは私にとって最初の自分の身体との出会いでした。
もっとも、その時の体験で現在に至るまで生きていることは、
柔道の技ではなく、稽古の始めと終わりに
ほんの2、3分行われた正坐での黙想(瞑想)です。

大先生のことではもうひとつ思い出があります。
小学校1年のある日、道場で乱取り稽古をしていて、
相手の頭が私の顔面にぶつかり鼻血がしたたり落ちました。
その時、たまたま大先生が私たち小学生の稽古を見ていたのです。
大先生は私の所に近づいてきたかと思うと右手の指で
私の鼻を軽くおさえました。
ものの2、3秒だったと思いますが、
かなり激しくしたたり落ちていた鼻血が、
ピタッっと止まってしまったのです。
今思えば大先生は氣の使い手でもあったのです。

こんな骨(関節)と氣の不思議な体験をする中で、
私は早くから身体に関して知的な問題意識をもつようになっていました。
その後中学に入り、哲学に関心を持ち始め、
10代終りから20代にかけての乱読時代に
ベルグソンの『創造的進化』に遭遇し、
エラン・ヴィタール(生命の衝動)という西洋の氣の概念に驚かされました。
さらにメルロ=ポンティの『知覚の現象学』と
市川浩の『精神としての身体』を読んだことで
身体哲学の世界に決定的に引き込まれることになります。
身体の哲学は二十世紀の後半になってますます
その領域を拡大していきました。
ジャック・モノーの『偶然と必然』やコンラート・ローレンツの『攻撃』は
生物学や動物学が哲学のメインテーマになったことを
少々衝撃的な形で教えてくれたといえましょう。
また行法とのつながりでいえば井筒俊彦の
『意識と本質』にも大いに触発されました。
“ほねつぎ”に始まった骨と氣との縁はその後、
貝原益軒、杉田玄白、ヴェサリウスの解剖学から
ゲーテ、クラーゲスの形態学を経て、三木形態学に至り、
さらに最新の進化生物学へとつながっていきます。
また、同時に身体への関心は自然に武術や芸道、
仏教行法の修行へと導くことにもなりました。

行法とはつきつめると呼吸法に行きつきます。
呼吸法に関しては30年間かけて、ヨーガの呼吸法、
シャカの呼吸法から、禅の呼吸法、道教の呼吸法、
神道の呼吸法、武道武術の呼吸法、芸道の呼吸法、
民間健康法としらみつぶしに実践、検証してきました。
そして、気がつくと、私が確立した呼吸法は、
過去に存在したどの呼吸法とも微妙に違ったものになっていました。

簡単にいうと、解剖学と進化学に則った全身の骨に氣を通す呼吸法です。
また、行法に関する方法論ということでいえば
弘法大師空海と世阿弥に決定的なことを学びました。
行法においても氣と骨の重要さに何度もめざめさせられました。
文字通り“氣骨”を通じて(骨に十全に氣を通して)人間は
単なる物の延長としてのフィジカルな存在から
魂(心)のあるメタフィジカルな存在になることが可能となるのです。
いい換えると、私の身体哲学とは、
まず、人間の身体を魚から両生類、爬虫類、哺乳類という
進化の帰結として、“垂直性”(二足歩行)を骨格を
ベースで獲得した究極の身体、つまり、あくまでフィジカルな
唯物論的な身体ととらえ、なおかつこのフィジカルな身体が同時に、
仏教行法が可能にした空の身心を体現する
メタフィジカルな身体でもあるととらえているのです。

私は今年(2009年)、還暦を迎え東西の身体論から武術、
舞踊、音楽、そして禅を始めとする仏教学、宗教学、
人類学、古生物学、形態学、進化生物学などを融合した
幅広い身体哲学を展開する一方で、それらの基盤として
氣を通し骨を強化する呼吸行法(呼吸身法)を実践指導しています。
そうしたある意味で私の骨と氣を二大要素とする
身体との出会いが幼い日の“ほねつぎ”との縁で始まっていたと思うと
妙に感慨深いものがあります。



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2.所長と研究員との対談 <研究員:堀井一弘>4
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このコーナーでは、所長とともに
身体哲学に取組もうと研究所に参画した研究員と、
所長との対談をお送りします。
今回は堀井研究員との対談の最終回です。
堀井研究員については、こちらから。
http://body-mind-philosophy.org/member/

K:「前回はメルマガに掲載した所長との対談の補足として、
堀井研究員から所長にあてたメールを紹介しました。」

所長:「内容は、ハイデガーと言語の問題についてでしたね。
堀井君はさすがに深い所までその問題を追及していたので、
このメルマガの一般の読者には
少々むずかしい所もあったかもしれませんが、
大変に参考になっただろうと思っています。」


K:「身体哲学研究所の面目躍如といったところですね。
それで今回はどういった話を聞かせていただけるのですか。」

所長:「前回堀井君が展開してくれた西洋哲学の言語の問題を
もう少し一般化して、人間にとっての知と言葉ということで
あるいは身体と言語ということで補足した話をしたいと思っています。」


K:「所長、堀井研究員よろしくお願いいたします。」

堀井研究員:「所長、何か具体的な話の糸口をいただけると
ありがたいのですが。」

所長:「二週間ほど前、私の所に送られてきた
財界人が出している文芸誌を読んでいたら、
そこに3人の人が行っている座談会が載っていたんです。
動物と植物をテーマにして、人間というのは
特別な存在というよりむしろ迷惑な存在ではないかとか、
環境問題なども含めて話し合っているのです。」


堀井研究員:「それは興味深いですね。
経済界の人たちにとっても環境問題は
これから増々重要な問題になってくるでしょうから。」

所長:「いや、別にそんなに深刻な話をしているわけではないのです。
所詮財界人の余興としての文芸誌ですから(笑)。」


K:「所長は政財界に対しては厳しいですね。」

所長:「サブプライム問題が起きて、オバマ政権ができて、
ジャック・アタリの『21世紀の歴史』が話題になって、
それにしては日本の政財界の人はボケている。
深刻さが感じられないし、根本的な哲学が不足している
と思っているだけです。」


K:「僕もジャック・アタリの『21世紀の歴史』」には
大変関心があります。
それについて所長は九月に現代思想と経済・金融に強い
福守研究員との対談で、じっくり検討するということですから、
それはとても楽しみにしています。」

堀井研究員:「私も所長から紹介されてアタリの
『21世紀の歴史』を大変おもしろく読みました。
私はハイデガーの存在論のような現実、具体の世界とは
位相を異にした抽象度の高い哲学を長い間学んできたので、
今は少し現実にもどり、身体論や東洋的行の世界はもちろんのこと、
ハーバーマスやアタリの現実世界と切り結んだ
哲学の世界にも関心を広げています。」

所長:「本格的に哲学を学んだだけあって、
なかなか向学心も高く、心強いですね。
哲学の広い復活を期待するというのは、
私も堀井君と同じ気持ちです。
ところで話を財界文芸誌の座談会に戻します。
その座談会で財界人の一人が
人間を他の動物と分ける特長として“文字があること”だと思う
といったのですが、今回はそれを取り上げたいと思うのですが、
堀井君はどう思いますか。」


堀井研究員:「人間の定義を“文字を持つこと”とするというのは
非常に西欧的な発想だと思います。
おそらく、所長はこの定義に反対でしょうね(笑)。」

所長:「はい、反対です。
私は人間の人間たる所以は、何度もいっているように
垂直性を獲得したことによる超越性だと思っていますから、
もっと身体的にとらえています。
死ぬことを知っている、あるいは、そのことから宗教的、
超越的世界を心身で感じ取っているといってもいいでしょう。
第一“人間とは文字を持つ動物だ”としたら、
現在でも文字を持たない西アフリカの民族や
文字を読めない世界中の多くの人々は人間ではない
ということになってしまうでしょう。」


堀井研究員:「文字の始まりが、エジプトかシュメールか
中国(西夏)かは別にして、人類が発生してから文字が生れるまでの
少なくとも数万年の歴史が無視されてしまうことになってしまいますよね。」

K:「その意味でも堀井研究員がいうように、
それはヨーロッパ中心主義的な考え方のような気がしますね。」

所長:「そうですね。
そのヨーロッパ中心的な考え方って、実は人間中心主義ってことなんです。
少しキツクいえば、人間を“文字を持つ動物”と定義したら、
“動物や植物”のことを本当に考えることにならないということです。」


K:「なるほど。」

所長:「つい最近まで、ヨーロッパでは学問は
すべてラテン語で記されなければならなかったのです。
キリスト教世界と西洋のアカデミズム(大学)は、多くの点で対立していましたが、
とうに死語(?)と化したラテン語を使うという点に関しては
協力してきたのです。
デカルトやニュートンの時代ならともかく、
ラッセルとホワイトヘッドの書いた『数学原理』が
『プリンキピア・マティマティカ』というのは
日本人からみると妙だと思いますよね。」


堀井研究員:「そういえば、ドイツの大学にいた時、
ちょっと奇妙な感じがする体験をしました。
大学院で老教授が哲学の授業をするのですが、
それは、彼が書き上げてきたノートを
ただゆっくりと読み上げるだけなのです。
こうした授業は日本にはないでしょう。」

所長:「書き言葉が学問の言葉、知の言葉だという確信が
その老教授には確乎としたものとしてあるのでしょうね。」


堀井研究員:「こうした教授たちはおそらく、
だれも聞いている人がいなかったとしても平然として
ノートを読み上げているんだろうなあと思い、
不思議な気がしたのです。」

K:「それが西洋的な学問の普遍性というものなのでしょうか。」

堀井研究員:「そうだと思います。
アリストテレス以来、西洋哲学の根幹には、
真理は“命題”の形で語られるという発想があると思います。
それはまた客観性、普遍妥当性を獲得しようとする意志に
支えられていて、学問そのものの成立基盤でもありますから。」

所長:「そういうことですね。」


堀井研究員:「いつでもどこでも万人に通用するということは、
実は逆説的には個々の人間、個々の身体からは
無関係な代物になっていくということでもあるということですね。」

K:「その文字から出発した西洋の知は、
所長のいう身体性からずい分遠い感じがしますね。」

所長:「そう、ともかく、一人一人の個別性やその時、その場でという
臨場感、即興性が全く欠如している知ですね。」


K:「僕には、その老教授の授業はたちまち退屈しそうです。」

所長:「もっとはっきりいえば、K君ならすぐに寝てしまいますよ(笑)。」


堀井研究員:「文字から生じた普遍性をめざす西洋の哲学や
学問のことを話していたら、ふと釈尊の“応病与薬”の逸話を
思い出しました。
月並みでしょうが。」

所長:「いや月並みどころか現代の西洋のインテリは
びっくりするのではないでしょうか。
西洋人の方が西洋文化の行き詰まりについて
よく自覚していますから。」


K:「問題は財界人に限らず西洋を追っかけてきた
日本のインテリですね。」

所長:「そういうことです。
もういい加減に西洋文化コンプレックスから脱却したい。」


K:「僕の業界でいえば、アメリカ的なマネー市場主義からも
脱却したいと(笑)。」

所長:「しかし、アタリもいうようにそれは簡単にはいかない。
少々痛い思いをしないと(笑)。」


K:「いや、人類が滅びるかもしれないというほど
痛い思いをしないと(笑)。」

堀井研究員:「じゃあ今どうするか、
ともかく文字も頭も忘れて、“まず坐れ”と(笑)。」

所長:「さすがに堀井研究員、
私のいうことがなくなってしまいました(笑)。」


K:「四回に渡りお二人ともありがとうございました。
次回から八月いっぱいは夏休み特集として
所長と錦織研究員とでスポーツ・アスリートの世界の
現在と未来というテーマで対談していただくつもりです。」






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3.湧氣塾からのお知らせ
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1.湧氣塾からは、2本のDVDを発売しています。
ご興味のある方は是非お求めになって、
日常の中でご自身の身体を調整してみてください。

・DVD
『坐禅身法』
『女性身法』

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http://www.you-ki-juku.co.jp/dvd_info.html

2.女性身法チケット制導入ついて
購入後、二ヶ月間有効のチケット(4枚綴り)ができました。
忙しくて行きたいけど、なかなか時間が取れないという方、
この機会にぜひご利用下さい。
詳しくはこちら
http://you-ki-juku.co.jp/femail.html


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4.塾長の著書の紹介
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『脳ひとり歩き時代 ヴァーチャル脳を身体が救う』(河出書房新社)
『「阿修羅」の呼吸と身体-身体論の彼方へ』(現代書林)
詳しくはこちら
http://www.you-ki-juku.co.jp/chosho_info.html


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●発行者
身体哲学研究所
http://body-mind-philosophy.org/

身体哲学道場 湧氣塾
http://www.you-ki-juku.co.jp/index.html

●バックナンバー 
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●お問合せ:info@you-ki-juku.co.jp
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