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サンプル誌

  ついせんだってまで公開されていた映画「パフューム」。
唯一絶対無二の嗅覚を持つ主人公が究極の香水を作るこ
とに没頭し、そのためには殺人さえいとわないという狂
気の物語である。残念ながら映画は見逃してしまった。
が、原作を読んでみた。小説もまた香水作りにとりつか
れた狂人の物語に終始しているが、破天荒なストーリー
にぐいぐい引き込まれながらも底流には、香水というも
のの本質と魅惑性が見事に描かれている。香水には、人
を惹きつける言い知れぬ魔力があるということが本書を
読み進めていくにしたがってじわじわと分かってくる。
 日本人には想像できないくらい香水は欧米諸国におい
ては、人々の生活(とりわけ女性)には不可欠の存在だ
と聞く。そのことがこの作品を読むとよく理解できる。
香水には全くといっていいほど疎い読者でもおそらくは、
本書の行間からにじみでてくる香水というものの不可思
議な魅惑にはあがなえないものを感じてしまうのではな
いだろうか。スティーブン・スピルバーグやマーチン・
スコセッシといった名だたる監督たちが映画権を巡って
争ったという逸話も十分うなづける。とにもかくにも、
香水の芳香がページの随所から立ち上ってくるような小
説なのである。
 魅惑的な匂いのオーラを身にまとうことで女性の魅力
がいっそう引き立つという効果はいうまでもないことだ
が、たとえば過去のヨーロッパでは、女性でも街中で平
然と排尿を行う習慣があったようだ。その臭いを隠すた
め香水は必携品であったという。欧米の古い時代設定の
映画などをみていると、女性たちはペチコートといって、
腰から足先にかけて大きく裾広がりしたスカートをはい
ていた。あの形状は、女性が服をきたままでも排尿しや
すいように、あるいはまたその行為を隠すことから生ま
れた必然だったともいわれている。人間のきわめて俗物
的な行動をサポートする大事な実用的なアイテム、それ
が香水というものである。淑女はだから好き嫌いに関係
なく香水を携帯して当然だったのである。
 だが、そうした経緯とは別の次元で香水は発展し人々
に寵愛されるという確かな歴史があった。その一端がこ
の作品では刺激的なストーリー展開とともに描かれてい
るのである。本書を通読すれば、幾重もの重層な手続き
と人々の情熱によってこの匂いの液体が生みだされてき
たということが理解できる。香水は、ひとつの文化であ
り、人々になぜかようにも愛され、その魅力の虜になっ
ていったのか。そうしたことどもが人間の深層心理をゆ
さぶるように素描されあぶりだされていく。だからこそ
この小説の主人公・グルヌイユの無臭という異常性が、
かくも物語に強烈なインパクトを与えているのである。
香水の魅力を、逆サイドから即ち自らの匂いを持たない
というモンスター的恐怖という逆説から描いている。
“匂いを持たない”。それは欧米の常識では、悪魔の化身
のごとき存在であり、暗黒の象徴ともときには映る。匂
いはいわば個人をあらわす刻印のようなものだ。おそら
く欧米では、そうした認識が現実世界でも浸透している
のだと思う。
 翻って、日本はといえば、無臭であることが尊重され、
極端に矮小化された清潔性とそれは結びつき価値感とし
てさえ受け入れられている。この日本流の価値感、スタ
イルは確かに一つの個性ではあるけれど、世界的スタン
ダートには到底なりえないことを私たちは知らなくては
ならない。なぜなら欧米においての個の識別、だから個
性の発露ともいえるが、それは匂いとともにあるともい
えるのだから……。
 匂いのオーラを持つことはたんなるファッション性を
超えて個人主義が徹底した欧米では自己の存在感を社会
に発信する大切な要素でもあるのだ。
 
 
 
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