2009/11/24
第144回 言葉は母親からのプレゼント
☆―――――――――――――――――――――――――――――――――☆ ばなな先生の おとなとこどものための おきらく 作文教室 No.144 2009.11.24 ☆---------------------------------☆ こんにちは、 「自分科塾ばなな」 の講師 「ばなな」ともうします。 今回もどうぞよろしくお願いいたします。 先日ネットを見ていると、 赤ちゃんが、胎児の段階から 母親の言語を覚えはじめ、 「訛り(なまり)」や「アクセント」を 身につけているというニュースを目にしました。 不況や、政権交代の話、 殺人などの殺伐とした話題の中、 心の温かくなるとってもいい話題でした。 子どもは、まず、 母親の唇の動きを見て、 それの発する言葉を音として認識するそうです。 そして、その音をひたすら真似ます。 何度も何度も真似ます。 やがて、その音の意味するもの、 例えばりんごならりんごを 母親が実際に手にしている姿を見て、 指差しながら、 それが「りんご」であることを学びます。 意味と音を一致させるのです。 そう考えると、 言葉を獲得するには、 母親の存在が大事なのですね。 お腹にいるときからのつきあいですからね。 目次 □■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■■□■ □ □ ■ ■ □ ♪ 言葉は母親からのプレゼント ♪ □ ■ ■ □ □ ■ ♪ 編集後記 ♪ ■ □ □ ■ ■ ■□■□■□■□■□■□■□■□■■□■□■□■□■□■□■□ =============================== ♪ 言葉は母親からのプレゼント ♪ =============================== 先ほどふれた言葉を学んでいく過程で、 その音と対象物を結びつけていきますが、 当然のことながら、 りんご(音)=りんご(具体物)にはなかなかなりません。 例えば、 お母さんの手に何らかの理由でりんごがないとき、 りんごとみかんが一緒においてあるときなど、 現実の状況はきわめて複雑です。 普通なら、類推など言葉のイメージを想像しますが、 赤ちゃんは、イメージができないので、 指差しをしたりその方を見たりしながら、 体を具体的に動かし、 具体物と母親の言葉をつないで、 自分の言葉として身につけていくそうです。 わたしたちは、このとき、 脳の右側、すなわち右脳を使って 言葉と対象を結び付けているそうです。 (日本人の脳に主語ははいらない 月本洋著 講談社選書より) ですから、新生児は当然のことながら、 母親の訛りやアクセントの言語を好むそうです。 言葉は母親からのプレゼントなんですね。 母親が抽象的な イメージできない言葉ばかりをしゃべり、 ときに、母親自身になじみのない言葉を用いて 子どもと対話しようとすることが、 はたして子どもにとってよいことであるのか、 ときどき疑問に感じます。 ================================== ♪ 編集後記 ♪ =================================== 先ほどの本は、 日本人はなぜ主語を用いないのか、 という疑問にもふれています。 日本人(日本語)は左脳で母音を聞く (イギリス人(英語)は右脳)ようです。 われわれの言語中枢は左脳にあるので、 日本語は、 スムーズに聞いた音を認識できるようです。 一方、イギリス人のように、 右脳で母音を聞く言語は、 左脳へ情報を伝えます。 そのための時間が必要になるようです。 さらに、わたしたち人間は右脳で、 自分と他人を区別するそうですが、 母音によって、右脳が刺激され、 右脳の中で、わたしなのかアナタなのか混乱するようなのです。 そこで確認のために主語を発するのだということです。 日本語で、主語を省略するのは、 主語は自明のことだと脳が判断するからだそうです。 当然聞いている側も、脳の中で主語を認識し、 自明のことと理解するのです。 確かに「I LOVE YOU」とは言いますが、 日本語で「わたしはアナタを愛しています」 とは言いません。 「わたし」は自明のように感じられます。 ここに「察し」の文化の源があるようです。 これは、日本語のもつ性質です。 他にもインドネシアやトンガなどの言語も、 主語を用いないケースが多いようです。 わたしは、主語を省略して話します。 そのことを問いただされたり 「わたしが」と使うことに 疑問と抵抗を持っていたりしましたが、 言語的な性質の中にそういう要素があることを知り、 納得しました。 価値観が多様化する中、 以前のように主語を省略してばかりはいられないのでしょうが、 主語をみんなが理解できる「察しの言語」 として日本語が存在している事実を、 日本語を話す子どもたちに伝えていくことが 大切なような気がしました。 最後までお読みいただき ありがとうございました。 また次回もよろしくお願いいたします。


