ばなな先生の お気楽作文教室  RSSを登録する

表現したものを通して、自分の視点や自分とは何者かに気づく『自分科』という科目を提唱する著者が、「書く」ことによって、人生が変わることを訴えます。

  • 発行周期 週刊
  • 最新号 2009/11/27
  • 部数 133部
  • メルマガID 0000237027
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2009/10/05

第136回 知る権利  知ったことを行使する権利

☆―――――――――――――――――――――――――――――――――☆
 


  ばなな先生の

     おとなとこどものための
 
       おきらく 作文教室

                     No.136
                     2009.10.5


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 こんにちは、



「自分科塾ばなな」
 の講師
「ばなな」ともうします。
 
 
 本日もよろしくお願いいたします。




 わたしの通っているある小学校で、
 運動会の練習中、
 こんなやりとりがありました。


 演技の練習を
「あと1回で終わります」
 といった指導者の先生が、
「もう一回やり直します」
 と言い出したのです。


「あと一回って言ったじゃないか」
 子どもが怒り出しました。
 もちろんその人には聞こえないところでです。


 ですが、
 その方は自身の理屈を話して
 押し切ってしまいました。
 


 子どもであろうと、
 大人であろうと、
 その情報を知った以上、
 本来、何らかの対話が生じるのですが、
 現在の教育現場では、
 なかなかそうはいきません。
 
  

 ささいなことですが、
 こうしたことの積み重ねが 
 子どもたちを
『知ったことを行使しない』
 大人に育ててしまいます。




 ところでわたしは、
 友人に紹介され
 ある勉強会に参加しています。
 そこで、
「四権分立」の話を聞きました。


 それは、
 司法・立法・行政の
 従来の三権から
 報道権、あるいは教育権と
 いったものを独立させる
 という考え方です。


 現在の日本では、
 報道の制限が多く、
 大切なこと、
 本来知るべきことが知られていません。



 教育に関しては、
 その自由さがほとんどありません。


 わたしたちにある
「知る権利」「知ったことを行使する権利」
 が十分に果たされていないような気がします。



 目次 □■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■■□■    
□                                 □  
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□    ♪ 知る権利  知ったことを行使する権利  ♪       □ 
■                                 ■
□                                                                 □
■    ♪ 編集後記 ♪                     ■ 
□                                 □  
■                                 ■
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    ♪  知る権利  知ったことを行使する権利  ♪  


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 前述の運動会の練習では、
 高学年くらいになると、
「何を」
「どのくらいの時間で」
「どのようにやるのか」
 という説明をしてあげることが
 大切な気がします。



 わたしは、自分が担当した際は、
 わたしの知っている
 できる限りの情報は伝えます。



 何らかの事情でそれが変わったときは、
 とにかくありのままを話し、謝ります。



 小学生だから不要だよ、
 と言われます。



 いや、反対に、小学生だから必要なのです。


「もっとよく考えなさい」
 小学校の先生は言います。 



 よく考えるには、多くを知る必要があるのです。
 情報を二つ以上の視点で見つめ、
 自分のしたいことと照らし合わせて
「行動」という自己表現をするのです。



 全容がわからないのに、情報が足りないのに、
 わたしたちは考えることはできないのです。
 ましてや動くことなんてできません。



 また、小学生時代の大人に対して従順なうちに、
 対等に接してもらえたという感覚が、
 中学生、高校生と言った、
 大人にあえて逆らうことで、
 友達との関係を固める時期に生かされます。



 横のつながりを大切にするだけでなく、
「知る権利」を
「知ったことを行使する権利」があることを
 心のどこかにちらつかせられるのです。

 
 大人の狡猾さに失望する前に、
 友達との中にただ閉じこもるのではなく……。
 
  


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  ♪ 編集後記 ♪

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 2年くらい前に
 総合的な学習という、
 進め方によっては
 計り知れない可能性のある領域が、
 英語の教科化の前段階として
 設定されたという事実を知りました。



 総合的な学習には、
 自由と言っても
 学ぶテーマに縛りがあり、
 その中に「外国語」がありました。





 総合は、もともと教科の時間に割り振られたり、
 行事の準備時間に差し替えられたりしていました。
 現場にいたので、
 そうせざるを得ないことは理解できます。



 ですが、英語が時間割の人となった今、
 ますます形骸化していく総合が無念に感じられます。



 わたしは、英語の教科化前提にあるのだったら、
 その流れや意図を知った上で、
 総合のあり方を論じたかったと思いました。





 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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