2009/06/24
第119回 ばなな流 作文の書きかた(1)
☆―――――――――――――――――――――――――――――――――☆ ばなな先生の おとなとこどものための おきらく 作文教室 No.119 2009.6.24 ☆−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−☆ こんにちは、 「自分科塾ばなな」 の講師 「ばなな」ともうします。 本日もどうぞよろしくお願いいたします。 先日、ある勉強会でご縁のあった 教師をされている方から、 「作文教室をされているそうですが、 今受け持っている子どもたちの 作文力がありません。 どうしたら作文が書けるようになりますか?」 という質問を受けました。 いただいたのが携帯のメールだったので、 あらためて手紙を書きます、 と返事をしました。 落ち着いて手紙を書いているうちに、 「ああ、これって、 自分が教育活動でやりたいことだった」 という忘れかけていた情熱を思い出しました。 そこで、原型をとりとめないくらい 大幅に加筆したものを ここに紹介することにしました。 ここのところ、 公立小学校の講師として職を得て 中途半端に安心していた 自分がいました。 原点を思い出すことで、 もう一度、 自分自身と子どもたちに 向かい合っていきたいと思います。 このような機会をくれた 知人に深く感謝しています。 数回に渡って 自分の思うところを書きたいと思います。 ■□■ 目次 □■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■■□■ □ □ ■ ■ □ ♪ ばなな流 作文の書きかた(1) ♪ □ ■ ■ □ □ ■ ♪ 編集後記 ♪ ■ □ □ ■ ■ ■□■□■□■□■□■□■□■□■■□■□■□■□■□■□■□■□■ =================================== ♪ ばなな流 作文の書きかた(1) ♪ =================================== だいぶ前のことですが、 わたしが数年前に書いた児童文学作品を 「テスト問題にしました」 という趣旨の通知と 実際の出版物が送られてきました。 中学受験用の難しい問題集でした。 笑われるかもしれませんが、 出題された問題を 誤答してしまいました(笑) よりによって『この作品の言いたいことは?』 という問題だったと思います。 よく、そういう話を 作家のエッセイなどで聞きますが、 本当にあるんですね。 そのときに思いました。 いったい、書くとは、何なのでしょうか? 書いた本人以外のところに、 「書く」っていうことがあるのが、 不思議でたまりませんでした。 よくわたしたちは、 「相手に分かるように書きなさい」 といいます。 わたしは精一杯、 わかるように書いたつもりです。 でも、どうやら、 そこには限界があるようです。 そして、書くことを 相手のニーズだけを満たすのは、 あまりにも危険だと思いました。 作文を書かせる前に、 わたしたちは、 「書くことの意義」について て子どもたちの前で 話す必要があるのかもしれません。 わたしは、書くことは、 「自分とのコミュニケーション」 だと、思っています。 ところで、 作文が書けない子は、 本当に書けないのでしょうか? かつて作文教室にいた子が、 書けずに苦しんでいました。 自分の気持ちを書こうとすると、 ぴたりと文章が止まるのです。 後で聞いた話によると、 そのとき、学校で 周囲の子にからかわれていたり 排除されたりしていたそうです。 書くことは、心の声を聞くことです。 その声に耳をふさぎたくなるとき、 ペンを持つ手は必然的に 重たくなるに違いありません。 すべてがそうだとは思いませんが、 「作文が書けない」 のではなく、 「対話したくない」 という場合があること知りました。 一行でも文章を書いてくれたら、 まず、子どもたちに 感謝しなくてはならないような気がします。 ================================== ♪ 編集後記 ♪ =================================== 今日は、わたしの息子の 5回目の誕生日です。 ここまで大きな病気もなく 誠実に生きてくれたことに、 感謝しています。 彼が生まれて、 父親としての自分に目覚めました。 彼のためにも、 素敵な大人になりたい と今のような生き方を選びました。 息子に、ありがとう、といいたいです。 最後までお読みいただきありがとうございました。 ☆☆★★☆☆ ☆☆★★☆☆ ☆☆★★☆☆ ☆☆★★☆☆ ☆☆★★



