2008/09/07
サンスクリット原典で読み解く「ヨーガ・スートラ」!第70号
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yastyaktvaa ruupamaadyaM prabhavati jagato'nekadhaa'nugrahaaya
prakSiiNaklezaraazirviSamaviSadharo'nekavaktraH subhogii |
sarvajJaanaprasuutirbhujagaparikaraH priitaye yasya nityaM
devo'hiizaH sa vo'vyaatsitavimalatanuryogado yogayuktaH ||
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サンスクリット原典で読み解く「ヨーガ・スートラ」!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 2008.09.7. ◆ 第70号
目次
◎ ヨーガ・スートラ 2:15 解説
◆ 本文
◆ 単語の切れ目・読み・意味
◆ 句全体の意味・解説
◎ 編集後記・次号の内容
=◎ ヨーガ・スートラ 2:15 解説 ================
こんにちは。
「サンスクリット原典で読み解く「ヨーガ・スートラ」!」
の発行者、誠です。
今号は2:15解説、前号を一歩進めた観点から説かれることになります。
早速本文を見て行きましょう。
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◆ 本文
pariNaamataapasaMskaaraduHkhairguNavRttivirodhaacca
duHkhameva sarvaM vivekinaH (2:15)
◆ 便宜的な読み
パリナーマターパサンスカーラドゥフカイルグナヴリッティ-
ヴィローダーッチャ ドゥフカメーヴァ サルヴァム ヴィヴェーキナハ
(このメルマガで用いるサンスクリットのローマ字表記について
http://sanskrit.rakurakuhp.net/i_173979,si_21176.htm)
(原文の文字をご覧になりたい方は
http://sanskrit.rakurakuhp.net/i_164529,si_77001.htm)
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◆ 単語の切れ目
pariNaama - taapa - saMskaara - duHkhair - guNa - vRtti -
virodhaac - ca - duHkham - eva - sarvaM - vivekinaH
◆ 連声
duHkhair + guNa (H + g → r + g の規則)
duHkhaiH + guNa → duHkair + guNa → duHkairguNa
virodhaac + ca (t + c → c + c の規則)
virodhaat + ca → virodhaac + ca → virodhaacca
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◆ 単語の意味
pariNaama (男性名詞)
読み パリナーマ
意味 変形、変化、自然的発生、変質、消化、経過、衰退、老齢、結果、
結末、終点、終局、最終の状態、最後 など
taapa (男性名詞)
読み ターパ
意味 熱すること、熱、白熱、苦痛、苦悩 など
saMskaara (男性名詞)
読み サンスカーラ
意味 準備、仕上げ、精製、磨くこと、清めること、粉飾、飾りつけ、
装飾、育てること、教育、教練、清めの儀式、強化、印象、影響、
観念、能力、
(前世から始まる、諸原因によって残された)潜在印象 など
duHkhair (中性名詞 duHkha 具格・よって格 複数)
読み ドゥフカイル
意味 苦しみ、不愉快、困難、悲しみ、不幸、苦痛 など
guNa (男性名詞)
読み グナ
意味 紐、糸、綱、灯心、弓弦、楽器の弦、種類、(政治)機構、
従属的要素、付属物、調味料、性質、良い性質、長所、優位、
効果、結果、良い結果、固有性、性質、根本的原素の属性、
根本的三要素、性質 など
vRtti (女性名詞)
読み ヴリッティ
意味 転がること、行為の過程、存在、様式、実践、状態、動作、性質、
種類、生活、機能、行動 など
virodhaac (男性名詞 virodha 従格・から格 単数)
読み ヴィローダーッチ
意味 〜との間の敵対関係、いさかい、不適合、論理的矛盾、
衝突 など
ca (接続詞)
読み チャ
意味 また、及び、なお など
duHkham (中性名詞 duHkha 主格・は格 単数)
読み ドゥフカム
意味 同上
eva (副詞)
読み エーヴァ
意味 さように、まさに、ちょうど、正しく、実に、全く など
sarvaM (形容詞 sarva 中性形 主格・は格 単数)
読み サルヴァム
意味 全き、全体の、一切の、各々の、全ての、完全に など
vivekinaH (形容詞 vivekin 男性形、または男性名詞 主格・は格 複数)
読み ヴィヴェーキナハ
意味 区別する、分離された、批判する、区別する、識別する、
識別する人 など
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◆ 句全体の便宜的な意味・解説
◇ 意味 転変、苦悩、潜在印象の苦しみによって、
また、「グナ」と働きの軋轢から、
「識別する者」には、全てがまさに苦しみである。
◇ 解説 前号、2:14では、良いことをすれば喜びを、悪いことを
すれば苦しみを結果としてもたらすことが説かれていました。今号では
少し視点を変えてその先が説かれることになります。
これまた訳を見ただけでは、なんのこっちゃい? という
小難しい内容に見えますが、例によって原文に則して、また他の部分との
つながりで解きほぐしてみましょう。
まず、この句の構造を解いてみますと、全体が3つに分かれています。
訳で3行に分けた3つがそれです。
句の主題になるのは一番最後の
「「識別する者」には、全てが苦しみである。」という部分です。
そして、その「苦しみ」を具体的に二通り、
(1) 転変、苦悩、潜在印象の苦しみ
(2) 「グナ」と働きの軋轢
と主題を補足して挙げている、という構造になります。
では、まずこの句の主題である後半部分から見てみますと、
「duHkhameva sarvaM vivekinaH
ドゥフカメーヴァ サルヴァム ヴィヴェーキナハ」
と、これまた主語が一番最後にあって、わかりやすく整理しますと、
「「vivekinaH ヴィヴェーキナハ」にとっては、全てが
「duHkha ドゥフカ」である。」
ということになります。
「duHkha ドゥフカ」は、ここまでにも何度か登場し、通常「sukha スカ」
と対になる語であることなど以前触れました。
(「sukha スカ」と「duHkha ドゥフカ」についてのバックナンバー
http://archive.mag2.com/0000235863/20080211101000000.html)
「vivekinaH ヴィヴェーキナハ」というのは、元々は「区別する、識別する、
ふるい分ける」などの意味を持つ単語です。つまり、直訳すると、
「識別する者は、一切が苦しみのみである。」ということになります。
では、「識別する者」とは、いったい何を区別し、識別する者なので
しょうか?
これは全体の読み解きと関係ありますので、ここではあえて答えを
保留しておきたいと思います。
こうして「識別する者」にとっては世界の全てが苦しみである、と
定義されたました。
これは前号の2:14で説かれた、良いことをすれば喜びが、また悪いこと
をすれば苦しみがもたらされる、との見方と対になっていて、
・2:14 良いこと→喜び、悪いこと→苦しみとする見方=一般的な観点
↑
↓
・2:15 全てを苦しみ とする見方=識別する者の観点
という図式で対比することができます。
以上がこの句の主題ですが、それを前半の二つで補足することになります。
まずは、ひとつめ「転変、苦悩、潜在印象の苦しみ」です。
「pariNaama パリナーマ」は物事が変化すること、移り変わることです。
つまり、世界は一時も同じ姿を留めていず、常に変化しているということ
です。
「taapa ターパ」は「苦しみ、悩み、心配」などの意味です。
「saMskaara サンスカーラ」は、前世などまでを含んだ、以前の体験の
印象が潜在意識に残ることを言い、すでに何度か登場し、解説でも触れた、
ヨーガスートラを読み解く上で、また実践上でも重要なキーワードのひとつ
でした。
(1:18解説バックナンバー
http://archive.mag2.com/0000235863/20070806090000003.html)
(1:50解説バックナンバー
http://archive.mag2.com/0000235863/20071210093000000.html)
この3つ、なんとなく脈絡がないようで、3つの間の関連がわかりにくい
ですが、私なりに読み解いてみますと、
はじめの「pariNaama パリナーマ」が「転変、変化」ということですので、
外的な事象ですよね。つまり、自分の外の世界、物質的な世界が移ろうこと
による「duHkha」、
次の「taapa ターパ」が、それに反映して、本来無いはずの「悩み」や
「心配」を自分自身で作り上げてしまう、という内的な働きによる
「duHkha」、
さらに、前世からも持ち越した「潜在印象」による「duHkha」、
の3つで、こうしてみると外面、内面、潜在意識との3つに分けて
分類し、関連付けた項目ではないか、と私には思えます。
二つ目は、「「グナ」と働きの軋轢」です。
「guNa グナ」は、1:16の「ヴァイラーギャ」解説で登場し、少し詳しく
見た単語でした。
(1:16解説バックナンバー
http://archive.mag2.com/0000235863/20070730090000000.html?start=40)
「働き」とした「vRtti ヴリッティ」は、ヨーガスートラの冒頭から登場し、
かつ、従来単に「働き」と訳されるこの単語を、意味を固定してしまっては
ヨーガスートラは深く読み解けないことなど、縷々書いてきた重要な
単語でした。
(「vRtti」の持つ意味について 2:11解説バックナンバー
http://archive.mag2.com/0000235863/20080407093000000.html)
ここでの「グナ」と「ヴリッティ」の「軋轢、葛藤・・・」関係は、
二通り考えられ、ひとつは
・1:16で解説した、3種類の「グナ」の働きの間の軋轢・葛藤
と読むことができ、もうひとつは
・物質的な「グナ」と、「チッタ」の作用である「ヴリッティ」との間の
軋轢、葛藤
と言っているとも読めます。
これまた上記のバックナンバーなどを吟味いただきつつ、全体の
読み解きの中で、どちらがよりしっくりくるのかご検討いただきたい点です。
以上の2つが、主題を補足する説明で、全部をまとめますと、
「識別する者」には、全てがまさに苦しみであり、その苦しみは、
(1)転変、苦悩、潜在印象の苦しみ(2)「グナ」と働きの軋轢
とによる。
ということになります。
全体の流れはわかりましたが、意味としてはまだわかったような
わからないような、という感じと思いますので、ここでもう一点、さらに
奥深い読み込みを披露しますと、ここで挙げられた2種類、
(1) 転変、苦悩、潜在印象の苦しみ
(2) 「グナ」と働きの軋轢
先に「グナ」が1:16で登場したことを書きましたが、同じ単語が登場
していることで、例のごとく、この部分と1:16とに関連を見出せそうです。
1:16は、「ヴァイラーギャ」の解説で、ヴァイラーギャの中でも
最高のヴァイラーギャについて説かれていて、「グナ」を離れることが
できた段階が最高のヴァイラーギャであると説かれていたのでした。
それと今号の内容を、「グナ」を軸にしてつなげますと、上の(2)を
離れることができると、最高のヴァイラーギャが達成される、ということに
なります。
さらにここから遡ると、(1)が、1:15とつながっているのでは、
という類推ができます。
1:15では1:16の最高のヴァイラーギャの前に、通常のヴァイラーギャが
述べられていました。
「見られた、聴かれた対象への欲望がない者の、克服した意識が、
「ヴァイラーギャ」である。(1:15)」
(1:15解説バックナンバー
http://archive.mag2.com/0000235863/20070726090000000.html)
そうすると、上で読み解いた、(1)の「パリナーマ」「ターパ」
「サンスカーラ」のレベルが、この1:15で言う、通常のヴァイラーギャが
対象としているレベルだということが読み取れます。
改めて上の(1)(2)に1:15と1:16の趣旨を重ねますと、
(1)転変、苦悩、潜在印象の苦しみ →(離れる)→ ヴァイラーギャ
(2)「グナ」と働きの軋轢 →(離れる)→ 最高のヴァイラーギャ
このような図式にすることができます。
このように、ここで挙げられた(1)と(2)の2種類の「苦しみ」の
記述は、あてずっぽうで脈絡なく説かれたものではなく、
(1)が1:15に、(2)が1:16に対応させるべく構成し、その内容を
お互いに補完させているのです。
この観点で、1:15、1:16を読み返していただくと、今号の句がより
明確に理解できますし、反対に、2章のここまでの流れから、また
1:15、1:16に遡って読み解くと、1:15、1:16の内容がより深く
理解できる、という構造になっているわけです。
上で、「識別する者」とは何を識別するのか、全体の読み解きを期して
保留したのですが、実はこの1:16に遡っていただくと、そのヒント
がすでにしっかりと説いてあることを読み取っていただけると思います。
いつもながら、一見複雑ながらも、こうした離れたところに置いてある
関連を読み解くことができると、ヨーガスートラの奥深い理解ができ、
逆に奥深い読み込みには、これらの関連を読み解くことがどうしても
不可欠になってくるわけで、これは実は従来あまり触れられてこなかった
点でもあるのです。
この前半部分の2種類、さりげなく説いていますが、なかなか奥の
深い記述で、この世界の成り立ちや、その成り立ちが「duHkha ドゥフカ」
をもたらす作用について記しています。
こういう記述は、以前にも書きましたが、哲学的に考察したものではなく、
行者さんが「ヨーガ」という境地に達し、そこから世界の成り立ちを観じて、
その境地から直観的に観えた世界を言葉にしてくれたものなのですね。
ですので、こういう記述を本当に理解するには、自身もその境地に
達しないとその世界を観じることができないわけですが、反対に、これらの
記述を読み深めることを頼りに、その境地を類推して、少しでも近づく
足がかりにすることもできるわけで、聖典を紐解く本当の意義は、まさに
そのような点に尽きる、と言っても過言ではないと思います。
さて、前号では一般的な観点で、良いことは喜びに、悪いことは苦しみに
つながる、ということが言われていたのですが、こうして今号では、
「識別する者」にとっては、全てが「duHkha ドゥフカ」である、と
一歩話を進めたわけで、同じ物事でも、見る者の視点によって観え方が違う、
という相対性を言っていることにもなります。
前号でも書き、また以前から書いてもいますが「喜び」も「苦しみ」も
相対的な世界ですよね。
何が良いことなのか、悪いことなのかという絶対的な基準はこの世界で
持ちにくいですし、それに伴うという「喜び」も「苦しみ」もまた人に
よって感じ方が違う世界でもあるわけです。この句ではそこを見据えて、
話を一歩進めていることになります。
ただ、前号でも「これを含みながらもさらに先がある」と書きました
ように、この部分もヨーガへの旅の途中であり、さらに先があることに
変わりはないことも、上に書いたような1:15、1:16との関連も
読み込みつつ、今一度確認しておきたいところと思います。
=◎ 編集後記・次号の内容 =====================
今号も他の部分とのつながりを読み解くためにいきおい長くなってしまい、
非常に複雑になってしまったようですが、また従来あまり書いていない
貴重な記述が満載で(笑)、細かくお読みいただき、前の部分との
つながりまで腑に落ちていただける方には、ヨーガスートラの精緻な
構造と、このメルマガの凄さ(笑)に瞠目していただけるのではないかと
思います。
そして、つながりが読み取れると、この部分がきっちりと1章と
関連付けられていることがわかりますし、また2章のこの辺り、変に
哲学的な記述が続いているようで、実はその裏に、実践的な裏づけも
含めて説かれていることがお分かりいただけるのではないかと思います。
そして、本文では長さの都合で(これでも充分長いのですが(笑))、
「guNa グナ」だけを軸に見ましたが、他にも既に登場している
「saMskaara サンスカーラ」「duHkha ドゥフカ」「vRtti ヴリッティ」
などを軸に今までに登場した部分と照らし合わせると、またさらに
立体的な読み深めができますので、志がおありの方は、それらの点からも
「スヴァーディヤーヤ」をなさっていただけましたらと思います。
◇ 次号の内容
次号は引き続き2:16解説、長く難しかった今号の句を穴埋めするかの
ような(?)久しぶりに短いホッとする句です(笑)。
ずっと先延ばしにしていたコラム、「クリヤーヨーガの鼎立について」を、
ようやくお披露目できる日が来るのでしょうか!?(笑)。
次号もどうぞ、お楽しみに。
(第70号 完)
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サンスクリット原典で読み解く「ヨーガ・スートラ」!
発行者 誠 s-tadao@rio.odn.ne.jp
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