ノムヒョン前大統領の冥福を祈る
「韓国通信 第30号 2009年5月31日」
ノムヒョン前大統領の冥福を祈る
ノムヒョン前大統領の永訣式が行われた5月29日、金大中前大統領もついに嗚咽
した。金大中氏は慰めるためにノ前大統領夫人の権良淑(クォンヤンスク)氏の手を握
ったが、権氏が堪えず涙を見せると悲しみが込み上げ、熱い涙を零したのである。か
つて金氏がこれほど感情をストレートに表現したときがあっただろうか。国民の悲し
みがどれほど深いか、国民の指導者である彼の涙はそれを物語る。
痛恨の心境にしかめている金氏の横顔の写真を新聞で見たのは5月30日の午後だ
った。実はその日の午前、私は日本の大館から秋田に走る電車の中にいた事実を告白
する。二人のお知り合いとノムヒョン大統領を話題に話を交わす途中、私もあまりの
悲しさに感情を抑え切れなかった記憶が生き生きと思い出されるが、国民の指導者も
泣いているので、もはや恥ずかしい気はしない。
博士請求論文を提出したいと申し込みを出し、指導教授に断られたときを除いて日本
人の前で私は泣いたことがない。ところで、その電車の中では理性を失ったので非常
に恥ずかしかったし、どうしてノ大統領の話を持ち出したのかと後悔もした。
大統領の葬式に日本にいるという自責感などはもともとない。私はノムヒョン大
統領が死に至るまでの過程を注意深く見守り、それが現政府の権力濫用や大統領中心
制の弊害が齎した悲劇であることに気付き、深い悲しみに包まれていたが、自分の本
業を忘れたいとは思っていなかったからである。それに旅行の目的ではなく、自分に
は重要な研究報告と思われたので、勇気を出して大館市を訪れたのである。
日本に強制連行された朝鮮人の魂を追悼する行事とそれをめぐってのシンポジウムと
聞いていたから、いまの心境をこめシンポジウムでの報告という形で語るというのは
それなりに意味あることに違いない。しかし、自分にとって外国に来て涙を見せるよ
うな行為ほどみっともないようなことはない。それで、一時の激情に駆られ感情表現
をしてしまったことを恥と思い、その事実を容易に受け入れたくなかった。
だが、いま一心同体の国民の心に接し、政治指導者の表情を読んで、私の気持ちは一
般市民と少しも変わらないという事実に改めて気付く。そのときの私の気持ちを日本
の友達は理解してくれるだろうか。
人間ノムヒョンは「馬鹿」と呼ばれた。当選にならないことを知っていながら「地域
主義打破」を叫び、あえて負ける選挙に出馬し落選を繰り返したノムヒョン。彼はま
るで牛のように愚直な人だった。東の人はハンナラ党、西の人は民主党、あるいは全
羅道出身は民主党、慶尚道出身はハンナラ党の看板さえ揚げればとにかく当選すると
いう、韓国政治の地域的病害を自分の犠牲で打ち破ろうとした信念の政治家であった
からだ。
1990年の民正党、民主党、共和党の3党合党に反対して在野としてい残り、また
当選可能性のあったソウル出馬への勧誘を拒み、釜山で地域主義克服のためたたかい
続けた彼の政治的目的は現実政治の弊害をなくし正道を歩むところにあったと言って
よかろう。
だから、彼の貢献によって韓国政治が一歩前進したといえなくもない。それに彼は光
州市民を弾圧しクーデターで政権を握った全斗煥勢力の罪悪を聴聞会で徹底的に追及
し、光州市民だけではなく国民の支持を受けて野党の大統領候補になり、金大中政府
の後を受け継いだので、韓国の民主化に重要な役割を果たしているわけである。慶尚
道出身のノムヒョンが光州の息子と呼ばれる理由もそこにある。
そのような道を歩んできた彼が、なぜ地元の後ろ山の絶壁から身を投げたか。彼は庶
民の大統領であった。食事のとき、飯粒が落ちそれを手で拾って口に入れる姿を見て
、秘書官が大統領としての仕付けについて触れると、自分は庶民出身だからいまの仕
付けを変えたいとは思わないと言ったという話は有名だ。それほど庶民の生活を理解
しているだけに貧困層への同情や社会の不平等に対する意識が強い大統領であった。
在任中経済政策に失敗したといえ、彼が退任後堂々と暮らしていたのはそうした潔白
と言えるほどの道徳性によるものである。しかし、民主党からハンナラ党に政権が引
っ繰り返り、権力が交替すると南北問題を始め各分野でハンナラ党の理念や政策は彼
が考えるものとは逆方向に進められた。いわば、ノ大統領が推進したものと正面から
衝突する傾向があちこち見え始め韓国社会が全般的に保守に回帰するような印象が強
かったのだ。
前政府と現政府の間に緊張と葛藤が内在しないはずがない。現政府が検察を動員し、
前政権を攻撃する様子は著しかった。大統領中心制の韓国では大統領に権力が集中し
、大統領の家族が企業から非公式の資金をもらうようなことは日常茶飯事のことであ
ったかもしれない。
国民の支持によって大統領になったから、大統領の家族はお金の問題に自由な身分で
あることを多くの人々に非公式に認められてきたと見ても過言ではないだろう。金大
中氏や金永三氏の息子が不法政治資金を受けて問題になった事件は、それほど大統領
の家族や周辺に請託を依頼するとか、権力に近づきたいと思う追従者が多いというこ
とを裏付ける。
だから、現政権が前政権の政治資金を問題にしようとすればいくらでも問題になるし
、寛大に解決しようとすれば、情報自体が国民に伝えられないはずである。しかし、
軍事独裁の血を受け継いだハンナラ党出身の、前科14犯である李明博の政権は、政
権維持の次元から徹底的にノムヒョン政権の道徳性を攻撃し、大統領の周辺人物を拘
束した。
去る10年間の民主政権に対する政治報復とも思われるよう、検察権力を行使し大統
領の夫人や息子、娘まで調査する現実に悲痛の念を抱く市民は少なくなかっただろう
。権力と保守言論は、ノムヒョン大統領も一億ウォンの時計をもらったという噂もも
らしたが、ノ大統領は権婦人の再召喚の前に恥辱を忍びきれず自らの手で命を棄てた
のではないか。
勿論前大統領は国民に選ばれ、重要な足跡を残した歴史的人物であるだけに自分の命
を害するようなことは許されてはならないと思う。しかし、彼は次のような言葉を遺
言として残した。
あまりに多くの人々に迷惑をかけた。
私のせいで多くの人が受けた苦痛はとても大きい。
これから受ける苦痛も推し量ることができない。
余生も他人の足手まといになるしかない。
健康がよくなく、何もできない。
本を読むことも、文章を書くこともできない。
あんまり悲しむな。
生も死も、みな自然の一かけらではないか?
すまなく思うな。
誰も恨みに思うな。
運命だ。
火葬してくれ。
そして家の近くに、とても小さな石碑を1つだけ残してくれ。
昔から考えていたことだ。
何がノ大統領を死に追い込んだか。我々はそれとどうたたかうべきであるか。後に詳
しく触れる機会があるだろうが、大館市でのシンポジウム席上で私は松田解子の「地
底の人々」に登場する七つ館で死んだタツ子に対するトク子の申し訳なさ、そしてタ
ツ子に対して心の中で手を合わせるトク子の心境を述べ、そこに光州市民の気持ちを
読んだ。生きている人間が如何に死んだ人に対して申し訳ないかを。
しかし、ここで私はまた改めてその言葉を思い出さずにはいられない。ノムヒョン大
統領の冥福を祈る市民の行列は増える一方で、国民は心から前大統領の死を惜しがっ
ている。これほど多くの国民が大統領の死に涙をこぼしている姿を見たことがない。
全国の弔問客は500万人を超えているし、永訣式が終わった今にも弔問客の行列は
続いている。
それは生きている我々の心に死んだ前大統領に対する申し訳ない気持ちが刻み込まれ
ているからではないか。実際多くの国民はノ大統領を酷い弾圧と権力から守ってあげ
られなかった自責感に苦しんでいるわけである。
この通信を書いているこの瞬間にも、胸がさんざん弾けるような思いがしてならない。
心からノムヒョン大統領の冥福を祈る。
発行者 金正勲 http://kjh.rakurakuhp.net
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