2009/11/07
新聞に未来はあるか(2)
テーマ:テーマ:新聞に未来はあるか(2) 教科書:ナウエコノミー―新・グローバル経済とは何か 野呂 一郎 価格:¥ 3,465(定価:¥ 3,465) http://www.amazon.co.jp/dp/4762015873/ref=nosim/?tag=noroworldco07-22 今週のジャンル ・ワン・トゥ・ワン・マーケティング ・アメリカ新聞ビジネスモデル 参考ページ: P72 ワン・トゥ・ワン・マーケティング勃興の背景 ■マス(大衆)消滅が新聞の危機を招いた 前回、アメリカの新聞界は、サーキュレーション(circulation)から リーダーシップ(readership)へシフトしているというお話をしました。 サーキュレーションとは発行部数のことです。 しかし、これは時代の波に押されて、ジリ貧です。 前号では、すでに70年代からアメリカ人のライフスタイル、 ワークスタイルが変わり、「人々は30分も新聞にかけていられなくなった」 からだと申し上げました。ケーブルテレビが新聞の代わりを果たすように なったことも事実です。新聞の発行部数が減ったことの理由は、 拙著ナウエコノミー72ページに記してある ワン・トゥ・ワン・マーケティングの勃興の理由とも重なります。 ワン・トゥ・ワン・マーケティングとは、マスマーケティングと対極にある 概念で、もはやマス=大衆はなくなった、企業は個人相手にきめ細かい マーケティングをやらないと生き残れない時代になったという前提で 作られたマーケティングです。 ■どんどん世知辛くなっていくアメリカ経済 かつて60年代にはアメリカにも家族団らんがありましたが、非婚カップル、 ゲイカップル、両親がそろわない家庭、ルームメートとの同衾、母子家庭、 老人一人の家庭など、70年代を境に家庭が音を立てて変わってきました。 新聞は、日本と同じように新聞配達の少年が運んできます。 アメリカの場合は少々乱暴にポストでなくて家屋に投げ込みますが、 日本と同じく、朝、新聞を読むような時間がある家族がいてこそ、 こうした光景があったわけです。しかし、かつてあった家族の団欒の 風景は、家族構成の変化とともになくなっていきます。 そして、1980年代は日本の時代でした。 アメリカは経済覇権を日本に明け渡し、失意の10年を送ったのです。 90年代は再びアメリカの時代がやってきますが、50年代、60年代に あった豊かさは消え、この不況を外して考えてみても、 現在アメリカでは、何百万人もの人が恒久的に貧困にあえいでいます。 新聞を朝のんびり見ているような状況は、どんどんなくなっています。 ■時間が足りないアメリカ人 ワン・トゥ・ワン・マーケティング誕生の背景には、女性の社会進出も あります。働く女性が増え、母子家庭が増え、彼女らは常に時間が 足りません。買い物に車で行くことさえうっとうしくなり、 ものをゆっくり選んでいる暇もありません。 男だって、世界的な規制緩和の波でアジアとの競争が激化し、 ダブルインカム(共稼ぎ)で何とか糊口をしのいでいる状態で、 新聞をゆっくり読む時間は、どんどんなくなっていったのです。 そうこうするうちに、ケーブルテレビがインターネットにとってかわり、 クリックひとつでニュースにありつけるテクノロジーが、 新聞を端っこに追いやってしまったわけです。 ■新聞読まなきゃという強迫観念がなくなった社会 世の中の新しいことを知りたいのは、つまりニュースを欲しがるのは 人間の本能といえましょう。しかし、こうライフスタイルが多様化し、 ありとあらゆる商品が市場にあふれ、エンタテイメントも、 メディアもそのバラエティを競うようになれば、いやおうなしに 人々の意識や価値観もますます多様化します。 新聞というメディアは、基本的にはニュースを伝えるだけで昔から その意味で変わりませんから、いくら本能に訴えかける力があっても、 時代に取り残されるのはやむなしともいえるでしょう。 人々の新聞くらい読んでおかなければ、ニュースくらい知っておかねば、 という”強迫観念“も価値観がこれだけ多様化すると、 なくなってきているのかもしれません。 日本でも若い世代は、新聞読まなくても全然平気、 そんな傾向がありありです。 ■「新聞はネットに破れた」が支配的なアメリカ 長々と新聞のサーキュレーションが必然的に落ちているという話を しましたが、アメリカのメディアは、新聞はネットにかなわない、 という悲観論が支配的です。スポーツイラストレイテッド (Sports Illustrated)の社長、ジョン・スクアイアー氏 (John Squires)などは、はっきりと「紙の媒体は死んだ」と, てらいもありません。彼の悩める新聞業界へのアドバイスは 「乗り越えろ」です。つまり、紙にインクで印刷した製品を救うのを あきらめて、ジャーナリズムのフォーカスを電子媒体での配達に向けろ というわけです。で、ここにきてアメリカの新聞界も、彼に同調し、 ならば、と発想の転換をしているのです。それがサーキュレーション からリーダーシップ(readership)への流れです。 ■アメリカの最新メディア組織論とは リーダーシップとは、直訳すれば読者数、ですが、ここでは 「何人の目に触れたか」という意味です。要するに、タダだろうが、 有料だろうが、記事を人の目に触れさせりゃいい、という考えです。 当然そこには、記事を載せた媒体に企業から広告をもらい、 その広告で稼ごうという意図があります。リーダーシップを最大に するという考えから、現在のアメリカ新聞界の組織は、新聞単品で 勝負する組織から、新聞、ラジオ、テレビ、インターネット、雑誌 などのメディアを寄せ集めた、いわゆるメディアミックスの コングロマリット(conglomerate=複合体)という形をとることが 多くなっています。ニューヨークタイムスが、オンラインの ニュース配信企業を吸収しましたし、ワシントンポストは オンラインマガジンをマイクロソフトから買収して、インターネット 部門を強化しています。 要は、紙であろうが、放送であろうが、 ウェブであろうが、記事を目にする人がトータルで増えればいいのです。 アメリカでもっとも流通している携帯電話は、ブラックベリー といわれるキーボードつきのスマートフォンですが、 ニューヨークタイムズ、マイアミヘラルド、ヒューストンクロニクルは、 リクエストがあれば、個人のブラックベリーに向けて無料のヘッドライン、 ニュースサマリーを配信しています。 ■アメリカ新聞界の収益モデルとは アメリカの新聞の一般的な収益モデルはこうです。 収益の20%が発行部数、収益の残りの80%は広告でまかないます。 だから、発行部数が少なくなれば、広告に頼ればいいのです。 しかしここにパラドックスがあります。 広告は部数によりレートが決まるから、部数減は収入源に直結する からです。だから、広告で稼ぐためにも、発行部数を伸ばしていく 必要があるのです。しかし、それができない。 だから、他のメディアと合体させて記事を目にする人を増やし、 何とか広告を売る、それがコングロマリット化につながっている わけです。しかし、このコングロマリットも、致命的な欠陥を 抱えています。それは何か。待たれよ、次号。 以上



