2009/12/17
【歴史・一日一話】2009.12.17 第953話 日本最後の仇討ち。
【歴史・一日一話】(毎日2分で読める歴史)
第953話 日本最後の仇討ち。
1880年(明治13年)12月17日、福岡・秋月藩士・臼井六郎が
両親の仇(あだ、かたき))を討ち自首しました。
1873年(明治6年)に『仇討ち禁止令」がでてから7年目で、史上
最後の仇討ちとなりました。
江戸時代を舞台にした時代劇では『仇討ち』が登場します。
主人公が無事に仇討ちをして、故郷へと『凱旋』する場面で終わります。
しかし、実際の仇討ちは、時代劇のような華々しいものではありません。
相手は仇討ちをされまいと、日本国中を逃げ回るのですから、そう簡単
にめぐり合えません。
ある学者の調査では、めでたく仇討ちができるのは、全体の数パーセン
トだそうです。
なかには、数十年もかけて仇討ちができた場合もあります。
一生をかけて相手を探しても見つからず、他国で生涯を終えることも珍
しくはなかったでしょう。
『仇討ち』は、『幕藩体制』の矛盾から生み出されたといわれています。
江戸幕府は中央政府といわれていますが、徳川将軍に服従する大名は、
その領地内では、立法権、裁判権を持っていました。
しかし、他の大名の領地では、その権限を行使できません。
大名の領地内で武士同士による殺人事件が起き、殺人者が他国へ逃れた
場合、追求は大名の公的機関は行なえません。
遺族が他国まで追って行き、殺人者に罰を下さなければなりませでした。
それを行なわなければ、家名存続が許されません。
長い年月で、仇討ちの旅がいやになっても、故郷の親族を思うと、途中
で打ち切ることは困難であったでしょう。
『最後の仇討ち』の時、臼井六郎は23歳でした。
臼井六郎は終身刑となりましたが、1890年(明治23年)、大日本
国憲法の発布による恩赦で出獄しました。
1917年(大正6年)、60歳で死去しました。
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
■【歴史・一日一話】(毎日2分で読める歴史)
(メールマガジンID:0000234479)
(第953話)(2009年12月17日号)
・ このマガジンは『まぐまぐ』から発行されています。
http://www.mag2.com/
・ 配信中止は、こちらからどうぞ
http://www.mag2.com/m/0000234479.html
・ 作者は、中澤勇二(台湾名 陳澤民)です。
・ 相互紹介は大歓迎です!
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@


