2009/11/02
【歴史・一日一話】2009.11.02 第908話 アメリカの大統領選挙で、民主党のハリー・S・トルーマンが当選
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第908話 アメリカの大統領選挙で、民主党のハリー・S・トルーマンが当選
1948年(昭和23年)11月2日、アメリカの大統領選挙で、民主
党のハリー・S・トルーマンが、共和党のトーマス・E・デューイ候補
を破って当選しました。
トルーマンは、第二次世界大戦後の世界の枠組みを作り、それによって
日本の戦後に大きな影響を与えました。
そのトルーマンは、1944年(昭和19年)の大統領選挙で、フラン
クリン・D・ルーズベルトとともに立候補し、共和党候補を破って副大
統領となりました。
現在のアメリカ大統領の任期は、長くても2期8年ですが、この時点で
のルーズベルトは3期12年もつとめていました。
当時は第二次世界大戦の末期であり、中途での大統領交代は好ましくな
いということで、ルーズベルトは前例のない4期目の大統領となりまし
た。
しかし、1945年(昭和20年)1月20日の就任から3ヶ月後の4
月12日、ルーズベルトは急死しました。
当日、副大統領のトルーマンが、憲法の規定にしたがって第33代大統
領に就任しました。
この就任にあたって、最も驚いた人物は当人であったでしょう。
カリスマ性のあったルーズベルトに比べて、風采(ふうさい)が上がら
ず地味なトルーマンの前途を危ぶむ人々が多かったといわれています。
しかし、トルーマンは、ポツダム宣言、広島・長崎への原爆投下、国際
連合の創設、東西冷戦の開始、朝鮮戦争への参戦など、多くのできごと
に関係してきました。
特に、ポツダム宣言は、日本の無条件降伏、ソ連の対日参戦を取り決め
ました。
日本にとっては忘れられないものです。
トルーマンが、アメリカ占領下の日本で最高権力を振るったダグラス・
マッカーサーを解任したことは、日本人を驚かせるのに十分でした。
マッカーサーは朝鮮戦争における国連軍司令官でしたが、戦略について、
トルーマンと意見があわず、解任されました。
トルーマンは『全アメリカ軍の最高司令官』の権限を行使しただけでし
たが、マッカーサーの解任は、彼の人気に悪影響を与えました。
中華人民共和国の成立、朝鮮戦争の行き詰まりなどにより、1952年
(昭和27年)の大統領選挙での再選が望めなくなり、立候補の取りや
めを宣言しました。
1972年(昭和47年)12月26日、クリスマスの翌日に死去しま
した。
88歳でした。
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(第908話)(2009年11月02日号)
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