2009/10/29
【歴史・一日一話】2009.10.29 第904話 宣明暦から貞亨暦に改暦
【歴史・一日一話】(毎日2分で読める歴史)
第904話 宣明暦から貞亨暦に改暦
貞亨(じょうきょう)元年(1684年)10月29日、823年間も
使われた宣明暦(せんみょうれき)を廃止し、渋川春海作成の貞亨暦
(じょうきょうれき)に改暦しました。
暦(こよみ、れき)とは、天体の複雑な運行を人間が理解できる年、月、
日の単位に置き換えたものです。
人類が最初に習得した学問は天文学といわれています。
天文学の研究には、数学が必要です。
したがって、天文学と数学は一体になって発達してきたと、作者は考え
ます。
それとともに、暦が生まれ、発達してきました。
しかし、いかなる暦でも、太陽、地球、月の複雑な運行を誤り無く示す
ことは不可能です。
当初は一致しても、長年使っていると、誤差が発生します。
その誤差を無くすために、新たな暦に切り替えることを改暦といいます。
日本で最初の暦は飛鳥時代の604年に採用されたといわれています。
その暦は、朝鮮半島の百済(くだら)から伝えられた『元嘉暦(げんか
れき)』といわれています。
その後、何回も改暦されましたが、いずれも中国の暦がもとになってい
ました。
貞亨暦は、日本人が作成した最初の暦で、中国の暦に日本独自の要素を
取り入れた『太陰太陽暦』です。
この貞亨暦を作成した渋川春海は、この功績を評価されて、幕府の初代
天文方に任じられました。
現在であれば、気象庁長官兼国立天文台長かもしれません。
その後、何度かの改暦が行なわれましたが、『太陰太陽暦』という基本
は変わりませんでした。
弘化元年(1844年)から施行された天保暦が、公式に使用された日
本最後の『太陰太陽暦』となりました。
天保暦(旧暦)の明治5年(1872年)11月19日、明治新政府は、
『改暦の布告』を出し、12月3日をグレゴリオ暦(新暦)の1月1日
にすると宣言しました。
現在であれば、国会で紛糾する問題ですが、当時は反対の声はありませ
んでした。
しかし、師走になってすぐ、正月になってしまったのですから、当時の
人はおおいに混乱したことでしょう。
かつての、日本、中国では改暦は天皇、皇帝の権限でした。
新しい暦を使う使わないは、天皇、皇帝の主権を認めるか認めないでも
ありました。
国際関係では、中国と陸続きの朝鮮の王朝は、その当時の中国王朝の暦
元号を使わざるを得ませんでした。
しかし、海を隔てた日本では、独自の暦、元号を使えました。
国内でも国際でも、『正朔(せいさく)を奉ずる』という表現は、重要
な意味を持っていたのです。
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