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2009/06/19

【歴史・一日一話】2009.06.19 第772話 下関~韓国・釜山の関釜フェリーが就航

【歴史・一日一話】(毎日2分で読める歴史)
・第772話 下関〜韓国・釜山の関釜フェリーが就航 

    1970年(昭和45年)6月19日、下関と韓国・釜山を結ぶ『関釜
    フェリー』が就航を始めました。

  1945年(昭和20年)以前は、日本の領土であった朝鮮半島へは、
  下関から釜山へ『関釜連絡船』が就航していました。

  朝鮮半島から多くの人々が日本へ来ました。

  チョウ・ヨンピルの『釜山港へ帰れ』は、日本へ行ったきり、戻ってこ
  ない、親、息子、娘、友人、そして恋人を待つ歌であると、作者は理解
  しています。

  当時の日本と朝鮮半島の関係を考えなければ、あの歌は理解できないで
  しょう。


  この連絡船は、日本と朝鮮半島を結ぶだけではありませんでした。

  釜山から北へ伸びる鉄道を使うと、鴨緑江を渡って中国へ行けました。

  当時は、38度線などありませんでした。

  シベリア鉄道に乗り継いで、ソ連(当時)のモスクワへ、そしてパリへ
  と足を伸ばせました。

  東京からパリまでの乗車券が発売されていたほどです。

  東京からパリまで、最も連絡がよい場合でも2週間かかりましたが、船
  を利用するのに比べると、半分の日数で行けたのです。


  しかし、太平洋戦争の激化にともない、アメリカ潜水艦の魚雷攻撃で、
  対馬海峡が危険になり、1945年(昭和20年)6月、就航が停止さ
  れました。

  そして、日本の敗戦、韓国の独立により、対馬海峡は『閉ざされた海』
  になりました。

  1965年(昭和40年)6月22日、『日韓基本条約』が締結され
  、日韓関係が正常化しました。

  そして、その5年後、25年ぶりに、対馬海峡は『交流の海』になった
  のです。


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■【歴史・一日一話】(毎日2分で読める歴史)
                    (メールマガジンID:0000234479)
          (第772話)(2009年06月19日号)

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・ 作者は、中澤勇二(台湾名 陳澤民)です。

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