鶴原顕央の【映画批評と物語構成論】  RSSを登録する

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2009/06/29

映画批評0118「愛を読むひと」

┏ 映画批評と物語構成論0118 ┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏


    『愛を読むひと』
      The Reader (08)


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 ケイト・ウィンスレットがアカデミー主演女優賞を受賞したこの映画、
 原題はシンプルに“The Reader”で、翻訳小説もそのまま「朗読者」。
 戦後まもないドイツを舞台に
 「朗読者」の少年と(朗読者ではない)年上の女性が出逢い、
 関係を持ち、秘密を共有する……。

 ラブロマンスな見た目に反して
 後半の展開はヒドく重いです。
 それはこの映画の原作者が法学者だからで
   ──ナチスに関わっていた人間をどう裁くのか?
   ──しかたがなかったとはいえ有罪なのか?
 ケイト・ウィンスレット演じる年上の女性ハンナが
 アウシュビッツで看守をしていた過去が明るみになって、
 その裁判を、法学部の学生になった主人公の少年がたまたま傍聴する。
 物語は一気に法廷ドラマの様相を呈します。
 とはいえ、これが物語の核心ではありません。

 物語の中心は、あくまで、ハンナと少年。この2人の関係です。
 
 ハンナの口から真相が語られないので
 分かりにくいわけですが、
 ハンナが少年のもとをとつぜん去ったのも
 アウシュビッツで自ら率先して看守の職に就いたのも
 すべては彼女が「文字が読めなかった」からで、
 少年とのあいだに問題があったから姿を消したわけではなく、
 車掌をしていたハンナが勤務態度良好で「事務職に昇進させてあげる」と
 上司に言われたから慌てて姿を消し、
 看守の仕事であれば(=事務職ではないから)文字が読めなくとも
 支障なく仕事が出来るはずだ。
 そう考えたから率先してアウシュビッツの仕事に就いた。
 そんな彼女の内情にハタと気づいて、少年は涙を流します。
 そしてここから人生2度目の交流がはじまる。
 涙、涙。

 サラリと読めてしまう原作にくらべて
 この映画のほうがグッと重く感じるのは、
 主演のケイト・ウィンスレットがハンナという1人の女性を
 見事に体現しているからでしょう。

 ケイト・ウィンスレットはドイツ人ではないし、
 劇中で話す言語もドイツ語ではないのだけど、
 それでもケイト・ウィンスレットだからこそのハンナである、と
 ケイト・ウィンスレットがハンナを演じていることには
 なんの違和感もありません。
 むしろケイト・ウィンスレット以外には考えられません。

 ですから
 ケイト・ウィンスレットが劇中で(ドイツ訛りの)英語を話し、
 彼女に合わせてドイツ人役の登場人物全員が英語をしゃべる。
  「アメリカ映画だし」
  「イギリス人女優のケイト・ウィンスレットだし」
    「監督もイギリス人だし」
  「英語吹き替えバージョンみたいなものだと思えば」
 そのこと自体には違和感はありません。

 しかしながら、ドイツの話で、ナチスの話で、
 しかも「文章が読める・読めない」、「文字が書ける・書けない」が
 ストーリー上の重要なポイントなのに、
 画面に映し出されるのは(のも)英語。
 彼女が服役中に必死になって勉強するのも「英語」。
 文字が書けるようになって、頑張って書いて寄越す手紙の文面が「英語」。

 話のリアリティーと、画面のリアリティーが違う!
 これは大問題でしょう。

 「アメリカ映画だから」という理由だけで「英語でいいのか?」は
 常に議論されつづけている問題ではあるし、
 ドイツ語で演じるよりも英語のほうがマーケットが広い。
 それも事実でしょう。
 『紀元前1万年』の人類が英語をしゃべり、
 『スター・ウォーズ』の架空の世界の登場人物たちが英語をしゃべる。
 それを指摘しだしたらキリがないわけですが、
 今回の『愛を読むひと』は(ストーリー自体はフィクションとはいえ)
 リアルな話の、リアルな人間の映画でしょう。
 その「リアルな世界」で
 ドイツ人が母語として『英語』を書き学んでいく(のを見せられる)
 この違和感。

 音声はいくらでも修正できるし、各国語バージョンがあってもいい。
 けれど映像自体が「英語バージョン」というこの妙な大前提。
 製作者が、もし、画面のこの奇妙さに無自覚だとすれば、
 リアリティーを無視しすぎです。
 ケイト・ウィンスレットは無理をしてでも独語をしゃべるべきだったし、
 あるいは吹き替えでも構いません。いずれにせよ
 劇中でハンナが学習すべき言語は絶対に独語であるべきだったのです。
 

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  『愛を読むひと』とは『ジョーズ』が引用される繋がりで
     次週は『トランスフォーマー:リベンジ』を検証します!
       ──トランスフォーム!! ギゴガゴッ!!!


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