鶴原顕央の【映画批評と物語構成論】  RSSを登録する

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2009/04/27

映画批評0109「ミルク」

┏ 映画批評と物語構成論0109 ┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏


    『ミルク』
      Milk (08)


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 サンフランシスコに実在した政治家ハーヴィー・ミルクの人生
 の映画化──。

 84年に作られたドキュメンタリー映画
 『ハーヴェイ・ミルク The Times of Harvey Milk』に着想を得て、
 さらに徹底したリサーチを重ねて作られたこの映画は、
 ハーヴィー・ミルク本人とその周辺にいた「実在の人物」たちを中心にして
 物語が進行してきますが、
 そんななかで1人だけ、具体的ではない、
 抽象的なキャラクターが登場します。
 
 中盤、主人公ミルクに電話をかけてくる車椅子の少年がそれで、彼は
  「ゲイであることが両親にバレて、病院に連れていかれる」
  「いっそ自殺したい」
 とミルクに救いを求めます。
 これに対してミルクは
  「きみは病気なんかじゃない」
 と言って聞かせます。説得します。

 少年の顔は暗がりにいるせいで、良く見えません。
 
 こういうやりとりが実際にあったのかどうかは分かりませんが、
 脚本を読んでみると、このキャラクターのところには
 “BOY”(一年後のシーンでは“YOUNG TEEN”)とだけ書かれており、
 セリフで自分のことを「ポール」と名乗っているにもかかわらず、
 役名は、抽象的な“BOY”であり“YOUNG TEEN”のままです。

 ということは、これは意図した「抽象性」なのでしょう。
  (だから顔がハッキリ見えない)
 この少年は「監督」であり「脚本家」であり「観客」でもある、と。
 あるいはガス・ヴァン・サント監督の過去の作品、
 特に『エレファント』の少年たちの面影を引き継いでいるかのような
 そんな(悩みをかかえた)少年にも見えます。

 ガス・ヴァン・サント監督は、これまでにも
   03年──『エレファント』
   05年──『ラストデイズ』
   07年──『パラノイドパーク』
 と、「死」をテーマにした映画を連続的に手掛けてきました。

   コロンバイン高校銃乱射事件当日の少年少女たち……
   若くして亡くなった伝説のギタリスト、カート・コバーン……
   平凡な少年の内に秘めたる「殺し」の罪の意識……

 実話、フィクション……その内容はさまざまですが、
 これらの作品すべてに「死」が共通しています。
 と同時に……
 登場人物に寄り添うような、同情的で、繊細で優しい視点。
 それがガス・ヴァン・サント作品の特徴でもあります。
 でも彼らは死んでしまう(あるいは悩んでしまう)。

 本作も同様に
 ミルクは(史実どおりに)殺されてしまいます。
 しかしミルクに説得された「少年」は「生きのびる」。
 その一点において本作はサントの(現時点での)集大成であり、
 自身の過去の作品のイメージを重ねつつ、
 あのときの少年少女を救おうとする。
 そして実際に救ってしまう。
 『ハーヴェイ・ミルク The Times of Harvey Milk』という傑作が
 すでにあるのに、あえてドラマ化した意義もそこにあるように思えます。
   (フィクションだからこそ出来ること=寓話の挿入)

 少年の「車椅子」は「どうにも動きがとれない自分」のメタファーと
 とらえることでもできるでしょう。
 現実世界には「ゲイであるかどうか」という悩みだけではなく、
 思春期の少年少女はだれもが何らかの悩みをかかえているはずで、
 コロンバイン高校の少年たちも悩みをかかえていた。
 しかしそれをだれにも相談できない。
 でもハーヴィー・ミルクにだけは相談する(できる)。
 ハーヴィー・ミルクは過去の人物であり、本作は過去の物語のはずなのに
 史実のなかに寓話を1つポンと挟み込むことによって
 少年=脚本家=監督=観客はミルクと1対1で会話をするチャンスを得ます。

 少年は1年後ふたたびミルクに電話をかけてよこします。
  「自殺はしませんでした」
  「あなたに勇気をもらいました」
 と。そしてミルクに得票率で有利に出たことを伝え、
 ミルク自身にも勇気を与える。
 名前すら与えられない抽象的な脇役なのに
 ミルクに希望の光を射し込む重要な役柄となっています。

 この映画を観たことによって、少しでも悩みが軽減され、
 (あるいはハーヴィー・ミルクの活動に参加したような気分になって)
 救われた思いがした観客が、きっと多くいることでしょう。


┏補足説明┏

 この映画と、日本では同じ4月公開の『グラン・トリノ』には
 さまざまな差別用語や俗称が出てきて、難しいわけですが、
 『ミルク』のほうに出てくる
   「アイルランド系アメリカ人を“ミック”と呼ぶ」
 という台詞は、アイルランド系には
 マクフライ(Mcfly)やマクドナルド(McDonald)などの
 Mcではじまる名字が多いので
 アイルランド系をMc=ミック(Mick)と総称し、
 でもすべてのアイルランド系がMcではじまる名前では
 もちろんありません。
 ミルクが「ゲイ」と「ホモ」の言葉のちがいについて説明するときの
 例えとして政敵のダン・ホワイトに用いますが、
 ダン・ホワイト自身がMcではじまる名字ではないので、
 「ねっ、だからゲイとホモは明確に異なるでしょ?」という
 そういうヒネったジョークです。
  (そしてそのジョークをダン・ホワイトはスルーします)
  (不穏な空気はすでに漂っていたわけです!)


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  次週は『スラムドッグ$ミリオネア』を検証します。


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