2009/04/20
映画批評0108「フロスト×ニクソン」
┏ 映画批評と物語構成論0108 ┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏ 『フロスト×ニクソン』 Frost/Nixon (08) ┏┏┏┏┏ 1974年、英国出身のテレビショーホスト、デビッド・フロストは さらなる躍進を遂げるべく、 元アメリカ大統領リチャード・ニクソンへの単独インタビューを申し込む。 ウォーターゲート事件で失脚したニクソン元大統領は 任期の途中で辞任した米国史上唯一の大統領であり、 しかし次期フォード大統領から恩赦を与えられたことで 事実上の「無罪放免」となっていた。 もちろん国民は納得していない。 フロストは、ニクソンから「謝罪」の言葉を聞きだすことができるのか? ……という実際にあった話(の映画化)です。 実際のインタビュー映像は、youtube上に沢山あります。 (youtubeを“Frost Nixon”で検索) ニクソン元大統領を演じるフランク・ランジェラは 実際のニクソン大統領にはあまり似ていませんが、 (もっと猫背で、もっと背が低くて、もっと威圧的) 舞台版と同じキャストでの映画化だと知っていれば納得で、 (「見た目」よりも「見栄え」=演技力!) 実際には無かった逸話として物議を醸している「夜の電話」のシーンも いかにも演劇らしい、中盤の、暗がりの、静かな場面だと思えば、 これも納得です。 タイトルは『フロスト×ニクソン』で、フロストが先で、 英国人が書いた、ロンドンで初上演された作品なので、 (アメリカ映画ですが)英国人のフロストのほうが主人公です。 アメリカンドリームを裏切った男(=ニクソン)を もう一段階落とし込むことで、 逆に自分はアメリカンドリーム(高視聴率で名声)を掴もうとする、 そんなフロスト側の物語になっています。 若造がジジイを蹴落とすことで、のし上がろうとするわけですが、 しかしこれがなかなかうまくいかない。 なぜなら相手は元アメリカ大統領(!)にして稀代の策士(!)。 どんな質問も一般論化して、自分の都合のいい方向に修正してしまう。 狡猾なニクソンにしてみれば「赤子の手をひねるがごとく」です。 果たしてフロストの劣勢は逆転するのか?(=する=実話だから) 休憩を挟んで行なわれるインタビュー収録は、 劇中で、親切にも「ボクシング」という言葉が出てきますが、 意図的に「ボクシングの試合」に似せてあって、 ラウンドが終了するごとに各陣営のセコンドが駆けつけてきて 汗を拭き、傷口を診て、選手を叱咤激励するというボクシングの、 それが、休憩ごとにメイクを直して、両陣営のブレーンがズラリと 駆けつけてきて「次はこうしよう」と耳元でアドバイスをする。 本当に「ボクシングの試合」を観ているようなハラハラ感があります。 (舞台版ではもっと「両陣営」の感覚が顕著=両陣営の語り部) 実際のテレビのフロストのインタビュー映像を見て、 (「これをボクシングのように描けばいい」と) この物語を思いついたことに「機転」と「飛躍」があり、 だからといってテレビ(番組)を なんでもかんでも「映画化」「舞台化」すればいいかというと そうではありません。 たとえば『笑っていいとも!』の「テレホンショッキング」をそのまま 映画化or舞台化しても、それはきっと面白くありません。 映画らしくもないし、舞台らしくもないでしょう。 「まるでアルタにいる気分だな」とは感じるでしょうが、それだけです。 実際のインタビュー映像にはボクシングの要素が無いのに そこにボクシングの要素を「加味」して「ストーリー化」した。 舞台劇にも、映画用にも転用可能な、 そこにこの作品の巧みさがあります。 ┏┏┏┏┏ ┏┏┏┏┏ ┏┏┏┏┏ ┏┏┏┏┏ 春の「史実に基づく映画」其の三、 ──次週はショーン・ペン主演『ミルク』を分析します!!! Copyright(c)Tsuruhara Akihiro. All rights reserved. ┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏



