鶴原顕央の【映画批評と物語構成論】  RSSを登録する

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2009/03/09

映画批評0102「オーストラリア」

┏ 映画批評と物語構成論0102 ┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏┏


    『オーストラリア』
       Australia (08)


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 この映画は
 本編開始直後、というか、スタジオロゴが表示されるよりも前の
 文字どおりの冒頭に、黒地に白字で英語の「注意書き」が表示されますが、
 これに該当する日本語字幕は表示されません。

 この注意書きはアボリジニの「死に関するタブー」についてのもので
 本編でも「死者の名前を口にするな」という台詞がありますが、
 アボリジニの人々には「死」にまつわる厳格な禁忌があり、
  (たとえそれがフィクション上の「死」であろうとも)
 この映画はその禁忌に触れている部分があるので、
 それを事前に警告しておこうという
 つまりは「アボリジニの方々への観賞上のご注意」です。
 
 これと同じ文章は、オーストラリアのテレビ放送でもたまに表示されます。

 この注意書きが日本語字幕化されなかったのは
 アボリジニの人々へのご注意だから
 日本の観客には関係なかろう……という判断なのでしょう。

 逆に言えば、この注意書きが表示されるということは
 この作品が純然たる「オーストラリア映画」であることの証しであり、
 「ああ、オーストラリア映画を観ているのだな」という気にさせられます。
 
 オーストラリア出身の監督、
 オーストラリア出身の俳優による、
 その名も『オーストラリア』。

 大した度胸です。

 日本出身の監督、日本出身の俳優による『日本』。
 あるいはアメリカ出身の監督、アメリカ出身の俳優による『アメリカ』。
 そんな映画は存在しないのですから
 自国の名を冠するだなんて、これは大した度胸です。

 とはいえ、主演のニコール・キッドマンとヒュー・ジャックマンが
 当代きっての世界的トップスターであることに異論はないはずで、
 となると、あとは作品の出来次第。

 物語はおおまかに
   ●「牛の群れを港に連れて行く」までの前半と
   ●「戦時下のオーストラリアの悲劇」の後半
 の、2つに分けることができるはずです。

 第二次世界大戦下のオーストラリアの状況を描くだけなら
 前半部分は必要ありませんが、
 ヒュー・ジャックマン演じるドローヴァーの「牛追い」としての能力が
 後半の、アボリジニの子どもたちを「救い出して連れてくる」シーンに
 繋がっていくので、後半を活かすためには前半が必要。
 2部構成で、長くなるのも致しかたありません。

 問題となるのは、バズ・ラーマンという監督の作風です。

 バズ・ラーマンといえば、まずなによりも
 『ムーラン・ルージュ』であり、『ロミオ+ジュリエット』であり、
 その作風は「絢爛豪華なミュージカル仕立て」として知られています。
 先月の米国アカデミー賞でも中盤のミュージカルパートの選曲と演出を
 任されていました。

 つまるところ、バズ・ラーマン監督に誰もが期待するのは
 そのミュージカルセンスであり、
 しかもそのセンスが健在であることは先のアカデミー賞で証明済み。
 けれども今回の『オーストラリア』はミュージカル仕立てではありません。

 ミュージカル仕立てではないのだけれども、それでも
 序盤の異常なテンションはバズ・ラーマンのいつもの作風を感じさせます。
  (立体の地図の上を飛翔する飛行機=「作り物の世界」感)
  (酒場でのコメディチックな乱闘騒ぎ)
  (トラックに並んで走る時速50km以上? のアボリジニの人々!)

 しかしその「異常」で「陽気」なテンションも序盤の30分までです。
 あとはいたって普通の大作映画になっています。

 「これがあと2時間もつづくのか」と思って観ていると
 普通の映画に落ち着くので、安心して観ていられる。
 逆に「あのテンションはどこに消えたのだ」と思ってしまうと
 序盤とそれ以降で作品のリアル度が違うことに気づいてしまう。

 しかもその序盤の30分にしても
 テンションが異常で、矢継ぎ早なせいで、
   ●アボリジニのスピリチュアルな部分
   ●オーストラリアの果てしなく広がる自然の風景
 などの、通常ならばカットを割らずにもっと長く見せるべき部分が
 スパッと掻き消されてしまっている。

 バズ・ラーマン監督としても
 序盤はいつもどおりにノリノリだったけれども、
 「このままではマズい」と気づいて、
  (「自分の作風(=作り物感覚)はこの作品に合わない」と気づいて)
 普通にした。
 きっとそれが真相でしょう。
 
 ユニークなセンスをもつバズ・ラーマンをもってしても
 大作映画は「普通の大作映画にならざるをえない」。

 大自然を見せないといけないし、大河ドラマを展開させないといけない。

 「大作映画はどれも平凡だ」と批難されることの理由が
 そこにあるように思えてきます。


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 春休み、怒涛のキャラクター映画ラッシュ!!
   次週は、まず……
    『超劇場版ケロロ軍曹 撃侵ドラゴンウォリアーズであります!』
      を検証するであります!!!
         てゆーか 正面衝突?


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