2009/05/12
シネマトコラムvol.90「チェイサー」レビュー
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□ シネマトコラム vol.90 (2009.5.12) *新作レビュー「チェイサー」 *ちょっと蛇足 *次号予告 ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□ *新作レビュー 「チェイサー」 ナ・ホンジン監督 (韓) キム・ユンスク、ハ・ジョンウ、ソ・ヨンヒほか出演 昨年度韓国アカデミー賞6冠、大韓民国映画大賞7冠に輝き、韓国全土で500万人 もの観客を動員した戦慄のサスペンス作品。カンヌ映画祭でも話題となり、ハ リウッドでのリメイクも決定するなど評判を呼んでいる。 2003年から2004年にかけて韓国で起きた猟奇連続殺人事件を元にした本格犯罪 サスペンスで、息つく間もないテンポと緊迫感でぐいぐいと引き込まれる。 衝撃的な結末も強烈なインパクトで心に刺さる。 元刑事のデリヘル経営者、ジュンホ(キム・ユンソク)の店から2人の風俗嬢が 客の元に出向いたまま行方不明になる。この客がどこかに売り飛ばしたと思っ た彼は、残された携帯電話の番号を手がかりに捜索を始め、偶然出くわした携 帯の相手ヨンミン(ハ・ジョンウ)を追跡、格闘し、共に警察に連行される。 取調べに対しヨンミンはあっさりと女性たちを殺害したことを認め、「1人は まだ生きている」と供述するものの、物的証拠が得られぬまま拘束時間の限界 が近づく。元同僚の署員達の的外れな捜査と内紛に業を煮やしたジュンホは、 自らの手で捜索を再開し、最後に派遣したデリヘル嬢ミジン(ソ・ヨンヒ)が、 街のどこかに拘束されているとみて行方を追う。だが容疑者は釈放され、奇跡 的に生き延びたミジンに再び魔の手が迫る。果たしてジュンホはミジンにたど り着けるのか……!? 久々に鮮烈な韓国映画だ。 まず登場人物がそれぞれ濃い。元刑事でありながら風俗店を経営し、マフィア さながらに振る舞うジュンホ、一見普通のオタク青年だが狂気に満ちた内面を 持つヨンミン、いかにも薄幸な貧しいシングルマザーだが気の強いミジン、み んな激情の国の国民性がよく反映されている。もうひとり印象に残るのが、ミ ジンの7歳の娘役の女の子(キム・ユジョン)だ。息詰まる犯罪劇の攻防の中、 一滴のしずくのように彼女の言葉や仕草がとてもみずみずしい。母親似で気が 強く大人とも対峙し、母親思いの彼女の姿が何とも健気だ。 とてもアナログな映画である。追う者も追われる者も走る、走る。格闘シーン も素手と素手、銃は一度も登場せず凶器は身近なモノ。それらがかえって新鮮 さと迫力を生んでいる。 そして映像。 スクリーンに映し出されるのは、繁華街ではなく、ひと気のない路地裏や簡素 な警察署、風俗店といったいわば街の裏の風景。幼い娘と住んでいるミジンの アパート、ヨンミンが乗っ取った資産家の豪邸のうっそうとした木々、徹底的 に「陰」の部分にウエイトを置いていて、これが不気味さと底辺に生きる人達 をくっきりと浮かび上がらせる。雨中の捜索や、彩度を抑えた暗めのトーンは 「殺人の追憶」そっくりだが、このストーリーにはやはりこの映像アレンジし かないだろう。思わずぞくっとする湿度の高さも韓国硬派作品の特徴といえる。 脚本は…… 前半はパーフェクトである。スリルと興味、疾走感、人物像と相関関係、それ らが見事に融合している。しかし肝心の終盤、あるシーンを境にパーフェクト だったシナリオが急に息切れする。これが新人監督の若さだろうか、警察権力 に対しての怒りや嫌悪感を出し過ぎ、結果あまりにも間抜けな捜査のポカが強 調され、作品の緊張感が削がれてしまった感がある。隅々まで冷静な推敲をし ていたら、これはもっと傑作になっていたことだろう。惜しい。 と、観た直後はそう感じたが、調べてみると……詳しくはレビュー下の”ちょ っと蛇足”コーナーで。 さて結末…… 詳細は伏せるが、ハリウッドや日本ではまず絶対にない結末のパターンである。 ハラハラさせて最後は主人公らが勝ったり報われたりという一般的セオリーは なく、そういう映画のお約束に慣れている我々には、この結末は生ぬるい心の 端っこを引っぱたかれたような衝撃で言葉を失う。こういう作品が作れて、し かも受け入れられるところが韓国のすごいところだ。粗野なようで懐が深い。 キャストでは、主役の2人の存在感が際立ち、共にインパクト充分。キム・ユ ンスクの男臭くしゃにむに突進する姿と、ふと見せる失望感の表情の対比が効 いており、荒くれだがやさしいところもある主人公をうまく体現している。 若いハ・ジョンウも役柄をみごとに取り込んでいて、将来性を感じた。 ラストは賛否両論あるだろうが、リアリティーと戦慄感、展開の大胆さは映画 通を充分うならせるものがあり、意欲的な挑戦作として評価したい。 「チェイサー」公式サイト(予告編も観れます) http://www.chaser-movie.com/ ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ *ちょっと蛇足 実際の事件は「ユ・ヨンチョル事件」と呼ばれ、日本でも当時けっこう報道さ れました。 21人を殺害した罪で逮捕された犯人は、その後31人を殺したと供述。そして警 察が証拠を挙げられず2度も逮捕のチャンスを逸し、極めつけはなんと取調べ 中に逃げられるという大失態も! そして実際に犯人を割り出し捕えたのは、 風俗店の店長と店員だったとか。つまり事実もこんな感じだったらしいのです。 どうみてもフィクション上のネタにしかみえないお粗末ぶり、しかしこれが韓 国警察の実態だというから驚きです。我々には嘘っぽく映るそれらが、韓国の 人たちには現実感あふれるリアリティーなのでしょう。そのあたりも韓国で大 ヒットになった理由かもしれません。背景を知ると見方が変わる作品です。 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ *次号予告 次号新作レビューは、「レイチェルの結婚」の予定です。 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ シネマトコラム 発行者 上間秀彦 連絡先 g-note.uema@nifty.com 『まぐまぐ』感想フォーム↓ http://form.mag2.com/trigawiowo 発行板 *『まぐまぐ!』 http://www.mag2.com/ 配信中止はこちら→ http://www.mag2.com/m/0000231303.html *『めろんぱん』http://www.melonpan.net/index.html 配信中止はこちら→ http://www.melonpan.net/mag.php?010476 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥


