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45年に及ぶ大相撲観戦歴に基づき、柏鵬全盛時代から今日の大相撲まで、なつかしい話や応援および鋭い突っ込みも入れるコラムです。

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2009/12/18

相撲コラム「天下泰平記」

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           相撲コラム「天下泰平記」

       大相撲プレイバック~平成16年九州場所

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幕内在位や勝利数で、魁皇の記録が注目された今年の九州場所でしたが、
その魁皇が最も横綱に近づいたのは、言わずと知れた平成16年の九州場
所でした。いつもは30年・40年前が多いのですが、今回はちょっと前、
5年前にプレイバックです。

前場所に13勝2敗で、5度目の優勝を果たした32歳の魁皇。最大で、
そして最後の綱取りのチャンスと思われました。平成16年の魁皇の成績
は、13勝が2回、12勝が1回、11勝が1回、10勝が2回と安定し
円熟の全盛期でした。

初日の相手は琴光喜。現在の対戦成績は16勝24敗と、琴光喜を苦手に
している魁皇。当時の対戦成績は魁皇の6勝8敗と、今ほど苦手ではない
にしても、やはり負け越していました。余談ですが、今振り返ってみると
当時、すでにベテランのイメージがあった両力士の対戦が、まだ15度目
であったというのは意外な感じがします。

琴光喜は今でも少し名残がありますが、良い相撲と悪い相撲がはっきりと
していて、一発勝負のときは思い切った相撲を取るタイプ。初日としては
魁皇にとって厭な力士と当たりました。結果は、琴光喜の立合いの強烈な
当たりから、左を浅くのぞかせて右からのおっつけての一気の押し出し。
押し出しという決まり手は、魁皇が最も避けるべき相撲の展開でした。

「やはり今場所もダメなのか」といった雰囲気の中、しかし魁皇は地道に
勝ち星を重ねます。地道という表現になるのは、この場所の魁皇の相撲は
絶好調時の相撲とは言えず、得意の上手投げも一番だけ。それも左下手を
取って投げに来る栃乃洋が相手で、これは流れの中で当然と思えるもの。
今の魁皇に近い、慎重な寄りの相撲で1敗を守り10日目を迎えました。

魁皇の綱取りに、致命的な黒星をつけたのは白鵬でした。当時の白鵬は、
まだ四つ身の型は出来ていなかったものの、離れてもノド輪や突っ張りが
巧く、これは威力こそ無くとも有利な四つ身に持っていくには充分のもの
でした。両差しになった白鵬が寄り立てるところを、強引な右小手投げを
仕掛ける魁皇。そこを見事に左すくい投げで打ち返すようにして、白鵬は
寄り倒しました。この一番は、相撲内容が充実した熱戦であっただけに、
新旧交代を印象付けた相撲として、目に焼きついています。

昭和の昇進基準であったならば、魁皇は横綱になっていたかもしれないと
いうのは確かにその通りです。魁皇が厳しくなった昇進基準で、大関獲り
に足踏みしていたのは平成8年頃。実際の大関昇進は、その4年後のこと。
もし平成8年に大関昇進を果たしていれば、この大関昇進時が綱取り場所
という位置付けになっていたことでしょう。“もしも”そうなっていたら
平成11年に横綱へ昇進した武蔵丸と、一時代を築いたかもしれません。

対戦成績29勝19敗ながら、横綱対戦では武蔵丸に本割では1勝7敗に
終わった貴乃花より、20勝26敗と接戦だった魁皇―武蔵丸を横綱対決
で見たかったと思います。まさに力感溢れる大相撲となっていたでしょう。

ほとんど妄想の世界ですが・・・。

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この場所の優勝から、朝青龍の7連覇はスタートします。もう5年も前の
こととは、今さらに時の流れは速いものと感じます。まさに朝青龍の独走
時代の幕開けの場所でしたが、白鵬に初黒星を喫したのもこの場所でした。

前頭筆頭で朝青龍・魁皇を破って、12勝3敗の大活躍の白鵬は殊勲賞を。
その白鵬を呼び戻し気味の投げで豪快に破った、入幕2場所目の琴欧洲が
11勝4敗で敢闘賞。朝青龍の連覇スタートの場所に、すでに次代の旗頭
が現われていたわけですね。

この場所で印象に残っているのは三段目で優勝した山本、後の豊真将です。
りっぱな体に精悍な顔立ちは、楽しみな若手が登場したなと思いました。
豊真将はこの9場所後には入幕を果たし、それなりに早い出世でしたが、
当時のワクワク感は今薄らいでいます。

もう一つ忘れられないのは関脇で11勝を上げ、技能賞を獲得した若の里。
受賞インタビューでは、千秋楽の千代大海戦の敗戦の悔しさが残っていて、
喜びどころか驚くほどの無愛想。魁皇戦や琴光喜戦の黒星も、雑な攻めで
のポカ負けの印象があり、それは当時の若の里が、如何に地力があったか
を物語るものでした。

日馬富士(もちろん当時安馬)と稀勢の里の新入幕、そして大関武双山の引
退もこの場所でした。初日の白鵬戦で思いっ切り顔を張られた、武双山の
切ない表情を覚えています。

5年の月日は、長いような短いような・・・。

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