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45年に及ぶ大相撲観戦歴に基づき、柏鵬全盛時代から今日の大相撲まで、なつかしい話や応援および鋭い突っ込みも入れるコラムです。

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2009/10/17

相撲コラム「天下泰平記」

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           相撲コラム「天下泰平記」

         プレイバック秋場所~昭和31年

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昭和31年と言うと、私が生まれる4年前の場所です。生まれる前を振り
返るのは、若干の無理があるかもしれませんが、この場所のことは大相撲
を見始めた頃から、主に父親から話を聞いていました。何度も話して聞か
されたのは、それだけ当時としても印象的な、そしてショッキングな出来
事だったからでしょう。そのために何時の間にかこの場所は、自分が実際
に見た記憶があるかのようになっていました。

昭和31年秋場所を10日後に控えた花籠部屋で、悲劇が起こります。
大関若ノ花(後の若乃花)の長男が煮え立ったチャンコ鍋を全身に浴び火傷
で亡くなるという事故が起こったのです。若ノ花は場所直前まで酒びたり
となり、休場も予想されました。

若ノ花は直近3場所を準優勝・優勝同点・優勝(初優勝) と好成績を続け、
この秋場所は綱取りの場所でした。179センチ・105キロの軽量の体
で大関を張る、若ノ花の土俵が注目されました。

初日から鬼気迫る相撲で連勝を続ける若ノ花は、12戦全勝で優勝争いの
単独トップに立っていたその夜、突然の高熱を発し、優勝をそして横綱を
目前にして緊急入院します。13日目、1敗で追っている横綱鏡里との一
番を無念の不戦敗。14日目は休場となり、優勝争いは13勝1敗の鏡里
がトップに立ちます。千秋楽、逆転優勝の望みを懸けて、出場を予定し横
綱栃錦との割が組まれますが、ここでも棄権を余儀なくされます。最後ま
で執念を見せた若ノ花でしたが、土俵に上がれる状態ではなく、綱取りは
なりませんでした。

もちろん綱取り以上に、長男の事故死を乗り越えて、まさに土俵の鬼と化
した若ノ花の姿が、多くの大相撲ファンの心に刻み込まれた、昭和31年
秋場所でした。

昭和31年と言えば、九州場所が開催されるようになる前年。まだ年4場
所の時代でした。戦後復興と歩を同じくして、大相撲人気も高まり始めた
頃です。栃錦や若ノ花を初めとする力士たちが、大相撲の存続を賭けて、
“お客が喜ぶ相撲を取る”ことに集中していた時代でした。

この場所の番付は横綱に、鉄骨のやぐら千代の山・巨腹の四つ相撲の鏡里
美男の人気横綱吉葉山・そして栃錦。大関は若ノ花・巨人大内山・重戦車
松登。関脇は後の横綱朝汐・後の大関で内掛けの琴ヶ濱。小結に荒法師と
恐れられた玉乃海・両差しの鶴ヶ嶺。そして前頭筆頭には、あの若羽黒。

鳴門海・信夫山・出羽錦・成山・若葉山・時津山・栃光・安念山・潮錦・
岩風・大起等々・・・。幕内力士も個性派の目白押し。

若ノ花が横綱に昇進するのは昭和33年春場所。この秋場所から一年半の
歳月を要しました。そしてそこから二年に及ぶ栃・若の黄金時代が、前述
の個性派力士たちとともに、絢爛と繰り広げられることになるのです。



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