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柏鵬全盛時代から今日の大相撲まで、なつかしい話や応援および鋭い突っ込みも入れるコラムです。

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2008/04/08

相撲コラム「天下泰平記」

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           相撲コラム「天下泰平記」

         プレイバック春場所〜昭和43年

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"荒れる春場所" とは、いつ頃から呼ばれ始めたのでしょうか。定かでは
ありません。実際に他の場所よりも、春場所で横綱以外の力士が優勝して
いることが多いとは、決して言えないようです。

むしろ調整が難しい、厳しい暑さの名古屋場所の方が波乱は多かったよう
に思います。たぶん4横綱や4大関あるいは5大関時代に、番狂わせが多
かったのが春場所だったということではないでしょうか。

結局、横綱が優勝してしまえば、"荒れる"という表現は違うでしょう。
ならば40年前の昭和43年春場所は、まさしく "荒れる春場所" と呼ぶ
にふさわしい場所でした。

この場所は序盤から荒れました。連続優勝をして3連覇を狙っていた横綱
佐田の山が、5日目までに3敗を喫すると、何と6日目に引退を発表して
しまいます。

前場所までは絶好調、30歳になったばかりでの電撃的な引退でした。
この場所は王者大鵬が全休、柏戸はこの頃には内臓疾患もあって、全盛期
の力はもうありませんでした。

優勝争いを引っ張ったのは大関の豊山でした。引退した佐田の山とは横綱
昇進を激しく競ったライバルでした。"学生に負けてたまるか" と立ちはだ
かった佐田の山。その闘争心剥き出しの突っ張り合いは、今でも語り草に
なるほど、ケンカ腰の相撲となりました。

学生横綱からスピード出世した豊山は、"どこまで強くなるのか" と言われ
るほどで、柏鵬とともに一時代を築く力士と期待されていました。しかし、
佐田の山との横綱レースに敗れてから低迷し、昭和43年頃には腰痛のため
不調を極め、直前の6場所では4場所も負け越していました。(当時3場所
連続負け越しで大関陥落)

ライバルの引退で火が点いたのか、豊山は連勝します。端正で物静かな風貌
で人気の高かった豊山。不調もあって、前場所までは憂いを含んだ表情が多
かった豊山の快進撃は、大相撲ファンの心に響くものでした。

過去7場所も12勝以上して1度も優勝の経験が無い豊山に、今場所こそ
優勝してほしい、そんな空気が出来上がります。たぶん多くのファンが、
これが豊山にとって優勝の最後のチャンスになるだろうという予感を共有
していました。

豊山を追いかけたのは小結の麒麟児(後の大麒麟)でした。麒麟児は前年、
琴桜に大関昇進争いで敗れたばかり。それも直前3場所でともに32勝、
直接対決では琴桜を破りながら、麒麟児だけは昇進見送り。一時低迷し、
この場所が復活の場所でした。

14日目、12勝1敗の豊山と11勝2敗の麒麟児が対決します。
猛然と攻め立てる豊山に、粘り腰で応戦する麒麟児。土俵際で勝負を賭けた
豊山は廻しを離して、麒麟児の胸を渾身の力で押します。しかし、麒麟児の
十八番の打っ棄りが決まります。

千秋楽、2敗で豊山・麒麟児・若浪の3人が並び、前頭8枚目の若浪が豊山、
麒麟児と対戦することなく優勝します。豊山と麒麟児は、ともにあっけなく
敗れてしまいました。

       〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

豊山も大麒麟も、横綱をも期待された名大関でした。しかし1度の優勝も
果たせぬまま引退します。

若浪は本当に最近の土俵では見ることが出来なくなった個性派でした。
http://blog.sumomania.com の "あの力士この技" ですぐに取り上げた力士
です。あの細身の体であの吊り出しは、文章ではとても表現できない、凄い
力士でした。

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大相撲ブログ「砂かぶりの夜」 http://blog.sumomania.com
相撲マニア          http://www.sumomania.com

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