舞台への扉・メジャーリーグ通信
2007.7.19
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さて、今回は、7月14日のブログでご紹介した
「ノガモ日記」の続きをお読みいただこうと思います(^^*
少し、長め、です。
でも、笹部の「野鴨」への情熱が伝わって来る文章です。
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「ノガモ」日記 BY Hiroshi Sasabe
本箱に一冊の本があった、ヘンリック・イプセン作「野鴨」。
自分の買い求めた本ではなかった。
イプセンは正直、それほど興味をひかれる作家ではなかった。
というよりどう興味を持っていいのか分からない作家だった。
以前、大竹しのぶで「人形の家」をやったことがある。
しかし、手も足も出なかったという記憶がある。
一体、どうアプローチすれば、面白くなるんだろう、
その見当がつかない。
だから何年も、「野鴨」は手を触れることもなく、
そのまま本箱にあった。
どういう風に吹き回しなんだろうか、
ある日、その本を手に取ってパラパラとページをめくってみた。
そして何げなく読み始め、読み終わった。
読み終わって、異様に興奮していた。
一体、どんな物語なのかはよくわからない。
しかしその沼にはとてつもない怪物が棲んでいる、
そんな気がした。
興奮の理由を探し求めて、今度は少し丁寧に読んでみた。
少しずつ、そこに生きている人間たちの陰影が見えて来た。
そして、その感想をこのように纏めた。
※
イプセン「野鴨」についての考察
分かるのは、イプセンは大いなる興奮と共に、
「野鴨」に取り掛かり、そして大いなる興奮と共に、
「野鴨」を書き上げた、ということである。
今読んでも、その作家の熱意がひしひしと感じられて、
息苦しくなるくらいだ。
しかしそれを読み解くとなると、あまりにもそれが膨大で、
一体どこから手をつけいいのか呆然としてしまう。
作家は巨大なインスピレーションに取り付かれて
ひとつの作品をこの世に残した。
しかし残されたほうはどうも、この「野鴨」という作品を
常にもてあましてきたように思える。
作品の内容はひたすら絶望的である。
いや、絶望的であるよりもむしろグロテスクである。
わたしにはこのドラマに登場する人物のすべてが、
自虐的で救いのないダンスを踊っているように思える。
どこか楽しんで。
作者はこの作品についてこんなコメントを寄せている。
「このドラマの登場人物たちは、
みんなたくさんの欠陥をもっていますが、
長い、毎日の付き合いのおかげで、
これらの人物たちがわたしには限りなく
愛しい者になってしまいました」
一つ一つの言葉に実にたくさんのメッセージが
込められていて、この作品を読み解くのは
とても一筋縄ではいかない。
しかし上演とは一枚の皿に盛られた料理である。
いかにたくさんのプロセスをたどろうと、
それが食卓に出される時は、
美味であるかどうかが問題なのだ。
果たして、この「野鴨」を今の観客にとって、
美味な料理として提示出来るだろうか。
もっともシンプルな美の形として、
今によみがえらせることが出来るのだろうか。
ひとつの答えは、登場人物の誰もが絶望的なダンスを
踊っているということだ。
だとすれば、それを舞台の上に解き放してみよう。
イプセンは一人ひとりの登場人物を明確にイメージし、
この世に送り出している。
ただその一人ひとりが、複雑に屈折し、
心に巨大な闇を抱えているということである。
誰もが極めて個性的で、強烈に存在している。
そして根っこが深い。
この「野鴨」という作品の中で、
誰もが人生という絶望的でグロテスクなダンスを踊っているのだ。
※
台本を書き終えたときは、本気でダンスで
上演できないかと考えた。
しかしその時その時に思い浮かぶ数多くの上演プランが
埋もれていくように、このプランも机の片隅で
埃を被るようになった。
ある時、庭劇団ペニノの「アンダーグランド」
という芝居を見た。
不思議な庭に迷い込み、不思議な幻影をかいま見る、
そんな舞台だった。
見終わって異様に興奮した。
こんなことは、そんなにはないことである。
下北沢にあるスズナリという狭い劇場に、
ジャズのトリオが生演奏をしている。
そこに変に生き生きとした、小人の大人がいて、
遊び戯れている。一方で、強大な男が運び込まれ、
数人の女たちによる手術が始まる。
その手術はどんどんとエスカレートし、
収拾がつかなくなっていく。
小人の男は、水中眼鏡に足ひれをつけて、
そこを自由に出入りして、時々、楽団に指示を与える。
言ってしまえば、舞台はそれだけのことである。
テーマもない、ストーリーもない、
おそらく演技もなければ、言葉もない。
しかし濃密で官能的な時間があった。
そこにあるのは、イメージだけである。
そしてそれを作り出した、タニノクロウなる人物は、
非常にタフな奴だと思った。太平洋を、
何の助けも借りずに泳ぎ切る、それほどタフな奴だと思った。
演劇とは夢見る力である。
そしてタニノクロウには、何よりもその夢見る力が
満ちあふれていた。
その夢は彼にしかみることの出来ない夢だった。
※
しばらくは、「野鴨」とタニノクロウは全く結びつかなかった。
その仲介者は、庭劇団ペニノのプロデューサー
野平久志である。
フリンジの主催で、制作者のための講座をやることになり、
その世話役が野平久志だった。
何回か講座をやった後で、突然、野平久志を呼び出して、
「イプセン『野鴨』についての考察」を渡し、
タニノクロウの演出で「野鴨」が出来ないかと、
相談を持ちかけた。
エクダル老人が彷徨う夢の狩り場とペニノの不思議な庭が、
突然重なったのだ。
イプセンというと、社会劇であり問題劇であり、
日本の新劇のシンボルのように思われるが、
実は新劇的なリアリズムとこれほど遠い作家は
いないのではないだろうか。
ぼくはずっとイプセンという作家に手も足も出なかった。
彼はなぜ、「人形の家」という作品を書いたのだろうか。
そこに彼は何を描き出そうとしたのだろうか。
それはつまりは、心に起こったことではないだろうか。
それは外から捉えることも、
外から造形することも出来ないものだ。
それまでなかったものが、ある日突然、
心の中に巻き起こり、それがその人間を突き動かす。
イプセンは、その巨大な心の中のものを描き出したかったのだ。
マクベスもフェードルも、その心の中に巻き起こった、
巨大な感情に支配されて、行動する。
おそらくノラも同様なのではないだろうか。
ノラがマクベスやフェードルと同様、
今でも、命を持ち続けているのは、
そこに起こった感情が真実のほんものの感情だからだ。
イプセンは、自分の内面と向き合い、
また人間の心の中に起こっていることと向き合って
作品を書いて来た、それだけの話ではないだろうか。
心に起こったことは、いわゆる新劇的なリアリズムで
演じることが出来ない。
つまり新劇的なリアリズムは、説明である。
テーマの説明、ストーリーの説明、人物の説明・・・
心に起こったことは、自分の心の中で体験する以外に方法がない。
イプセンの特殊性は、一人一人の人物に一冊の本が書けるほど
膨大な情報が込められているということだ。
例えば、「野鴨」という作品にヴェルレなる人物が登場する。
権力とお金と女に目がない。それを手に入れるためなら、
どんなこともためらわずにやってのける。
そんな人間は、どんな時代にも、どんな国にも
どこにでもいるに違いない。
しかしイプセンは、そのヴェルレなる人物に
どんな批評も解説も説明もしていない。
どんな人間なのかということについては、空白のままなのだ。
極めてリアルで、巨大な存在感があるけれど、
その存在はあまりにも曖昧なのだ。
もしかして、イプセンの特殊性は、
人物一人ひとりへの膨大な情報量と、
その空白と曖昧さにあるのではないのだろうか。
そしてイプセンを演じるとは、その両方を一度に引き受け、
受け入れることではないだろうか。
イプセンを演ずるとは、つまりその暗闇に閉ざされた
空虚な建物の中へ入っていくことなのだ。
そして俳優は心の中に起こることという明かりを手がかりに、
その巨大な迷宮の中を彷徨うしかないのだ。
そして僕がタニノクロウの舞台見て感じたことは、
彼は心の迷宮の散歩者だということだ。
タニノクロウに、イプセンという迷宮を彷徨わせてみよう。
彼の目には、あの悲惨でグロテスクな人生という泥沼は、
どのように映るのだろうか。
演劇とは自分と向き合うことであり、人間と向き合うことである。
イプセンの世界はまさにそうだ。
タニノクロウの一方の職業は、精神科医である。
つまり、自分の心を覗き込み、
人の心と対話するのが彼の仕事なのだ。
イプセンとタニノクロウ、
これはなかなかスリリングな出会いと言えないだろうか。
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
「野鴨」と「タニノクロウ」が結びついた時の
興奮した笹部の顔が忘れられません。
実は、ダンス作品としての企画書を、
とある演出家に読んでもらったこともありました。
その為のキャスティングをすすめていたこともありました。
でも、うまくいかなかった。。。。。
企画は、笹部の中で、いつも、たくさん、
ぐるぐるしてます(笑い
その中で、みなさまにご覧いただける作品って、
ひらめき、出会い、演劇の神様からいただく幸運。。。。。
おそらく、それらが、絶妙にからみあって、
生まれてくるのでしょうね。
「野鴨」のチケット先行予約は
今週の土曜日、7月21日10時〜です。
新しいシステムです。
当日スムーズにご予約いただく為に、
事前のご登録をおすすめしています。
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現役の精神科医でもあり、画家でもある
「野鴨」演出のタニノクロウさん。
シアター1010ミニシアターを下見のとき、
アッという間に、6時間(?)が過ぎてしまったとか?!
笹部
「彼の中で、イメージが立体的に見えてきたんだろうね。
帰んないんだよ(笑い)
笹部はギーナ役の石田えりさんに宛てたお手紙の中で
「ぼくは今、演劇はちょうど変わり目かなと考えています。
そろそろ野田秀樹や三谷幸喜や松尾スズキの時代から、
新しい世代が出てくる、その準備の時期のように
思えるのです。
今回演出のタニノクロウは、
その次の時代を担う第一の候補だと思っています」
それを受けて、えりさん。
足立朝日の取材の時のコメントです。
「今の日本は、採算優先か趣味の域を出ない芝居がほとんどで、
純粋に演劇を体験できる舞台は少ないと思う。
『野鴨』という素材の良さと、笹部さんが探し出した
演出家・タニノさんという逸材に興味を持った。
このチャンスと、自分の俳優としてのタイミングが
奇跡のように出会ったという感じがする。
演劇とは本来もっと可能性のあるもの。
『ちゃんとした芝居をやっても大丈夫なんだ』
という実績を示すことで第2、第3の笹部さんが
登場すれば演劇界はもっと面白いものになるはず。
文化のレベルが高い国は、社会が成熟していて
人々がより穏やかな上、情熱的でコミュニケーションが
もっと直接的で自由な気がする」
さて、コミュニケーションが情熱的で直接的で自由なえりさん。
「笹部!富士山に登るぞ!」
と、なぜか、おっしゃいます(笑い
実は、7月12日に決行予定でしたが、雨天順延。
登山の様子は、また、お伝えしますね(^0^)
さぁ準備はよろしいですか。
ご一緒に舞台への扉をひらきましょう。
劇場でお待ちしています。
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