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2007/06/15

舞台への扉・メジャーリーグ通信

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2007.6.14

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今日も音声なしでのお届けとなります。
ゴメンナサイ!
なかなか、インタビューメッセージをいただくチャンスがなくて。。。
(お稽古はじまるといいんですけどねー)


さて、
最近のメルマガでは、
笹部が芝居製作を始めた頃の企画書をご紹介しています。


今回は、その総括篇として、福岡で講座をさせていただいた時の
おはなしをご紹介します。


平成9年・福岡舞台芸術講座「舞台を生み出す秘訣」


少し、長めですので、休み休み読んでいただれたら嬉しいです!


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

■「身毒丸」が完成するまでのいきさつ

 笹部と言います。芝居の制作をやっています。
最初は演劇関係の出版社をやってい たんですが、戯曲は売れないんで、
どうすれば売れるかを考えて、自分たちが出版し た戯曲が
話題になれば売れるだろうと、「審判」という芝居を企画しました。
江守徹 さんさんが主演だったこともあり、この舞台が、
大きな話題になりまして、
なかなか 売れない戯曲がアッという間に売れました。
「これはいいな」と思いましてそれから 出版した戯曲を企画する形で、
大竹しのぶさんの「奇跡の人」や「ローゼンクランツ とギルデンスターンは
死んだ」など、まず出版した戯曲を舞台化するということから 始めました。

 さて、これから寺山修司(1936〜1983年)さん原作の「身毒丸」の
ビデオを上映し ます。
寺山さんとは、彼が亡くなる3年ほど前に知りあいました。
15年ほど前なんで すが、寺山さんの戯曲を出版したのが縁でした。
寺山さんの「身毒丸」を読んで、
 「これだったらできるかな」と考えていました。

 なぜ「身毒丸」という芝居に魅かれたのかといえば、
これが音楽劇だからです。
日 本では音楽劇がなかなか成立しないと思っていたんですが、
寺山さんのこの音楽劇は 日本的な土壌のなかで音楽と物語が
見事に融合していると思ったんです。「しんとく 丸」とはもともとが説教節で、
中世の「ささら」、つまりこじき彷主が辻で物語った 話なんですね。
その当時の大衆が愛したヒーローの物語で、堕ちていくヒーローとい うか、
もともと生まれがいいのだけれど、いろんなことがあって、
悲惨な目にあう少 年の物語の一つが「しんとく丸」なのです。
それを現代的にアレンジして、現代的な 音楽で上演したのが
寺山さんの「身毒丸」だったんですね。

 この作品を僕は15年くらい前から、自分なりのコンセプトで
やりたいと思ってい ました。そして5年くらい前にたまたま「ラヴ」という
ミュージカルをやった。市村 正親さんと鳳蘭さんと西城秀樹さんの
3人だけのミュージカル。その時の音楽監督だっ たのが宮川彬良さん
という音楽家でした。ちょうど大阪の公演をやっていまして、
宮 川さん「ちょっと飲もうか」という話になって、お互いに
日本のミュージカルをやり たいんだということになったんです。
僕は「身毒丸」を新しい音楽でやりたいという ことを話して、
「一緒にやろう」ということになったんです。

 たまたま一緒に仕事をしている女性が、
「武田真治君という面白いキャラクターの 子がいるよ」と言って、
彼が出ている「笑っていいとも」のビデオなどを持ってきて くれたのです。

 彼女が考えていたのは全然別の企画なんですが、
「彼で何か考えない?」と言って くれた。
その時、僕の中の「身毒丸」のヒーローと武田君が重なって、
この子が「身 毒丸」をやると、きっとセクシーでミステリアスなもの
になると思った。
そこで武田 君が所属する事務所のホリプロの担当者と話をしたんです。

 普通、こうした話はなかなか通らないのですが、
前向きに考えてくれて「それでは 武田真治を出しましょう」と。
しかも「ホリプロファクトリーも一緒に制作もやりた い」
という話になったんです。
次は演出家をどうするのかという話になったんですが、
 何人かの候補はあったものの、
「これはビジュアルが重要な芝居なので、やっぱり蜷 川幸雄さんだよね」
ってことになった。蜷川さんに会って話したら、話はわずか3分 で、
蜷川さんが「それ、やる」って言ってくれた。

 「主演の女優はどうしようか」ということになって、
そのころから僕は白石加代子 のマネージャーもやっていたので、
白石加代子ってイメージもあったのだけれど、反 対に自分のところの
役者だから、遠慮して考えちゃうところがあって、ホリプロの人
 に相談したら、「白石さんでいこう」と。

 寺山さんの台本は、寺山さんの演出プランなんです。
そこで新しいコンセプトで新 しい本を作りたい、
「身毒丸」を書き直して欲しいと、共同台本の岸田理生さんに相 談しました。

 放浪している女が、母覿として買われる。
それはいわば置き物として買われたわけ で、
夫は彼女を女としては必要としていない。
そこで彼女は義理の息子に恋をする。 
その息子も義理の母に恋をする、という禁断の
愛の物語に書き換えてくれました。そ れがうまくいった。
今からそのビデオを上映します。

  《「身毒丸」のビデオ上映》

■芝居は出会いの連続、出会いによって芝居が出来る

笹部 
今見ていただいたシーンは芝居の冒頭から10分ほどのところで、
一番重要な シーンです。家を持たないジプシーの女が、
家に入るプロセスをこの短い時間で描い たのです。

 実は、この芝居の稽古に入る前に、セットの打ち合わせなどに
3カ月くらいかけた んです。稽古に入る前に、蜷川さんはイスラエルに
行ってある日突然、イスラエルか ら「セットプランを白紙に戻したい」
と電話がかかってきた。こちらからは電話もか けられない。
で、結局、セットプランが白紙の状態で稽古が始まったんです。   

 天井から火花が降って来て、異形の人たちが舞台前面に
ゆっくりと歩いてくる、そ れは時代に取り残された町と置き去りにされた
人たちなわけなんですが、その不思議 なオープニングの情景
から始まって、あれが欲しい、これが欲しいとセットプラ ンを考えながら、
2週間で瞬く間に舞台が出来ていく、面白い稽古場でした。
蜷川さ んはインスピレーション全開といった感じで、
スタッフは非常に迷惑でしたが、とても刺激的で、面白い現場でした。
寺山さんの原作を読んで、目で見て楽しくて耳でも楽しめて、
心でも楽しめるエンターテイメント、それをやってみたかった。
この作品は、僕も蜷川さんも好きなもので、これが僕と蜷川さんの出会いでした。

 芝居というのは出会いの連続なんですね。
寺山さんの本を出版して、この本が面白 いなと感じ、
宮川彬良さんという音楽家と知りあい、この人の音楽で
「身毒丸」をや りたいと思い、たまたま知った武田真治さんに
凄いインパクトを感じて、出演依頼し たら受けてくれて、
蜷川さんが演出をやって、というふうにいろんな出会いによって 
芝居が出来ていく。そのことをまず、お話したかったのです。

笹部 
今日は話す内容は決めていません。
みなさんが、芝居はどうして立ち上がっ ていくのか、
プロデューサーはどういう仕事をするのか、キャストをどう考えるのか、
 台本をどう読み込むのかなど質問があれば、
それに応えていく方法が面白いだろうな と、
質問用紙を用意してきましたので、記入して、助けていただければ…。

会場から 
芝居のキャスティングについてですが、白石さんは「百物語」の
時とイ メージが違いますよね、妖艶な感じがする。
ちょっとイメージが違うのですが…。

笹部 
白石さんは怖いとか迫力があるとか言われているけど、
日常では気のいいお ばさんですね。武田くんはナイーブで、
稽古場では、「事務所が決めた仕事だからあ まりやりたくない」という
態度をとっていて、せりふ読んでも聞こえない。
蜷川さん もずいぶん我慢強くて、けっして急がせない‥・、
少しずつ馴染んできて1週間目に やっとニコツと笑った。
その時、みんなが「あっ、笑った、笑った」って・・・。

 蜷川さんが上手だなと思うのは、何も言わないんだけれど、
だんだん外から追い込 んでいく。周りから作っていく。
武田真治のポジションだけ開けて演技するのを待っ ているわけ。
彼に「生きろよ、役を生きなきゃこの芝居は成立しないよ」と仕向ける。

 そうすると、武田さんは根性があって、センスがあって、
頭のいい人だから、見事 に応える。なかなか感動的な現場でした。
特に「身毒丸」の現場は好きでしたね。武 田さんは戦意を見せない、
「明日は来るかな、明日、来ないんじゃないかな」という
 スリリングな感じで毎日、稽古場で彼を待っていたんです。

 このビデオは、本番前のゲネプロの演技なんですが、
本番前の不安な状況での演技 に、鮮度があって面白い。
反対に慣れてしまうと、心の不安なものが表せない。
こう いうビデオを残せたのは面白いですね。

 蜷川さんは「俺の前にカメラを置くな」と怒る。
ゲネプロの稽古をやっているんだ から、本番前、
だからカメラは入れたくない。
「俺の視線の先にカメラ があったら蹴飛ばすからな」と言っていました。

■「身毒丸」が示した音楽劇の可能性

会場から 
「身毒丸」はとてもいいお芝居だと、
新開や雑誌で評判が高いのですが、 福岡の公演予定はありませんか。

笹部 
福岡でもやりたいと思います。ただ、武田くんのポリシーで、
「一度やった ことは繰り返したくない」と言っているので、
それは大事にしたい。彼には彼の考え 方がありますから。
キャストを代えて、新しい「身睾丸」をやりたいと考えています。
 (この後、大掛かりなオーディションがあって、
二代目身毒丸の「藤原竜也」が出演 する。
僕たちはこの「身毒丸」をついている芝居だといつも話している。
ピンチな状 態でも作品の力でいつもいい方向に向かっていくのだ)

会場から
 演出家の蜷川さんは、灰皿を投げるという伝説があります。
その伝説が 一人歩きしているようですが、実際はどうなのですか。
稽古中の蜷川さんの横顔はど うなんですか。

笹部
 蜷川さんはすごく優しい人で、ナイーブでどちらかといえば小心者。
灰皿を 投げるのは、僕は見たことがない。
ちょっとしたパフォーマンスで、役者にダメ出し するとき
「バカヤロー」とか「お前はすぐ田舎へ帰れ」「感性バカ」というダメが多 い
のですけど、役者にサービスしているダメですね。
役者を傷つけるのではなくて、 悪口を言って発奮させる、
愛情としての悪口なんですね。
蜷川さんがそう言うと、役 者さんはみんな喜んでいます。

 「昔、俺も若かったから、イライラして灰皿を投げたけど、
最近は大人になって、 丸くなった」とか言って、
「お前ももっと大人になんなきゃいけないぞ」なんて言う ので、
「蜷川さんにだけは言われたくない」と切り返しています。

 最近は会っていないんですが、蜷川さんは代わりのいない人で、
大きな才能を持っ た方だから、いつまでも元気でいて欲しい。

会場から 
白石加代子さんは前に日本舞踊をやられていたのですか?
 一度見たこ とがあるのですが・・・。

笹部 
「小さいころはじっとしていられない子どもで、
が日本舞踊を習わせると 少しは落ち着くかなと習わされた。
日本舞踊を子どものころ習ったのは、自分の舞台 にものすごく
役に立った」と言っていました。

会場から 
講演のなかで、「日本では音楽劇が成立しにくい」
とおっしゃられてい ましたが、それについて詳しく教えてください。

笹部
 音楽劇というのは、ミュージカルのことですが、僕の偏見なのでしょうが、
 どうも借り物のような気がします。向こうのミュージカルは生活の中から、
歌とか踊 りが出てきていますが、日本の創作ミュージカルは、
見ていて気持ちが落ち着かない なという、居心地の悪さを感じてしまうんです。

 寺山さんの「身毒丸」は演劇の中で果たす音楽の役割の新たな可能性を
示してくれ た気がした。だから僕なりにそれを発展させたいと宮川さんと
その話をした。これは 答えではないのですが、模索の結果みたいなものです。

 これを発展させるとオペラになるんですね。
藤圭子さんが歌っているパーツを、白 石さんが歌ってもかまわない。
ただ、日本には歌って、踊って、演技することが出来 る
役者さんというのはほんとに少ない。

 この前「ラヴ」というミュージカルをやったのです。
3人しか出ないミュージカル だったんですが、華があって、演技も出来る
3人のキャストが出来るまで2年くらいか かりました。
自分が見たいなという芝居ってありますよね、自分が関わった芝居は、
 たいてい、客観的に見て「これだったらいいかな」と思うけど、
音楽劇をやる場合、 自分のイメージどおりの役者さんがいない。
それが日本でミュージカルを企画する時 の課題だと思います。

■本屋勤めから戯曲出版へ。そして演劇プロデューサーヘ

会場から 
この仕事に入られたきっかけは何ですか?

笹部
 1970年には大学生だったんですよね。
で、大学を出ても定職につかないで、 ただぶらぶらしてた。
何をしていいかもわからない。
今思えば一番自分にとって辛い 時代でした。
朝起きて何もすることがない、誰も自分を必要としてくれない、
社会と の接点が見つからない、そんな時代が結樺長かった。
たまたま新開の広告を見ていた ら、
本屋さんの店員募集広告があって、そこに勤めたんです。
友達は「2カ月も続か ないよ」といっていた。
僕もそんなに続かないだろうと思っていたんですが、
結構そ の仕事が性にあっていた。

 本屋に行って、書店の人に「この本ありますか」と開いても、
なかなかすぐには答 えてくれないですよね。
僕は開かれて即座に「その本は、どこどこの棚の、右から何 冊目にある」と
意外にスラスラ答えられた。お客さんがうれしそうな顔をする。
本屋 の店員をやったことは僕にとって重要なことで、
自分と社会の接点が見つかった、自 分が生きていてよかったなと思える、
つまり社会の役に立つことが出来た。単純なこ とだけど、
「その本ありますか」と開かれて、開いてくれた人に対してちゃんと情報
 が伝えられるという、人生の中での接点が見つかった。

 もともと演劇が好きだったんですが、どこも仲間に入れてくれない。
それで本屋を やりながら、演劇書の出版をはじめた。
本が売れないから、その本を上演してくれれ ば売れるかなと
最初に「審判」という本を出したんです。モノローグ劇で、
戦争で捕 虜になって地下牢に入れられてそのまま置き去りにされた
7人の男の物語、60日後に 見つかったときはふたりだけ生き残って
いたんですがひとりは発狂していたという、 非情で凄惨な、
仲間の肉を食べて生きのびた男の話なんですが、
本がとてもよく書け てたんです。

 これはある意味で男の愛の物語です。
出版したとき、いろんな役者さんが「やりた い」と言ってきた。
江守徹さん、仲代達也さん、その他にも何人かの
当時有名な役者 さんたちが興味を持ってくれた。
そして江守さんがやって評判を呼んだ。
もともと演 劇には興味があって、
演劇への入口が戯曲だったということです。

 僕にとってラッキーだったのは、
戯曲を読むことが習慣になっていたこと。
そのう ち戯曲を興行に変えていくにはどうしたらいいか
考えなければならなくなった。評判 にならなければ本が売れない。
その戯曲に今の時代の中で観客が興味を持ってくれる
 ようにするにはどうすればいいのか、それを考えた。

 自分たちの企画した芝居が、比較的上手くいって
そのうち自分たちで制作もする ようになっていって、
今に至っています。僕にとってはかなり最初の企画作品ですが、
 大竹しのぶさんの「奇跡の人」のビデオのワンシーンだけを見てください。

《「奇跡の人」のビデオ上映》

■アニー・サリヴァンが愛する心を取り戻す話

 この場面は「奇跡の人」という芝居の中でアニー・サリヴァンという
教師が、自分 の生い立ちを喋るシーンなんです。
この言葉の中に、この芝居のエッセンスがほとん ど入っている。
この芝居を企画するきっかけになったのはヘレン・ケラーよりも
アニー ・サリヴァンをベースにした評伝がありまして、
それを読んだことです。彼女の生い 立ちが詳しく書いてあって、
いかにアニー・サリヴァンが辛く屈辱的な人生を
生きてきたかが詳しく書いてある。

 父親はアイルランドから移民してきた最下層の人間なんです。
酔っ払いで喧嘩早く て、口ばっかりの共産党貝で、無責任。
母親はどちらかというと、優しい人なんだけ ど、
気が弱くて守ってくれない。その母親も早く死んでしまう。

 父覿はどこかへ行ってしまい、親戚を転々とたらい回しされて、
落ち着く先は養護 院。社会のマイノリティーを全部集めているところ。
行きどころのない病気の老人、 売春婦が産み落とした子供たち、
ゴミを集めてフタしたような場所に目が悪いアニー・ サリヴァンと
弟のジミーのふたりが入れられる。ふたりの唯−の遊び場は
死体置き場 で、そこではネズミが友達だった。

 彼女はこの世でたった一人、弟のジミーだけを愛する。
その弟も病気で死んでしま う。その時、彼女は
「もう絶対人を愛さない」と思う。反骨心があり、誰とでも喧嘩 する。
コンプレックスが強く、頑固で、融通が利かない、
そんな彼女が盲学校へ進学 する。そこでも喧嘩ばかりしている
鼻つまみものなんですが、優秀な成績で卒業する。 
しかしそこを出ると行くところがない、そこへヘレン・ケラーの家庭教師の
仕事が舞 い込んでくる。彼女にとっては初めての仕事。
ケラー家は立派な家庭教師が来ると思っ て待っている。
ヘレン・ケラーのお母さんはポロポロの状態で現れた女の子を
見て 「あんたはいくつ」と聞くと、その子は「私は10代ではありません」
と答える。この芝居は、そういうところから始まっている。

 立派な先生じゃないんです。むしろその反対。
その時、浮かんだのが大竹しのぶさ んだった。
初演のころは大竹さんも20歳代でした。

 大竹さんに「これはサリヴァンがヘレン・ケラーを助ける話ではなくて、
反対にサ リヴァンがヘレン・ケラーに助けられる話なんだ」と話した。
ヘレン・ケラーを通し て、彼女が愛する心を取り戻す話、
そうしたほうが面白いじゃない。
だからこの先生 の役は大竹しのぶさんでなければならなかった。

 しのぶさんは「私、ヘレン・ケラーをやるつもりでしたのに」
と笑っていました。  
みんなはしのぶさんがヘレン・ケラーをやったと勘違いしている。
でもあの人はア ニー・サリヴァンしかやっていない。

 この前会って話したときには、
「私、今度はヘレン・ケラーをやりたい」とか言っ ていましたけどね。

 これまでのアニー・サリヴァンは、オールドミス的な厳しい先生
というイメージだっ た。映画でサリヴァンを演じた
アン・バンクラフトもそれに近い。
しかし、僕はアニー ・サリヴァンは、心の中に解決でさない問題と
矛盾をいっぱい抱えている人間と考え た。
実際、評伝を読むとそのような意味のことを言っている。

 アニーは、「もしヘレンが私に出会っていなければと、
よく質問されるけれど、も し私がヘレンに出会っていなかったなら、
私の人生はどうなっていただろう」と書い ています。
お互いのなかに答えがある。神様が出会い演出する。
人生の意味は、その 出会いを通して少しづつ見えてくる。
これは、芝居にとっても重要なことだと思いま す。

 「奇跡の人」の芝居を企画するときにやりたいと思ったことは、
そういうことでし た。あの芝居に出てくる人は、
みんな心の中に問題を抱えている。妻は夫と上手くい かない、
夫は家族とどうコミュニケーションをとっていいのかわからない。
息子は息 子で「誰も僕を愛してくれない」と思っている。
みんなが心の問題を抱えている。そ の心の問題と闘っ ている。
闘うことで心の問題を克服していく。
そういう芝居になればいいなと思った んです。

■演出家次第で、芝居は生きもし死にもする

会場から
 歌舞伎の坂東八十助さんが「奇跡の人」の名古屋公演を
ご覧になって 「舞台は映画とはまったく空気が違う。すごく感動した」
と感想を述べられたそうで すが…。

笹部
 今回悩んだのはヘレン・ケラーのキャストで、
先ほど上映したビデオでは中 島朋子さんがやってくれて、
素晴らしく良かったんです。で、次は、誰にしようかと 迷った。
そんな時「近松心中物語」を見にいって、
寺嶋しのぶさんを見て「この人」 だと思った。

 寺嶋さんに「奇跡の人」の台本を渡した時、
「これはキングコングとゴジラの芝居 だよ」と言ったら、
寺嶋さんが「私どっち?」って開いてきたので
「あんたは、ゴジ ラの方、火を吐く役だよ」と答えた。

 ヘレン・ケラーとアニー・サリヴァンをやる役者は、
キングコングとゴジラみたい な怪物でないと面白くない。
中島朋子さんのヘレンは、完ペきなヘレンだった。
完成 度の高い公演だった。 

 そこで寺嶋さんに「ボクシングの試合を見ているような、
その瞬間、その瞬間がエ キサイティングでハプニングが
いっぱいある芝居にしたい」と言った。

 すると彼女は「私、火を吐く練習をしなくちゃ」と
訳の分からないことを言ってい ましたけど。(笑い)

会場から
 最近すごく脚光を浴びている寺嶋しのぶさんは、
どういう人ですか。

笹部 寺嶋さんはとても可愛い子ですよ
。久しぶりに出てさた舞台女優、10年に一 人の役者ですね。
大竹さんがそういう感じだけれど、寺嶋さんも有望な舞台女優で、
 心底ほれましたね。大事に育ってほしい。
わがままなところはあるのでしょうが、
芝 居に関しては正直な人、率直で、屈折していない。
役者さんは屈折している人が多い けど、まっすぐに生きてきた、
利かん気の強い、いいところのお嬢さんという感じが します。

会場から
 もう一人の大竹しのぶさんは?

笹部
 なかなか本当のことが言えないけれど(笑い)。
大竹さんは、決して逃げな い。舞台が戦場なんですね。
勝つゲームもあり、負けるゲームもある。
あの人は戦死 するまで闘う人。闘争心という意味では
、あの人の右に出る人はいない。闘犬みたい な人、
芝居への情熱はすごい。それが彼女のよりどころなんですね。
明石家さんまさ んと結婚して、完全に女優をやめていたとき、
彼女は死んでいた。演技していないと 酸素不足、
呼吸困難に陥る。猫がツメを研ぐように、
彼女にとって演じるということ が生きるうえで不可欠なんです。
役者としては貴重な人、すごい感動を作ってくれる 人ですね。

会場から 
役者の演技を引きだす演劇プロデューサーは、
格闘家のようなものと思 いますが、コツは?

笹部
 そう、調教師ですよね。(笑い)
一緒に芝席を作るという、同じ方向に走っ てるのだから、
裏切らないよという信頼感、普段は役者さんとはつきあい
たくもない けど、芝居を作るという点では同志で、
利害関係がはっきりした者同志。役者はすご いと思うし尊敬します。
俳優って仕事はとても過酷なんです。俳優という字は「人に 非ず」と
書きますね.「人に非ず、優れたもの」というだけあって
俳優はやはりど こか違いますよね。

会場から 
たとえば「奇跡の人」を演じる場合、
せりふと動作は演出家によって変 りますか?

笹部 
役者というのは、演出家の指し示す方向に走る。
演出家は目的地を定める。 目的地を決められない演出家は困ります。
その役の中で何が起こっているのかを、役 者にはっきり指示出来る
演出家でなければ。演技というのは役の中に起こっているこ とを、
俳優の中で起こすこと、役が体験している感情を俳優も体験すること、
それが 演技だと思う。今、何が起こっているのか、
なぜそういう感情が生まわるのか、それ をきちんと具体的に説明できる
人がいい演出家なんです。演出によって芝居が生きた り死んだりするので、
演出家は芝居のポジションのなかで、もっとも重要だと思いま す。

■キャストは興行と作品の質のふたつで考える

会場から 
白石加代子さん、大竹しのぶさん、南果歩さん、緑魔子さんらの
キャス ティングをするにあたって、
どういうところに注意されているのかをお伺いします。

笹部 
基本的には、チャンスにヒットが打てる役者が好きです。
見逃し三振は嫌な んです。その瞬間、役のなかで起こった感情を、
ちゃんと心の中でヒットさせて表現 に結びつける、
そういう瞬発カのある役者が好きです。
どうしても個性が強い人が多いから、
この質問には多彩な答え方が出来る。
どの角度で答えるのか非常に悩むんだけど、
一般的にはプロデューサーが
どういう基準でキャストを決めるのかというと、まず一番 な事なのは
興行だから、お客が入るキャスティングをすることが第一。
「身毒丸」の 武田真治くんや「奇跡の人」の大竹しのぶさんは、
興行のことを考えてのキャスティ ングなんです。

 同時に考えるのは、作品のためのキャストですね。
たとえばアニー・サリヴァンと いう役なら、一番強いインパクトで、
一番強い感動、一番お客の記憶に残る演技で演 じられる役者は誰か。
興行と作品の質の両面で考える。

 一番お客を呼んでくれて、一番お客さんを感動させてくれる人が
いいわけで、それ にマッチする人をキャスティングする。

 芝居で重要なことは、「観客がいないと、芝居は成立しない」
ということです。プ ロデューサーの仕事はお客を集めること、
お客が入る芝居を作ることが大事で、お客 がその芝居を観て
何かをもって帰ることが大事。芝居はまずキャスティングが
すべて だと思います。キャスティングが上手くいかなかったら
その芝居は失敗、キャスティ ングがうまくいったら、その芝居は成功する。

 役者をどう釣り上げるのか、芝居を成立させるにはどう役者を
キャスティングすれ ばいいのか、役者にどうしたら出演をOKさせることが
できるかということ。それがプ ロデューサーの大きな仕事です。

会場から 
プロデューサーの仕事とは、興行的な部分とキャスティング、
それから 演出の部分というのがあると思うんですが、
笹部さんの場合、演出家に近いイメージ があると思うのですが、
どういうふうに作っていくのかを、演出家を選ぶときに考え るのか、
選んだあとに考えるのか、どの辺の段階で、
話をスタートさせていくのでしょ うか?

笹部 
すべて演出家を選ぶ前、選んだら口は出さない。
僕はバッターを指定するわ けで、バッターボックスに
入っている打者にあれこれ指示はしない。蜷川さんを選ぶ なら、
すべて蜷川さんに任せてしまう。
蜷川さんのインスピレーションが全てなんで す。
蜷川さんの演出がどのような演出かはわかっているわけだし、
蜷川さんが出来る ことも出来ないこともある程度はわかっているから。
どんな演出家にも得手不得手が あって、
オールマイティの演出家なんか絶対いない。

 たとえば、この作品にはこの演出家がいいだろう、
とそれを決めるまではすごく考 えます。選択した後は口出ししない。
これは役割分担だと思う。セレクトするという ことは、
自分の思いを全部預ける、自分のお金も全部預けるということ。
キャスティ ングするということは、そういうことです。
その役を、どのような役者を通して体験 したいのか、
ハムレットという役をどのような役者を通して体験したいのか、
それは その役が決った時点で僕のものではない。
決まるまでは僕のものだけど、決った時点 では
僕の手から離れていく。

会場から
この人を使ってみたいという俳優がいれば教えてください。

笹部 
最初からこの人っていうのはありません。
次の作品でこういう人が出てくれ ばいいな、
という役者さんは多いけど。キャスティングというのは、
現実になるまで はあくまで空想のものだから。
それに、こういう人がいればいいなと
思ってもいい役 者は、現在の日本にはそういない。

 一つの芝居を立ち上げるときに、この役は誰がと思っても、
当てはまる役者は2、3 人しかいない。この人に任せれば
幸せだという役者は、なかなかいないんです。
いつ もキャスティングには因っている。
みんなが見たいものを作りたいし、見た人が満足 する
ものを作りたいから、キャスティングは難しいです。

■夢を見るのはアマチュア、夢を作るのがプロ

会場から
 プロデュース公演する場合、資金、収支、キップの販売など
どうされて いますか。
福岡でも、もっとプロデュース公演が増えてもいいと思うのですが、
ちゃ ちな規模でしかやれていない。東京とは違うと思うのですが、
資金的な不安とか苦労 とかは?
 福岡で芝居をやると借金返済に2年位かかるのですが・‥。

笹部
 非常に重要な質問です。規模の大きい、小さいは関係ない。
立場はまったく 同じ。僕も一本失敗したら、夜逃げします。
芝居は制作予算と興行収益によってしか 成立しない。
たとえば、1000人のお客が3000円払ったとしたら、
300万円 ですよね。その300万円以上を制作費に使ったら、赤字。

 無尽蔵のお金を使っても、お客が見たくない芝居はありますよね。
芝居というのは リアルなもの、決してロマンチックなものではない。
芝居を作っている人は、舞台裏 がどんなに現実的なものであることを
ご存知ですよね。

 芝居のプロデューサーは夢を見てはいけない。
夢を作るのであって、夢を見るのは アマチュア、夢を作るのがプロ。
経験があるか、ないかということではありません。 
芝居の制作者はアーチストではない。役者や演出家はアーチスト。
だから夢を見てい い。結果に章任を持たなくてもいい。
だけど、制作者はそうじゃない。結果に対して 責任を負わなければならない。

 いつも、何枚チケットが売れるかなという計算が頭を過っている。
だからキャスティ ングがある。この企画で、こういう役者を入れて、
こうやればチケットが何枚売れそ うだという槻算をする。
興行収益を槻算して、興行収益の何%かで制作予算を立てる。
 必ずお金が足りないから、その分を大阪にもって行ったり、
福岡に持っていって公演 をしている。芝居の興行は東京だけでは
成立しなくなっています。足りない分をどう 補うのか、というテーマがある。

 福岡はいい市場として育ってほしいと思っています。
お金を援助してもらいたいの ではなくて、そこにいいお客がいること。
それが何より大事なことです。福岡が芝居 を支える。
芝居そのものが豊かになつていく。演劇を育てるのは観客です。
演劇をダ メにするのも観客です。金銭的なことを含めて、
いろんな規模の芝居がある。自分た ちがかかわることで
芝居を活性化していく。それでこそ芝居が身近で豊かなものにな る
かもしれない。参加することで発展していく。
こういう講座がある意味もそこにあ るんじゃないでしょうか。

 東京から劇団を呼んでもいいし、自分たちで作ってもいい。
芝居には結果があるだ けで、プロもアマチュアもない。
結果として観客が感動すればプロの芝居だというこ とで。
有名な役者が出て、蜷川幸雄が演出してもつまらない物はつまらない。
僕らも 「ああ、しまった」と思う芝居はたくさんある。
恥ずかしい失敗は、人生の中でいく つも重ねている。
いい芝居は応援してほしいし、悪い芝居は応援しなくてもいい。
大 きな芝居だから、小さな芝居だからと差別するつもりはまったくありません。

 芝居とは人間がやるもので、感動できる芝居には感動してほしい。
分け隔てしてほ しくない。みんなフリーな気持ちで、自由な気持ちで出会う。
白紙な気持ちで出会う。 先入観を持たないで、出会って、
そこで感じたものを受け取って、自分なりに批評で きるようにならないと、
なかなかいい芝居は育っていかない。

 地元の芝居は大事にしてほしいと思います。
そこからいい芝居を育ててほしい。演 劇ってすごく良く出来ていて、
制約というか、ルールがある。芝居は興行収入の範囲 内で作るの
が基本だと思います。企業や自治体が芝居を作ることがあるけれど、
誰も 責任を持たないでやっていることが多い。芝居は責任の所在が明確
であることが大事 で、同時に結果責任をきちんととることが大事だと思う。

 観客も作る側も健全になってほしい
。同じ土壌に立っていること。2億円かけた芝 居も、100万円で作った
芝居もかわらない。芝居の価値というのはイマジネーショ ンの量であったり、
質であったりすると思っている。小説とか絵とか音楽と同じで、
 作り手のイマジネーションがどこまで観客を遠くまで連れていったか
ということでは ないかと思っている。そういう意味では、
アマチュアもプロも東京も地方も関係がな い。
用は、早く走ったやつ、高く飛んだやつが勝ちなのだ。

 蜷川さんの偉いところは、決して偉ぶるところがなく、
いつも不安で、初心で、子 どもの心で、小さな芝居から大きな芝居まで
同じように一生懸命やっているところ。 人生において、演劇というものを選んだ。
それはどういうことかといえば、コミュニ ケーションの手段として演劇を
選んだということです。だから演劇を通してどれだけ のことが出来るか
いつも考えている。いつも挑戦している。もっとびっくりさせたい、
 もっと感動させたい。

■強烈なワンカットの演技で名役者に

会場から
 舞台、芝居、映画、テレビドラマは制作する側から見ればどのような
と ころが異なるのでしょうか。また、これからの演劇はどのような
方向にいくのでしょぅ か。地方からの発信、主軸の世代や役者は? 
舞台のスタイルや主題やテーマは?  私は役者になりたいと思っています。
これからどういう人が求められているのかを知 りたいのです。

笹部 
役者というのは誰にでもなれる。「これから私は役者よ」といえば役者だし、
 劇場を借りて芝居をやれば、役者といえます。
役者というのは誰でもやれる職業です。 反村に見る側からすれば、
何のためにお金を払っているのか。役者は、簡単になれる 職業だけれど、
どこかで選ばれてしまう。誰が選ばれるかわからない。
自分にチャン スを与えるのはいいことです。

 博多の劇団に入って芝居するのでも、東京のプロダクションに所属するとしても、
 僕たちは結果しか見ない。
どこそこに面白い役者がいるという情報がインプットされ る。
それで芝居を企画して、キャスティングする時「ああ、あの時の、
あの役者がい たね」と思いだす。その時のパンフレットを探して、
調べて、キャスティングする。 テレビの現場は芝居よりもっと流れ作業です。
カメラマンやスタッフがいるでしょう。
 使われている役者はどんな小さな役でも、チャンスを逃しません。

 例えば、大地康雄という役者、彼は伊藤雄之助さんの付き人をやっていた。
ニュー ヨークに行って、演技の勉強をして帰ってきて、
エキストラのような役をしていた。 新藤兼人監督の「衝動殺人」という映画で、
通り魔のわずかワンカットを演じただけ だけど、リアリティがあって
彼の演技にカメラマンがくぎ付けになった。
しかしそれ はすぐに忘れ去られるレベルのことなんだけれど、
それから何年か後にテレビドラマ 「深川通り魔殺人事件」が企画されて、
オーディションがあって、川俣軍次の役に3 人の役者が残った。

 その監督が「衝動殺人」のワンシーンを見て覚えていた。
その大地のワンカットの 印象が強烈で、一番無名の大地康雄を抜擢した。
演技とは、見た人の記憶に残るもの、 あなたがその舞台に立った時、
誰かの記憶に残るものを演じられるかどうか。
大地は、 「深川通り魔殺人事件」で人気が出ると、
それからは来る役、来る役が殺人者の役だっ た。二番せんじ、
三番せんじはちっとも良くなくて、一時低迷していた。

 そんな時、伊丹十三さんが「マルサの女」を企画していたんですが、
予定していた 役者が重要な役をおりてしまった。
代役を探していて、たまたまテレビで再放送をやっ ていたのが
「深川通り魔殺人事件」。それを見ていて、「この役者は誰だ」と
大地康 雄を探した。最初は暴力団の役だったんだけど、
査察の伊集院という役を与えた。伊 丹さんが偉いのは
「ああいう演技が出来るならば、ほかの演技も出来るはずだ」と見 抜いて、
伊集院という査察宮の役に使ったことです。
「衝動殺人」というワンカット から、大地康雄の俳優としての
道が開けていった。役者というのはそういうものだと 思います。

■なぜ地元の「奇跡の人」が論じられないのか

会場から 
演劇の土壊は都会も地方も同じとおっしゃられた。
最近創刊された九州 ウオーカーのページには、東京の芝居の紹介しか
しないという方針を出している。た だし、一つだけダイエーという大きな
スポンサーがついている「ギンギラ太陽」だけ は例外。
この資本の情報活動の中に、現在のローカルの演劇状況が
あることを示して いる。この会場の入口にもチラシが置いてあるけれど、
全部東京の芝居です。郷土の チラシは一枚もない。
主催者はどういう差別をしているのですか。

 さて、本題ですが、「身毒丸」のビデオは、紹介の仕方がひどいと思う。
テレビ的 な紹介の仕方、ロング、アップ、手のアップまである。
表情まで撮っている。われわ れが芝居を見る際は、
一点の固定した額の中からみるわけで、表情がどこまでつかめ るのか、
一枚の額の中で役者の動きとか、演出家の狙いとかを読みとっていく
面白さ がある。だから面白い。それを巧みな構成で紹介し、
内容をわれわれに示すには適当 かも知れないけれど、
ポイントがずれている気がします。

 もう一つは、「奇跡の人」の話が出ましたが、地元福岡でも、
劇団テアトル博多で は20年前から「奇跡の人」をやっている。
なぜ東京の「奇跡の人」が論じられて、地 元劇団の「奇跡の人」
が論じられないのか。
地元の演劇活動のマイナス評価となるの ではないのだろうか。

 次に、演出家とプロデューサーの関係ですが
、プロデューサーの難しいところは、 演出家に渡した後、
その演出家が本をどう料理し、役者に指示を出すのか、
才能と器 が必要だと思います。

■自分のために作る芝居、それが楽しい

笹部
 今の意見というのかご質問にはどう答えたらいいんでしょう。
「社会に芝居 は必要なのだろうか、社会の迷惑なのではないのか」
と、僕はいつも不安に思ったり、 恐れを抱いたりしています。
罪の意識があります。誰が芝居を必要としているのか、
 と常に考え続けています。最後に頼るのは自分なんですね。
僕は芝居があるから、ほ かの人とコミュニケーションができる。
芝居があるから仲間がいる。

 特に、周りの人もそうで、僕の周りに集まる人は、
白石さんにしても、蟻川さんに しても同じなんです。
芝居をやっていないと生きる目的が持てないとか、
そのために 闘っているだけとか、芝居をやることが生きることに
必要なことで、どこかで「ごめ んなさい」と言っている部分がある。
反対に、その瞬間を見てくれた人にとって素敵 な夢だったら、
勘弁してもらえるかなと思います。

 「こんなことしていていいのか、生きているっていうのはどういうことだろう」
と 永遠に出ない疑問と答えを繰り返している。その瞬間、楽しかったり、
うれしかった り、素敵だったり、美しい瞬間があればその瞬間は生きている
ことの意味があったよ うな気がする。芝居をやっていることは、
独善的で、自分勝手で、自分さえ良ければ 他人のことなどどうでもいい。
芝居をやっている人は、自分勝手でエゴイスティツク です。
それは正しい人間のあり方だと思うし、そのために生存競争をやっている。

 それを宣伝する、新開に載せたり、パブリシティをやるのは、
これは現実に必要だ から頑張るので、人に会ったり、
なだめたりすかしたり、その闘いの結果として、記 事になったりする。
みんな、いろんな現実を抱えて生きている。
やりたいことをやっ ているのだから、それに伴う犠牲は当たり前のことです
。ああだ、こうだと言い訳は 言いたくない。他人のせいにはしたくない
。そうしたらその瞬間から負けなんです。

 最初の「百物語」の初売りは50枚も売れなかった。
でも今回紀伊囲屋サザンシアター でやるのですが、
それは3000枚が即日完売になった。白石加代子が闘ってきた結果、
 そうなった。お客があっての商売だから、お客は一回はつきあってくれる
かもしれな いけれど、二回目はわからない。それが正しい観客のあり方です。
マスコミだって、 ニュースバリューがあるものは載せてくれますが、
そうでないものは、無視する。こ れがマスコミ。これが現実。
そこで文句をいえば負けです。

 だとするならば、どうやって普遍化するのか。
東京だってむちゃくちゃ沢山の劇団 がある。
新開に載る劇団も多い。でも新聞に載ったから、
観客動員が出来るかといえ ば、そんなことはない。
きちんと地道にやった結果に村して、芝居に込めた結果に
対 しての客なんです。その積み重ねでしか現実はありえません。

 好きなことをやっているのだから、自分で責任をとるしかない。
人が見たくないよ うなものしか作れなくなったら、辞めればいい。
演劇なんて、なくなっても誰も困ら ない。
それでもやっている。好きだからやっているんです。        .

 その時、面白いと思ってくれたならば、許された気がするし、
自分でもつまらない ときは死にたくなるし、人が面白くなければ
「ごめんなさい」と言うしかない。
我慢 して見てくださいというのは絶対嫌ですね。

 「身毒丸」をビデオにする時思ったのは、
見た人が面白いと思うものを作りたい、 ただそれだけです。
テレビを固定した舞台中継はつまらないですね。
僕はつまらない ものを人に強要したくないんです。
芝居をやる人が理屈っぼいとか愚痴っぼいとかは 嫌いですね。

 芝居をやっている人間は舞台成果だけで人を説得すべきだと思う。
誰もやってくれ なんて頼んでいない。
やりたいから、演劇というものを選んでいるのだと思う。
結局、 勝つか敗けるか、生き残るか、消え去るかなんです。
それは見た人が選ぶんです。.

 この講座は、何の準備もしていなかったので迷惑をおかけしました。
準備して話す ことが出来ないものですから・・・、
役者や演出家と話すときも、話が出来ることが 楽しい。
こういう講座で、芝居の話が出来ることが楽しい。
楽しく喋らせていただい て、ありがとうございました。



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長文、最後までお付き合い下さり
ありがとうございましたm(_)m

身毒丸は2代目藤原竜也さんのファイナル公演から
はや?年。来年には再演決定。

ヘレンを演じられた寺島しのぶさんは
今や、押しも押されぬトップ舞台女優。
ご結婚もされ、ますます輝きをまして・・・

大地康雄さんは当時笹部がマネジメントしていたんですよ!

時の流れを感じます。。。。

でも、語られている内容は、いつも笹部が話している事。

今、再演や自分で書いた台本作品の上演にむけて
準備をしているでしょう?

自分の起源を確認し、
いまいちど、スタートラインに立っている、
そんな気がしている、と、今日も言ってました(^0^)


さぁ準備はよろしいですか。
ご一緒に舞台への扉をひらきましょう。
劇場でお待ちしています。


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