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2008/11/18

竹内正道著作集 VOL.134 【明日に希望を託して】 悩みの解決はできるか 2 「明治百年と仏教思想」

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                   竹内正道著作集                   

      VOL.134               2008.11.18      
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        悩みの解決はできるか 2


 仏教思想はかくして古代以来呪物的色調をもちながらも、その根底に「真諦三宝」を保持し
て今日まで発展してきたが、現代に於ける呪物信仰的新興宗教と観光仏教が、その思想を無視
しているので、明治百年間の精神的風潮がそれに加わって仏教思想断絶の状況を現出してしま
ったが、仏教思想の本質から見れば、人間存在の本質を課題とした思想であるので、いかなる
時代になろうとも仏教的課題を無視することは許されず、これを無視したものを根底とする
思想は人類史を発展させはしないであろう。

 仏教的課題というのは、「生死の一大事」と表現されるものであるが、それは人間である
以上、誰しも考えねばならない人間にとってもっとも普遍性をもつ課題である。現代の精神的
風潮が仏教と断絶していようといまいと、仏教のもつ根本課題というものは人間が生存する限
り、主体的にとりくまねばならない人間共通の重大課題であり、それをさけて通ることは人間
としてゆるされないものである。

 ところで、悩みをもたぬ人間はなかろうが、自己の人生、自己をとりまく社会等を反省すれ
ば必ず解決しなければならぬ課題と対決せねばならず、それが悩みの原因となる。課題をもた
ぬ人間、悩みをもたぬ人間はもはや成長することも、思考することもありえぬ人間である。

 人間のもつ悩みには現実的歴史的な悩みと、超現実的超歴史的な悩みがある。そして現実的
な悩みには個人的なものと社会的なものとがあるが、世界は一体化しつつあり、交通・通信の
発達で社会的課題の解決すべき問題は増加の一途をたどり、社会は複雑になっているので、悩
みは増加するばかりである。

 近代の思想は社会的課題を解決することによって個人的課題を消滅させようとするマルクス
主義と、個人的課題の追求のなかで社会的課題をも解決しようとした実存主義があるが、その
両者とも真に人間の救済を実現することが困難であった。しかし、この現実的歴史的課題解決
には自然科学をはじめとする諸科学が動員され、近代的理性がその解決の主役をつとめること
はいう迄もない。けれども近代の機械文明が真に人間の悩みを解決するどころか、まったく
新しい悩みを現出し、悩み解決の方法が、また新しい悩みの原因となるように、それのみの
解決は困難なようである。

 人間のもつ、もう一方の悩みとは、超現実的超歴史的悩みであることを先程のべたが、この
悩みの解決は現実的方法、つまり科学的手段で解決することはできない。それは人間の宿命と
いわれるもので、実存主義者が好んで課題とするものである。人間の宿命には、人間の存在面
から来る悩みと、人間の価値面からくる宿命とがある。

 人間の存在というものは限られた時間、空間の中で生存するという制約をもっている。平易
にいえば、何時か死ぬということで哲学的にいえば、生死の二律背反を脱することが不可能な
存在であるということだ。ところが人間の悩みは死ぬことにあるのではなく、生死の二律背反
に悩むのである。生も死も、有も無も共に悩みであり宿命である。仏教ではこの悩みを生老病
死とか、無常とかで表現している。

 ところが人間は生死の二律背反に悩むだけではなく、価値面の制約にも悩むのである。価値
と反価値の二律背反であるが、これは罪といわれるものである。人間の内面というものは
まことに複雑で、真も妄も、美も醜も、善も悪もともに罪であることに気付くのであるが、罪
を悩むのではなく、価値、反価値の二律背反に悩むのである。

 仏教が古来苦とか、穢とか、虚妄とかで指摘してきたのはこの二律背反である。しかもこの
悩みが主体的なものであるから、二つの二律背反は別個のものではなく、不可分のものとして
人間にせまり、人間の宿命を形成する。人間にとってもっとも深い自覚とは、この人間自身の
宿命を自覚する。つまり二律背反という不合理が自己の本質であることに理性が気付くことで
あると仏教は教えている。

 近世における理性的人間の自覚も仏教ほど深く人間性に対する徹底した反省はしておらず、
実存的人間観も、人間が絶望的であることを示しただけで、この二律背反にニヒリズムの根本
原因があることに気付いていない。さらに仏教では、この超歴史的超現実的二律背反的存在と
しての人間の本質から当然ながら歴史的現実的課題の解決にもそれが深く関与することを教え
る。

 つまり歴史的課題と超歴史的課題は別個に、無関係には存在しないので、歴史的現実的課題
解決の方法としては、なる程近代科学の成果が大きく役割するであろうが、それが人間を対象
とする限り、人類社会の繁栄をめざすものである時、人間の本質面、超歴史性、超現実性を
無視することは許されない。仏教の課題は、人間の絶対的な二律背反に取りくみ、人間の現実
的歴史的な悩みをも根底からささえようとするものである。

 仏教でいう篤敬三宝は、かつて崇拝されて来た対象物の三宝ではなく、真諦三宝でなければ
ならないし、それこそ理性の宿命であった二律背反の脱却をめざすものである。中世的他律的
人間、キリスト教的世界から脱却した人間が、自律的理性に覚め近世的理性的人間を宣言した
が、人間の二律背反に直面しニヒリズムにおちいった現代人にとって、人間を根本的に救う
ものは自性三宝の自覚以外にない。「理性の二律背反を脱して理性に生き、歴史を超えて歴史
に生きる」ことを仏教はしめしている。


                     (初出:「明治百年と仏教思想」 1970年)




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