沈黙を破る〜カウンターテナー藤岡宣男と共に歩んで〜 RSSを登録する

カウンターテナー歌手の故・藤岡宣男のプロデューサー、木村天山のエッセイです。クラシック音楽界とそれを取り巻く人間模様の可笑しい事実を、皆様にお届けします。現在更新中の『新 沈黙を破る』もあります(こちらは難解な西洋音楽史を簡単に学べます)。

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2008/01/22

沈黙を破る 60

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■ 日本の音楽界の不思議なところをお伝えするメールマガジン   

■ 第60号 カウンターテナー藤岡宣男と共に歩んだ 沈黙を破る
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■                     2008年1月22日(火)

■ この“沈黙を破る”は、2005年10月〜2006年頃に掲載されたものです。
■ それを、メルマガとして再び配信しています。
■ 現在は、“新・沈黙を破る”として、別のシリーズが継続中です。
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沈黙を破る 60

    木村天山   

 コンサート開催当初、私が受付にいても、誰が主役なのか解らないと言う、精神疾患の
ような人がいた。つまり、私が目立ち、藤岡が霞むのであると言う。

 馬鹿馬鹿しいが、そういう人もいる。

 藤岡を応援していて、私が煙たいらしく、私の存在自体に、いちゃもんをつける者もい
た。ほとんど、精神疾患である。

 私が舞台に出て挨拶すると、混乱の極みになった人もいる。つまり、私が目障りでしょ
うがないのである。しかし、もし私が有名ならば、そんなことはない。それが、世の中で
ある。世の中とは、そんなものである。

 藤岡が出る舞台で、私も歌ったことがある。すると、心ある人が心配して、個性のぶつ
かり合いになり、互いに殺すことになるから、別々にした方が良いとアドバイスをくれ
た。私も、その人の心を汲んで、素直に従った。

 今私は、演歌師と名乗り、歌師と名乗っている。それは、どうしても、藤岡の歌心を伝
えたいからである。勿論、藤岡門下もいるが、私の耳に響く、藤岡の歌心を伝えたいので
ある。これは、どうしょうもない欲求である。

 勿論、クラシックフアンの面々は聴くことがないであろう。何せ、泣く子も黙る、クラ
シック通の皆様であるから。通と思い込んでいる様が哀れであるが、これ以上言う必要は
ない。みそ汁をスープと思い込んで飲んでいるのであろうから。

 私の存在感が、相当なものであることは、私も知っている。生まれ持ったパワーである
から、どうすることも出来ない。どうしても、目立つのである。

 藤岡の凄さは、そういうアホな人に対しても、誠実に付き合ったということである。決
して、それらの人は、藤岡が自分を敬遠しているとは知らない。ただ、私だけは、それを
藤岡から聞いて知っていた。それはそれは、見事なものであり、藤岡は社会性があるとい
うことなのだろう。協調性があるとも言える。

 藤岡は、彼らと私の衝突を嫌ったので、私も極力、静かにしていたが、中には、とんで
もない、いちゃもんをつける者もいて、名誉棄損寸前まで話が進んだ者もいる。

 これもあれも、私が有名であれば、皆解決がつくことなのであるから、世の中というも
のは、おかしなものである。

 有名なマンガ家が声楽家になると、下手な歌でも満席になるという仰天であるから、い
かに、世の中の人は騙されるかということである。いや、騙されたいのであろうと思う。
 これ程、新興宗教が乱立しているのである。騙されたい者が大勢いるということなので
ある。信じる者程、騙されると相場が決まっている。

 兎に角、そうして、私はコンサートの度に苦労した。苦労でなくて、心労であろうか。
表に出ても、出なくても、何か言われるのであるから、万事休すである。そして、藤岡か
ら私を遠ざけようとするアホ共である。

 いつかも言ったが、藤岡の生活を安定させ、舞台を作る人が出たならば、私はいつも
で、藤岡から手を引くことが出来た。藤岡が、歌の生活が出来ればいいのである。しか
し、一銭も出す事なく、私と縁を切れという者の根性とは、もう魔物であるとしか言いよ
うがない。人の幸せを喜べない人なのであろう。そういう人は、大勢いる。中には、カト
リック信者までいたから、仰天である。敬虔なクリスチャン程、心根が腐っているという
良い見本だった。魔界の神とも知らずに、お祈りしているのであろうから、しょうがない
が。

 キリスト教だけのことを言うと、不公平なので言うが、日本仏教とは、日本仏教商会で
あり、宗教でも何でもない、商売である。宗教法人なとどは笑わせる。株式会社もぶっ飛
ぶ商魂である。ついでに言うが、神社神道なども、お祓いに格付けして、あろうことか、
お祓いに、いくらにしますかと問うという、商売振りである。天照大神のお札を売るので
あるから、罰当たりもいい加減にである。

 結論を言う。兎に角、私が有名であれば、何も問題がなかったのである。テレビにでも
出て、有名人になれば良かったのであろう。霊能者が有名になって、オペラを歌っても、
誰も何も言わない。そういうテレビマスコミに毒されて、日本は、ついに滅びるのであ
る。 もう少し言う。ホリエモンを持ち上げて、いつの間にか、ホリエモンを罪人に仕立
てても平気でいるという、テレビマスコミである。それをアホ面して見ている、それが今
の日本人である。

 私は、そういう人の批判は無視している。考えがあって言うのではない。単なる思いつ
きで言うのである。嫉妬とやっかみ、僻みに毒されて言うのである。

 是非も無し。自害して果てた方がよろしい。

        
                    
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声楽家 カウンターテナー歌手 藤岡宣男のことは、
http://countertenor-nobuo.com/
こちらをご覧下さい。

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お知らせ致します。

http://kimura-tenzan.com/

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