2009/08/03
探検!地方自治体へ 第96号 はるかに質の高い決断~山内康一前衆院議員の自民党離党~
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 探検!地方自治体へ~川崎市政を中心に~ 第96号 09/8/3 ★はるかに質の高い決断~山内康一前衆院議員の自民党離党~★ 1.要約 2.ブログにみる山内氏の「意思」 3.垣間みた山内氏の「仕事」 4.少し離れた立場からの「検証」 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 1.要約 山内康一前衆院議員が自民党を離党した。 氏は自民党のなかで河野太郎議員らと共に「事業仕分け」を手掛けてお り、先ずは国のレベルでの無駄を無くすことに取組んでいる。筆者も基本 的な考えを共有するので、注目していた議員である。筆者の住む高津区と は違うが、川崎市多摩区・麻生区選出でもある。また、NPO出身の公募 で選挙にでてきた点でも関心をもっていた。 “遙かに質が高い決断”と筆者が感じたのは、氏が『自民党の方向と、 自分の目指す方向とのずれ』を感じ、それを『社会を良くするのに役立つ のか?』との視点から『新しい状況に思い切って飛び込みたいと思います 。』と考えたことによる。 一方、関心をもつ観察者の立場から氏の決断を政治社会のなかに位置づ ける必要がある。今後の活動の大局的な方向性を維持してもらいたいため である。それは、氏が議員になった“郵政選挙”とは何であったかを改め て検証することにあると考える。これについては次号で論じるつもりでい る。 2.ブログにみる山内氏の「意思」 山内康一前衆院議員の自民党離党を最初に知ったのは配信を受けている 河野太郎「ごまめの歯ぎしり」7/21からである。これを読んで少しシ ョックを受けた。すなわち、受け流しができる情報ではないと感じたので ある。河野氏はこのなかで自らを自民党の冥王星と称し、山内氏をハレー 彗星にたとえた。 http://www.taro.org/blog/index.php/archives/1088 そこでメールニュースを探して「山内氏が自民に離党届,衆院選、無所属 で出馬へ 時事通信」を見つけた。しかし、ここには論評がでていない。 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090721-00000093-jij-pol ともかく、立場によって全く異なる評価がでるのは明らかであろう。特 に政治家の間では。 “遙かに質が高い決断”と判断する理由はご本人のブログからである。 “遙かに”ということは何かと比べているはずである、しかし、必ずし も直接比較したわけではない。単に質が高いとの表現だけでは何か足りな い。自分で感じたショックを表現できていない、と感じて言葉を探した結 果である。 翻って考えると、例えば、東国原知事と比較しても良い。これは不決断 という決断であるが。或いは、山内氏より後になるが、中田横浜市長の辞 任との比較でも良い。 2009年7月21日 (火)「離党のお詫びとご報告」 http://yamauchi-koichi.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-9e9f.html 氏が離党を決めた理由は、 『自民党の方向と、自分の目指す方向とのずれ』 だという。しかし、今の自民党を単に批判するのではなく、 『この先の政治の流れがどうなるか、私にはわかりません。不安な気持 ちでいっぱいです。』 と言いながらも、 『しかし、道筋や手段はわからなくても、目指す目的地だけはしっかり 見すえて、試行錯誤、悪戦苦闘しながら、前へ進みたいと思います。』 というところに今回の離党の真骨頂がある。 『無謀なチャレンジ』 と思いながらも、 『不透明で先の読めない新しい状況に思い切って飛び込みたいと思いま す。』 ここに果敢な決断がある。 また、2009年7月22日 (水)「離党に対する反応」 http://yamauchi-koichi.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-d577.html 『よく「勇気ある決断」だと褒めてくださる方がいます。しかし、「勇 気ある決断」になるか、「単なる無茶」になるか、これからの展開と結果 次第だと思っています。』 「勇気ある決断」か「単なる無茶」か、このお決まりの呪縛を超えて決 断をするにはどのように考えるのか、氏はそれを次のように語っている。 『仕事の上で判断に迷った時には、「それは社会を良くするのに役立つ のか?」という観点で、ものを考えていくことが大事だと思っています。 少しでも社会を良くすることに貢献できるのだとすれば、後になって「あ の時、離党して良かった」と評価されるのでしょう。いまの評価を気にす るよりも、後になって振り返った時の評価を、大切にしてがんばっていき たいと思います。』 「社会を良くするのに役立つのか?」との自問から自らの行動を導き出 す。これが『遙かに質の高い』決断を支えている。 3.垣間みた山内氏の「仕事」 山内氏の仕事を初めて知ったのは、NPO「構想日本」が行財政改革の 切り札として展開する『事業仕分け』においてである。 http://www.kosonippon.org/shiwake/ 筆者自身も関心をもって情報に接していたし、機会があれば実際の仕分 け現場をみておきたいと思っていた。そこで、 2007/12/19(水)に開催された「構想日本・第125回J.I. フォーラム 『いよいよ増税!? その前にやらないといけないこと』」を聴講した。 これは事業仕分けの紹介で、これまで事業仕分けを実施していた厚木市、 三浦市、草加市等の自治体職員で構成されている「明日の地方財政を考え る会」の“必殺仕分け人”たちによる「模擬仕分け」もデモされた。これ をいよいよ国へも適用しようとの論議をパネラーとして出席した国会議員 もしていた。 ここで山内氏が自民党のパネラーとして出席されており、自民党議員で 関心を持つ人がいることに筆者自身としても関心をもった。発言の中で経 歴を聞き、NPO出身で公募して選挙に出たことを知った。ただ、ここで はともかく『事業仕分け』に第一の関心があり、終ったあと、先の“必殺 仕分け人”の方たちと話をしたため、挨拶する機会をもてなかった。 この『事業仕分け』を地方自治体だけでなく、国政にまで適用したのは 自民党無駄遣い撲滅プロジェクトの河野太郎氏のグループが最初である。 それを契機に最近の文科省「マンガ喫茶」財源がマスメディアの恰好の対 象になって、批判を浴びていることは周知である。 2008/12/17(水)に開催された構想日本による報告会「第137 回J.I.フォ ーラム『国民あげて国の無駄撲滅を! ─熱い政治家たちの闘い─』」を 聴講した。 http://www.kosonippon.org/forum/backnumber.php?year=2008 河野太郎氏を筆頭として首都圏を中心とした議員メンバーが参加してい た。山内議員もその中に加わっており、文部科学省、文科省所管公益法人 、外務省・OADの事業仕分け作業をおこなっていた。 河野氏の挨拶から始まり、出席者の話が一巡した。山内氏が最後になっ て、しかも政治家としては真面目で地味な話し方であったのでどうも目立 たないのが残念であった。川崎市代表のはずであるが…。但し、その挨拶 の中味は他のメンバーの方よりも記憶に残っている。それを議事録から引 用して氏の発想に触れてみよう。 山内 個人的に面白いと思ったのは、航空賃のことですね。具体的に、 東京-ジャカルタ間で飛行機代にいくらかけているか、燃料サーチ ャージ込みで聞いてみました。国土交通省は、9万円の安いチケットで行 っていました。ちょっと心配なくらい安いですね。しかし、ある省庁は、 40万円かけて正規のエコノミーチケットを使っていました。他の2つは 、16万くらいでした。 河野 40万円はどこ? 山内 外務省の某外郭団体ですね。 河野 JICA? 山内 ええ…私の出身母体が40万円のチケットを使っていました。 河野 だめじゃないか(笑) 山内 とにかくですね、航空賃ひとつとっても、10~40万の差がある わけです。これは本来ならば、一番安い所に合わせるのが普通なのでしょ うが、それをやっていない。なぜ正規料金のチケットでなければいけない かということを、外務省の方が説明して下さるのですが、全然理解できな いです。 …そういった無駄を当たり前と考えているのが、役所のマインドなので はないでしょうか。比較していくというのは非常に大切だと言うことを思 いました。 また、ODAはかなり縦割りの事業です。調査を進めるうちに、途上国 のインフラ分野の調査団というのを、国土交通省、経済産業省、JICA でそれぞれ出していることが分かりました。こんなあほな事はないわけで す。しかも、それぞれの省庁、機関が別の視点からインフラを見ています。 それらをオールジャパンというかたちで一遍に派遣して計画を立てた方が、 余程適切なものができるというのは、誰の目にも明らかだと思います。そ ういう発想が無いんですね。まずそもそも、外務省が別の省庁のODAを そこまで把握しているかどうかもあやしいです。つまり、省庁によって国 益というものが微妙にずれている。… この会議が終った後に山内氏に川崎市でもできないかとの話をし、是非 やるように言っているのだがなかなか…、との答を貰った。行政改革に熱 意があり、その後、地方分権、教育等の意見をHPやブログで拝見し、改 革派として共感をもてる内容であると感じた。 更に山内氏は、最近の『臓器移植法案』で成立したA案を推進した中心 的存在とのことである。案に対する賛否は言い尽くせないものが誰でもあ ると思うが、ともあれ、多くの人を説得した努力と力は認めてしかるべき と考えている。 4.少し離れた立場からの「検証」 今後、『先の読めない状況』であればジグザグのコースを取らざるを得 ないであろう。このとき、大局的な方向性を維持していくことが最重要で ある。そこで、関心をもつ観察者の立場に立って氏の決断を検証する必要 があると感じる。 渡辺新党に合流との噂も新聞にでている。「社会を良くするのに役立つ のか?」という判断基準に単純に答えられる状況だけではないはずである。 というのも、「最初は自民党と方向が一致」し、だんだんと自民党の方 向がずれてきた、とは単純にいいきれないと筆者は考えるからである。但 し、逆に言えば、「最初に自民党と方向が一致」していると考えなければ、 “代議士の誕生”、山内衆院議員はなかったはずでもある。ここにある種 のパラドックスがある。 行動を起こすものが、行動を起こすのに適した状況判断をおこなうのは 当然であるが、その“とりこ”になることは避けなければならない。先駆 者にとって状況判断の柔軟性は必須であるからだ。そこで関心をもつ観察 者が少し離れた立場から冷静に「歴史の教訓 Lesson of the past」を引き 出すことが意味をもつとの問題意識に至る。 そう考えたときに浮んだ疑問は、山内氏が議員候補者の公募に応じた “郵政選挙”とは何であったか? “選挙”ではなく、郵政民営化の“住民投票”ではなかったか? ということである。 今考えて、異様な選挙ではなかったか?自民党が実質真っ向から割れ、 それを塞ぎながら小泉首相が強引に解散に持ち込んだ選挙。 自民党の内部抗争が外部化され、民主党を巻き込み、二大政党制として の選択において、“郵政民営化”というシングルイッシューが選択ではな く強制として課せられた選挙。 結果として、郵政民営化を実質的には“住民投票”で決めると共に、形 式的には政権与党として、分裂している自民党を国民は選ばざるを得なか った選挙。 そんなことが改めて思い起こされる。そう考えると、山内氏のその時の 選択の中に“今回の決断が暗示”されていたかもしれないのである。 もちろん、誰もその時は判らないことである。 これもまた自らを納得させなければならない課題となってきた…。



