2007/03/30
テーズ対大木(2)
================================================================== プロレス大好き - Wrestling As I Like It (略称:プロダイ)2007/3/9(FRI) 発行部数193 ================================================================== お詫び メルマガ発行のスパンが開いてしまい、申し訳ありませんでした。 4月からは週あたりの発行回数を増やします。お楽しみに。 ================================================================== ジュッテンイチロク・ヒューストン(2) 小泉 悦次 ●背景 ・「力道山」襲名問題 このとき、大木の海外武者修行は二度目であった。一度目は六三年秋から六 四年の初頭まで(注1)。そして、二度目が六四年九月からで、対テーズ戦 は渡米二ヶ月目で実現したことになる。 六四年八月三一日の日本プロレス役員会で、日本プロレス協会会長(注2) 児玉誉士夫、監査役の町井久之(東声会会長)が日本プロレス興行側役員 (豊登、芳ノ里、遠藤、吉村、馬場)に、大木の「力道山襲名」を約束させ る。豊登らは、「世界もしくはそれに準ずる王座奪取の暁には」と付帯条件 をつけ、しぶしぶ認める。実際、後になって豊登は「(半強制的に)約束さ せられた」と証言しているが。 大木金太郎は、目の前に「力道山襲名」というニンジンをぶら下げられて、 イリーガルな攻撃をテーズに仕掛け、逆鱗に触れ、大怪我をした。これが、 「ジュッテンイチロク・ヒューストンの惨劇の真相」ということになってい る。が、私は、その説明があまりにもわかり易すぎて他に何かあるはずだ、 という思いにさせられるのである。この記事の目的は、あの試合を私なりに 検証してみようということである。 ・児玉と町井 まず、児玉誉士夫(注3)と町井久之(注4)がなぜ大木を力道山にしよう としたのか、ということ。それを述べるには、二人の来歴を知る必要があ る。 児玉は右翼運動家。第二次大戦後、A級戦犯に指名されたが後に釈放。プロ レスと関係が強い東京スポーツの社主。七六年には「戦後最大の疑獄事件」 といわれたロッキード事件の被告となる。当時は「政財界の黒幕」、「フィ クサー」と呼ばれた。一九二〇年朝鮮に住む親戚の家に預けられ、京城商業 専門学校を卒業。工場の単純労働者として辛酸を舐め、社会主義に傾倒し た。しかし、すぐに超国家主義に転じ、玄洋社の頭山満に私淑した。二九年 に赤尾敏が創設した右翼団体「建国会」に加わる。 町井は東京に本拠を置くいわゆる暴力団「東亜会」(とうあかい)の前身 「東声会」(とうせいかい)の設立者。在日韓国人で本名は「鄭建永」。 第二次世界大戦後、東京で愚連隊を率いた。四八年「東声会」結成し、銀座 界隈では「銀座の虎」「雄牛」と呼ばれた。その後アメリカ対敵諜報部 (CIC)を通じて児玉誉士夫を紹介され、反共産主義の活動をするように なる。折りしも時代は朝鮮戦争。在日韓国・朝鮮人社会も、北を支持する 「朝鮮総連」と南を支持する「民団」に二分されていたのである。そして KCIA(韓国中央情報部)、元総理岸信介と、人脈を広げていく。 以上、お読みいただければわかるように、二人とも韓国との繋がりが強い。 ということは、韓国出身の大木への同情があったのだろう、ということにな る。しかし、それだけでは大木の「力道山」襲名進言の理由としては心細 い。 児玉と町井は力道山の有力な後援者であった。大木は力道山という後ろ盾を 失って、日本プロレス内での立場を弱くしていた。事実、六四年二月、大木 は最初の武者修行から帰国するが、それは無断帰国ということで除名されか かった。 また、その年の四月にアメリカ武者修行から帰国した馬場は役員へと抜擢さ れていた。これはもちろん、馬場人気と、その一方でアメリカという行き場 所がある馬場を日本に引き止めておくために、役員にする必要があったとい うことである。 馬場にはアメリカがある。今ロサンゼルスで修行中の猪木にはブラジルがあ る。しかし、大木には「日本」がない。でも韓国がある。力道山にも朝鮮半 島の血が流れている。何とか大木の力になってやりたい。馬場、猪木のもつ スマートさに欠け、その分だけひたむきさ、実直さを感じさせる大木のどこ かに力道山を見た。児玉、町井の大木贔屓にはそんな背景があるような気が する。 日本プロレス幹部にとって、前年まで自分たちに重くのしかかっていた力道 山は死んだ。しかしそれほど興行成績も落ちず、結果、幹部レスラーの収入 は激増した。さらに、力道山の後援者で自民党副総裁のコミッショナー、大 野伴睦の死。怖いものがなくなった豊登、芳ノ里、遠藤はやりたい放題であ った。連中に釘を刺しておきたい。そんな思いが二人にあったことは想像に 難くない。 更に、二人は近い将来(実際は翌年)の日韓国交回復(日韓基本条約)締結 後を見越して、韓国プロレスマーケットをホットなものにしたかった。とい うのは、力道山のプロレスが、国民の目を政治から逸らす役割を演じること ができたという実績があったからだ。朝鮮半島には「北からの脅威」がある のである。 更にここで一人の人物にご登場を願おう。当時の大韓民国大統領、朴正煕で ある。 (注1)この時、ミスター・モトとのコンビでWWA世界タッグを奪取した、 とあるが、正確には、WWAテレビタッグである。 (注2)副会長は田岡一雄(たおか かずお、三代目山口組組長) (注3)こだまよしお、一九一一〜一九八四 (注4)まちいひさゆき、一九二三〜二〇〇二 ================================================================== 【お知らせ】 プロレス史の勉強会!メンバー大募集 「スネークピットキャラバン(Snakepit Caravan)」 次回は、2006年4月14日(土曜日) 時間:14時30分〜 会場:スネークピット・ジャパン(高円寺) スペシャルゲスト:大木と共に日本プロレスを支えた、 ザ・グレート・カブキ(ダブルヌンチャクの披露あり!) 「俺が見てきた日米昭和プロレス」 詳しくは、 http://www.uwf-snakepit.com/caravan.html http://www.uwf-snakepit.com ================================================================== 茅野三丸のブログ「プロレス大好き」 このメルマガのご感想、ご質問もブログへ。 http://blogs.yahoo.co.jp/kangyan60/ ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 提携メルマガ 「夕刊プロレス」 小泉悦次も記事を提供しております。 「夕刊プロレス」とは、毎日の試合結果、ニュースに、コラムニストたちの コラムを添えて、お送りするフリーペーパー。投稿コラムも募集中です。あ なたも、プロレスを語りませんか。夕プロは、誰でも上がれるリングです。 http://www.mag2.com/m/0000002840.html ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 提携ホームページ 「ショルダー2002」 http://homepage3.nifty.com/inoki~bom-ber_/index.html 「ミック博士の昭和プロレス研究室」 http://drmick.at.infoseek.co.jp/proresu/top.htm 「オールドファン 集まれ !」 http://www.geocities.co.jp/Milkyway-Kaigan/7217/old_fan.html ================================================================== 「プロレス大好き」は主にプロレス史の叙述を目的とした、メールマガ ジンです。NWA(Nazenara Watashiha Ahonanoyo)というグループに加盟 した執筆者達が書いた原稿を、茅野三丸がまとめております。転載、引 用の際には、必ず、当メールマガジンが出典であることをお断り下さい。 発行システム:『まぐまぐ!』 http://www.mag2.com/ 配信中止はこちら http://www.mag2.com/m/0000217079.html



