ルー・テーズ対大木金太郎
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プロレス大好き - Wrestling As I Like It
(略称:プロダイ)2007/3/9(FRI) 発行部数186
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ジュッテンイチロク・ヒューストン 小泉 悦次
ご無沙汰しています。新作ができました。読んで下さい。
●惨劇
二〇〇六年一〇月二六日正午過ぎ、大木金太郎死去。享年七七歳。
私自身が初めて握手をしたレスラーであることを含め、大木には思い出が多
い。死後三ヶ月たって、未だ私の中で引っ掛かりが消えないのが、一九六四
年一〇月一六日にテキサス州ヒューストンで行われたルー・テーズのNWA
王座に挑戦した試合である。
この試合はすでに知名度があった大木金太郎がルー・テーズにコテンパンに
やられたこと、当時アメリカで発売されていた、「レスリング・レビュー」
六五年二月号に掲載されたこと、それをもとに高森朝雄=梶原一騎「ジャイ
アント・台風」、門茂男「プロレス三六五」、原康史「馬場と猪木」にも取
り上げられたことで、現在四〇台後半以上のオールドファンにとっては必須
科目であった。
大木の死に際してこの試合が全く触れられなかったわけではないが、やはり
年月というものの壁は抗しがたきの念、少なからずである。
二一世紀に入ってからの猪木・新日本プロレスの自滅、ミスター・高橋によ
る暴露本の影響で、プロレスは不調である。それどころか、「プロレス」と
いう用語事態が「八百長」と同義に扱われているふしがなくもなく、プロレ
スがきちんとした形で語られる機会が少なくなってしまった。そんな昨今
に、四二年余り前のテーズ・大木戦について、自分なりの考えをメモ程度で
あってもまとめておくことは、無駄なことではないような気がして、今、こ
んな文を書いている。
・試合経過
[一本目]
序盤はオーソドックスな展開。ところがテーズがコーナーを背負った時に展
開が変わる。
大木はテーズの脳天めがけて(本当に)容赦のない頭突きを数発。
「きたな。」
テーズは形相を変え、長い右腕で大木の頭を抱える。そしてサザエのような
左コブシでパンチを二発。まぶたから鮮血が噴出すとともに大木は大の字。
ここでテーズの表情が変わる。
事故にあった友人を気遣うように、心配そうな目を大木にやり、自分の手で
大木を介抱し始める。
[二本目]
そのまま大木の試合放棄。
担架が要請され、大木はリング上からそのまま市内の病院へ直行し、傷口を
縫合した。
・ルー・テーズ
大木がテーズと対戦するのはこの時が初めてではない。遡ること二年半、一
九六二年五月一日山口県小郡での第四回ワールドリーグ戦公式戦で大木は敗
れ去っている。つまり、大木はテーズの何たるかを知っていた。ということ
は、自分がこの試合でテーズに行ったことがいかに危険なことなのか、予測
できたはずだ。
テーズといえば一九四八年六月から一九五五年三月までの六年半にわたる九
三六連勝。ヒクソン・グレーシーの四〇〇連勝と同様、「マユツバ」と揶揄
する向きも多いが、これは、ある但し書き(注)の範囲では事実である。も
ちろん、業界の構造上、六年半にわたり毎晩命のやりとりをしていたわけで
はない。重要なのは、「今日はテーズ。」とのプロモーターの指示に相手の
レスラーが「ノー」といえなかった、相手をその気にさせなかった、また、
「ノー」と言ったとしても実際に勝てなかったということではないか。そう
やって達成されたのが、「九三六連勝」なのである。
「リングに上がって来る大木に殺気を感じたので、すべきことをしたまでだ
よ。」
九〇年代、テーズはこう証言した。
五九年秋のデビューから五年たっていた大木が業界の掟を、そして、テーズ
の実力を知らなかったわけはなく、なぜ無謀にもテーズにシュートを仕掛け
たのか、ということ。
ここで登場するのが、大木の「力道山」襲名問題である。(続く)
(注)かつて、ある記録マニアが一九四八年七月二〇日にインディアナポリ
スでワイルド・ビル・ロンソンを破り、旧NWA世界ヘビー級王座を奪取し
てから、一九五五年三月二二日サンフランシスコでレオ・ノメリーニに反則
負けするまでの試合数を数えたら九三六戦あったことから、「九三六連勝」
と称された。実際には、その九三六戦の中に、タッグマッチでの二回の負
け、一対三の変則タッグマッチでの敗戦。また、引き分け試合も含まれる。
よって、本来は、「九三六戦中シングルマッチで負けなし」というべきであ
る。「九三六戦」という数字が確定し、一人歩きした後、更に発見できた試
合記録や、ワイルド・ビル・ロンソンに勝つ前からの連勝を含めると、一九
四八年六月二四日カナダ・オタワでボビー・マナゴフに敗れた後、六月二九
日テキサス州ダラスでブラック・グスマンを破ったのを一戦目としてから、
一九五五年三月二二日カリフォルニア州サンフランシスコでレオ・ノメリー
ニに反則負けする直前の三月一八日、テキサス州ヒューストンでレイ・ガン
ケルに勝利するまで九九七戦、他に日付が確定できない試合が存在するか
ら、実際には一〇〇〇試合余りシングルで負けなしといったところであろ
う。
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