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「プロレス大好き」は主にプロレス史の叙述を目的とした、メールマガジンです。NWA(Nazenara Watashiha Ahonanoyo)というグループに加盟した執筆者達が書いた原稿を、私、茅野三丸がまとめております。

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2007/02/07

国際プロレス・グラフティ リメイク版74

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プロレス大好き - Wrestling As I Like It
(略称:プロダイ)2007/2/7(WED) 発行部数170
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国際プロレス・グラフティ リメイク版 Joe Hooker Sr.

●1974年

・相変わらずの「コマッタチャン」ビル・ワット

74年の新春シリーズの外人側エースはビル・ワット。67年秋の日プロに
続く2度目の来日である。前の来日から7年もあいてしまったのは初来日時
の素行に問題があったから。「イエロー、ジャップ」と日本のことを馬鹿に
しきった態度で大変顰蹙をかったらしい。2度目の来日前も試合内容より、
「ワットは大人になっているか。」
にマスコミの注目が集まっていた。

ところがというか、やはりというか、相変わらず。シリーズ中の寺西とのシ
ングル戦、寒さを理由にTシャツを着たままだらだらと流したようなファイ
トをし、またもや顰蹙。解説席の吉原氏も放送中批判していた。

が、いちばん批判されるべきは、その試合をテレビで流し、プロレスのイメ
ージダウンに手をかした国際プロレスおよび、TBSである。もっともTB
Sは3月一杯で国際プロレス放映中止を決定しておりどうでもよかったのか
もしれない。またも国際プロレスの手際の悪さが出た。

92年新日のG1にWCW首脳としてビル・ワットがやってきた。マスコミ
の報道は
「今回は行儀がよかった。」
現役時代のことが引き合いにだされたわけで、人間悪いことはできないもの
である。

・ストロング・小林の離脱

新春のシリーズが終わって、ストロング・小林が馬場、猪木への挑戦を表明
し、と同時にフリー宣言をした。国際プロレスと友好関係にあった馬場は受
けるわけがない。離脱に影から糸を引いていた新間がマネージャーである猪
木は挑戦を受けた。さらに、マッチメークの不満から前年全日を離脱してい
た大木金太郎が猪木・小林戦の勝者に挑戦を表明したからマット界は大騒
ぎ。馬場=弱虫のレッテルを張ると同時に格好のかませ犬を得た新日として
は大成功であった。

話題沸騰の猪木・小林戦であるが、国際プロレスだって黙っていない。契約
をたてに試合差し止めを要求。ここで東京スポーツ新聞社が間に入り、小林
を「東京スポーツ所属」とし、移籍金1000万円を支払うことで和解し
た。

小林離脱の背景は組織内で浮いていたこと。そして何よりも吉原社長との意
思の疎通の不調。時は流れて85年、病床にあった吉原社長を見舞った小
林。
「何もいうな。」
そんな言葉さえ必要のない二人に戻っていたに違いない。

++++++++++
1974 03−19 東京・蔵前国技館 16500人
(NWF世界ヘビー級) 1/90 猪木(29:30 原爆固め)小林
1/60 
坂口(16:45 両者リングアウト)アンドレ・ザ・ジャイアント
3/45 
星野、山本(2−0)
エリック・ジ・アニマル、ロード・ジョナサン・ボイド
1本目:星野(15:29 体固め)ボイド
2本目:山本(4:46 えび固め)エリック
1/30 
木戸(9:49 体固め)ノーマン・フレデリック・チャールズ・III
ジェリー・ロンドス(10:21 反則)柴田
(バトルロイヤル決勝13人) 藤波(15:07 らくだ固め)魁
1/20 永源(5:04 片えび固め)レス・ソントン
ジム・グラブマイヤー(12:01 体固め)小沢
++++++++++

・春のシリーズは全日勢が友情出演

春のシリーズは3月末から。TBSに手を引かれ、エース小林を欠いた国際
プロレスは急遽カナダにいた大剛を呼び寄せることになった。大剛というの
は東京プロレスが67年に崩壊したときに、国際プロレスに流れてきた選
手。ところが不幸には不幸が重なるもので、帰国直前に交通事故にあい、片
足切断でレスラー引退。国際プロレスにとってはまさに泣きっ面に蜂。幸い
一命をとりとめ、後にカナダ在住の新日ブッカーを勤めた。

そんな国際プロレスのピンチを救ったのが馬場。シリーズのオフを利用し大
熊、小鹿、高千穂を引き連れて国際プロに参戦した。

このシリーズに参加した外人レスラーはテキサス・マッケンジー、後にAW
A世界タッグチャンピオンになるジム・ブランゼル、このときはザ・ブルー
トというリングネームだったバグジー・マグロー、引き続き全日のチャンピ
オン・カーニバルに参加し、再び次の国際プロのシリーズに参加したセーラ
ー・ホワイト、かつて「バットマン」としてサンマルチノのパートナーだっ
たトニー・マリノと、個性豊かなメンバーであった。

・東京12チャンネルに接近

5月のシリーズにはロビンソンが、小林離脱で空位になったIWA世界ヘビ
ー級タイトル争奪のためにやってきた。。まず、日本側代表決定戦を木村対
草津で行い、木村の勝ち。そして木村対ロビンソン戦。この試合、東京12
チャンネルが単発で放映した。

東京12チャンネル(現テレビ東京)というのは東京のローカル局。東京以
外の地区にはネットされていなかったり、UHFに配給されていたりで、他
のチャンネルに比べ条件は悪いがまずはめでたしめでたし。

試合の方はロビンソンが勝ち、タイトルをアメリカに持ち帰る。8月頃、コ
ロラド州デンバーで”ミスター・ステロイド”スーパースター・ビリー・グ
ラハムがロビンソンから奪取(したことになっている)。

またこの直後、短期間ではあったがアンドレが里帰り参戦をした。これも1
2チャンネルが放送した。

・東京12チャンネルレギュラー放映開始

秋の番組改変で東京12チャンネルが国際プロレスをレギュラー放送するこ
ととなった。毎週月曜日午後8時からというゴールデンタイム。アナウンサ
ーは名調子の故杉浦アナ。解説は元日プロ社長芳ノ里。日本プロレス中継時
代のボソボソとした歯切れの悪さは健在だった。

秋のシリーズの外人組エースはバロン・フォン・ラシク、特別参加はIWA
世界ヘビー級チャンピオンのスーパースター・ビリー・グラハム。マイティ
ー・井上の連続挑戦が決まった。なぜ、マイティー・井上だったかという
と、この段階で彼が一番人気があり、かつ、強いと思われていたから。何度
か挑戦してグラハムに勝ってチャンピオンになってしまった。

・女子部設立される

秋のシリーズから女子部が設立された。今なら男女混合は何も珍しくないが
当時としては晴天の霹靂(へきれき)。4年前の70年、放映取りやめにな
り、いつの間にか団体も崩壊していた元日本女子プロレスの小畑千代、佐倉
輝美、全女をやめた千草京子が日本側、まずはファビュラス・ムーラ、その
後黒人でWWWF女子エースのサンデー・パーカーあたりを呼んで試合をし
ていた。

・日本女子プロレス協会について

ここで、本題からはずれるが、日本女子プロレス協会について述べたい。

日本の女子プロレス1948年あたりから「レッドスネークカモン」の猪狩
兄弟によって幕間のショーとして始められたらしい。54年、アメリカ人女
子プロ第一人者ミドルレッド・バーグ(全女「赤いベルト」初代王者)、メ
イ・ヤング21世紀になってもWWEのリングに上がった)らの来日によっ
てブームを引き起こす。その後団体の乱立から衰退の道をたどり、その後十
数年キャバレーの余興(お色気目当て)などで食いつなぐ。体育館での試合
をすることを念頭にいくつかの興業グループが統合され、日本女子プロレス
協会が設立される。キャッチフレーズは「エロでけではない」。で、「日本
選手権シリーズ」が行われたのが67年。続いて68年年頭、WWWF世界
女子チャンピオンファビュラス・ムーラを招いて「世界選手権シリーズ」が
行われる。この段階で小畑千代の名前はない。

しかし、最初のシリーズが終わった所で分裂。中島まゆみ(美人である)選
手以外のほとんど(小人を含む)が営業・コーチをしていた松永兄弟につい
て出てしまう。出たほうが後に全日本女子プロレス興業となる。

秋から東京12チャンネルで女子プロレスを放映することとなり、日本女子
プロレスが放送対象に決定。フリーの選手、しばらくマットから遠ざかって
いた選手に声をかけ体制を整える。日本側エースは「世界選手権シリーズ」
にはいなかった小畑千代。彼女は1950年代にデビューしたベテラン。キ
ーロックとロメロスペシャルが得意であった。この時期社長をつとめていた
中村守恵(男)は、昭和27年当時「柔拳」なる、柔道とボクシングの異種
格闘技のプロ興業の設立者である。この柔拳からプロレス入りしたのがあの
ユセフ・トルコである。

私は秋、放送開始後、中島(しつこいが美人である)の姿は記憶にない。す
でに離脱していたすると、68年の年頭と暮れで日本女子プロレスは名が同
じでも、同じなのは外人エースのムーラだけということになる(この項参考
文献週刊ファイト縮刷版No.1,2)。

・女子部設立の背景

かつて新規に民放を開局する場合、「教育局」という建前がなければ認可が
下りにくかった。70年当時、東京12チャンネルの視聴率稼ぎ頭は「プレ
イガール」、「おさな妻」といったエロ本からそのまま抜け出してきたよう
なドラマと女子プロレス。ともに「教育局」にそぐわない。

秋に「ハレンチ学園」を始めるにあたって世間の顰蹙をやわらげるため女子
プロレスの放映は取りやめとなっていた。参考までにいっておくと、当時は
「女子プロレス=ハレンチ」が良識だったのだ。

いつかは女子プロレス放映を再開したい。女子プロレスを手がけたプロデュ
ーサー白石氏が吉原と懇意だったこともあり、また、国際プロレスの男子だ
けでは視聴率に不安があったこともあり、女子部が設立されたという。

・74年最後のシリーズは超豪華

74年最後のシリーズ、東京12チャンネルによる資金的テコ入れもあった
のであろうが、超豪華メンバーを揃えた。全戦参加はAWA世界タッグチャ
ンピオンチーム、レイ・スティーブンス、ニック・ボックウィンクル組。中
盤戦に特別参加したのがバーン・ガニアとビル・ロビンソン。

AWAのシングルとタッグの王者、第一コンテンダーを全員揃えてしまった
んだから、ファイトマネーも尋常でなかったであろう。ガニアがふんだくり
過ぎよほど頭に来たのか、このシリーズの後およそ5年間吉原は個人的な親
交のあったマッドドッグ・バションを除いてはAWAの選手を呼んでいな
い。代わりに75年からAWA系の選手は主に全日、まれに新日に顔を見せ
ることになる。

・AWA世界ヘビーの2連戦

バーン・ガニアとビル・ロビンソンがらみのカードは次のように発表され
た。
−−−−−−−−−−
まず東京蔵前で、バーン・ガニア対ビル・ロビンソンAWA世界ヘビー級
タイトルマッチ。

翌日大阪府立で、東京の勝者対マイティー・井上のAWA世界ヘビー、
IWA世界ヘビー級ダブルタイトルマッチ。レフェリーは東京の敗者。

−−−−−−−−−−

ガニア・ロビンソン戦は引き分け。その試合内容はマスコミには絶賛された
が、ファンの関心は新日・全日のほうに向いていた。大阪のガニア・井上戦
もまた引き分け。汗だくになりながらガニアの反則を厳しくチェックするロ
ビンソンのムキになった顔が懐かしい。ロビンソンが68年以来支えてきた
国際プロレスのリングに上った最後の日である
(77年の国際・全日対抗戦は除外して考える)。

++++++++++
1974 11−20 東京・蔵前国技館 4500人
(AWA世界ヘビー) 3/60 ガニア(1−1)ロビンソン
1本目:ガニア(20:48裸絞め)
2本目:ロビンソン(15:15体固め)
*ワンハンド・バックブリーカー。
3本目:(9:35ダブルKO)
3/60 草津、木村(2−1)スティーブンス、バディ・ウォルフ
1本目:スティーブンス(6:50体固め)木村
2本目:草津(3:45足4の字固め)ウォルフ
3本目:木村(3:11体固め)スティーブンス
3/45 井上(2−1)ニック・ボックウィンクル
1本目:(13:15両者リングアウト)
2本目:井上(3:25体固め)

○小畑千代対ヴィッキー・ウイリアムス●
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詳しくは、
http://www.uwf-snakepit.com/caravan.html
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