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「プロレス大好き」は主にプロレス史の叙述を目的とした、メールマガジンです。NWA(Nazenara Watashiha Ahonanoyo)というグループに加盟した執筆者達が書いた原稿を、私、茅野三丸がまとめております。

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2007/01/24

国際プロレス1972

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プロレス大好き - Wrestling As I Like It
(略称:プロダイ)2007/1/24(WED) 発行部数158
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国際プロレス・グラフティ リメイク版 Joe Hooker Sr.

●1972年

72年は、国プロのライバル団体日プロにとって激動の年だった。猪木の新
日が3月新日本プロレス旗揚げ。7月には馬場が離脱。そして10月全日本
プロレス旗揚げ。日プロは極度に弱体化。それを尻目に国際プロレスは充実
を極めた。

・元気がなかったイヤウケア

新春のシリーズの外人組エースはハワイの巨象カーチス・イヤウケア。後の
キング・イヤウケアである。イヤウケアといえば大声を出しながら顔をゆが
めて場外を練り歩くイメージがある(これは後にブロディに継承される)
が、それは翌年全日の常連になってからのことだ。

それ以前の日プロ時代、以後の全日時代に比べ、このシリーズのイヤウケ
ア、元気がなかった(注1)。帰国後、引退することを考えていたらしい。
他には「隠れた実力者」ダン・ミラー(ビルの弟)なんかも来ていた。

(注1)これは私の印象。実際は、四日市からの中継を見たファンが直後大
量に横浜文化体育館に押しかけたらしい(ストロング・小林の証言)

・充実していた第四回IWAワールドシリーズ

国際プロレスの本場所として定着しつつあった、IWAワールドシリーズ、
結局崩壊までに六回行われたが、この年がいちばん充実していた。

ルールの方も判りにくい「バッドマークシステム」に変わってブロック別総
当たりの予選リーグ+決勝トーナメントというサッカーのワールドカップと
同じ方式となった。

なんたって外人のメンバーが凄い。同時期に行われた、の日プロの第14回
ワールドリーグと比較してみよう。参加外人から有名どころを5人出してみ
れば;

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国際:モンスター・ロシモフ(アンドレ、前年優勝)、ドン・レオ・ジョナ
サン、ジョージ・ゴーディエンコ、バロン・フォン・ラシク、ホースト・ホ
フマン。

日本:ゴリラ・モンスーン、アブドラ・ザ・ブッチャー、ディック・マード
ック カリプソ・ハリケーン、ホセ・ロザリオ
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日プロのハリケーン、ロザリオ(引退後故郷サンアントニオでショーン・マ
イケルズを育てたという功績あり)はせいぜい1.5流だから外人だけをみ
れば国際の圧勝である。国際プロレスが日本プロレスに外人の質で勝ったの
は、68年の新春シリーズ以来だが、当時と違ったのが小林、木村と日本側
も充実してきたところ。この段階で国プロは日プロにほとんど追いついた感
があった。

リーグ戦のほうは、小林がロシモフをリングアウトで破り、日本人レスラー
では初めての優勝。ロシモフはこのシリーズ中、小林にボストンクラブでギ
ブアップしてから14年ノーフォール・ノーギブアップであった。次にギブ
アップさせたのは猪木で86年のことである(腕固め)。

++++++++++
1972 05−06盛岡・岩手県営体育館5500人
IWAワールドシリーズ決勝戦 3/60
ストロング・小林(2−1) モンスター・ロシモフ
(1) ロシモフ(14:40体固め) 
(2) 小林(11:19反則) 
(3) 小林(8:01カウントアウト) 
3/45 ドン・レオ・ジョナサン、バロン・フォン・ラシク(2−1) 
木村、寺西勇
(1) ジョナサン(11:28体固め) 木村
(2) 木村(5:40逆エビ固め) ラシク
(3) ラシク(4:32頭蓋骨絞め) 木村
1/時間無制限 
サンダー・杉山(14:32逆片エビ固め) ジョージ・ゴーディエンコ
1/20 ティト・コパ、イワン・バイテン(14:07体固め) 
大剛、ミスター・珍
1/15 アリババ(14:28ラクダ固め) 紫
大磯(10:51エビ固め) ゴールデン・アポロン
1/10 稲妻(9:11逆エビ固め) 本郷 
++++++++++

・ビル・ミラー、ビル・ロビンソン再来日

夏から秋にかけてビル・ミラー、ビル・ロビンソンがIWA世界ヘビー急チ
ャンピオン小林の首を狙って(いいですねー、このフレーズ)再来日。
小林、ミラーのネックハンギングツリーにたじたじになるも、タイトルは何
とか防衛する。

ライバル日本プロレスでは7月に馬場が離脱宣言、8月に離脱。プロレス界
の話題はこの一点に集中してしまい、国際プロレス、せっかくビル・ミラ
ー、ビル・ロビンソンといった二人の超一流のビルを呼びながら割りを食っ
てしまった。

・杉山の移籍と馬場の参戦

秋、馬場が全日本プロレス旗揚げ。馬場の新団体に全面協力したのは、アメ
リカ東部ピッツバーグのブルーノ・サンマルチノ、西部テキサスアマリロの
ドリー・ファンク・シニア、そして国際プロレス・吉原功であった。サンマ
ルチノ、ファンク・シニアは外人のブッキングを、そして吉原は小林の台頭
で居場所がなくなりつつあったサンダー・杉山を全日に譲渡、さらにシリー
ズごとに若手選手を貸し出した。このときの若手で今も現役なのは鶴見五
郎。また、全日翌年2月のシリーズ開幕戦にはかつての前座黄金カードであ
った(マイティ)井上対寺西戦をカードごと貸し出すなんて味なこともして
いる。これがきっかけで、国際のリング上で井上対寺西の名勝負数え唄が始
まった。

11月末の全日のシーズンオフ、馬場は吉原への感謝の印として2試合であ
ったが国際プロレスのリングに上がった。

++++++++++
1972 11−29 東京都体育館 4000人
 (WWA世界タッグ)3/61
ブルーザー、クラッシャー(2−1)ストロング・小林、マイティ・井上
1本目:クラッシャー(1:23体固め)小林
2本目:井上(15:43体固め)ブルーザー
3本目:ブルーザー(1:01体固め)井上
3/60 馬場、草津(2−1)レッド・バスチェン、マリオ・ミラノ
1本目:バスチェン(16:22体固め)草津
2本目:馬場(8:02体固め)ミラノ
3本目:草津(4:55体固め)バスチェン
1/30 田中(10:55体固め)ブル・バリンスキー
ホセ・アローヨ、ダイドーネ・ムッソリーニ(18:28体固め)大剛、珍
1/20 寺西(12:27体固め)デニス・スタンプ
紫(10:45片エビ固め)稲妻
本郷(10:21片エビ固め)米村
1/15 鶴見(7:03体固め)ヤン・ヘルマンソン
++++++++++

・ドライな杉山

杉山は明治大学出身で東京オリンピックアマレス代表。その後日本プロレス
に入るものの離脱。ということは、マサ・サイトーと同じような経歴だ(杉
山が一学年上)。引退後は東海地区で実業家。この地区の新日の興業に時々
顔を出した。なぜ新日なのかというと、77年全日をやめるときにしこりを
残したということであろう。

彼は日プロ在籍当時からも、自分の将来を実業家と定め、プロレスをそのた
めの人脈作りと割り切っていたふしがある。歌を吹き込んだり、タレントと
して活躍したり器用なところを見せたが、リング上の歴史を作ったとは言い
難い。「プロレスバカ」とは対極の生き方だ。

・八木宏16歳の入門

この年、16歳の八木宏が一般公募で入門した。実をいうと応募する前に練
習生として日本プロレスにいた。71年5月大阪でのワールドリーグ決勝の
猪木対デストロイヤーのDVDを見ると、「その他大勢」の中に八木の顔を
見つけることができる。吉原は八木に大きな期待をかけ、入門後すぐ全日に
一シリーズ貸し出し、その後清美川ルートでヨーロッパに修業の旅にだす。

97年、私は八木氏と話す機会があった。大のプロレスファンだった八木少
年はこの頃の日本、国際両団体に来た外人レスラーのことをよく覚えてい
た。ペッパー・マーチンやソニー・キングといったマイナーレトロ外人の話
題で大いに盛り上がった。

八木少年はヨーロッパからカルガリーへ、そして77年に帰国。国際プロレ
スに新風をもたらした。と同時にリングネームを本名から「剛竜馬」に変え
る。そう、「プロレスバカ」のあのお方である。

・ブルクラ来日

秋に全日が旗揚げし、男子4団体時代が到来した。多団体時代の今では、別
にどうってことはないが、当時はえらく団体の数が増えたと感じたものだ。
うち3団体は地上波VHFゴールデンタイムでレギュラー放映され、唯一ノ
ーテレビだったのが新日という時代。暮のシリーズは外人ルートが弱い新日
を除き、各団体一流外人を呼び、覇を競った。

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国際:ディック・ザ・ブルーザー、クラッシャー・リソワスキー、
レッド・バスチェン
日本:ジン・キニスキー、ボボ・ブラジル、モンゴリアン・ストンパー、
キラー・カール・コックス、ザ・カンガルーズ(コステロ、ケント)
全日:ザ・デストロイヤー、アブドラ・ザ・ブッチャー、
サイクロン・ニグロ
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ブルーザー、クラッシャー組はAWA世界タッグを何度も獲得し、シングル
でもそれぞれがAWAの王座につき、69年には日本プロレスで馬場・猪木
を破りインター・タッグ王座を奪取しているという当時の超一流タッグチー
ムである。全身筋肉の固まり、プロレス=ケンカを地で行っている荒っぽい
チームで、理屈抜きで楽しめた。私が現在のプロレス界に不満なのは、彼ら
のような説明の必要がないレスラーが少なすぎるところにある。とにかく、
いやが上にも期待は盛り上がった。

エース小林もクラッシャーを相手にIWA世界ヘビーを防衛したが、試合内
容は押されまくっていた。ロープ最上段から、小林の急所めがけて飛び降り
るなんていう、えげつない攻撃をしていた。
 
・金網タッグで暴動

さて、世界最悪の極道コンビ、ブルクラが来たとあってはやることは一つ。
そう、金網タッグデスマッチである。当時ブルクラが持っていたWWA世界
タッグとIWA世界タッグとのダブルタイトルマッチとして愛知県体育館で
行われた。

WWAというのはブルーザーの本拠地、インディアナポリスにあった団体。
64年、彼はロスにあったWWAの王座につき、その後ボブ・エリスに敗れ
丸腰で故郷に帰るわけだが、故郷ではWWAチャンピオンを名乗り続けたと
いうこと。時代が流れ、そのタッグ王座を看板に来日したわけだ。

試合のほうは例によって荒れた。阿部レフェリーが外人組にKOされる。反
則自由のデスマッチだからそれは許される。変わりに前溝レフェリーが扉を
開け中に入り試合を裁こうとする。ところが、ブルクラは金網から外に出て
控え室に帰ってしまう。試合はそれで終わり。観客は騒ぎ、暴動が起こる。
試合がこんなふうになってしまった原因のひとつは、日米の金網デスマッチ
のルールの違いにあるといわれている。どういうことかというと、国際プロ
レスのルールは基本的にギブアップ・KOで勝負を決める。アメリカのルー
ルは金網から脱出したほうの勝ち。つまりブルクラは金網から外にでて自分
たちが勝ったと思い、退場してしまったらしい。 だとすると、試合前ルー
ルの確認を怠った国際プロレスの不手際ということになる。

・手際の悪さはマイナーのあかし

来日が発表されながらその外人が来ない、タイトル戦が事前発表もなく突然
行われる、いつの間にかタイトルが消えたり何年もしてそれがいきなり復活
するといった手際の悪が国際プロレスには目立った。その積み重ねが不信を
産み国際プロレスは後年マイナー化していく。

現在も手際の悪さはマイナー系団体に多い。メジャーとマイナーの境界線は
「手際」に表れるといったらいいすぎか。

仕事に必要なのは営業と実務。組織に必要なのはこの2つののバランスであ
る。レスラー上がりの経営者には、ややもすると後者の重要性が見えないの
であろう。

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投稿 

埼玉北部に住む主婦、ミス・深谷エキスプレスと申します。私は、
「プロダイ」2007/1/17号、で取り上げられた、

1971年10月25日、埼玉県深谷市民体育館 
試合開始:6時30分、観衆:2500人。

の2500人のうちの一人でした。当時プロレスファンだった私は、地元に
来ると団体に関係なくよく行ったんです。この日も友人とこの試合を見に行
きました。チケットは立ち見。会場の端のほうで突っ立っておりました。日
本人同士の試合が終わって、外人が出てきた頃、男の人が近づいてまいりま
した。国際プロレスの関係者の方でした。

メインエベントのリングに上がって、選手たちに花束を渡してほしい、とい
うのです。恥ずかしいじゃありませんか。何回もお断りしました。係りの人
が本当にお困りのようでしたので根負けしました。というわけで、テレビカ
メラの前でリングに上がってしまったのです。

いよいよメインエベントです。ストロング・小林、ラッシャー・木村対ダニ
ー・リンチ、バジル・リッキー。リングに上がる階段で、花束を渡されなが
ら、係りの男の人はそっといいました。

「ダニーリンチ」

リンチは名前もですが、顔も怖かったので、目を合わせないようにしまし
た。ほかの事は何も覚えてません。

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【お知らせ】
プロレス史の勉強会!メンバー大募集

「スネークピットキャラバン(Snakepit Caravan)」

次回は、2006年2月3日(土曜日)
時間:14時30分〜 
会場:スネークピット・ジャパン(高円寺) 
スペシャルゲスト:
71年当時、日本プロレス期待の若手だった、キム・ドク氏

詳しくは、
http://www.uwf-snakepit.com/caravan.html
http://www.uwf-snakepit.com

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「ショルダー2002」
http://homepage3.nifty.com/inoki~bom-ber_/index.html
「ミック博士の昭和プロレス研究室」
http://drmick.at.infoseek.co.jp/proresu/top.htm
「オールドファン 集まれ !」
http://www.geocities.co.jp/Milkyway-Kaigan/7217/old_fan.html
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