2008/05/11
儲かる?体験ルポ 日曜刊行
うん・・・
どうして週末は天気が悪いのでしょう?
天をうらんでいる阿部です。
今の仕事は完全にお天気商売なのです。
土日がメインなのに、それなのに、その日ばかり雨が振ります。
日頃の行いが悪いのですかね?
催眠商法 編
なってこった!
あのナベが死んじまうなんて。
まだ26歳じゃないか!
先月までピンピンとしていたし、一緒に酒も飲み、ソープにも行ったではないか。
と、頭の中で否定するべき問いを考える。
しかし、現実に聞こえてくるのは意に反する声であった。
「ねぇ、あのモルヒネを打たなかった患者さんじゃない?」
「あ〜やはりそうよね。
あの〜残念ですけど、先月にお亡くなりなっています・・・・・」
頭の中が真っ白に。
それからどのようにして歩いたのかは定かではないが、夢遊病のようにさまよって病院の前に出ていた。
悲しい、悲しいはずのに涙もでてこない。
脳が死んだ、と言うことを認識しないのだろう。
癌だんて、一言も言わなかったではないか?
なんで言わなかったんだ、馬鹿野郎。
それに、それに。
看護婦の言葉が軟膏のように貼り付いてはなれない。
「あの症状じゃ、食事も取れなかったでしょうね」
食事・・・・
なんかの本で読んでことがある。
末期の癌患者が食事しやすくするためにマリファナを使用することがある、と言うことを。
もしかしたら、ナベもそのために使用していたのでないだろうか?
昼間に食事をしなかったも、酒に酔って大食いをしていたのも。
すべて暗に辻褄が合う。
相手のことも考えずに頭ごなし怒鳴りつけたのは・・・・
私はとんでもない間違いを犯したのではないか?
そこにきてモルヒネの拒否だ。
末期の症状は苦痛は想像を絶するらしい、
それなのに、それなのに。
私の与太話を信じて・・・・・
「あああ〜」
馬鹿野郎、いや馬鹿野郎は私だ。
ナベに酷い拷問をおしつけて、自分は何をしていたと言うのだ。
口では苦労などとほざいたところで、命まではとられることはない。
たかだかの金の苦労ではないか。
それにくらべ、ナベの苦労は生き死にの大事な問題ではないか。
人の命を玩んでしまった。
どうしたらいいんだ!!
どのくらいの時間ここに立っているのだろう。
日が西に傾きかけている。
「俺に何ができる?なあナベ」
と、病的な独り言がもれる。
すると、前方にラーメンと書かれたちょうちんが揺れていた。
ナベもここで食ったに違いない。
癌の撲滅に命を捧げるだとか、そんなお前のためになるような善行などできん。
俺には何もできない。
だけど、一つだけできることがある。
もう一度、ラーメンを一緒に食おう。
な、ケンジ」
ラーメンを二つ。
親父が怪訝そうな顔をするが、気にもならない。
目の前に運ばれてきたラーメンを一つ差だし。
「さぁ食え、ケンジ」
当たり前のように返事はない。
一口すすると、味がしない。
気がつくと、はじめて泣いている自分に気づいた。
ホテルにはトンちゃんがいた。
私と同じで行くあてのない気軽な一人身、ここまで同舟したのだ。
一通りを話した。
きっと文章にも会話にもならない、独り言のように。
それなのに、トンちゃんは黙って聞いてくれている。
それが勤めだというかのように。
言い終えると、無償に寂しさを覚える。
私もそんな簡単に死んでしまうものなのだろうか?
自分で想像しきれないほどの、虚無の底へとドンドン落ちていく。
「俺は駄目だ」
「じゃ明日な」
と、トンちゃんがつれない。
「なんだよ、俺を一人にすんのかよ」
「俺はそんな阿部ちゃんは嫌いだ。
阿部ちゃんはいつも、阿部ちゃんじゃなきゃ。
これじゃ死んだナベも往生できんわ。
おやすみ」
いつもの俺、って?
いつもの俺って、なんだろう?
自分でもわからん。
俺、って????
ケンジのことより、トンちゃんが置いていった言葉のが引っかかる。
ぼんやりと外を眺めると、悲観と言う文字を凝縮した顔がそこにあった。
情けない顔だ。
洗面所の鏡で改めて見る。
「ははぁ」
笑えるほど酷い顔がそこにはある。
夢も希望も無くした、っていうところだな。
夢、・・・・。
そうだ、俺は生きているんだ。
生きているから夢をみる、と言う特権があるんだ。
と、当たり前のことに気づいた。
なにを考えていたんだ。
苦労を共有すると強い絆が生まれると言う、そんな飯を一緒に食ったせいだろうか?
妙な関係に自分で追い込んでいた。
そうだ!俺が悪いことをしたならケンジから連絡こまい。
最後に人間に戻れたのだから、俺のしたことは善行ではないか。
得意の言い訳で少しは納得ができた。
宿命だか運命だかは知らんが、それを受け入れただけだじゃない。
人が死ぬのは辛いことだが、生きている人間のがよっぽどに大切だ。
まだまだ俺にはトンちゃんのような素晴らしい仲間がいる。
この仲間のためにまだまだ頑張らねば。
それにしても、トンちゃん。
人間がつくづくでかくなった、としみじみと感じた。
編集後記
死というのは、呆気なく訪れます。
このようになんの前ぶれもなく。
私も幾度となく生命の危機に立会いましたがしぶとく生きています。
前にも言いましたが、
人間死ぬと思えば石に躓いても死んでしまうのです。
しかし、なにくそと、生にかじりついていると、必然に道は開けるのです。
本当ですよ。
発行者 阿部 一義
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