インド to インドシナ旅行記 “India CUTTERS” RSSを登録する

2006年夏の終わり、北インドはヒマラヤの秘境ラダックを出てデリーへ、その後アグラ、ヴァラナシ等を経てコルカタまでの列車旅、さらにそこからバンコク、ベトナムへと渡った旅を綴ります。

最新号をメルマガでお届けします    
登録 解除

規約に同意して

登録した方には、まぐまぐの公式メルマガ(無料)をお届けします。
2008/04/01

インド to インドシナ旅行記“India CUTTERS” 054

この記事を取り寄せる

======================================================================

            India CUTTERS      by  site_roof            1/4/2008

**********************************************************************

[Message from Site on the Roof] ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
http://www.geocities.jp/siteontheroof/ 

 いよいよ、最後のトピックスになりました。

 改めて、「このメルマガどうやって始まったっけか?」と、創刊号を読みか
えしてみたところ、自分でいうのもマヌケですが(ずいぶんと時期が経って客
観的な目で見れるようになったことでの発言だとお許しください)、これがな
かなか面白い。

 途中から購読を始めてくださった方、よろしければご覧になってみてくださ
いませ。
http://archive.mag2.com/0000213284/20061108134601000.html?start=40

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


"インド to インドシナ旅行記" 054


<サイゴン・エピローグ 「偶然と愛と執着」>


 インドを旅している間、結構色々なところでお金の無心をされた。

 いや、彼らからしてみれば「持ちすぎ」としか思えないであろうお金を少し
ばかりもらって何が悪いとばかりに、こちらが必要としていないサービスをあ
れこれ売りつけようとしてくる(ぼくにとっては「お金の無心」をしているの
とほとんど変わらない行為に思える)行為と区別をつけるためにも、「寄付を
求められた」といいなおすべきだろうか。

 シェルター住まいの人たちが着る服のために、食事のために、ボランティア
スクールに据えつける窓ガラスのために、そこの子どもたちが使う文房具のた
めに、黒板のために、机のために…

 ぼくは、断った。

 出せない金額でないのは、わかっていた。ただ、至るところで次から次へと
振りかかってくるほとんど同じ要望に圧倒されてしまったとでもいうか、思考
がストップさせられるとでもいえばいいのか、深く考えられないまま求められ
るとおりお金だけ出すのがどうにもできなかった。

 これまでぼくは、あまりにも「自=セルフ」のためだけに自分を使いすぎて
いたのかもしれない。そういう人間は、「他=アザー」へ向ける意識の容量、
気持ちの度量が必然的に狭くなる?

 帰り道にベトナムへ寄りぼくが里親をしている「妹」ミー・チーに会いにい
くことは、ラダックの山からデリーに下りてきた時点でもう決めていた。

 インドの人たちの着る服のために食事のために窓ガラスのために文房具のた
めに黒板のために机のために、お金を、ではなくて、気持ちを使ったら、ミー
チーに会うときにその「気持ち」が足りなくなってしまいそうな、そんな気が
した、これが、インドで求められた寄付を断ったときの、あとになって考えた
ぼくの、たぶん一番正直な理由。

 あれこれ中途半端に手を出すよりひとつだけでもできることをやったほうが
いい、この「ひとつだけでもできること」にサイゴンのミー・チーを置くこと
で、ぼくは自分がとったインドでの行動を、自分自身に納得させられるのかど
うか。

 コルカタ(カルカッタ)滞在中の日記で、あえて触れなかった名前がある。
「カルカッタ」といえば本来は避けて通れないひと、マザー・テレサ。

 割と長いことぼくは誤解していたのだが、彼女が中絶を否定していたのは、
レイプその他望まれない妊娠をした女性たちから、いわゆる「産まない権利」
を奪うことを本意としていたわけではなかった。

 たとえどのような妊娠であろうと生まれてくる命はみな等しく尊い命、だか
ら親たちがどうこうではなく、ただとにかく、「堕ろしちゃだめ」「あなたが
育てられないのならわたしのところに連れてきて」、そして実際彼女は、カル
カッタ中から彼女の下に、捨てられ、運びこまれ、連れてこられ、あるいは自
分でやってきた子どもたちすべてを、分けへだてなく、見つめ見まもり育てつ
づけた。

 これこそ真のカソリック精神というべき姿勢だろう。ここまでの気概でもっ
て、つまり、どうしても親が育てられない子どもはみんなみんなホワイトハウ
スで面倒見てあげるくらいのことをいった上で「中絶禁止」を訴えるのであれ
ば、ぼくはあの国の大統領をもう少し見なおす気になれるかもしれない。

 その大統領と同じなのだろうという勝手な判断からかつてマザー・テレサの
「中絶否定」について非難する言葉をどこかに書いた自分を、ぼくは猛省して
いる。猛省しながら、でも結局は、自分の「自=セルフ」を注ぐ対象を選択し
てしまっている、ぼく。

「他=アザー」へ向かうときの自分を分けへだてないようにするためには、マ
ザー・テレサになるしかないのだろうか…


<サイゴン・エピローグ 「偶然と愛と執着」つづく>


                    (執筆:2006‐10‐19)


───────────────────────────────────

 少し前にもお話しましたが、このメルマガのあと、日本での旅のお話を綴っ
てみようと予定しています。

 次回くらいには、そちらの新メルマガのほうのご案内もできるかなと思いま
す。


                                India CUTTERS   054/1/4/2008


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

配信の登録、解除、アドレス変更
http://www.mag2.com/m/0000213284.html 
  
ご意見・お問い合わせ
site_roof@yahoo.co.jp
http://www.geocities.jp/siteontheroof/

当メールマガジン全体の内容の変更がない限り、転送は自由です。
転載については許可が必要です。

この記事を取り寄せる
最新号をメルマガでお届け
登録 解除

規約に同意して

登録した方には、まぐまぐの公式メルマガ(無料)をお届けします。

最近の記事

上へ戻る