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2006年夏の終わり、北インドはヒマラヤの秘境ラダックを出てデリーへ、その後アグラ、ヴァラナシ等を経てコルカタまでの列車旅、さらにそこからバンコク、ベトナムへと渡った旅を綴ります。

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2007/11/28

インド to インドシナ旅行記“India CUTTERS” 042

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            India CUTTERS      by  site_roof         28/11/2007

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[Message from Site on the Roof]━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
http://www.geocities.jp/siteontheroof/ 

 前回、前々回と、ぼくのスポンサー・チャイルド訪問という、かなりパーソ
ナルな内容になり、皆さんを退屈させてしまったのではないでしょうか?

 今回は多少「旅のメルマガ」らしく、サイゴンの街の話をお送りします。

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"インド to インドシナ旅行記" 042


<サイゴン3 「3年振り3回目」>


 ぼくが訪れている街を「サイゴン」と称すべきか、それとも「ホー・チ・ミ
ン」と記すべきか迷わなくもない。正式には、というか公式には「ホー・チ・
ミン・シティ」とするのが正しいのだろう。

 ただずっと、地元からも外国を含めた他の地方からも「サイゴン」の名で親
しまれてきた場所だし、今でも現地の至るところで目や耳にするのはそちらの
名前のほうが多そうな実感がある。

 たとえば航空券にプリントされている表示も「BGK(バンコク)→SGN
(サイゴン)」、その他路線バスの表示などもすべて「Saigon」。もの
の本によると、ベトナム戦争が終わったあと、それまでサイゴンで呼ばれてい
たエリアに周辺地域も引っくるめて新政府によって命名されたのが、「ホー・
チ・ミン・シティ」だとのこと。

 こういった現況や経緯を見ても、たとえばぼくがずっと旅してきたインドで、
植民地時代にイギリスに勝手に付けられたベナレスをヴァラナシに、カルカッ
タをコルカタに、それぞれ元々の地名に戻すほどの重い意味を「ホー・チ・ミ
ン・シティ」には込めなくてもいいのではないか、という判断の下、ぼくはこ
こでは「サイゴン」を選ぶことにした。

(ただ単に、「サイゴン」のほうがはるかにパソコンのキーを打ちやすいとい
う理由もあるが…)

 そのサイゴンを訪れるのはこれで3回目、なのはわかっていたが、初めて訪
れたのがいつのことで、今回は2度目から数えて何年振りになるのか、その辺
りの正確な年がよく思いだせなかった。

 日本に帰れば当時の旅記録ノートはどこかにあるはずだし、パソコンにも何
か残っているかもしれないが、どちらにしても旅先のこの場で確認する術はな
い。

 ふと思いついて、パスポートを開いてみた。過去2回のベトナム出入国の記
録がしっかりはっきり残っていた。最初は2001年の3月、そして2度目は2003
年7月。そうか、パスポートというものは、あとあとこういう楽しみ方もでき
るものなのか。

 つまり初めてのときからは5年半、そして前回からは3年振りのサイゴン、
ということだ。

 変わった、と思う。空港と市街を結ぶ道などは、自分でバイクを運転して2、
3度往復したルートだったからかなり強く記憶に残っていたのだけれど、そこ
からして随分と変わった。

 一言でいって、とにかく綺麗になった。どこももう少し砂埃にまみれていた
気がするのだけど、少なくとも中央エリアについては、ほとんどすべて道路の
舗装は完了したように見える。

 建物たちは外観を整え、それでもさらに、何かしら工事をしていない場所は
ないというくらい、サイゴン全体がどんどん開発に向かっていっているみたい
だ。

 1番はっきり変化を感じたのは、シクロの激減振りだった。

 このシクロ、自転車式タクシーとでもしておけばいいのだろうか、とにかく
ペダルを漕いでチェーンを通じてタイヤを回転させる、という原理としては間
違いなく自転車なのだけれど、客を乗せるシートは運転席の前方に取りつけら
れていて、最初からシクロ用につくられている造り、とでもいうか、たとえば、
ただの自転車の後ろに荷車を引っぱるだけのインドのサイクル・リキシャより
は、たぶん、運転手への負担は少ないように見える。

 初めて来た5年前、いや2度目の3年前も、ぼくのサイゴン常宿地となって
いるファン・グー・ラオ周辺そこらじゅうに、このシクロたちが何台も何台も
停まっていた図が記憶に残っているけれど、それが今では、ほんの僅かの台数
が申し訳程度にゆるゆる走っているだけ。

 そして、バイク・タクシーも含めて、あまりしつこくは客引きの声をかけて
こなくなってしまい、以前はそのうるささと数の多さにほとほと辟易したもの
だったけど、こうなってみると、なんだか少し寂しい。

(もっとも客引きについては、3度目ともなるとこちらのほうの「観光客」色
が薄まって声をかけなくなっただけじゃないかという説も、ぼくの知人から出
されたが…)

 車は思ったほど増えていなかったけど、その一方でバイクの数は、相変わら
ず増加の一途。

 散歩好きなぼくが街を歩いていて感じるのは、サイゴンの人はよほど歩くの
が好きじゃないらしいということ。右も左も前もうしろも、至るところバイク
だらけで、歩道を歩いているのはほとんどぼくしかいない。ほんの数十メート
ルの移動でさえ、バイクにまたがって動いているように見える。

「物=マテリアル」というのは持ってしまうと使わないではいられない、日本
でいえば日曜日に煙草を買いにいくのに車で出かけるようなものではないかと、
これもまた↑前出の知人の言だ。

 いずれにしても、ここまで自分の足を動かすのを疎んで、数年後ここの人た
ちの足腰は大丈夫だろうか? などと外部の人間であるぼくが余計な心配まで
してしまうくらい。

 噂にきいていた、ヘルメット着用が義務づけられたらしいという決まりは、
守っている人はほぼ皆無だった。これについても安全の面からいえば心配すべ
きなのかもしれないが、以前と同じ、帽子とマスク姿で乗りまわす女性ライダ
ーたちの姿に、ぼくは少しほっとした。「ヘルメットを被ってバイクに乗るベ
トナムの人たち」というイメージが、どうもうまく頭の中に浮かべられない…


<サイゴン3 「3年振り3回目」 つづく>


                     (執筆:2006‐10‐4)


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 インドシリーズの間もそうだったけれど、ここにこうしてメルマガ編集のた
めの文章を綴るたびに、そこで取りあげられている場所を、いちいちまた訪れ
たくなってしまうものですね。

 デリーのことを記しているときはデリーを、ヴァラナシのときにはヴァラナ
シを、そしてサイゴン滞在記を紐解くぼくの思いはサイゴンへと飛び、「また
行きたいなぁ」とつのるばかり。

 ぼくはぼくの文章で、読んでくださっている皆さんに、多少なりとも近い思
いを感じさせることができているでしょうか?


                             India CUTTERS   042/28/11/2007


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