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江戸者が出会った、人に伝えずにはいられない驚きの食・広告・言葉・行動・出来事・風習等を、日本のみならず世界にまで風呂敷を広げ、食事時の話題になるよう検証および解説を行う。

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  • 最新号 2008/08/28
  • 発行部数 315
  • マガジンID 0000211260
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2007/12/07

焼き芋を食べて放つものとは?

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江戸者が見た日本驚愕シリーズ

2007年12月7日 VOL.43 大雪(たいせつ)号
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江戸者が麻布十番から芦屋に引っ越して1年経ったが、相変わらずてやんでえ。
 焼き芋の後の正しい放○の仕方?!
 ガスビル食堂???
 ビーフシチューから進化した肉じゃが!!!

徘徊の中で出会った、びっくり出来事、知っていても食事時の話題くらいにしか
ならない雑学知識等を、徒然なるまま濃縮して送るメールマガジン。

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1.焼き芋に放○はつきものか?

さつま芋は江戸時代以来、現代に至るまで人気の食べ物である。
前々号(11月8日 立冬号)にて焼き芋の話を紹介したが、津々浦々、老若男
女から反応があった。

寛政5年(1793年)の冬、江戸でさつま芋革命が起きた。
焼き芋の登場である。
現代式に言うならば、さつま芋を約70度前後で時間をかけてゆっくりと加熱す
ると、でんぷんが糖に変化する量が最大になる。
つまり、非常に甘くなる。
江戸の人々は試行錯誤を重ねて70度の焼き芋を生み出したのだ。

更に幸運なことに、さつま芋はその独特の形状から、片手に持ちやすく大きさも
手頃であり、「テイクアウトできるスイーツ」として、女性や子供の心をつかん
だ。
そこに木戸番が登場する。
江戸の各町には木戸があり、不審な人物の出入りを見張る「木戸番」が警備をし
ていた。
焼き芋人気に目をつけた木戸番たちは警備のかたわら、芋を焼いて売る内職を始
める。浪人の傘貼りよりも高収入の内職であったことだろう。
こうして江戸のほとんどの町で焼き芋が売られるようになった。

時代は明治になった。
人々がざんぎり頭で牛鍋をつつくようになっても焼き芋の人気は衰えを見せず、
明治30年代(1897〜1906)の東京には830軒の焼き芋小売店があっ
たという。
しかし1923年の関東大震災でその多くが焼失してしまい、現代の焼き芋屋で
由緒正しい店は数えるほどしかない。
ちなみに、町でよく見かける屋台式石焼き芋は、戦後登場した新式である。

さて、さつま芋と言えば、副産物としての放○を語らずにはいられない。
下卑た話で恐縮だが、文学作品にもこの表現が出てくる。

太宰治「富嶽百景」の中で、井伏鱒二が富士山の見える峠で放○をしたとある。
何でも眺望のよい峠に一緒に登ったはよいが、濃霧のために富士山が全く見られ
ない。つまらん。
井伏氏はそこで放○したという。
原文にはこうある。
「・・・井伏氏は、濃い霧の底、岩に腰をおろし、ゆっくり煙草を吸いながら、
放屁なされた。いかにも、つまらなそうであった。・・・・・」

後々井伏氏は、自分は放○などしていない、と抗議したとも伝え聞く。
だが、ご本人達が他界された今となっては、真偽の程は霧の中である。

ただ言えることは、さつま芋を食した後はつまらなさそうに放○するのが文学的
ということだ。
くれぐれも、はしゃいだり、犯人探しをすることの無いよう、注意したい。


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2.1円ランチ

前項に引き続き、ガスの話である。
バスガス爆発(早口で言ってみよう)、とは違う。

日本史上初の近代ビルとして名高いのは東京丸の内にあった丸ビル。
東京駅丸の内口南口正面に建っていた丸ビルは、正式名称を丸の内ビルヂングと
言った。

大阪で同様の建造物と言えば、ガスビルである。
ガスビルは大阪ガスの本社ビルであり、昭和8年(1933年)3月、御堂筋沿
いの淀屋橋界隈に竣工した。
太平洋戦争末期の空襲にも耐え、2003年の70周年には登録有形文化財に登
録された、由緒正しい建造物である。
丁度イメージ的には、東京大空襲にも耐え、今も銀座四丁目交差点にそびえる和
光ビルのようなものだろう。

ガスビルは8階建てで、最上階の8階には帝国H系のレストランが昭和8年の開
業時から営業を続けている(昭和8年3月29日開業)。
途中、戦争や進駐軍による接収を経たが、今もモダンなレストランとして知る人
ぞ知る名店としてその名を轟かせる。

しかし店の名は昔も今も「ガスビル食堂」。
テーブルに置かれた楊枝入れ(Tooth Pick)の紙袋にも「ガスビル食
堂」。
食堂を名乗り続ける所が食の都大阪らしくて大変よろしい。

昭和8年の開業当時のメニューを紹介しよう。
(ちなみに日本語と英語の併記である)

1933年8月10日(水)

ランチ1円
チーズトースト、ポターヂ、チキン銀串焼、アイスクリーム、パン、コーヒー。
これだけ食べて1円。

他のメニューも紹介しよう。
メロンカクテール 50銭
コンソメ(冷、温) 40銭
伊勢海老グリル 1円
サーロイン(鞍下)ステーキ 1円20銭
チヨコレートサンデー 50銭

今の金銭感覚だと、当時の1円は現代の2000円に相当するように思える。
鞍下ステーキが果たして何グラムか知らぬが、2400円というのはかなりお得
感満載。

ガスビルでは他に「ガス焼芋」も販売されていた。
残念ながら値段は不詳。

2階の喫茶室では、コーヒ15銭、紅茶10銭、ケーキ10銭、みつ豆15銭、
サンドウヰツチ(コーヒ・果物付)50銭、も提供されていた。
10銭=200円という換算レートとしても、当時の物価は安い人件費にも後押
しされ、今よりも安かったに違いない。

ガスビルにはライバルがいた。
梅田の地で昭和4年に営業を開始した阪急百貨店である。
創業者は阪急グループ創業者、小林一三。

阪急百貨店「大食堂」のライスカレー20銭、ランチ30銭。
ガスビル食堂でコンソメを飲む価格(40銭)で、ライスカレー(20銭)が2
杯食べられる。
こいつぁいい。

だが今の阪急百貨店に大食堂は存在しない。
阪急百貨店大食堂の精神を引き継いだものは、阪神百貨店の地下1階にある
スナックパークだろう。
私はスナックパークのおちょぼ焼き(たこ焼きの祖先と言われる)が最近気に入
っている。
値段は105円。
スナックパークには芋屋もあるがやや高い。

何はともあれ、寒い時期には芋とガスである。
(データ類は、ガスビル食堂のパンフレットを参照した)


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3.ビーフシチューから進化した(?)肉じゃが

肉じゃがを考案したのが東郷平八郎元帥であることは、かなり知られた事実で
ある。
その発祥の地を巡っては、京都の舞鶴、広島の呉という旧海軍の2拠点が元祖
争いをしている。

東郷さん(いきなり さん付け)は1870年から英国のポーツマスに留学し
ており、その間に食したビーフシチューが忘れられなかったようだ。
1901年、旧海軍舞鶴鎮守府の初代長官として赴任した東郷中将(当時)が
ビーフシチューを作れ、と命じて生まれたのが肉じゃがだったという。

東郷さんはその後、日本海海戦でロシアバルチック艦隊を壊滅させ、日本は
おろか世界中にその名を轟かせた。
ロシアの隣国フィンランドでは、東郷ビールなるものまで売り出された、とい
う風説まで生まれた。

東郷さんからビーフシチューを作れと命じられた料理人達は、ワインもデミグ
ラソースも知らず、試行錯誤の結果醤油と砂糖を使ってビーフシチューを生み
出した。

今では家庭の味として欠くことのできない肉じゃがだが、牛肉とじゃがいもと
いう明治・大正・昭和初期には珍しい食材だったため、一般家庭への普及は
意外に遅れ昭和30年代後半(1960年頃)からだという。
日本料理あるいはおふくろの味の代名詞のように言われる肉じゃがだが、国民
食としての歴史は40年程度でしかない。
人間の舌というのは1世代で変化する、という証だろうか。
2020年や2030年の居酒屋定番メニューには、想像もつかないものが
並んでいるのかもしれない。
それが、ダンボール入り肉まん(豚まん)でないことを祈りたい。


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4.討ち入り

今年も12月14日がやってくる。
赤穂浪士が吉良邸に討ち入ってから304年目になる(1703年討ち入り)。

赤穂藩は塩の産地として有名だが、赤穂藩に塩の製造方法を伝授したのは西三河
地域を知行する吉良家。
この時赤穂藩から吉良藩に派遣されていたのが、大石内蔵助の父であった。
世の中はいろいろ複雑ということであろう。

ちなみに吉良上野介が斬り捨てられたのは元禄15年12月15日未明のことで
あった。
新暦で言えば1703年1月30日となる。雪も降るわけだ。


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次号予定(24節気ベースに発行予定 = 冬至=12月22日)

次号までの出来事
1.12月8日   釈迦開眼(本当か?)
2.12月10日  世界人権デー、ノーベル賞授与式
3.12月11日  島原の乱勃発(1637年)
4.12月13日  すす払い、正月事始め、ビタミンの日
5.12月14日  義士祭、南極の日
6.12月16日  電話の日、十方暮れ、富士山宝永山噴火(1707年)
7.12月17日  ライト兄弟、エンジンによる初飛行(1903年)
8.12月19日  火星が地球に再接近(オリオンの北、双子の西)

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